黄昏の魔女

篠月

第1話

ピンポーン


「宅急便でーす。」


インターホンの音で起きると、俺はすぐに玄関まで走る。


荷物を受け取って中身を見ると、そこには一冊のアルバムと母親からの手紙。


―楓くんへ。

大学生活はどうですか。

1人で都会に行っちゃったからお母さんは心配です。

そういえば、部屋を掃除していたら懐かしいものが出てきたので送ります。

たまには帰ってきてね!

母より―


懐かしいもの・・・?


アルバムを開いてみると、そこには「我妻(あがつま)小学校 第76期生 卒業アルバム」と書かれていた。


ペラペラとめくってみると、人見知りだった俺はどの写真も一人で映っている。


最後の自由書き欄までくると、とあるページで目が止まった。


―み ん な を た す け ろ —


その文字を見た瞬間、俺の脳裏には深夜のテレビの砂嵐のような雑音が。


―・・・なきゃ。みんなを、たすけなきゃ・・・! ―


酷い頭痛と言い表せない不安が体内を駆け巡る。


―小学生のあの春、俺は何かを忘れてきた―


ふとそんな気持ちになって、俺は久しぶりに実家へ帰ることにした。





「ただいまー。」


「楓くん!おかえりー!」


どたどたと母親が駆け寄ってくる。


「・・・ねぇ母さん。俺って小学生の頃友達とかいなかったよな?」


「あーあのアルバムのこと言ってるの?そうねぇ、特にお友達の話は聞いたことないわねぇ。」


じゃあ“みんな”って一体誰のことだ・・・?


