第6話〇思い出の味
「今日は食事を用意する時間があまりなかったで、季節は外れだが、鍋にさせてもらうだで」
タウロが食堂の中央の床板をはずした。なんと囲炉裏が現れた。天井から鍋をつるすと茜に炭を熾すようにお願いして厨房に戻りあっという間に大皿に切った野菜を盛ってやってきた。出汁を大鍋にそそぐ、みそ仕立てのちゃんこ鍋にするようだ。鍋が沸騰するまで、せわしなくいったりきたりと具材をそろえる。
康成さんの隣に見知らぬ人がいる。横のタマモさんに小声で聞いてみた。
「オオガミだよ」
えっハネ上がったウルフヘアーは直毛の白髪、正座してうつむいている。ぼそぼそと康成さんとしゃべっていたが、あまり触れないようにしておいたほうがいいかな。下手にからかって元気になった時の修業が厳しくなりそうなのでやめておこう。タマモさんも席を離れどこか行ってしまった。触らぬ神に祟りなし。
「さあ煮えてきただ。どんどん取っておくれ」
「いただきまーす」まず汁をすする。いい味、まずはこのつみれをっと、パクリ!おおジュウシー
「はい、ハルちゃん」
オムライスを差し出した。形はちょっと崩れているけどケッチャプがハートの模様にかかっている。母さんオムライスと一緒だ。
「どうしたのこれ!」
「食べさしてあげようか、ハイあーん」
タマモの代わりにタウロが答える
「朝、タエとおっかあが籠いっぱいトマトを収穫してきただ。さっそくケチャップを作っているとタマモさんがオムライスの作り方教えてといってきただ」
「そうよハルちゃんがお出かけしてから、何個も何個も作って練習したのよ、さあ食べて」
僕を見つめている。たべにくいなあ。
美味しい!気のせいでもなくまさしく母さんの味に近い。なぜか涙がこぼれてきた。
「ハルちゃん!泣かないでダメだったの」
タマモさんも泣きそうな顔になっている。
「ううん、すっごく美味しいよ。タウロも形無しだよ」
見るとタマモの指にやけどの痕が
「『
この世界へきてもう二週間以上、いろんな出来事があり夢中で過ごしたけど、ふとしたこんな出来事に元の世界への懐かしさがこみ上げた。不意打ちだ。
「ありがとうハルちゃん」
口の横にはみ出たケチャップをぺろりとなめられた。
「ハルアキ殿とタマモ殿は本当に仲がおよろしい、親子のようでござりますな」
康成は酒が入り先ほどの迦樓夜叉の手の件はすっかり忘れてご機嫌だ。
囲炉裏の輪から外れ傍らで晴明神社から持ち帰った書物を読むドーマに
「ドーマちゃんと私はハルちゃんの家族なんだからあたりまえよ」
タマモさんも酒が入りこちらもご機嫌だ。またドーマさんに抱き着いている。
「法師様、あの手を取り戻しに迦樓夜叉は、やってくるのでしょうか。恐ろしくて仕方ありません」
タマモのはだけた太腿を見てあの迦樓夜叉を思い出したようだ。
「康成殿、心配するなあと一週間はやつも力を使い果たしておるゆえ大丈夫であろう。その頃にはオオガミも本来の力が戻っているから心配するな」
ドーマさんは書物を読みながら答えた。
「さようですか、それは心強い。実は清盛さまに呼ばれ大輪田泊まで明日立たねばならぬのです」
「それならば、ほれハルアキ、ご一緒して参れ、警護も修行になるだろう」
人使いが荒いなぁ、結局休み
「私も行くー」
タマモさんが嬉しそうにドーマの袖を引っ張ってねだっている。
「仕方がないやつだな。おとなしくお供をするのじゃぞ」
絶対にそれはないことを見越して言っているはずだ。
「ハーイ、お土産期待しといてね」
「タウロ、おぬしも行け。こちらは大丈夫だ。飯を食うものがおらんゆえ」
お目付け役かな。でもタウロと一緒はうれしいけど。
「よーし、ぼっちゃま!美味しい海の幸でごちそう作ってやるだ」
「いえーい!」
待ってました。ちゃんこ鍋も食べ終わった。
「ごちそうさまでした」
さあ、お風呂入って寝よう。
「康成さん!お風呂入っていく?」
タマモよけの保険に誘ってみる。
「いえ、私はここで失礼つかまつる」
「ちぇ」
タマモさんが
「じゃあ私と一緒に入ろうか」
