第7話●父の異世界転生

「おーい晴明はるあき、遅刻するぞ。まったく、露天風呂で寝てしまうなんて」

「待って、父さん、母さん!朝ごはんのサンドウィッチまだぁ」

「ハルちゃん、はい、マグボトルにミルクティーいれてるあるから試験がんばるのよ」

「ありがとう母さん、夜はオムライス頼んだよ」

「はいはい、ケーキはお父さん、帰りに街で買ってきてね」

「ああ、美味しいやつ注文してあるから大丈夫だ」

「いってきまーす」


 老舗旅館の裏玄関の朝の光景、普通の一日の始まりであるように見えた。


 ローンの残った車の後ろの席に滑り込む。

「晴明、今日だけだぞ。明日はちゃんと早起きして電車で行くんだぞ」

「はーい、念には念を入れて勉強した結果だよ」

 さっそくサンドウィッチを食べ始めた。

 キュウリ少なめ、ハムどっさり、マヨネーズが口の横に着くのもお構いなしに遅い朝ごはんだ。

「どうだ試験の準備はできてるのか」

「ばっちりだよ。1156年、保元の乱、後白河天皇方と崇徳上皇が闘って、平家が天下を横臥おうがする時代の始まりで、平清盛が活躍するんだよ」

「平清盛か、父さんも歴史は好きで小説もいろいろ読んだな」

 次は卵サンド、板場のゲンさんが作ったフワフワの出汁巻きの卵にトマトが入っている。この分厚い卵がそそるんだよな、マグの紅茶を飲む。

「うまそうだな、帰ったら俺も食べるか。そうだ帰ったら布団部屋の整理のお手伝いだぞ」

「前見て運転してよ」

 まったく芸がないな。どうせプレゼント隠してあるんでしょ。


 14歳になるのにまだまだ母親だよりの甘えたやつだな。清盛か実際はどういう人物だったんだろう。出自や若い頃のエピソードが薄いから、よほどいい参謀に恵まれていたんだろうな。さて、せっかく元町に出るからには、母さんには花買って、ワインもいいのを選んであそこで美味しいトンカツ食ってから帰るか。


 八雲晴人やぐもはると、鎌倉期からの老舗温泉旅館の主人である。子煩悩で愛妻家、天体観測が趣味の普通の四十の中年だ。最近太り過ぎと妻から言われ節制しているが美味しいものに目がなく家族であちらこちらへ美味しいものを求め休みの日はグルメ三昧である。そのせいか息子も自然と詳しくなっている。彼より食いしん坊かもしれない。


「やっぱり、サンドを一口く・・」といった瞬間崖の上からの落ちた大きな岩が車を押しつぶし、川へと落ちていった。


 晴人の意識が遠のいていく、眼鏡が外れよく見えないが、後部座席の晴明はピクリとも動かない血まみれだ。

「ハルアキ・・・」こと切れた。



 八雲晴人やぐもはると目覚めなさい。不思議な空間の中で目を覚ました。

 光放つその人物は、こう説明した。俺は死んで異世界に転生することになった。特別な力を宿し八歳になれば再び自我を回復するから悪を討てと言い放つと意識が遠のいていく深い深い眠りにつくように、悪を討てってヒーローになれってことか小さい頃の夢が一つかなうな・・・・・・


 「夢か」

 ベットから起き上がる。ベット?うちは布団だぞ?周りの景色は洋館の室内だ。ああ、夢じゃないここは異世界だ。頭の中に八歳までの記憶が洪水のように流れ込んできた。めまいを覚えながら現実を把握した。

 ドーマハルト・クラディウス、今の名だ。起き上がり鏡のところに向かう。

 やっぱり夢ではなさそうだ。栗色の髪の八歳の俺がいた。姿は小さい頃の俺に似ているがどちらかというと息子の晴明に近い。!そうだ晴明、生きているだろうか。あの様子では望みが薄い。あー母さん、陽子、悲しむだろうな。一度に二人も・・・保険金は入るだろうから車のローンやお金のことは大丈夫だろうが、あいつの悲しみを想像すると死にたくなる。あっ死んだんだ。晴明も同じように転生はしていないだろうか、まだわからないことが多すぎる。

