第四章 影の中で 2
2
――結界が震えている。
聖ジョージ総合病院の正門の前で、九宇時加茂(かも)は静かに敵がくるのを待っていた。出で立ちは紋入りの紫袴の装束。全盛期には劣るものの、加茂の霊能力は今なお鋭く、街中のほんの僅かな悪しき気配でさえ見逃しはしなかった。
加茂が一線を退き、息子の那岐に退魔屋業を託したのは、肺の病のせいである。魔力で緩和する事で何とか膠着状態を保っているものの、本来であれば戦うのは厳しい。だが、相手があのハサミ女と知った以上、戦わないわけにはいかなかった。魔力を込めた鉱石を飲み込み、常時体を回復させているような状態で、加茂は愛用の武器を手にここで門番をしている。鈴木と佐藤には中の守りを任せてある。二人は宮瑠璃の我留羅には太刀打ち出来ないが、院内の守りは何も生きた人間だけではない。巫術、魔術を始めとする数々のトラップも仕掛けてある。
「――来たか」
椅子から立ち上がり、加茂の目は邪気の気配を追った。
曇天の空の下を黒い何かが駆けてきた。
結界を察知してか、はたまた加茂を察知しての事か、黒い何かは、正門より数メートル手前で止まった。
ハサミ女。
以前とは微妙に姿も違うし、呪力はそれほど強くないが、それでも恐ろしい相手だ。手には、あの忌まわしい大きなハサミと、学生くらいの少女の襟首を掴んでいる。
「十年ぶりだな」
両腰のホルスターから、グロッグ17Lを抜きながら、加茂はハサミ女に言った。
相手は、無言だ。元より言葉を発するタイプの我留羅ではない。
手に持った少女を放り捨て、ハサミ女は大きなハサミを構える。
かつて、息子と一緒に封じ込めた我留羅だ。何故今になって復活したのかはわからないが……。
「今日は私一人だが、我慢してもらおう。今度こそ貴様を祓ってやる」
二挺拳銃から雷電を纏った銃弾が発射される。ハサミ女の体に銃弾が着弾する手前で、大きなハサミが甲高い音を立てて、銃弾を弾き飛ばす。
「弾道が読めているのか」
しかし、それは想定の範囲内だ。加茂は怯まずに攻撃を続ける。動きは早いが、予想出来る。雷電を纏った銃弾が、ハサミ女の体を掠める。悪くない。もう一押しといったところか。
ハサミ女が、動く。目で追える。呪力でも追えている。狙いは外さない。次こそ、当てる――
「――!?」
すんでのところで、加茂は照準を外して構え直した。
ハサミ女は、自らが放り捨てた少女の前に立っていた。ここから見るに、少女は衰弱しているがまだ息はある。彼女も早く助けなければ。
ハサミ女が、大きなハサミを地面に突き刺す。それから少女の胸倉を掴み、持ち上げる。
「何をする気だ……」
ハサミ女の指が、少女の服を貫通する。血は、流れていない。突き刺したわけではない。霊体であるハサミ女の指が、少女の体を透過したのだ。
「……まさか」
ハサミ女の狙いに気付き、加茂は決死の覚悟で接近する。危険だ。今すぐ止めなければ!
ぞぶり、ぞぶり、と。生々しい音が聞こえる。加茂は銃を構える。狙いを定める。
――いや、駄目だ。間に合わない……!