そんなことがと康成さんは後ろ髪惹かれながら帰っていった。仕方がないなオムライスのこともあるし。
導魔坊湯殿
「タマモさんの力って僕も使えるの?」
「さあどうだろうね。あれは本来持ってる私の力だからハルちゃんが修行して身に着けてるスキルとは違う力なの」
「ふーん」
「念じるというかイメージしてこんな風に」
お湯がボール状態で浮かんでいる。パッシャと僕の顔にぶつけてきた。
「やったなぁ、イメージかぁ」
試してみると、湯面から丸いボールがせりあがってきた。すぐにポッシャと落ちてしまった。
「あら、やるじゃない、さすが私の子供ね」
子供じゃないんですけど・・・なるほどこういう概念の力もありなのか、ジェ何とかの騎士みたいだな。
「タマモさん頭洗ってあげるよ」
オムライスのお礼だよと言いながら、キツネ耳をよく見てみたいだけだけど。
「あらうれしい」
なるほどこうなっているのか本当に頭の上に生えてるよ。肩のほくろが目に入った。母さんと同じ場所だ。背中に負ぶわれているといつも見つめていたほくろ、偶然だろうがこの世界のお母さんのしるしかな。頭からバッシャとお湯をかけた、いつものお返しだ。
「こら!耳に入ったじゃない」
「はっはっは」
今日も一日色んな事があったな。
愛宕山の山荘
暗いその部屋には何組の男女が裸で抱き合っている。むせかえる体臭なかの一組の間に迦樓夜叉も全裸でいた。
「腹立たしい!あのキツネ娘に白面の法師!わらわの右腕を切り落とした男もそうだがあの小僧も、憎しや憎し!しばしのあいだ待っておれ」
抱いている女の乳房に舌なめずりをした。
うららかな南風が吹き春一番が二十四節気の四番目を告げる。久世の橋を渡り長岡へ向かう一行は例の場所にたどり着く。例のとは盗賊たちとの一件の場所、今回は康成以外は徒歩での旅だ。大荷物は葵の役目、タウロも調理道具かなにやか入っているのだろう。肩に荷物袋を下げている。タマモは
「何かいい匂いがしてくるな」
まだお昼には早いがハルアキは好奇心いっぱいで匂いを追う。そこにはかつてハルアキが改心させた元盗賊の小屋があった。
「やあ皆さん元気でやってる」
店の開店準備をしている三人に声をかけた。三人はあっと声を発すると土下座を始めた。
「やめてよもういいよ」
手を引き上げにっこり笑った。
「いえ、ハルアキ様に助けていただいたおかげでこうして暮らしていけるようになりました」
「よかったね。でも三人で力を合わして頑張ったからだよ」
「助けていただいたときは名も名乗らずすいませんでした。わたしはイチ、料理をしているのがロク、魚を取っているのがハチです」
「1、6、8さんだね」
168、イロハの三人組か。
「いい匂いがしてるんだけど何作っているの」
「うなぎをぶつ切りにして串を指して醤油で焼いてるんですが結構人気があるんですよ」
イチが言うがいい匂いなのだが美味しそうじゃない。タウロに耳打ちをする。
「そんだば美味しい調理法を教えるだ」
調理番のロクに言うと、荷物袋からこれまたインのリュック同様、大きなまな板と包丁を取り出した。
「こうやって捌くだ」
うなぎの頭を目打ちして鮮やかな包丁さばきで背を開いていく。中骨を削ぎ切り脇骨もしごいて三等分にする。三本の串を指して壺に醤油と
「できただ、食べてみるだ」
三人に渡す。イロハの三人はかじりつく。
「これは旨い!ロクできるか」
「やってみる」
といい鰻をタウロを真似さばいていく。横でタウロもコーチをする。
「おお、筋がいいだ」
何匹も何匹もさばいていく。
「おおハチもっと鰻取ってきてくれ」
「ああ仕掛けた罠を見てくる」
串打ちも指導して焼いていく。
「もう!匂いだけでお腹が減っちゃったよ。お昼しようよ」
「坊ちゃんわかっただ」
釜やらなんだかんだと取り出し、ご飯のしつらえを始めた。
お昼には少し早いがこれが我慢できるかって話だ。丼にはみ出るほどの鰻を載せて、肝吸いに肝焼き白菜の漬物には少々の一味
「坊ちゃんこれも」
山椒の小瓶、パーフェクトだよタウロさん。
康成も感動して
「三人とも都に来て店を開け金は貸してやるぞ」