 ノックの音がする。


「ドーマハルト様、入学式に送れますぞ」

 痩せた男が入ってきた。

「オオガミ、わかった準備する」

 返事をしたとたんオオガミが肩をつかんできた。

「転生者だったのですか」

 目を見開き歓喜の表情に変わった。

「どうしたんだ」

 いや子供らしくしゃべらないと

「どうしたのオオガミ」

「いえ隠さなくても大丈夫です。この日を待っていたのです」

 かなり興奮している。

「どうしてそう思うの」

 いや言い直す。

「なぜわかったんだ」

「ええ、見えるのです。元のお姿が」

 ただの中年のおっさんだぞ、そんなに興奮することか。

「私は代々この家に仕えていたのはこのためだったのです」

「代々ってわが家は三百年は続いているぞ」

「不老不死のこの体の呪いを解くカギがあなたなのです」

「カギなんて持ってないけど」

「違います。あなたを助けその使命を果たすとき私は死を迎え、あいつのもとへ?あいつだれだ。わからない。長い月日が記憶を・・・だがツクヨミ、あいつの名は忘れん、俺を永遠の牢獄へ閉じ込めたやつ」

 何か混乱しているようだ。人はつらいこと悲しいことを忘れようとその記憶を自ら封印、なかったもとそう思い込むことがある。長い月日苦しんでいたのだろう。


「まあ、わかった。俺も使命があるらしい。とりあえずこれから八年間、全寮制の魔法学校に入学して卒業してから、ゆっくり話そう。何百年も待ったんだろ。それくらいあっという間だ。俺もこの体じゃなにもできない」

「それと転生者であることは誰にも内密にしてください」

「とりあえずそうするつもりだがなぜそこまでいう」

「今この世で侵略を続けるシーモフサルトの国の王が転生者であると噂があります。その配下の三人の将軍たちも同じく転生者だと」

「わかった転生者は嫌われているのだな」

「そうです。ところでお名前はどうお呼びいたしましょう」

「ドーマハルトのままでいいよ元は八雲晴人というのだが」

「日本からの転生者でしたか、私もそうです。呪いをかけられた後、何かの力でここへ」

「いいね、日本人同士仲よくしよう。ハルトと呼んでくれ」

「ハルト様、かしこまりました」

「ハルトでいいよオオガミ、さあ馬車を用意してくれ」

 馬車で二日はかかる王立ユートガルト学園へと旅立った。


 八年の歳月が瞬く間に過ぎ去った。


 小高い丘の公園から中世ヨーロッパのような街を眺める。城壁に囲まれ土色の瓦と漆喰しっくいの白壁の家々、教会には時を告げるからくり仕掛けの時計台、帆船が何隻も並ぶ入り江の港、ユートガルトでの父の領地ユート、俺の第二の故郷だ。首都から離れ、隣国エンドワースとの境界の辺境地である。この世界は国と言ってもそんなに大きなものではない。戦国時代の藩を少し大きくしたものだ。隣国同士協定を結び安保を保証しあっているが、その中でも東方のシーモフサルトのように侵略し吸収しようとする国もある。現状はエンドワースと戦争中だ。ここらもそろそろ危ないはずだ。


「さて家に帰るか」

 学園を卒業して徒歩でここユートヘ着いた。そのまま諸国漫遊の旅にでも出たかった。家にいったん戻りオオガミと旅に出るつもりだ。

 小さい頃から乳母とオオガミに育てられ、ほとんど関係の無かった父と母には何の愛情もわかない。赤ん坊の頃、彼らの話す内容の記憶がある。父は主君、この国の王のめいで母と結婚をした。母は王の愛妾めかけであった。王の子を授かったがそのまま父にめとらせていた。父はその貴族の地位を確かなものにするためにそれを受け入れた。俺は王のご落胤らくいん、世が世であれば王子様ってわけだ。何があるのかわからないので大事には育てられた。貴族の子が多く通うユートガルト学園に体よく幽閉され、もうすぐ元服、この国では16歳で大人として認められる。そして、どうせ城使いの役人として働かされるのあろう。それだけは嫌だ。


