第8話●獣人の娘
ドメルまでは六歳のタマモの足では無理がある。かといって背負って移動するわけにもいかず、村に残された馬車を使おうと思ったが、肝心の馬は略奪されてしまっている。その場しのぎの手でトラクターを車につなぎ小さなタマモと皆を載せドメルを目指した。
この世界の生活は中世後期の様式だが、このトラクターのように魔石を原子炉替わりに使い蒸気機関で動く、魔法科学や錬金術など驚くテクノロジーは進んでいた。ただ空はまだ
途中に兵士の死体があった。ユートの兵士たちでドメルへの伝令に向かうところをシーモフサルトのやつらに殺されたのだろう。つまりドメルはまだユートが陥落した情報を得ていない。しかし隣国と戦争中のシーモフサルトがなぜユートを?
挟み撃ちか、ユートを挟み撃ちの拠点とし奪い取り隣国を攻めると言うことか。その戦争が終われば、ユートを起点としてこちらに攻め込むつもりなんだな。隣国エンドワースとユートガルトは連なる山脈によって分かれている。つまりあの小隊は山越えでこちらに来た。鵯越の逆落し、源義経かってんだ。
「ハルト、タマモが腹が減ったとうるさいんだ。ここらで休憩してくれ」
そうか朝の飯で晩餐会の残りもなくなったか。川辺に馬車を進めた。
「ハルト、おなかちゅいた」
といわれても川には見たところ大きな魚もいない。オオガミが森の中へと消えていった。
イソルダが川の中からザリガニを五、六匹か捕まえ、焚き火を熾し馬車にあった釜でゆで始めた。
「こんなもんでも食べな。虫押さえくらいになる」
アルジェはリックから宴会場にあった塩コショウの瓶を取り出してザリガニにかける。タマモはバリバリと殻ごとアッという間に平らげた。
「もうないの」
食欲は旺盛で結構だ。とオオガミが猪の魔物ギアーレを担ぎ戻ってきた。手慣れた様子で小刀でギアーレを捌いていく。毛皮と牙、魔石ととりわけ、肉もブロックごとに分けて、あっという間に解体してしまった。馬車の中の壊れた
「旨いな。塩コショウだけで十分だ。タマモ、熱いので気をつけて食べるんだぞ」
「タマモ、お肉大好き」
身の部分を食べ終わると、骨についた身を子犬のように懸命にかじり取っている。口の周りが肉汁まみれだ。手拭いで拭いてやる。
オオガミはギアーレの生の臓物をそのまま食べている。
「そんなの旨いか?」
「口に入れば何でもいい」
便利というか食の楽しみを知らぬ可哀そうなやつだな。
「さあ、ドメルに向かうぞ」
ギアーレの残りはアルジェが収納する。トラクターの魔石に魔力を補給して、水のタンクを満タンにする。あと一日てところかドメルまでは、その日は野宿をして残りのギアーレを食べ、タマモは俺に抱き着いて眠る。オオガミはまた、夜警をしている。
「オオガミ寝ていないが大丈夫か」
「ダブル・フルムーンだ。体力は無尽蔵にあふれている」
不思議な奴だ。
次の日、朝飯は多少飽きがきているが肉を食べ出発した。昼前にドメルの一番外の城壁の門にたどり着いた。衛兵が近寄ってくる。
「なんだお前らはそんなトラクターになぞ乗りよって妖しいやつらだ。おいっ!身分を示せ、行商人なら通行書を冒険者ならギルドのライセンス出せ!」
高圧的に言ってきた。俺は首から身分証代わりの
「ユートの領主の息子ドーマハルト・クラディウスだ。それと付き人たちだ」
衛兵が起立をして敬礼する。
「失礼いたしました。お通りください」
「もっと人当たりは丁寧にな、損をするぞ」
衛兵はむっとして睨み返した。
「ガートベルト卿に面談の許可を取ってくれ。ユートが進軍された」
衛兵はこの街の領主の名を聞いた途端、自分の失態をやっと気が付いたようだ。
「しっ至急連絡をいたします。この件はどうにか御内密に」
「おい!そこのもの、クラディウス卿を領主さまのところまで案内するのだ」
しったぱの衛兵に命じた。
本当は飯でも食って一息ついてから報告するつもりだったが衛兵の態度に腹が立ったのでお灸をすえたくなり、大人げないことをしてしまった。