冗談でもなさそうな勢いで言っては食べ言っては食べ、あっというまにすべて平らげしまった。
思わぬうな丼に僕も大満足。
「美味しいね。京でも作ってよタウちゃん」
「賛成!」
茜と葵、女性陣は賛同する。
イチさんが
「これはなんという食べ物なんです」
「蒲焼というんです。味醂はまた康成さんから仕入れてください」
味醂は伏見で作る黄金色の甘みの強い導魔坊特製品だ。
「このたれのツボをやるだ。何度も何度も継ぎ足して使えばさらにおいしくなるだ。色々と工夫し自分の味を作るだ」
ロクに最後のアドバイスをした。
「さあ!お腹もいっぱいになったしペースを上げていくよ」
日の暮れるころ、ハルアキたちは福原へ着いた。
「この西国街道を進んで有馬街道口までいけば清盛さまのいらっしゃる行き見の番所じゃ」
「雪見の御所、雪景色がきれいなの」
「街道から街道へ行くものを見はる番所のようなとこじゃ」
話がかみ合ってないが雪見の御所のほうが洒落ている。
「おーハルアキ殿も一緒だったか。康成の面倒ご苦労でござる。あやつは目を離すとおなごの尻ばかり追いかけてまっすぐこちらに来んのじゃ」
宋からの貿易船の帳簿づくりの応援に呼ばれたようだ。
「疲れたであろう。この川の先によい湯が沸いておるのじゃ、皆で飯の前に入るか」
「へぇ話に聞いてた温泉ですね」
みんなって混浴?
「康成、おぬしは帳簿の整理じゃ」
明らかに失望した顔だ。
「わしは夕餉のお手伝いをしますだ」
「いいよタウロさん一緒に入ろうよたまには休んでよ。お昼のうなぎで今日は結構満足しているから」
「坊ちゃまのやさしさに甘えさせてもらうだ」
驚いた御所の目と鼻の先に泉質が実家の温泉と似ているこんな湯があるなんて、この仮小屋風の建物も味がある。。まあこの街道を登っていけば今はまだない実家なんだから泉質も似ていて不思議はない。時たまホーホーとアオバズクの声が聞こえるくらいで天王川のせせらぎしか聞こえてこない。いいなぁこんな情景で入れればお湯も気持ちいいよ。湯船の真ん中には行き来は自由な簡単な目隠し代わりの仕切りがある。女性陣はそちらで湯につかっている。
「都では
サテュロスの件は内緒にしているようだ。いつもですよとばらしたい。
「すごく強くて、いったん退けるだけでもやっとのことだったんだ」
「法師殿でもかなわんかったのか。それは厄介じゃな。おおそうだ、この川と石井村から流れる川の三角州のところに
神頼みでもしたい気分だった。
「じゃあ明日行ってみるよ。でもこの福原ってところ少し京に似ているね。東西だけど大路があって碁盤の目のように町が作られているよね」
「おおそうじゃ、いずれ京からここ福原に都を移し宋との貿易をもっと増やしてこの国を豊かにしたいと思っておるのじゃ」
結構若い頃から考えていたんだ。
「明日は港を案内しよう。丁度宋からの船も三隻きておるので壮観だぞ」
「私も行くよ」
タマモさんの声が聞こえたと思ったら僕の後ろにいていつものごとく抱き着かれていた。
「お買物も手伝ってね」
やれやれだ。
「さあ、飯にするか」
屋敷に戻ると食膳の準備が出来上がっていた。各自にお膳が三つとり添えられ何やら法事の食事のようだ。一つの膳には大盛りのご飯と調味料の小皿、もう一つの膳には立派な焼き鯛が一匹丸ごとと鯛のお刺身、蕪の煮物に海藻の酢の物、最後の膳はエンドウの煮物、唐菓子というスィーツとライチがならぶ。
「いたっだきまーす」
鯛は身が締まってコリコリ甘い。明石の林崎村から届けられた一級品だ。焼き鯛も身がしっかりとしているが旨味が凝縮されている。蕪の煮物は葛餡がかかりとても上品な味付けだ。ほかの一品もとてもよくできている。エンドウはここらの名産品だそうだすり胡麻をあしらっている。
「満足されているようだなハルアキ殿」
タウロさんの手伝いがなくても立派に仕上がっている。
「ここの料理人は皆タウロ殿の指南がされておるのじゃ」
それでなっとく。
「よく精進しておるだ厨房へいって
タウロさんは厨房へと向かった。イロハの一件と言いタウロさんは教え上手だな。