「ただいま帰りました」

 屋敷の扉を開け大きな声で言った。使用人たちが父と母に連絡する。あらかじめ手紙で帰る日時は伝えてはあった。

「おお、ドーマハルト立派になったな。トップでの成績で卒業したそうだな、父も鼻が高いぞ」

 階段の上での第一声だ。

「ドーマハルト遅かったの待ちわびていたぞ」

 両親との久々の対面だがそれより腹が減っている。

「ただいま戻りました。父上、母上お久しゅうございます」

 わざと他人行儀に挨拶をした。

「うむ、長旅疲れたであろう。部屋で休むがよい。おまえに使用人を二人雇った、好きに使うがよい」

「晩餐会まで少し時間があります。それまで部屋でお過ごしなさい」

 母は俺の凱旋がいせんに貴族たちを呼びお披露目をするつもりだ。面倒くさいが飯だけでも食って、夜にはこの屋敷を抜け出すか。


 部屋は出ていったままだが、隅々まできれいに掃除はされている。寝るときに抱いていたクマのぬいぐるみもそのままだ。ノックがする。

「やっと戻ってきたなハルト!」

 オオガミが入ってきた。

「ああ、久しぶりだな。この部屋と同じで全然変わらないな」

「新月が重なる時一日分しか歳を取らないのだ。それより立派になったな。見違えたぞ」

 まあ16になったので背丈もオオガミに頭一つ半分くらいまで追いついてきた。

「それよりこれを受けとってくれ」

 ひと振りの剣を差し出した。

「これは?」

 直刀の刃渡り80センチ、柄も金属製、美しい刀だ。

「クラウドソード、本来はこの家に代々伝わる刀だ。いつしか忘れられた宝だ」

 クラウディア家の始祖が使った剣だとも言った。

「雲のかたなか何か不思議な力を感じるが、何か伝えはあるか」

 剣を眺めながら聞く。

「時空を切り裂く力がある。始祖が放った一撃でできた裂け目から俺は来た」

 これを使えば元の世界に帰ることもできるのかな。まずは使いこなすことだな、またノックの音


「失礼しますご主人様」同い年くらいの二人の少女が黒いメイド服姿で入ってきた。

「ドーマハルトさまに今日からお仕えする。イソルダです」

 赤い髪の少女はお辞儀をした。

「アルジェです。ドーマハルト様よろしくお願いします」

 青い髪の少女もお辞儀をした。

 年に似合わず大きな胸をしている。好きに使えか、ゲスなことをあの父親はいったな、俺には陽子という大切な妻がいるんだ。あいつの嫉妬深さはよく知っている。元気にしてるかな。悲しんでいる姿しか想像できない日々だが、

「よろしくな、ふたりはふたごなのか?」

 すぐにこの家を出るのでよろしくもないが、取り合えずの返事だ。

「はい、性格はかなり違って火と氷みたいですが仲良くしてます」

「晩餐会が始まるまで一時間ほどです。入浴されてお着換えください」

「お手伝いしましょうか」

「いやいい、それには及ばん一人で大丈夫だ」

 まったくなんて言われて来てるのだか。

 浴室へいくと、上品な貴族のご子息といった着替えが置いてあった。日本の風呂に入りたい、こんなバスタブではなくヒノキの香りのする。さっさと汗を流し着替えて自室へ戻ってオオガミと打ち合わせをする。

「オオガミ、今夜この家を出る。一緒に来てくれ」

「ハルト、いいのか?あてはあるのか」

「冒険者として依頼をこなしながらレベルとスキルを上げるつもりだ。ユートから西へ船で向いベールへ行きそこを拠点にするつもりだ」

「ベールか西の大きな交易都市だな」

「学園の同級生もいる。料理がおいしく温泉もあるらしい」

 旅の準備を整えたところに晩餐会がそろそろ始まるとイソルダが伝えに来た。

 五十数名の賓客ひんきゃくを迎え、長々しい父のスピーチのあと、俺は壇上に上がりあらかじめ持たされた原稿を読むなんて、まったく茶番だ。

 突然、砲撃の音が響いて警報が響き始めた!敵襲警報だ。おそらくシーモフサルトの軍が攻めてきたに違いない。宴会場を飛び出た。

 屋敷の衛兵を捕まえ状況を聞いた。

「港より戦艦八隻の敵襲です。敵兵も上陸中」

 激しい砲撃が続き、街は火に包まれてる。30分もすればこの屋敷にも敵は来るだろう。砲撃の着弾音が近くまで聞こえる。上陸場所を一掃し終えたのだろう。破壊音が耳をつんざいた!屋敷に命中する。宴会場のあたりだ。