馬車から首をだし
「タマモ、おなかちゅいた」
またか、しかたない。
「衛兵くん、このあたりで安くてうまい料理屋はあるか」
「はっ、あそこの山猫軒がおすすめです」
注文の多い料理店かまあいいだろう。馬車を前に止め
「俺はこれからここの領主と話をしてくるのでこの店で飯を食って待っていてくれ。後で向かう。タマモいい子で待つんだぞ」
タマモは俺と別れるより山猫軒からの食べ物の匂いのほうに気が言っているようで、すぐにうなずいた。四人を料理屋で待たせ領主の屋敷へと向かった。
ガートベルト卿は、報告の内容におどろき、すぐに面談の運びとなった。
「カイン・ガートベルトだ。ようこそドメルへ。早速だがユートが敵襲されたとは本当か伝令も何もなかったぞ」
さすが要塞都市の領主といった軍人のような男が訪ねた。
「これはガートベルト様、可及的速やかなお目通りありがとうございます。ユート領主クラウディア家の嫡男、ドーマハルトです。二日前の夜、海より軍艦八隻、山からシーモフサルトの旗を掲げた一個小隊での挟み撃ちでシーモフサルトの軍に攻撃されました。父と母は戦死しました。そして伝令は山からの小隊に殺されておりました」
「シーモフサルトなのか!エンドワースではないのだな。なぜだ」
「これはあくまで私感ですが、シーモフサルトはエンドワースを攻めるためにユートを奪ったのでは」
「合点の行く考えだな。しかし、ユートガルト王に進言して軍備を増強しておこう」
窓の外を眺めながら考え込んでいる。
「父君母君は残念であったな。領土も奪われ、これからどうするつもりだ」
「冒険者として力を蓄え、シーモフサルトとの有事の際には必ず駆けつけるつもりです」
シーモフサルトの王を打つことが使命だとは伏せておいた。
「それは心強い、頼んだぞ。さてもう昼だが何か一緒に食べるか」
「いえ、お誘いありがとうございます。付き添いを待たせているのでこれで失礼いたします」
「そうか、それは仕方ない。いつまでこのドメルに滞在するつもりだ」
「今晩泊り明日には西のベールを目指します」
「では、またの機会ゆっくり食事でもしよう。ここに戻った際はかならず来てくれ」
「はい、よろしくお願いします」
ガートベルトとわかれ山猫軒へ向かった。
店の中が騒がしい何か嫌な予感がする。
「タマモ!ちゃんと席についてなさい!」
イソルダの叫びが聞こえる。やれやれ、何をやらかしてるやら。
「どうしたんだ、イソルダ?」
「ハルト様、タマモがあちこちのテーブルへいって人の食べているところを見まわっているのです」
「なんだまだ注文していないのか?」
「ええ、ハルトが来るまで待つといってきかないのです」
タマモを見つけ抱き上げる。
「お腹がすいてるなら早く食べてればよかったのに」
涎をたらしたタマモの口を拭く。
「おい、ちゃんとしつけとけよ。じろじろ見られて食いにくいんだよ」
冒険者風の男が文句を言っている。
「すまなかった。おい!このテーブルにビールをひとつ」
ウエイターに告げる。
「おごりだ!ゆっくりくってくれ」
「ハルトと一緒にご飯食べる」
おなかを鳴らした。
「わかったよ。早く注文しよう」
席に着く。ほかのみんなも律義に待っている。
「なんでもいい、早くできるものを四つ頼む。それと先にビールだ」
「タマモあれ」
隣のテーブルの野菜スープを指さしている。
「野菜スープも一つ!」
タマモが俺の膝の上に座る。子供には椅子が合わないか。しかたない。
ビールが来たさっそくのどを潤す
「ぷっはぁ!」
旨い、16年ぶりの一杯だ。
この後は冒険者ギルドへいって登録だ。金は屋敷から金貨10枚ほどくすねてきたが稼がないと旅もままならないな。金貨一枚が日本円で十四、五万くらいだったか。どうしても円換算してしまう、海外旅行へ行った時もそうだった。ふと陽子といったイタリア旅行を思い起こす。
「ぷっはぁ!」
なっなんだ?タマモがビールを呑んでいる。
「こら!子供の呑むもんじゃない」