「どうじゃ導魔坊に負けじと良き料理であろう」
「はい、もしかしてここでも官僚の接待しているんですか」
「おう、港との権益を守るためにも役人は持ち上げてやらんとな。はっはっは」
政治家だなやっぱり歴史に名を残す人になるはずだ。
「忙しい中、康成を連れてきたお礼じゃ」
「ハルアキは旨いものさえあればどこでもいくよ」
茜が芯を突く。
「いえいえ困った人を助けずにいられないのですよ」
葵ちゃんナイスフォロー。
タウロが
「残ったご飯の上に刺身の鯛を載せて見てくろ」
言われやってみると薬味を振りかけて土瓶から出汁を注ぐ。
「ああ、鯛茶漬けか」
ほんのりと温まった鯛の身はさらに甘さを増して出汁と溶け合う。さすがタウロさん一つ上をいく。
「やはりタウロ殿の着想はすばらしい。美味しいでござる」
タウロはうれしそうだ。
「明日はおらが料理をこしらえるだ」
エンジンがかかってきたな。弟子の前でお手本のつもりだろう。
「ほう、それは喜ばしい。明後日はともに京へ戻る前にここ瀬戸内の海の幸を楽しもう」
「ごちそうさまでした」
今日も美味しく楽しい食事ありがとう。
翌朝、タウロが昨晩作っていた鯛の残りのアラと
三角州の河原で山側を見ると鳥居のある洞窟があった。
「ここだな」
肩に乗るピコが
「ピコっ」
と首を傾げた。
「入るがよい。そこの者」
洞窟の奥から声がする。
「お邪魔します」
礼をして踏み入った。少し進むと少し大きな空間となった。中央にまた洞窟だ。
「よく来たぞ。朱雀を伴うものよ」
洞窟から頭が飛び出してきた。
「かっ亀?」
でかい!ガメラか。
「わが名は
「ハルアキと言います。ここの祠では秘められた力を開放してくれると聞きお参りにきました。」
「ふふ、秘められた力じゃと」
目をつぶると小さな老人が現れた。亀のような顔に蛇の尾をはやした小さな老人だ。膝をつき目線をあわすと肩に乗るピコに向かい何やら話しているように見えた。
「ほう、あの導魔の弟子か、おぬしの力なら既に解放されておる、きっかけさえあらば大きく花開くであろう。しかし朱雀はまだ本来の力を取り戻しておらん」
「えっピコの力?」
「さよう、おぬしの
と言い放つと消えてしまった。目の前の大きな頭も奥へと引きこもってしまった。
もう、ドーマさんと同じで肝心なこと具体的に言ってくれないんだから。今の子供は察するとか
「ほう、玄武のヨダル老子とお会いできたか。あの洞窟は簡単に入れないのじゃがさすが法師のお弟子さんだ」
驚いて感心していた。
「さあ、港へ向かうか。案内するぞ」
タマモ、茜、葵と出かけようとするとタウロがやってきた。
「タウロさんも来るの?」
「いえ、坊ちゃま、人化の
「どうしたのこのあたりの人は怖がっちゃうの」
「いえ、弟子たちと漁港へ買い出しに行こうと思うんですが、このあたりの人たちはわしを見ると
「牛頭天王?」
清盛さんが説明してくれた。
「そこの神社の
なるほど
「わかったよ、はい」
と言って人化の呪符『ゲンさん』を張ったあげた。
「ありがとうごぜえます。坊ちゃま」
「ぷぷっ」
何度見ても笑っちゃう。
「じゃあまたあとでね、がんばって美味しい食材頼んだよ」
タウロとわかれ港へ向かった。小一時間で
「うあぁ!すごいや」
瀬戸内の海が目の前に広がる。潮の香りが心地いい。
「すごいだろ」
得意げな顏の清盛さん
「まだ風の影響で船に支障があるのでそこに島を作ろうと思っておるのじゃ」
指をさす。えっポートアイランドの先を行くじゃん。
「こちらを見るのじゃ」
連れていかれたお寺に大きな大仏が
「大和の国の
港の付近を案内にしてもらうと、異国情緒あふれる一角についた。
「このあたりは宋人の居住区だ。こちらに住んで港湾の仕事をしてもらっておる」
「わお、色んなものが売ってるわ」
目を輝かせタマモがテンションを上げている。
「茜ちゃん、葵ちゃん、一緒にいらっしゃいよ」
二人を引き連れどんどん進んでいく。仕方がないので追いかける。
「ハルアキ殿、港の仕事があるが故、番所で落ち合おう、道はわかるな」