「それより楓くん!母さん、楓君が帰ってくるっていうからご飯いっぱい作っちゃった!お昼まだでしょ?食べて食べて!」


「お昼は電車で食べてきたよ。それより、ちょっと行きたい場所があるから行ってくる。夜までには帰るよ!」


「あ!ちょっと楓くん!もー・・・。」


俺は呆れる母親を置いて、記憶の場所へと急いだ。




「・・・ここだ。」


俺が通っていた我妻小学校の裏にある森。


アルバムを見た時、ここでの記憶がフラッシュバックした。


「一体ここで何が・・・。」


ふと森の中に人影を見つける。


俺は走ってその人物を追いかけ、声をかけた。


「あの、すみません。この近くで昔事故とか・・・!」


その人を見て驚いた。


その人はふわふわのロングヘア―のとても美しいフランス人形のような女性だったが、半透明に透けていた。


「幽霊・・・!?」


「あら?あなた・・・戻ってきたのね。」


「戻ってきた・・・?俺のこと知ってるんですか。」


「そう・・・。やはり何も覚えていないのね。」


幽霊はそう言うと、宙に円を描きだした。


「この円をくぐれば何もかも思い出せるわ。お友達も助けられるかも・・・。」


「友達・・・!?でも俺には友達なんて・・・。」


「それは忘れてしまってるだけ。この先へ行ってみれば全てわかるわ。」


そういうと幽霊は円の中へ入っていった。


俺も追いかけるように円の中へ入った。




「ん・・・。」


目が覚めると。、そこは古い木造の校舎の中だった。


いつの間にか気絶していたようだ。


「目が覚めたのね。」


見ると幽霊も一緒だった。


「あの・・・あなたは・・・?」


「私の名前はクレアよ。そしてここは黄昏の思い出・・・。」


「思い出・・・?」


「ここは私の双子の妹が作り出した思い出の世界なの。だから時間は流れずに外は永遠に黄昏のまま・・・。」


窓から外を見ると、確かに日暮れ時だった。


「それで、ここにくれば全てを思い出すって・・・。」


そう言うとクレアは「来て。」と教室を出ていった。




廊下の電気はつかず、外からの薄暗い明かりだけで進んでいく。


「あたなとあなたのお友達は10年前・・・ここに迷い込んだ。」


10年前・・・?ちょうど俺が小学6年生の時だ。


「ここに迷い込んだあなたのお友達の一人が妹を怒らせちゃったの。おしゃべりなお花を引っこ抜いて。」


すると頭に映像がよぎる。


―この花じゃべるわよ!持って帰ったらパパとママが褒めてくれるかも・・・!―


「う・・・。」


「そして怒った妹はあなたたち全員にそれぞれ違う呪いをかけた。その呪いに蝕まれずこの学校で妹を見つけ出したら帰してやるって約束でね・・・。」


「・・・。」


「そしてあなたたちはこの学校を探索しながら妹を探し始めたわ。けれど、この教室で最初の一人が呪いの犠牲になってしまう・・・。」


クレアはそう言いながら「図工室」と書かれた教室を開けた。


「なんだこれ・・・!」


そこには大量のフランス人形が置かれていた。


そしてその中に―ひと際大きな人形が。


「――彼女を見て何か思い出さない?」


するとまた砂嵐と共に何かの映像が流れた。。


―楓くんっ!絶対皆でここからでようね!―


―楓くん・・・ありがとう・・・!―


―いやぁあああああ!!!助けて!!この人形壊して!!!!―


「うっ・・・!」


「何か思い出したかしら?」


―思い出した。

このひと際大きな人形は・・・六神 梗華ちゃん・・・。


当時の俺の初恋の女の子だった・・・。


「彼女にはだんだん体が人形になっていく呪いがかかっていた。それでこの図工室に入った時に大量の人形に襲われて、運悪くそこで自分も人形になってしまったの・・・。」


「助ける方法はないのか?」


「あなたが今もこの学校のどこかにいる妹を見つけだすしかないわ。・・・最も、あなたは過去にも妹を見つけ出しているんだけど・・・。」


「どういうことだ・・・?」


謎めいた言葉だけ残してクレアは行ってしまった。



「―あなたたちは6人でここに迷い込んできた。同じ学校の友達同士だったみたい。」


「君はその時も俺たちと一緒に・・・?」


「いいえ。私はその時はあなた達に見つからない様に観察していたわ。・・・妹を助けてほしくて。」



「—この教室、何か思い出さない?」


「え・・・?」


そこは「音楽室」と書かれた教室。


中に入って辺りを見回してみるが特に何もない。


「・・・何も思い出せない。」


「もっとよく見てみて?その楽器の下とか。」


彼女が指を指した木管楽器の下をよく見てみると、一枚のクッキーが落ちていた。


「クッキー・・・?」


すると途端に頭に映像が流れ込んだ。


—グゥゥゥゥ・・・—


—・・・ごめん。―


—・・・緊張感ないわね。梗華があんなことになったばかりだってのに・・・。―


—でも、お腹が減ってちゃこの先もたないわね。ほら。―


—クッキー?いいのか!?—


—ママがランドセルに入れてくれたの。それでも食べなさいよ。―


—三奈子っていい奴なんだな!―



・・・そうだ。梗華ちゃんがいなくなったことで、俺たちはここから進めなかったんだ。


でもいつきの腹が鳴って、三奈子がクッキーをくれて・・・。


いつきが一つ食べて隣の奴に渡すもんだから、俺たちは自然と皆で一つずつクッキーを回して食べたんだ。


それでまた前に進む元気が出た・・・。


「・・・確かこのクッキーはここを出るときにいつきが落としたやつだ・・・。」


今までずっとここにあったのか・・・。


まるで俺にこうして拾われるのを待ってたみたいに。


クレアはクッキーを握りしめる俺をよそに、無言でさっさと先に進んでしまった。


俺も慌てて追いかける。





「―ほら、ついたわ。」


クレアは何もない渡り廊下で足を止めた。


「ここでもう一人が犠牲になったの・・・覚えてない?」


するとまた頭に何かが流れ込んでくる。


―楓。俺たちは絶対にここからでるんだ。―

―楓。お前はビビりだけどいざって時は冷静な判断ができる奴だから・・・あとは頼んだぞ。―


―皆!逃げて先に進め!それで魔女を探し出してくれ!―


・・・そうだ。四苑!鳴坂 四(し)苑(おん)!

なんで忘れてたんだ・・・俺たちいつも一緒に遊んでたのに・・・!


「思い出したかしら?彼にはここで出てくる奴らを引き付けてしまう呪いがかかっていたみたい。」


「ここで出てくる奴ら・・・?」


「ほら、あれよ。」


彼女が指を指す先を見ると、そこには教室で授業を受ける、子供の“絵”のような何かがたくさんいた。


「あれは・・・?」


「あなた達はあれを“黄昏の生徒”と呼んでいたわ。妹がこの学校に通っていた生徒をもとに作ったものだから、遠からず当たっているわね。」


「!この学校は実在したのか・・・!?」


「・・・それは次の教室を見ればわかる。」


彼女はそう言って渡り廊下の方へ行ってしまった。


ふと“黄昏の生徒”のいる教室を見ると、一つだけ赤い花の生けてある花瓶の置かれた机があった。


その席だけ誰も座っていない。


不思議に思いながらも俺は彼女を追いかけた。


「——ここよ。」


「図書室・・・?」


彼女は図書室と書かれた教室に入ると、迷わず一つの棚の前まで行き、何かを指さした。


「これを見て。」


「これは・・・新聞か?」


見てみると、その新聞は異様に古く年季が入っていた。


日付は・・・1913年の10月9日・・・!?