ジョッキを取り上げた。
「おいちい、ヒックっ」
驚いたいける口じゃないか。晴明もこれくらい豪胆だったらよかったのだが酒には興味を示さなかったな。そういえば陽子もビール好きだったな。
料理が運ばれてきた。パンとツヴィーベルフライシュ、サワークリームのついたドイツ風のビーフストロガノスのようなものが来た。一口食べるとギアーレ肉だった。またかしかし味付けは抜群だ。ビールに合う。タマモを見ると手づかみで食べている。
「タマモ、フォークとナイフを使うんだぞ。アルジェの食べ方を真似しろ」
この調子だと野菜スープまで手で食べそうだった。スープも運ばれてきた。スプーンですくってタマモに食べさした。
「おいち、もっと」
手にスプーンを握らせて食べるようにといった。
「ハルト~たべさせてぇ」
ここはちょっと締めておいたほうがいいな。
「おーい、子供用の椅子はないか」
ウエイターが運んできた。
「ここに座って一人で食べるんだぞ」
小学校一年生の年頃だ。しっかりしつけておかないと親御さんに申し訳ない。
「いや、ハルトのお膝がいい」
ビールに手を伸ばそうとする。
「これも駄目だ!大きくなってからだ」
「えーん」
泣き出してしまった。まいったな。イソルダがあやす。
「ここに座ってちゃんと食べたらすぐ大きくなるから、ビールも呑めるようになるからいい子だから、ここで食べよ」
自分の席を近づけてパンをちぎって渡した。
「ほらこうして食べると美味しいよ」
スープにパンをつけてタマモに食べさした。
ビールが飲めるようになるが効いたのか大人しくなった。これでゆっくり食べられる。
イソルダの子供をあやす能力は役に立つアルジェも陰ながら面倒をよく見てくれている。一人だったらと思うとぞっとする。息子なら慣れたものだが女の子となると勝手が違う。
すかっりお腹いっぱいだ。タマモも満足しているようだ。眠気が来たかウトウトしだした。
「おーい勘定頼む」
手を上げウエイターを呼んだ。
「銀貨一枚と銅貨十八枚です」
三千円ちょっとか、安いな。銅貨一枚をチップで渡す。
「ここは宿もやっているのか」
「はい、一部屋ベット二つで銀貨二枚です」
オオガミは寝ないし、どうせタマモは俺のベットで寝るだろうし
「部屋をひとつ今晩開けておいてくれ、クラディウスだ」
ウエイターは受付でメモしているようだ。もう一度呼び冒険者ギルドへの場所を聞き馬車を預けた。
「さて、冒険者ギルドへいくか」
眠ってしまったタマモをおぶって山猫軒をでた。
ギルドは
「はい、ドーマハルト・クラディウス様、登録が済みました。ランクCでのスタートとなります」
ユートガルト学園卒業生はEDを飛び越えてCランクがもらえるらしい。
銅製の名前が入った認識票をもらった。魔法で処理され行動記録が残るようになっていた。これでどこへ行っても大丈夫だ。
オオガミに聞くとすでにSSSランク登録済み、イソルダ、アルジェもSランクらしい、ひとりCではかっこが付かないな。さて依頼をざっと見るパーティーの上位ランク者の依頼が受けれるのでほぼどんな依頼も受けれるのだが、薬草採取やC難度の魔獣退治など心躍るような依頼はない。報奨金も安いものばかりだ。
「朝一番で主要な依頼はなくなってしまいますよ。明日もう一度いらしてみてください」
職員が職員が言っている。
「このD難度のギーアレ討伐はすでに昨日一匹退治しているのだが受注してかまわないか」
「ええ、牙と毛皮と魔石があれば大丈夫です」
アルジェのリュックから取り出し渡す。
「大きいですね。では認識票をここにかざしてください」
「はい、銅貨十枚お受け取りください。それと成果品を隣の窓口で売れますの必要ないのであればどうぞ」
隣の窓口に行くと山猫軒でビールをおごった男がいた。
「おうさっきはごちそうさんよ。換金か」
牙と毛皮と魔石を渡す。
「牙が銅貨三枚、毛皮が八枚、魔石が十枚、しめて二十一銅貨だ」
全部で千円にもならないのか。D難度の依頼はまとめて十匹、二十匹倒さないと日当も出ないな。