サターン・リングと呼ばれた、刃物のように磨かれたリングが空中で回転する。大きさは元のサイズに戻っているが、放たれる呪力の濃さはさらに増している。
「はあっ!」
静星がサターン・リングを振るう。まるで静星の掌に吸いついているかのような、絶妙な隙間を空けて手の動きに追従している。ヨーヨーでも飛ばすかのような動きで、静星が腕を振り上げると、リングは急激に伸びて、煌津の首筋を狙ってくる。
「うわっ!?」
間一髪、剣でリングの先端を弾く。体勢を僅かに崩した静星に、すかさず那美の撃った銃弾が襲い掛かる。
「はっ!」
嘲笑とともに静星は黒い靄に姿を変える。銃弾が黒い靄を貫いて彼方に消えた瞬間、再び実体を現し、黒い紐を出現させる。
「こうるさいガンスリンガーは動きを封じてしまいましょうか、ねえっ!」
ヒルのような黒い紐が、うねうねと動きながら次々と那美に向かっていく。煌津は一瞬、那美の助けに入ろうとした。が、無用だ。黒い紐は那美の体に触れる事なく、その手前で次々と弾け飛ぶ。
「九宇時の巫女装束。その程度の呪力は無効化するってわけね」
「私を素人だと思わないほうがいい」
「はっ。玄人でもないでしょ。お義兄ちゃんが恋しいんじゃないの?」
すぅっと。那美が浅く息を吸った。
目にも止まらぬ早業で、リボルバーが火を吹いた。静星はこまめに体を黒い靄と実体に切り替えつつ、リングを伸ばして那美を攻撃する。反射的に、煌津は静星を斬りつけた。だが、まるで如意棒のように反対側にも伸ばされたリングが、煌津の剣撃を弾く。瞬間、リロードを終えた那美のリボルバーが銃弾を吐き出す。黒い靄に姿を変えた静星に、煌津は吸い取る包帯を突き立てる。静星が苦々しげに呻く。煌津が射線から逃れると同時に、吸い取る包帯によって実体に戻された静星の体に銃弾がすぐそこまで接近していた。捉えた。煌津はそう確信したが、その瞬間、地面から湧いて出た無数の小さなくねくねモドキの群れが銃弾をあらぬ方向へと弾き飛ばしていく。
「まだまだ!」
手から吸い取った黒い靄を捨て、煌津は低い体勢で斬りかかる。リングの刃筋が剣の刀身を噛み合う。黒い紐が煌津の首元に出現し、締め付ける。意識が飛びそうになった瞬間、那美が刀印で黒い紐を切る。徒手空拳に切り替えた那美の足払いが静星の体勢を崩す。崩れた体勢を黒い靄に変じてすぐ実体化する事で素早く立ち上がり、後ろ蹴りを放つ静星。那美の打撃と煌津の剣撃を素早く、そして確実に静星は捌き続ける。
「ふん!」
静星が両側に黒い衝撃波を繰り出し、那美と煌津は同時に吹っ飛ばされる。
「はあ、はあ……」
煌津は息が切れている事を実感する。対して、静星はまだまだ余裕そうだった。とんでもない戦闘能力だ。隙に攻め入っているはずなのに、あっという間に劣勢に追い込まれる。
「久しぶりの戦いは楽しませてもらったよ、先輩方」
リングを指でくるくると回しながら、静星は言った。
「でも、そろそろ終わりにしよう。わたしは次のレベルに行く。あんたたち雑魚には付き合っていられない」
「街を呪詛で満たすって奴か。そんな事して何になるんだ」
問いながら、煌津は相手に攻め入るタイミングを探す。
「はっはっはっ。本物の素人さんの先輩にはわからないでしょうね」
「ああ、わからないね。とにかくヤバそうって事だけは理解してるよ」
「うーん。素直でよろしい」
「この……っ」
苛立った煌津を、那美が手で制す。
「挑発に乗らないで。ムカつくのはわかるけど」
「九宇時先輩はわかっているんでしょ? わたしが何をしたいのか」
「さてね。オカルトマニアの考える事はわからない。でも……」
スピードローダーを投げ捨て、那美は弾倉を元に戻す。
「見当はついているよ。宮瑠璃市ほどの街をもし呪詛で満たせるなら、大規模な異層転移を引き起こせる。それはつまり、巨大な異界へのゲートを開けるという事」
銀色のリボルバーが、静星に向けられる。
「闇霧の世界へ行く気だね。静星乙羽」
静星は満面の笑みを浮かべた。
「ご名答。まあ、さすがに九宇時先輩はわかるか」
煌津には理解できなかった。
