教養について

 最近、とある有識者の作品解説を見た。日本人なら誰もが知っているであろう某大手スタジオのアニメ映画に関しての解説で、ダンテの『神曲』の知識を必要とする描写があるとの事だった。

 解説者曰く

「監督はこの作品を大人向けに作った。つまり大人なら当然、教養としてダンテの『神曲』くらい読んでるから分かるよな?と言ってるわけです……」


 恥ずかしながら『神曲』をまだ読んでいなかった私は、そそくさと注文を済ませた次第である。子供の頃から本好きだった私は、小学校低学年の時には太宰治や福沢諭吉などの高学年向けの課題図書などは一通り読んでいたし、小学4年にもなれば戯曲でも「ヴェニスの商人」とか短めのものは嗜んでいた。

 然し中学に入り漫画にどっぷりハマり、大学に上がるまでで映画に時間を費やしたお陰で、俗に"教養高い"とされる物を熱心に学んでいたのは本当に小学生の時分で止まってしまっていたらしい。

 まぁまだまだ時間はあるから、ゆっくりまた古典名作を学んでいこうと決意新たにしたワケだが、それから暫く"教養"というワードについて考える事になった。何故か?


 それは"教養"と目される作品達の幅の利かせ方が、多数決に依っているのではないか?と思ってしまったからである。


 どういう事か順を追って説明しよう。もちろんかつての"教養"とされていたのは、例えば平安時代ならまず文字が読めること、流行りの読み物を知っているかどうか、或いは季語やルールに則って言葉を上手く操った歌を詠めるかどうか……といった、学があるかないかの基準でもあった訳で、これは当然頭の良さにも繋がる真に"教養"の基準として良い物だと考えられる。時代が進むにつれて海外から文化がドッと流れてくる。それと共に様々な作法・様式が"教養"として増えていく。ドレスコードや食事でのルールもそうである。明治、大正……と進んで行き、"教養"はより身分格差に影響を受け易い物事になった。そこから戦争やら何やらで荒れてから、昭和平成とその辺りで"教養"と云えば、やはり古典名作と国内外の有名な本に関して。ここら辺でやっと頑張って勉強していれば身につくところ辺りが"教養"と言えて、熱心な人々がますます教養深くなる良い時代となる……


 ここまで全く自分勝手な妄想を膨らませている。ここからも同じく――


 現代の"教養"は「こんな事も知らないのか?教養が無いなぁ」と言われる類いの物がイメージされ易いと思うのだが、その場合に使われる例えば「文化的レベルの高い作品達」が問題なのだ。

 その作品達は多くの人達に受け入れられ、評価された結果、"教養"となったのだろう。

ここで"教養"を広辞苑で引いてみる。


<教養――①教え育てること。②学問・芸術などにより人間性・知性を磨き高めること。また、そのことによって得られる知識や心の豊かさ。その基礎となる文化的内容・知識・振る舞い方などは時代や民族に応じて異なる。「-のある人」「-を高める」「人文主義的-」> 広辞苑第7版より引用


 学問・芸術などにより人間性・知性を磨き高めることとある。つまり人間性・知性を磨けるのならば、どんな作品でも"教養"として扱えるはずである。


 冒頭での監督の「『神曲』当然知ってるよね?」は、"教養のある人"しか相手にしない、という意味で表現者として正しい姿であると思う。

 考えたいのは仮に、これが全く誰も知らない様なコアなマイナー作品の描写を扱っていたとしたらどうなるかという事だ。

 「これは○○って作品のオマージュ・パロディで……」という解説はされるだろうが、恐らく"教養として"というワードは入らないのではなかろうか。

 これは大人数が知っている知識だからそうなるのか。となれば少数派の前提知識は"教養"として扱われない。然しどんな小さいコミュニティでも、その界隈に行けば"教養"とされる知識は存在する。教養は生き物か?

 「カルト作品」だなんて言葉、褒め言葉でもなんでもない。多数派が少数派を馬鹿にする差別表現にすら思える……


 何を書こうとしたのか分からなくなってきた。私が言いたい事はつまり、"教養"を隠れ蓑に「知ってる人が沢山居るから、それを知らない人を切り捨てる」表現が許されるのはどうなんだ?という疑問である。

 それが罷り通るのなら、「知ってる人が少ないから、みんなに見てもらう為に説明をしなければならない」なんてのは馬鹿らしくていけない。説明すればする程、間違いなく作品の純度も質も落ちていく。こちらだってもっとどんどん切り捨てて、通じる人だけに通じる表現をしていきたい!!!!!


 しかし哀しいかな、マイナーな主張や表現は一般的な"教養"に当てはまらない為に、まともに取り合っては貰えない。最悪考察すらされない。仲間内で楽しみ合うような、駄作と成り果てる運命である。


 作品を評価する彼らが「自分達こそ教養人だ」と、多数派の自信を持っているばかりに……彼等に、一般からは理解を得難いジャンルの"少数派の教養"が無いばかりに……


 ところで、教養人になりたいけれど難しいのが苦手、と悩んでる方はいらっしゃいませんか?80年代90年代の数タイトルを観れば、20時間程度で様々な定番やお約束を学べて一定の教養を身に付ける事が出来ちゃう、お手軽なジャンルがあるんです!ホラー映画って言うんですけどね――

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ナンセンス 秋梨夜風 @yokaze-a

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