「はーい大丈夫です」
タマモさんのお目付け役へと、いや荷物持ちとなりに追いかけた。
元町の南京町のようだ。あちらこちらにお土産屋、屋台があふれている。さっそく食い物センサーが起動した。あっ豚まんだ。神戸に来たら食べなきゃ必須だ。
「これください」
「
「ハンニャ、翻訳してよ」
<
とたん何を言っているかわかるようになり、僕がしゃべることも相手に通じるようになった。豚まんを何個か買い、四人で分ける。
「美味しいわねこの饅頭、豚まんっていうの」
「うまいな何個でも食べれる」
「美味しゅうございます」
女性陣に好評だ。
小ぶりの神戸独特の豚まんと一緒だ。肉まんなんて言うけど僕は頑として豚まんというぞ。そのあともいくつか店を回り色々と食べ廻った。タマモさんのお買物にも付き合ってあっという間に夕暮れだ。
「さあ、雪見の御所に帰るよ」風呂敷にめいいっぱいタマモさんのお買物を背負い帰路に就いた。川をさかのぼる一本道だ。茜ちゃん、葵ちゃんも楽しそうだったのでいい休日をおくれたようだ。
「ただいま」
清盛さんは温泉にいるようだ。僕も迷わず入浴を選択。
「お帰り、ハルアキ殿、港見物は楽しめましたかな」
「うん、すごく楽しかったよ。
「そうかそうか、それはなによりだ。あの町では豚などというものを飼い、独自の食文化があるから、こちらは仏教の教えが厳しくなり殺生禁断の思想がひろまっておるからのう、わしは食い意地が張っておるから、あの町でよく飯を食うておるがの」
それじゃなきゃ、清盛さんは肉食系でバイタリティ溢れてるんだから。そーだ僕は呑めないけどビールなんて作れると清盛さんも喜びそうだ。でもホップがないか。ハンニャに聞くと唐花草ってので代用できるようだけど宋から輸入であるかな。
「清盛さんお酒好きだよね。麦酒というのがあるんだけど作れたらいいんだけど」
「そうかなんでも取り寄せるぞ」
「大麦と唐花草って苦みのある実が必要なんだ」
「唐草花の実か、宋から来る陶磁器の詰め物に使われているものかもしれんな」
「ビールができるのかい」
タマモさんも風呂に入っていたようだ。
「風呂上がりの一杯はこたえられないね。ハルちゃん作ってよ」
「あとでタウロさんに相談してみるよ」
御所に戻ると食事の支度が済んでいた。
タマモさんはチャイナドレスだ。今日買ったやつをさっそく着ている。ジンちゃんとインちゃんにも赤と青の同じくスリットの深く入ったドレスを無理やりか?いや結構気に入ってきてるみたいだけど、いつも同じ衣装に飽きてるのかな。康成さんが鼻の下を伸ばして見入っている。
「おお華やかじゃのう」
清盛さんも喜んでいる。楽しい宴になりそうだ。
「今日はいい
「いい穴子もあったで」
と穴子の押しずしと鯛の握りとが並んでいた。
タンパクだけど旨味がギュッと梅の酸味がさっぱりと美味しい。照焼も鰻に比べるとあっさりしているけども絶妙の弾力がいい、セリの根っこが鱧から出る旨味と合わさってシャリシャリいい味。お寿司も久しぶりでいいね。
「タウロさん、お風呂で話してたんだけどビールって作れる」
「坊ちゃんには関係ないだと思ってたが飲みたいだか」
「いや、僕じゃあなくて清盛さんやタマモさんにどうかなと思っただけ」
「あるだで、ここの厨房でも試作品作っていただ」
冷えたビールを陶器のマグカップに入れタマモ、清盛、康成さんたちに配った。真っ先にタマモさんがぐびぐびと呑み始めた。
「ぷっはー!いいね、いけるよ」
鼻の頭に泡が付いてるよ。続いて清盛さんと康成さんが
「ぷっはー!程よい苦みで食にも合い申す」
「どんどん持ってきて」
酒盛りが始まった。
「ここの地下に
僕も呑めれば呑んでみたいけどあの苦みは苦手だ。父さんが呑んでいるのを一口飲んでだめだった。もう少し大人になったら再チャレンジだ。
酔っぱらってみんなは踊って歌っている。もう僕はお腹いっぱいお先に失礼。
「ごちそうさま!でおやすみなさい」
誰も聞いていない。
でもピコの進化ってどうするれば、京に帰ってドーマさんと相談だ。
朝ごはんを食べたら京へ出発だ。