 再び屋敷に入り、部屋から剣と荷物を持ち出した。途中、宴会場を見たがほぼ全滅であった。父も母もすでに絶命していた。しばらくの間であったが両親だ。手を合わせ弔い、オオガミを探した。

「オオガミっ!」

 崩れたがれきの下からオオガミが這い出してきた。イソルダ、アルジェの二人とともに、オオガミがとっさにかばったのであろう、オオガミはボロボロだ。

「逃げるぞ。ここはもうだめだ」

 砲撃が続く中、四人は屋敷裏の山道を進んだ。この山を越えれば、陸路で時間はかかるがベールまで行くことができる。途中にユートガルトで最強の城塞都市ドメルがある。走って山道を駆け上るが、驚いたのはメイドの二人が遅れもせずについてくる。峠を越え追っての無いことも確認して少し休憩をした。


「すごいじゃないか、二人とも、えーと・・」

「イソルダです」「アルジェです」

 そうだった。

「何か鍛錬していたのか?」

「城の兵士となるべく戦士として育てられました」

「両親の借金の為あのお屋敷へと奉公することなりました」

 改めて二人のステータスを確認すると魔法も使えるし戦闘力も屋敷の衛兵たちよりも高い。

「よかった、それでは二人きりでも逃げ延びることができるな」

「だめです。私たちはドーマハルト様にお仕えすることが命令です」

「契約に背くことは私たちにはできません」

 まいった、あのクソ親父、奴隷紋の契約を施してあるのか、契約を行ったもの以外は解呪できないじゃないか。もう少し早く言っておいてくれれば、腕一本でも切り落として持ってきたのだが、しかたない。

「わかった、しばらく一緒に行動しよう。解呪の方法が見つかればその時別れよう。しかし腹が減った。どうして飯を食ったあとから攻撃してくれないんだよ。まあスピーチせずに済んだのが幸いだけど」


 アルジェが背負ったリュックからパンを出してきた。いつの間に背負っていたんだ?

「ありがとう、用意がいいな」

「アルジェの癖でいつもカバンを近くにおいて何かと集める収集癖があるんです」

 かわいい顔をして関西のおばちゃんみたいなやつだな。

「飴も入っているのか」

「お入り用ですか」

 ごそごそしだした。

「いや、いいんだ」

 やっぱりか。ほかの食べ物も取り出してきた。宴会場に散らばったものをありったけ拾ってきたらしい。アルジェにはアイテムボックスのスキルがあるようだリュックの容量以上の収容力を持っている。

「もったいないですから」

 おっやっぱり関西人の血が流れてるな。

 腹ごなしも済んだから先を進もうかと思ったときオオガミが、

「気配を消して隠れて」

 緊張が走る。追ってなのか?

 ではなかった。前方から30人ほどの小隊がやってくる。

ドメルの援軍?ではない。シーモフサルトの旗に翼をはやした女の魔人が率いている。ヘルハウンドやケルベロスもいる。挟み撃ちでユートを攻める軍勢のようだ。危なかった鉢合わせするところだった。無事に気づかれずにやり過ごしたようだ。


「危なかったなハルト、これでユートも陥落かんらくしたな」俺という使命を得たオオガミには他人事のように映っている。

「早めに降伏して被害が少ないといいのだが」

 しかしあの女魔人を見ると胸騒ぎがする。無益な殺生も辞さないタイプに見えた。小隊が来たほうから火の手が上がっている。確か獣人が暮らす村があったはずだ。

「オオガミ、村に向かうぞ」


 目をそむけたくなった。村の建物には火が放たれ、逃げようと後ろから斬られた獣人たちや、女子供の死体が転がっている。

「ひどいな、ここまでやらなっくても、ユートヘの合流が遅れるのもいとわず、楽しんで攻め滅ぼしやがって」

 怒りが込み上げてきた。ただの農村だぞ!