「闇霧の世界に……行く? そんなの自分一人で勝手に行けばいいだろ」
「ふふふふ、
神経を逆撫でする笑いを浮かべながら、小馬鹿にした目で静星は煌津を見た。
「闇霧の世界への門は、ただでは開かない。供物が必要なの。街を飲み込むほどの血が、滅びても残るほどの怨嗟が、慈悲を最後の最後で踏みにじるほどの悪が! それほど純粋なものを捧げて初めて、闇への扉は開かれる!」
静星は陶酔していた。彼女の狂おしいほどの暗黒への憧れを、煌津は感じ取っていた。何故そこまでして邪悪なものを求めるのか、やはり理解できない。
「……何であれ、君は止める。この街の人を、これ以上苦しめるわけにはいかない」
「心意気は立派だね。でも、ここから出る算段はあるの? 先輩」
ぞわり、ぞわり、と。
背後に迫るものを感じて、煌津は振り返る。
「うっ……」
うねる、白いくねくねモドキの大群がすぐそばまでやってきていた。これほどの大群の接近に何故今の今まで気付かなかったのか。……眩暈がする。駄目だ。直視するのはまずい。
「落ち着いて。魔力を両目に集めるの」
那美の両目が桜色に光る。那美の魔力が、くねくねモドキの放つ呪力を防いでいるのだ。煌津は己の中の魔力を見つめる。循環を感じる。魔力を少しずつ、両目に集めていく。
真っ赤に光る両目の魔力が、煌津をくねくねモドキの呪力から守っていた。
「私は静星をやる」
那美が、煌津の後ろに立ち、静かに言う。
「穂結君、くねくねモドキを炫毘で焼き払って。君の炫毘と天羽々斬なら、うまくすれば異層転移を起こせる。ここからも出られると思う」
「わかった」
頷き、煌津は剣を構える。
「作戦は決まったー?」
指でくるくるとリングを回しながら、静星が煽る。
「ええ。とっとと終わらせましょうか」
「はっはっはっ。とっとと、ね……」
背中越しにでも、煌津は感知出来た。静星の呪力が増した。
「やってみろよ、先輩!」
「穂結君!」
那美の声を合図に、煌津はくねくねモドキを見据え、己の中の魔力の流れを見つめた。大群を一斉に焼き払うには生半可な威力では駄目だ。炎を燃やすための大量の魔力が必要だ。だが、それだけの量が、果たして煌津の中にあるのか……
『自分の中にあるものだけでは、足りない』
「っ!?」
唐突に頭の中に響いた声に、煌津は思わず辺りを見回す。
『力を求めるなら、手段を選ぶな』
『欲せよ』
『悪を滅ぼすため』
『悪を救済せんがため』
『求めよ』
『欲せよ』
「うっ――!?」
体中に巻かれた包帯が次々と伸びる。地面に、灯篭に、倒すべきくねくねモドキに。
九宇時那美に。
「穂結君!?」
吸い取る包帯がいくつも体から伸びて、あらゆる場所に刺さり、エネルギーを吸い上げ始める。那美の腕にも絡み付き、接着面から魔力を吸収している。止めようにも、包帯は煌津の思い通りには動かなかった。煌津の頭部はすでに包帯に包まれている。口も動かない。
「はっはっはっ! ここにきて魔物喰らいの帯が暴走したか!」
哄笑を上げる静星の上にも、大きな影が落ちていた。煌津にはもはや制御が出来ない。魔物喰らいの帯は、あの巨大なヒトガタと化していた。
「お前は……」
静星の哄笑が止んだ。
「そう。どうやら適切な宿主を見つけたみたいね。わたしの物にはならなかったくせに……」
ヒトガタは虚ろな声で答えた。
『お前の事は覚えている』
『彷徨う女』
『お前の帰る場所など、ない』
「黙れ、包帯風情が! 切り刻んでやる!」
吼えた静星がリングを構え、跳躍する。
その胴体にヒトガタの爪が容赦なく突き刺さった。
「ぐぅっ!?」
『ここでは足りない』
吸い上げられた魔力と呪力が絡み合い、大きなエネルギーの塊となるのを煌津は感じた。
「何を……する! この、やめろ! 包帯め! お前なんかがわたしに――」
煌津の視界からでは決して見る事は出来なかったが、包帯で出来たヒトガタが笑っている様を煌津は脳裏に描いた。
吸い上げられたエネルギーが放たれる。空間に亀裂が入り、瞬間的に、三人が亀裂の中に吸い込まれる。
組み替えられた三原の家は瓦礫の山となり、曇天の下に晒されていた。くねくねモドキもおらず、灯篭はなくなっていた。瓦礫の中で、三原稲の母親が気を失っている。