「おはようタウロ」
厨房で料理人たちと談笑中だった。料理の話をするタウロは目を輝かせてイキイキしている。導魔坊の厨房では一人だからさみしいのかな。教え上手だからお弟子さん取ってみればいいのに。
「おはよう坊ちゃま、朝ごはんの用意はもうできてるだ。お昼のお弁当も皆で手伝ってくれもうやることねえ」
もっと働いていたいようだ。
朝ごはんはご飯と茄子のみそ汁とお漬物にいかなごのくぎ煮だ。
「いかなごのくぎ煮じゃない」
「昨日作っておいただいっぱい作ったので京でも食べるべ」
イカナゴは小さな魚でこの時期瀬戸内海でよくとれる。煮込んだ姿が釘のようでくぎ煮と呼ばれている。家庭ではこれを煮て知り合いに配り我が家の味自慢をする風習がある。
京に上る道は行きよりも早く昼下がり過ぎにはイロハの三人のところに着いた。ジョギング並みのスピードだ。清盛さんと康成さんは馬、タマモさんは二日酔いでタウロさんに牛車を
蒲焼の匂いが漂っている。
「調子はどう」
イチは
「いやもう忙しくて忙しくてやっと一息ついたところです」
それはよかった。
「清盛殿、お昼は済ませ申したが少しこ奴らの蒲焼をお食べいただけませんでしょうか」
「さきほど軽めに食べろといったのはこれを食わす為か康成よ」
「ささ、清盛殿に一杯、うな丼というものをすぐに召せよ」
イロハの三人を急かした。
自分たちの分であろう残り少ないご飯に鰻を載せ清盛に差し出した。
「うむ、腹に届くよい匂いだな」
豪快に食らい始めた。箸をおいてパンと柏手を打った。
「合格じゃ、
イチさんたちはきょとんとしている。
「
清盛さんがスポンサーになって都で商売ができるなんて盗賊からの大出世だ。
「よかったね!イロハのみんな」
「かかにすぐ言って子たちと早急に参上させていただきます。ありがとうございます」
「ロクさ、これからが修行だど京のお人の口はきびしいだど」
タウロさんは弟子、何号?を励ました。
「タウロ師匠、がんばります」
深々と礼をした。いいなこういうの大好きだよ。
晴明神社から持ち帰った大量の書物を導魔はまだ熱心に読んでいた。
「ただいま」
日も落ちぬ間にハルアキは導魔坊へと帰り着いた。
「ドーマさん、ヨダル老師って知っていたの」
「うむ、会ったのだな。で何と言っておった」
「ピコを進化させるのにハンニャとリンクさせろと言いてったよ」
「そうかではさっそく始めよう」
えっすぐにって、僕の頭をダウロードしたときのようにつかんだ。
ハンニャが一瞬ぶれたような感覚が体を走った。ピコが肩からポトリと落ちた。
「うあ!大丈夫ピコ」両手の上に拾い上げた。
<
「うあ、ピコがしゃべった」
「ハンニャの機能がピコに移管したのじゃ」
「じゃあピコであってハンニャてこと?」
「これでお前とピコのつながりも今まで以上、いやそれを超える関係となった」
「じゃあ名前もピコーニャにしようかな」
「ピコッ」喜んでいるようだ。
なんだかすごく簡単にアップグレートできたようで僕のほうはどうなんだろう?ドーマさんにはまだ黙っておこう。また無理難題を出されそうだから。
「オオガミが待っておるぞ。庭に出るのじゃ」
オオガミさんが木刀を振っている。見た目には力は戻ってきているようだが、もう夕方だよ。
「さあハルアキ修行をするか、今日はわしはこの鎌で稽古をつけよう」
なるほど仮想
間合いが遠すぎて僕の短剣では全然近づけない。逆に中に入ればいいのだろうが全く隙がない。迦樓夜叉以上に手ごわい。
「ハルアキ、わしの手元をよく見るのじゃ鎌を見ていては後手を踏むぞ」
なるほど、鎌の鋭さが気になっていたが手元か。タイミングを見て鎌の柄をはじき懐へ・・・
「うぐっ」
鎌の柄の部分でわき腹を痛打され飛ばされた。
「近づいただけ安心するな!鎌だけではなくすべての部分に注意を払え」
「ちょっと待って!」
脇腹を押さえ立ち上がった。脇腹の骨が折れたようだ。
「脇をやったか。しばらく休憩だ」
しばらくって骨折れてるよ。泣きそうだよ。
「ピコ―ミャ診断して」
<
えー勝手に治っているの?