「肉を肉屋に直接持って行けばこの大きさのギアーレだと銀貨十枚くらいになるぞ。ビールのお礼だ」
まだ半分くらい残っているな。
「ありがとうそうするよ」
肉屋の場所を聞いてギルドを後にした。
肉屋では銀貨五枚という買い取り査定
「金でなく現物だともっと割りがいいか?」
「ああ、六枚分のそのソーセージを二キロでどうだ」
「いいよ」
これからの旅用だ。アルジェのリュックに詰め込む。ほか色々な店で食料を買い込む。アルジェのスキルは重宝する。
道具屋で旅に必要な日用品や地図を買い、ついでに今着ている貴族の服の買取値を聞いてみた。銀貨十枚だと聞き銀貨一枚の古着を買って残り買物の支払いに充てた。手取銀貨五枚かまあまあだな。
「さあ少し早いが宿に戻るか。タマモもちゃんと寝かせたい」
「私たちは少しギルドの依頼をこなして帰りますのでお先にお戻りください」
三人は町を出ていった。働き者でよかった。
山猫軒の二階は宿屋となっていた。タマモをベットにおろして地図を眺めベールまでのプランを練った。バイクのツーリングなら一日6時間くらいは乗る自信はあるがトラクターは尻が痛くてかなわない。やはり馬を買うか、金貨三枚くらいはするな。必要経費だしかたない。あのおんぼろトラクターも銀貨五十枚くらいには売れるだろう。六つの宿場に泊まって約一週間か。経費を計算したらなんとか手持ちの金でベールまではいける。まあ季節もいいし野宿も考えておこう。
しばらくして三人が戻ってきた。
「お帰り、首尾はどうだった」
金貨一枚と銀貨三十枚、驚いた何匹魔獣を討伐してきたんだ。いらないというが銀貨を十枚づつ三人に渡すと
「そのくらいは何かの時に持っておけ、はぐれることもあるかもしれん」
念のための備えだ。
「お腹かちゅいた」
タマモは起きるなりいつものセリフだ。
「下におりて飯にするか」
山猫軒の一階へ向かった。
夜は酒場も兼ねているので大した
ウエイターにメニューとまずはのビールを頼んで席に着く、内陸の街なので肉料理がメインで並ぶ。ビールが届いたときザっと料理について聞いてみたが大体わかった。ドイツ料理だ。ザワークラウトのようなものとソーセージの盛り合せを頼む。それとアイスバインを追加する。ビールをぐびぐびと呑む。横でタマモが恨めしそうな目で見ているがお構いなく。
「ぷっはー」
パンにソーセージがテーブルに並ぶ。肉とビール、中年の健康診断前には厳禁な食事だが16歳にはコレステロールも体脂肪値も関係ない。
ヴァイスヴルストじゃないか、白いソーセージで皮の中身を食べる。マスタードをたっぷりつけてビールで流しこむ。タマモも真似をしてマスタードをたっぷりつけて食べるが顏がみるみるしかめっ面になる。ガス入りの水をごくごく飲んで流し込んだ。アイスバインはほろほろと柔らかい肉味付けもいい、マスタードをつけたいところだがちょっと我慢。
隣のテーブルで一人ご飯を食べているフードの女性がいる。そこへ酔っ払い絡んできた。
「姉ちゃんこっちへ来て一緒に呑まないか」
手を引っ張ろうとする。
「一人静かに食べてるんだよ。やめないか」
余計なお世話だと思ったが、俺は立あがって酔っ払いの手を振りほどいた。
「兄ちゃんかこつけるんじゃないぞ」
いきなり殴りかかってきたが難なくかわし、足をかけてひっくり返した。起き上がらない。それはそうだみぞおちに一発きついのをくらわしているから、その男と同じテーブルのやつらも二人こちらに向かってきたが「
「騒がしてすまなかった、
ほかの客に詫びを言い、酔っ払い三人をまとめて床にころがしておいた。早業に拍手が起こった。店主がやってきてこの三人は昨日も問題を起こして手を焼いていたそうだ。
「これを呑んでくれ、これにこりてちょっとは大人しくなるだろう」
ビールを一杯ごちそうになった。
「ありがとうございました」
フードを取りお礼を言ってきた。尖った耳に透き通るような白い肌、エルフじゃないか、初めて会ったよ。エルフは自分の集落からあまり出ずにほかの種族とはかかわらない。