――波の音が聞こえる。
埃の臭いを嗅ぎ取って、煌津は目を覚ました。ひどく汗をかいている。手を見ると、指ぬきグローブがない。包帯もだ。変身が解けている。
煌津は辺りを見回す。どうやら、居間のようだった。出しっぱなしの炬燵、散らばった本、散らばった衣類。
「っ、九宇時さん」
やはり変身が解けて銀髪に戻った那美が近くに倒れていた。何度か声をかけて、揺さぶる。
「……っ、穂結君?」
「大丈夫?」
「私は平気。……ここは?」
那美の目が、古いテレビを見た。そして山積みになって崩れたビデオテープを見た。
「まさか、ここは……」
那美が呟く。煌津は炬燵の上を見た。
あの時見た、あるであろうはずの物が見当たらない。
「九宇時さん、外へ」
言うが早いか、煌津は玄関へと駆けた。那美もそれに続く。
外の様子がおかしかった。青、赤、緑。さまざまな色の光が、滑らかな膜のようになって、家や家の前の道、そして向かいの鬱蒼とした森を覆っている。
煌津は家の前の看板を見る。やはり、間違いない。
――《あだむの家》
「まさか、こんなタイミングでここへ戻るとはね」
声が聞こえた。静星の声が。
家のすぐ傍で、静星は海を眺めていた。煌津たちと同じように、静星もまた変身が解けている。栗毛色の長い髪を揺らし、手にはノートと、ビデオを持っている。
「そのビデオ……」
静星は振り返り、ラベルの側を見せてにやりと笑った。ラベルには『変身』と書いてある。
「返せ!」
駆け出そうとした煌津に対して、静星は崖っぷちに隠してあった剣を抜いた。天羽々斬を。
「何で、全部取られているの」
那美が苦々しげに煌津に耳打ちする。
「怒らないで、九宇時先輩。わたしのほうが早く起きたってだけだから」
「ここで止まっているわけにはいかないんだ!」
煌津は叫んだ。
「いいかい。ここは、十二時間で元の世界の半年分の時間が経過する! 一分でおよそ六時間ほどだ! ぐずぐずしていたら、全員揃って浦島太郎だぞ!」
「知っているよ」
煌津は静星が手に持ったノートに目をやった。
「それを読んだからだろ」
「いいえ、違う。これを書いたのはわたしだもの。わたしはここをよく知っている」
剣を地面に突き刺し、静星はノートを放り投げる。
『運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ』
ノートの一節が見えた。
「君が……?」
「昔々の事だよ。事情があってね、小さかったわたしは、厄介な悪霊に目を付けられてしまって、安全のために山に隠された」
淡々と、静星は言った。
「山の中を何日も彷徨い、気が付くと、この世界に来ていた。青い海と、青い空と、廃屋一歩手前の一軒家しかないこの世界にね。そうして何日も、助けがくるのを待っていた」
煌津は、小さな女の子が、真っ暗なあのあだむの家の中にいる様子を想像した。物音は、波の音だけだろう。この世界に、夜はくるのだろうか。
「でも、何日待っても誰も来なかった。わたしはずっと小さな女の子のまま、あの家で暮らした。ある日、知らない男がやってきて、この世界からわたしを元の世界に連れ戻した。でも、元の世界に着いても、両親は迎えには来なかった。そこでようやくわかったの。両親はわたしを隠したんじゃなくて、捨てたんだって。自分たちの安全のためにね!」
静星の顔が怒りに歪む。
つい今の今まで、命を削るやり取りをしていた相手が、今はただの人間のように怒りを露わにしていた。何年も、心の中に突き刺さったままの楔が、彼女を苦しめているのだ。その痛みが怒りを呼び、憎しみを増幅させ、彼女に闇への道を歩ませたのだ。
「わたしは人間の世界への情を捨てた。呪術師となり、闇霧の世界の存在を知り、その一員となろうと決めた。当然のように幸福を享受する奴らを、苦しみのどん底まで落としてやろうと決めたんだ!」
ノートから黒い靄が噴出する。呪力だ。何年もノートに蓄積された呪力が立ち昇り、稲妻のようにスパークしている。
「ゲートを開けるつもり?」
那美が静かに問う。