「気が付いたようだな。おぬしのその体にはわしの血が入っておる」
「どういうこと?」
「ユートガルトで法師様が死にそうになった話は聞いておるな。その時やむなくわしは血を呑ませたのじゃ。わしの血を受けると治癒力が上がるのだが代償に
「そうなの、そういえば小さな切り傷なんかすぐに治るのが不思議だったんだ」
「しかし、慢心してはならんぞ。あくまで補助代わりだ、わしのように腕をつなげたりは瞬時にはできないぞ」
休んでいる間、オオガミさんは鎌を振り回し型を見せてくれている。なるほど、だんだんと技が見切れてきた。
<
<一度受けた技に対して対応力が上がったんだよ>
お!ピコーニャの喋りが滑らかになってきた。
「いけるかハルアキ」
「ハイ」
まだ脇が痛いが体は動く。
再びオオガミに挑む。今度はスムーズに内に入り込み、先ほど受けた柄を受け止めオオガミの頭に打ち込めた。もちろん後ろに下がられよけられたが
「よし、今日はここまで」
おゆるしがでた。
「まだまだだが、何とか迦樓夜叉対策は多少はできたようだ。明日は朝から剣を磨くぞ」
「ありがとうございました」
やっぱり導魔坊のお風呂はいいな。このヒノキの香りで気持ちが安らぐ、でも雪見の御所の温泉の雰囲気も捨てがたいな。
「ピコ」
いつの間にかピコーニャもお風呂に浸かっている、羽で湯船をつかむように隣にいる。
「ピコーニャもお風呂気持ちいいかい」
<うん、
「父だなんて、照れるな」
<ヨダルいってたよ。父の力まだまだ大きくなるから私も大きくなれと>
「ピコーニャもっと大きくなったら僕を乗せて飛べるかな」
<うん、ピコーニャ、父と空飛ぶよ>
「楽しみだ」
「何、ピコちゃんとピーピーといってるのしゃべってるみたいだね」
タマモさんがいつの間にか横にいた。ほかの人にはピコーニャの声聞こえないようだ。
「賢くなったからピコーニャと名前変えたんだ」
「ふーん、でもピコちゃんでもいいじゃない」
「ピコ」
「ほら、でさあ今度いつ福原行く?あのビール美味しかったから」
わざわざ目的地にしたいほどの旨さ三ツ星ってことあのタウロビール。
「タウロさんに頼んでこっちでも作ってもらうようにお願いしてみるよ。でもこの前みたいに飲み過ぎないでね」
「ハルちゃんやっさしーい」
しまった抱き着く口実を与えてしまった。
「さあ、授業があるから先に上がるね」
「ハルアキ、踊りの稽古だ」
やはりそう来たか。扇を持たされあれこれ手取り足取り指導が始まった。これはそう難しくなかったのだが、歌を詠む授業は難しかった。言葉の意味をとらえることが重要らしい。すべての言葉はそうなるが故の韻があるそうでそれが言霊という力を引き寄せ呪文の効力を上げるということらしい。平安の言葉でなくとも僕の使う現代語でも同じように言霊の力を引き出せる。
「よかった百人一首のような歌を作らないといけないと思ったら、僕の歌でいいんだね」
「そうじゃ、毎日考えておくように、呪文の効用に合う歌を見つけるがよい」
それが難しいんだけどなぁ。
「ほんの一言付け加えるだけでも良い。この間の土壁を見たであろう。ただの土壁でさえあれほどの力を発揮するのだ」
「タマモさんは何も言わなくてもモノを動かしたりしてるけどあれはどうなの?」
「あれは異なる体系の力じゃ、妖狐の一族の使えるサイコキネシスといった精神科学の
「へぇ」
といって扇を少しだけ浮かせてみた。
「ハルアキ!お前何を!その力どうしたんだ」
「いやタマモさんにお風呂で教えてもらったらできるようになったんですけど」
ドーマさんにもできるものだと思っていた。
「まったく驚かしてくれる。おまえは大した子だ」
感心して黙り込んでしまった。
「その力もっと修練をして自分のものにするのじゃ、きっと役に立つ」
これがヨダル老師の言っていた力なのかな?