「いや、酒がまずくなるから注意しただけだ。気にしないでくれ」
「きにちゅるな」
タマモも尖った耳に興味を示していた。じろじろと見ている。
「こっちに来て一緒に食べるか。そのほうが美味しいぞ」
俺も初めてのエルフに興味がわいた。
「ではお言葉に甘えて」
エルフの少女は自分の食べていたサラダを持ち同じテーブルに着いた。
「俺はドーマハルト、オオガミにイソルダ、アルジェこのちびちゃんはタマモだ」
「ハルナです。お手間をおかけしました」
ほとんど手間はかからなかったけど
「どうして一人でこんな奴らもいる酒場に来たんだ」
「ユートへいこうと思いましたらシーモフサルトに占領され、行くにかなわず困っておりましてここの宿に泊まることになりました」
「ユートか俺たちはそこから逃げ出してきたんだ。ユートにはどうして?」
「船でベールへ向かう予定でした」
「ベールなら俺たちも陸路で明日立つ予定だが、女一人旅じゃ物騒だろ、一緒に行くか」
「そんな、よろしいのでしょうか」
「よろちゅういよ」
「タマモもこう言っている。旅は道ずれ世は情けだ。俺たちはまったくかまわない」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
食事を済ませ部屋に戻った。
「ハルト、厄介ごとを引き受けたな」
「まあそういうなよ。オオガミ、困っていただろ、それに大勢のほうが楽しいじゃないか」
「一言よろしいでしょうかハルト様、素性の知れない女をお連れになるなんて、無防備すぎますわ」
イソルダは反対のようだが
「大丈夫ですわ。ハルト様のお優しさに心打たれました。イソルダと私で監視はしておきます」
「タマモ、とんがり耳さん好き」
ということでまとまったようだ。明日からベールへ向け旅の始まりだ。
朝になった。旅支度を整え部屋を出ると宿の下働きの女性がほかの部屋の掃除から廊下へ出た。獣人であった。タマモを見るなり飛びよって、
「タマモちゃんなの!」
「ヘルマのおばちゃん!」
知り合いのようだ。ヘルマはタマモを抱きしめ泣いている。
「村のみんなが殺されたと聞いていたけど生きていたのね」
タマモを撫でて安堵の表情を浮かべている。
「あなた様たちがタマモを助けてくれたのですか?ありがとうございます。この子の母の姉のヘルマと申します。この宿に住み込みで洗い場やベットメイクなどの仕事しています」
親族がいたのか。タマモとはこれでここでお別れとなるのか。少し寂しいが、この子のためだ。
「タマモを引き取って育ててくれるか」
「もちろん、私も主人と子供たちをなくしています。タマモはたった一人の親族です」
タマモは困惑の表情を浮かべ俺の服の裾をぎゅっとつかんでいる。
「よかったなタマモ、ヘルマおばちゃんと一緒に暮らすんだぞ」
しゃがんで目線を合わせ頭をなでる。ヘルマはタマモを抱き上げ
「ここで一緒にに暮らしましょタマモ、連れてきてくれた皆さんにお別れを言うのよ」
「・・・・」
ヘルマの胸に顔をうずめ無言になった。
一階に降りるとすでにハルナが待っていた。弓矢を背中に背負っているアーチャーなんだ。あらためてみると俺より背が高く、すらりととした美人だ。
「またせたな、馬を調達したら出発だ」
「あれ、あのかわいいおチビちゃんは?」
「ああ、親戚が見つかって別れることになった」
「そうなのですか。よかったですね」
よかったのかどうなのか少し複雑な心境だ。ヘルマが階段の上から手をつないだタマモと一緒に見つめている。軽く手を上げこたえ宿を出た。
馬は首尾よくいい毛並みの丈夫そうなものが見つかり、トラクターも思た以上の値で売れた。街の市場で朝飯を済ませて、ギルドへ赴きクエストを確認した。
ギルド内がざわめいた。オオガミたちが猛烈な勢いで魔獣狩りをしたことが噂になっている。一日の討伐数ランキングを塗り替えた。ギルドの係員が読んでいる。