「なんでこんな古い新聞が・・・!」


「・・・その日付はこの世界の『今日』なのよ。」


「今日・・・?」


「ここは明治時代に建てられた我妻中学校。私達はここの生徒だった。

・・・でもこの1913年、10月9日にとある事件が起きた。」


「事件・・・?」


「妹はその事件で変わってしまった。その事件を恨み、忘れないためにこの世界を作った。」


「その事件って一体・・・。」


すると彼女は黙って教室を出て行ってしまった。


事件・・・さっきの教室にあった花瓶が何か関係しているのか・・・?


あれはまるで・・・。


俺は考えるのをやめて彼女を追いかけた。



「にゃー」


「!猫・・・?どこに・・・。」


彼女と校舎の一階を歩いていると、急にどこからか猫の鳴き声が聞こえた。


するとちょうど横にあった教室から黒い猫が勢いよく飛び出してきた。


「うわっ!」


猫はそのまま俺たちの前を通り過ぎ、壁の中へと消えていった。


「な、なんだったんだ・・・。」


「あの猫・・・。あの猫も何か思い出さない?」


「え・・・?」


するとまた脳裏で何かの映像が流れた。


—きゃあっ—


—三奈子、どうしたんだ!?—


—私の・・・、私のクッキー取られた!―


—・・・ってことはお前クッキー出してたのかよ?—


—うっ、だってお腹空いたし・・・。持ってるんだから食べたっていいじゃないの!―


—やっぱり一人だけ食べてたんだ!かえで!こいつやっぱ性格悪いぞ!―


—いつき・・・僕を巻き込まないでよ・・・—


「・・・!!」


そうだ・・・。


ここで仲間の女の子がさっきの猫にクッキーを取られたんだ・・・。


「・・・思い出したみたいね。早く次に行くわよ。」


「あっ、ちょっと!」


俺は先に行ってしまった彼女を慌てて追いかけた。


渡り廊下を渡ると、今度は下駄箱が見えてきた。


「ここが入り口か・・・。」


彼女は特に何も言わずに歩いていく。


ふと隣の壁に目をやると、掲示板があった。


「『将棋部!部員求む!』・・・あ、『弓道部 闘志を燃やせ!』とか『古典部 新入部員募集!』なんてのもある・・・。」


この学校もかつては学生たちで賑わっていたんだろうか。


そんなことを考えながら彼女を追いかけて、二階へ続く階段を上った。



「ここ・・・。」


歩いていくと、彼女は一つの教室の前で止まり、指を指した。


「ここでも何か思い出せるはずよ。」


俺は「暗室」と書かれたその教室をじっと見つめた。

するとまた“あれ”が——。


—あれ?三奈子は?—


—三奈子!それを離せ!!―


—~~~~~~~!!―


—だめだっ!扉が閉まってて声が届かない・・・!―


—三奈子っ!!―



「うっ・・・!」


そうだ・・・。三奈子。


不動 三奈子。


お嬢様でわがままで気の強い奴だったけど、クッキーを分けてくれたり、根は優しい奴だった・・・。


「—不動 三奈子。彼女には欲に勝てない、という呪いがかけられていた。この暗室を調べ終わったあなた達は、三奈子さんを置いて先に上の階に上がってしまった。でも三奈子さんはこの部屋にあった“卵”に気付いてしまったの。」


「卵?」


「とても綺麗な魔法の卵・・・。彼女はその卵から目が離せなくなってしまった。そして暗室に入り、卵を手に取るとドアが閉まり、出られなくなってしまったの。卵は孵化し、大量のカラスに食べられてしまったわ。」


そういって彼女は暗室の中を指さした。


「・・・っ!!」


そこには女の子の服と思われる衣類の破片と人骨が。


「きっと妹は、最初に欲に目がくらんで花を抜いてしまった彼女を許さなかったから、こんな呪いをかけたんでしょう。」


「そんな・・・。」


俺が肩を震わせていると、彼女はさらに上の階へ進もうとした。


「ちょっと待てよ!」


「・・・何かしら。」


「なんで君の妹はこんなことを・・・!」


「・・・それは妹に会ってみればわかるわ。」


「ちょっ・・・!」


彼女はそれだけ言うと3階へと続く階段を上っていった。





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