 まだ自我の戻らぬ幼い頃の記憶で、屋敷の厨房にこの村からやってくる獣人の若夫婦がいた。獣人が物珍しくて好奇心で隠れ見ていた俺を手招き引き寄せ、耳や尻尾を動かして相手をしてくれた人がいた。楽しそうに笑い子供好きの人たちだった。


「オオガミ手当てができる人がいないか探そう」

 イソルダ、アルジェともども探し回る。イソルダが探しに行ったほうで竜巻が起こっている。皆が集まるとそこには、イソルダが拾った鍬を持ち戦闘体制に入っていた。


「どうしたんだ、イソルダ」

「獣人の子供があの二人の死体を調べていたら突然あらわれて、この竜巻を」

 見ると渦の中心に幼い女の子がいる。泣きわめき両親と思われる遺体にしがみついている。サイキッカーなのか念動力で周りの瓦礫や何もかもを巻込み誰をも近づかせない思念で自己防衛をしている。

「もう大丈夫だよ。敵はもういない」

 イソルダの声は届かない。ますます勢いが強くなっていく。このままあの力を使い続けては命の危険もある。生命エネルギーがどんどん減っている。


「気絶させようかハルト」

 泣いている少女を見ると胸が締め付けられ、助けないといけない、何かがそう言っている。

「いや、俺が行く」

 瓦礫の飛び交う中を進み少女に近ずく、小さな石や硬い塊が体中を打つ、よろめき血だらけになりながら目の前にたどりつく。


「いやー!!!」

 泣き叫ぶ少女を抱きしめる。

「もういいんだよ。泣かないでお兄ちゃんが守ってあげるから」

 とりわけ大きな瓦礫が頭に当たる。少女の目の前にあおむけに倒れた。しかし手を伸ばし



 笑って見せた。嵐が止み、われに返った少女は俺にぎゅっと抱き着き気を失った。

「大丈夫かハルト、まったく無茶をする」

 アルジェが血を拭きながら「沐浴アブル

 治癒の呪文で看護する。

「なんでかな」

 何かこの子を守らないと陽子に叱られる気がしたなんていえない。

「村の人たちを埋葬しよう」

 少女が抱き着いていた夫婦を見ると幼き日、俺をかわいがってくれた人たちだった。住んでいる小屋の中を見るとこの子の姉か兄たちの遺体もあった。怒りがまた湧き上がる。

「ドメルまでまだかなり距離がある。ここで夜営して朝を待とう」

 オオガミは空き家を探る。そして手分けして墓を掘り遺体を埋め墓標代わりに石を置いた。

 小屋の中で眠る。少女はまだ眠ったままだ。イソルダが抱いて寝るようだ。オオガミは小屋の前で夜警すると言って腰を下ろしている。まだ頭がふらふらする。甘えて眠らせてもらおう。空には大きな月と小さな月、二つの満月で弔いの光を照らしていた。


 翌朝目覚めるとあの少女が俺に抱き着いて眠っている。同じく目を覚ましたようだ。

「お兄ちゃんだいじょうぶ?いたいいたいない」

 頭をさすってくる。

「なんともないよ、お名前は?」

「タマモ、むっちゅ」

 三本の指を立てているがそれは三つだ。

「ハルトだよ。体は何ともないか」

 ぺこりとうなずく、あんなすごい念動力を持つなんて獣人の妖狐族の中には強いサイキック能力が生まれることがままあるそうだ。両親の死のショックで隠された力が発動したのかもしれない。


「どうするハルト、ドメルまで連れて行ってどこかに預けるか」

「そうだな、ここは誰もいない、それしかないな」

 俺の服の裾をつかみタマモは悲しそうな顔をして俺を見つめる。そんな目で見つめられても・・・

「わかったよ、一緒に旅をしよう」

 見る間に笑顔が広がり尻尾を振る。

「大丈夫か。そんな幼子を連れて」

「イソルダ、アルジェ面倒頼むよ」

「はい、ご命令のままに」

 陽子がどこかで見ていてしっかり育てろといっているようだ。あいつも女の子が欲しいといつもいっていたな。わかったよ陽子、タマモの頭を撫でた。


 タマモは両親たちの墓に花を手向けお祈りをした。

「おとうたま、おかあたま、やちゅらかにお眠りください」

 涙をぬぐい俺に抱き着いた。

「さあ、とりあえずドメルへいくぞ」

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