「そうだよ、先輩。周りを見ればわかるだろうけど、どうやらわたしたちは今なお異層転移の真っただ中にいるらしい。つまり厳密に言えば、わたしたちはまだ、あだむの世界にたどり着いていない」
「……あだむの世界にたどり着いていない以上、私たちはこの世界の時間の流れの中にいない」
何かを理解したかのように、那美があとを引き取る。
「ごめん……えっと、つまりどういう事?」
「今の私たちは、十二時間で半年が経過する時間の中にはいない。ゲートを使って元の世界に戻っても、十年も経っているという事にはならないはず。せいぜい数分か、数十分ってところだと思う」
「そういう事」
静星がリングを構える。
同時に、那美がリボルバーの銃口を静星に向ける。
「先輩らも実感しているでしょう。この異層転移を維持するために、わたしらの魔力と呪力はほとんど使われてしまっている。このままじゃ変身も出来ないし、自力でゲートも開けない。今、用意出来たこいつ以外はね」
「あなたはそれで帰るつもり?」
冷静に、那美は問う。静星は余裕の笑みを浮かべていた。
「もちろん。呪力で出来たゲートは生身の人間には通れない。例の巫女装束や、包帯がなきゃね。でも九宇時先輩は巫女さんに変身出来ないし、穂結先輩にはビデオがない」
静星は、ビデオを振ってみせた。
「ゲートは通る。ビデオは奪い返す」
照準をぶらさず、那美は鷹のように鋭い目で言った。
「穂結君が」
「え!? ああ、うん。まあそうだよね……俺のビデオだし」
煌津のリアクションには構わず、那美は円を描くように移動する。地面に落ちたノートは、三人それぞれの位置から見て、ほとんど均等な距離にある。那美が煌津から離れたのは、静星の標的を二つに分けるためだ。
天羽々斬は、ノートの少し奥。静星の側に刺さっている。まずはあの剣を回収しなければ、煌津に武器はない。
急がなければならない事に変わりはない。稲が攫われ、ハサミ女は千恵里の元へと向かっている。一刻も早く、元の世界に帰らなければ。
「あー……先輩らと遊ぶのもこれで最後にしたいんだ。これから忙しくなるんだし」
くるくると静星はリングを回し、
「とっとと降参してよね!」
静星の指からリングが飛ぶ。狙いは那美だ。だが、呪力がない以上、あれはただの回転する刃物も同然だ。素早く那美は身を翻して躱す。その間に、煌津は天羽々斬を地面から抜き取る。
「ふん」
静星が笑う。同時に、遠くまで飛んでいったはずのリングが、物凄いスピードで戻ってくる。狙いは、煌津だ。剣を抜きざま、煌津はリングを弾き飛ばす。空中で一回転したリングは、しかし自分の意志を持つかのように、連続して煌津に突っ込んでくる。
「変身出来ないって!」
「呪力がなくなったとは言っていない!」
静星が那美に殴りかかる。拳銃を持つ手を狙って蹴りを放つが、那美はそれを優雅にも見える動作で躱していく。銃で静星を狙うものの、お互い動いているせいで狙いが付けづらい。
「はあっ!」
「ふっ!」
拳銃を持ったままで、次々と打撃を繰り出す那美と、余裕の表情でそれに応戦する静星。手に持った煌津のビデオで那美の頭を狙うが、那美はリボルバーでビデオを相打つ。そのまま胴体に一撃、さらに膝蹴り。静星の手首を狙い、ビデオを叩き落とす。
「穂結君!」
地面に落ちそうになったビデオをキャッチし、那美は煌津に向かってそれを投げる。リングの猛攻を防いで煌津は、那美の声に反応して強めにリングを叩きつけると振り返り、飛んできたビデオを何とかキャッチした。
「先に行って! 私はこいつを片付けてから行く!」
――一瞬、もたげかけた迷いを煌津は心の中で一蹴した。今は、それしかない。
「わかった。必ずあとで!」
「サターン・リング! 逃がすな、やれ!」
静星が怒鳴る。サターン・リングが空気を切り裂いて煌津に接近する。ゲートは呪力を弾けさせ、バチバチと鳴っている。
「急いで!」
那美の声に後押しされ、煌津は呪力ゲートの中へと飛び込んだ。
「病院を思い描いて! 千恵里ちゃんの元へ行くの!」
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