「何か問題でも?」
「いえ、クラディウス様、ライセンスをこちらへお戻しください」
なんだろう?何か罰則でもしたかと係員に渡す。
「はい、新しいライセンスです」
Bランクの銀のライセンスを手渡された。
「これも新記録です。たった一日でCからBですよ」
パーティーの恩恵だが他人のふんどしでとやらで簡単にランクアップしてしまった。
「Bランクになると依頼が高いものになるがそれ以外何か特典はあるのか?」
「Aランクですと準貴族の待遇になりますが、貴族であるクラディウス様には関係ありませんね」
つまり身分証としての信用度が上がるということですか。つまらない。各種割引が効くとかそういったものを期待したんだが。
交換係の男は
「すごいな、気前がいいだけじゃないんだな。応援するぜ」
この街にはSランクは一人、Aランクの冒険者は五人、Bランクも十数名しかいない。Bともなれば街の人気者だ。
依頼を見ていたアルジェが指さした。
「ハルト様、これはいかがでしょう」
次に宿へと考えていたドゥーベ村からの依頼だ。村の森にマンティコアがあらわれ狩りに行くのも困難で緊急の依頼だ。マンティコアは人の肉を好み獅子の体に猿の顏、蛇のしっぽのキマイラだ。鵺のようなものだ。Aランクの依頼だ。報奨金も金貨二枚、馬代が稼げる。
「この依頼を受けたいんだが、報告はまたここに戻る必要があるのか?」
「いえ、Aランク以上は別の街のギルドで報告可能です。お受けされますか」
「ああ、頼む」
オオガミのライセンスに依頼が記録された。俺のランクでは受注できないからだ。その代わりパティ―として登録されているからギルド経験値には加味される。Bランクのライセンスを眺めた。
ドゥーベ村へとドメルを離れた。ハルナが馬の手綱を握りあとは徒歩で向かう。荷物はアルジェのリュックがあることだしタマモがいないなら馬車は必要なかったな。折を見て売ることにしよう。何事もなく順調に進んだので三時間ほどでドゥーベ村まで二時間ほどまで近づいた。
「ハルナさん、馬の手綱代わろうかイソルダ頼むぞ」
手綱さばきも疲れるものだ。
「飯の休憩も取ろう」
ちょうどいい水場もあった。
「アルジェ、馬車から昼飯の準備を下ろしてくれ」
「ハルト様!」
「どうした。何か忘れものをしてきたか」
馬車をのぞき込む。毛布の下にタマモが隠れていた。
「タマモ!どうしてヘルマおばさんのところにいなかったんだ」
抱きあげ馬車から降ろす。
「タマモ、ハルトと一緒がいい」
しがみついて離さない。
「困ったやつだな。こんなにドメルから離れてしまっては仕方ない。ヘルマおばさんには手紙を書いておくから、大人しく付いてくるんだぞ」
少しホッとする俺がいる。
「タマモお腹ちゅいた」
「はいはい、これから食事だ」
満身の笑みが浮かぶ、これでよかったかもしれない運命だな。
ドゥーベ村に着き村長と話をする。西の森にマンティコアが三日ほど前から住み着いたとのことだ。もうすでに二人の村人が被害を受けている。
「さっそく討伐に向かいます。オオガミ、アルジェ行くぞ」
「タマモもいく」
「だ・め・だ!イソルダといるんだ。ハルナさんも子守お願いします」
「いってらっしゃいませ」
「あっそれと読み書きと算数をタマモに教えといてくれ」
ヘルマから預かった責任ができた。しっかり育てていかないとまずは教養だ。
村から四キロほどの静かな森を奥深く探索する。木の葉の間から日の光が漏れてくる。
遠くから地鳴りのような音がする。やがて前方からシカ、イノシシ、ウサギなど森の獣がこちらに向かってくる。マンティコアに追われているのか逃げているのか、我々には目もくれず過ぎ去っていく、獣をよけながら前に進む目的の獲物は近しいこの先だ。
「オオガミ、マンティコアは手ごわいか」
「いやハルトならさほど苦もないだろうが、キマイラだそれぞれにとどめを刺しておかないとやっかいだぞ」
川原にでた。マンティコアが水を飲んでいる。こちらには気が付いていない。
「よし、俺一人でやってみる。手出し無用」
勝手にランクアップされたらたまらない。自分の力でランクアップした実感が欲しい。
「三匹になると報酬三倍かな」
「いえ、依頼はマンティコアの討伐、数は表記されてませんでしたの無理と思います」
アルジェが悲しいこと言ってくれる。
「まあ、成果品が三匹になるからそれで儲けるか」
「俺たちも参戦するぞ。いいなハルト」
「ああ、頼んだ」
「そうそう、タマモちゃんうまく書けたわね」
”たまも”とタマモが鉛筆で書いた。
「それがタマモちゃんのなまえよ」
ハルナが字を教えている。
「ハルトってどう書くの?」
こんどは”はると”とまねる。
「みんなの名まえをかくぅ」
一生懸命何度も何度も書き続けている。
「ハルナ様は子供を教えるのがお上手ですね」
「ええ、里では教師をしていました」
「それでですか」
「この次は算数を教えましょう」
タマモたちはなかよくハルトたちの帰りを待った。
オオガミがハルトをおぶって戻ってきた。
「どうされました。ハルト様!」
「油断したよ。三匹倒したんだが、尻尾が生きていて噛まれた」
マンティコアのしっぽは猛毒の蛇だ。特殊な解毒剤が必要だそうだがこんな小さな村にはないだろう。
「毒は吸い出したがまだ残っている」
オオガミが悔しそうに口を結んだ。
「私の解毒の術も聞かないのです」
アルジェも苦悶の表情だ。
顔色が真っ青だ、そのままハルトは気絶をした。
「ハルトー死んじゃいやーだ」
タマモが泣いて抱き着いた。
三匹にマンティコアは増えたが、三人いれば一人一匹だ。オオガミは三振りの斬撃で頭、心臓、尻尾を切り裂いた。アルジェは氷槍を三か所に撃ち込み決着をつけた。
さて俺は、その爪を俺の頭へたたき込もうと立ち上がったところをさらに上に飛び、縦真っ二つにした。
「本当にAランクのクエストか?簡単すぎる」
二つに分かれたマンティコアの間に立ちオオガミたちに軽口をたたいていた。
「いてっ!」
尻尾の蛇に刃は届いていなかった。クラウドソードで薙ぎ払ったがめまいがする。
「大丈夫かハルト!」
オオガミが傷口から毒を吸い出した。
「ふらふらするが大丈夫だと思う。アルジェ、マンティコアを収納してくれ。
村へ戻ろう」
アルジェが印を結ぶと地面に魔法陣が広がり三匹の死体を収納した。オオガミの肩を借り村へと進み始めたがめまいがする。
「大丈夫だと思います」
とハルナはいうと、両ひざをつき祈る姿をした。
治癒を賜る精霊の
その御心で苦しむものを救いたまへ
解毒の技を
ハルナの精霊魔法が発動した。ハルトの傷口に手を当てると、優しい光がつつんだ。
ハルトの血色がみるみるよくなる。そして目をさました。
「泣くなタマモ、もう平気だ」
タマモの頭をなでる。
ステータスを確認した。毒はもうすっかり解毒されている。抗毒性のステータスが上がり毒に対してほぼ無力化を得ていた。
「ありがとうハルナさん、助かったよ。それが精霊魔法ですか」
「ええ、詠唱を伴い精霊の力をお借りして体を癒すことが出ます。お役に立ててよかったです」
タマモが”はると”と書いた紙を渡してきた。
「えらいな字が書けるようになったか、算術はどうだ。これは」
指を三本だした。
「みっちゅ!」
そして手を広げ
「ひとつ、ふたあつ、みっちゅ、よっちゅ、いつつ、むっつ・・・・ななつ、やっつ、ここのつ・・とう」
指を折りながら最後に両手を広げた。
「よくやった、しかしイソルダうまく教えたな」
「いえ、ハルナ様が、教師をされていらして教え上手でした」
「そうか俺のことからタマモまでいろいろお世話になった」
「いえいえ、たいしたことではありません。何かお力になりたかっただけです」
村長が帰還を知り訪れた。
「このたびはマンティコア討伐クエスト達成ありがとうございました」
アルジェが魔法陣から三匹のマンティコアを出して確認をもらった。
「おお、三匹もいたのですか。お安い報酬で本来ならSランクの依頼にもかかわらず申し訳ありませんでした」
村長は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、いいんだよ。練習代わりにこなしただけだから、それからここに泊まっていいかな。明日すぐにメラク村まで旅立つ」
「もちろん、村の大恩人です。食事もご用意させていただきます」
「酒はあるかな」
「はい、地ワインの赤が名産品です。いい年のものを召し上がりください」
ここへ来る途中大きなブドウ畑があったので少し期待していたが思った通りだ。
キジ、シカ、ウサギといったジビエ料理のもてなしだ。ワインはメルロー種のような深みのある赤、プラムのような香り、程よいタンニンの苦みいい酒だ。
「これを何本か分けてくれないかもちろん金は払う」
「いえ、どうぞお受け取りください」
一ダース入の木箱を贈呈してくれた。これでベールへ着くまで晩酌に困らない。顔がにやけている。
「おいちいぃ」
タマモがまた勝手に俺のワインを呑んでいる。
「だめだぞタマモ、これも大きくなってからだ」
ワインを取り上げた。飛んだうわばみになるぞこの子は先行き心配だ。
ハルナはワインも肉料理も食べている。てっきりエルフはヴィーガンのような食生活と思ったが違うようだ。
「どうです。この村の料理は」
ハルナに尋ねた。
「おいしいですわ。このお酒もとっても料理に良く合って、ドメルではメニューがよくわからなくてサラダだけ食べていたものですから」
「ところで立ち入ったことを聞くようだが何故ベールへ?答えたくなければいい」
「私の里を突然、
かっこいいな、俺もやってみたい役だな。
「少し怪我をされ、私が看病して三日間ほど里に逗留されました。その方がどうしてられるのか。心配でベールの方とお聞きしておりましたので、こうして向かっています」
少しワインのせいかどうか顔が赤くなっている。はっはーん、ほの字だな。うらやましいやつだな。俺もロマンスが欲しいよ。にやけた顔をしているとタマモがじっと俺を見ている。そうでした。俺には陽子。
かたずけを皆に任せ腹も膨れ少し酔いも回ったのでそのままごろッと横になり眠った。
朝、井戸の水で顔洗い、軽い朝食の後メラク村へと馬車を進めた。数時間進んだところで山越えの道となった。馬車では道が狭すぎる。俺はアルジェから教わった収納の魔法陣を試してみた。
「すごいですわ。ハルト様、私の術より収納量が大きいみたいです」
そう、どんなこともコツをつかむことが得意なのだ。転生者の番人が言っていたギフトだろう。魔法力も人より二桁多く持っている。あまり騒がれても何なのでこれは偽装のスキルで隠していることだ。
タマモを時折背負い山を越えたところに大きな滝が流れていた。
「どうだ、ここで飯にして、この川で水浴びでもするか」
しばらく風呂にも入っていなかったのですっきりしたい。オオガミは見張っていると言って浴びようとしなかったが、髪は脂でガチガチ、匂いもひどい。命令して無理やり水浴びをさせた。男たち二人は先に水浴びを済ませ、昼ごはんの準備をして、女性陣の水浴びを待つことにした。
「キャッ」
小さな叫び声がした。刀をつかみ川へ入った。河童が二匹倒れていた。イソルダ、アルジェが倒したようだ。彼女らに武器は要らない。
「すまない」
すぐに戻った。いい目の保養だったが覗いてしまった形になりばつが悪い。 戻ってきた女性たちはあまり気にもしていない様子だった。
「ハルトエッチ」
タマモだけはしっかり俺の様子を見ていたようだ。
「心配で駆けつけてくださったのよ」
ハルナが言ってくれたことがせめてもの救いだ。
それから数日、フェクダ、メグレズ、アリオト、ミザール村と泊まりいよいよ今日の夕暮れにはベールの街へ到着する。それぞれの村でベールの評判を聞いたがどの村でも上々の返事を得ていた。やっと旅の一区切りだ。
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