「どうすればいいんでしょう」
「今度はタマモが先生じゃな」
そうなるかやっぱり、ビールで釣って教えてもらうか。そんなことしなくても大丈夫だけどね。
「今日はここまで飯にしなさい」
「ありがとうございました」
厨房へ飛んで行って今日の献立の確認だ。そこにはタウロさん以外に二人の男の人がいた。誰だろう?こちらを見たと思ったら、
「先だっては助けていただきありがとうございました。ちゃんとしたお礼もせずに失礼しました」
あっ
「あれから、こちらに伺いお礼をしようと思ったのですがお出かけとのこと、法師様が仕事がなければここで料理人の下働きをしてはどうだとありがたいお申し出をいただきお帰りをお待ちしておりました」
「また弟子ができただ」
腕を組みまんざらでもないタウロさん、ドーマさんがそう言ったからにはきっと料理人の資質を見出したはずだ、心配はない。
「よろしくね」
「喜六です。よろしくお願いします。坊ちゃま」
「坊ちゃま、清八と申します。喜六ともども以後よろしく願います」
またナンバーネームだ。六と八はもういるので
「キィさんにセイさんですね。頑張ってタウロさんから学んでください」
「喜ぃ公、清やん、さあさあ晩飯作るだ」
なんか落語に出てくる人たちみたいだな。
「タウロさん何作るの」
「福原で鯛を昆布じめにしたものと、タコとか大貝を持って帰ってきただで、鯛はちらし寿司に、タコと大貝は宋人の市場で買った豚のバラ肉があるのでお好み焼きでも作るだ」
大貝か、神戸ならではの食材だな。つぼ焼きはサザエの殻の中には大貝の身が入っている。大あさりというくらい肉厚の身はいい出汁がでる。お好み焼きにの具にも最適だ。
「そうだ、冷凍庫に牛のスジ肉がまだ残っていただ、これも使うべ」
冷凍庫?
「冷凍庫なんて導魔坊にあるの」
「んだ、法師様が魔石に呪文を込めてカチコチに凍らせる魔法の部屋があるだ」
あの魔石はそんな風に使えるんだ。さすが錬金術師でもあるドーマさんだ。ごはん食べないのに食に対するこだわりが異常なほどに強いな。不思議。
「さあさあ食堂で待ってくろ」
ビールの話するのを忘れていた。
みんなはもう食堂に集まっていた。清盛さんもいる。ドーマさんは書物を読んでいる。
タウロと喜ぃ公、清やんが料理を運ぶ。
「うあ!でっかいお好み焼き」
たっぷりソースのかかった直径50センチはあるお好み焼き葵がピザのように切り分けそれぞれの前に運ぶ。
「ミックスモダンじゃん」
そばに大貝、タコとすじ肉と蒟蒻を甘く煮込んだスジコン、ぼっかけとも地元では言っていたけど、豚バラが下が見えないくらいのっかている。
「坊ちゃんこれも」
九条ネギを刻んだものを上にかけた。珍しいな鰹節と青のりをかけるのが普通だけど、鰹節が躍るのも食欲を刺激する。
パクリとお好み焼きにかじりついた。ふわふわのトロトロ、口の中にほのかに出汁の味がする。ネギはポン酢と絡めてあるのかあっさり感をあたえる。
「旨い!」
「トマトが手に入ったでソースもいい感じでできただ」
ソース焼きそばも運ばれてきた。
ちらし寿司は錦糸卵にミョウガ、大葉を昆布じめの鯛の上にかけ、鯛のピンクの身が華やかだ。
「それと大人のみんなにはこれだ」
木樽を担いでタウロがやってきた。
「清盛殿、水のよい大山崎で作っておる
ドーマが清盛に言った。
「おお法師殿、福原でも呑んだが美味かったぞ。これは高く売れそうじゃ」
大山崎か、昼ご飯を食べた後タウロさんが寄るところがあるので先を行ってくれとわかれたのはこれを運ぶためだったのか。喜んでいるのはもちろん
「いやっほう!このお好み焼きと会うわね。タウちゃん早く頂戴よ」
タマモさんはご機嫌だ。ここだ!
「ねぇタマモさん、あの力僕にもっと教えてよ」
「あら、いいわよ。私は優しく、お・し・え・て・あ・げ・る」
ちょっと不安。
「なんだあの力って」
オオガミが聞く。
「ひ・み・つ・」
タマモが思わせぶりに答える。それがいい秘密兵器でオオガミさんを驚かすんだ。
「清盛さん、康成さんは」
気が付くと康成さんがいない。
「あやつはしばらく残業じゃ。今回は荷が多かったので書類が溜まっておるのじゃ」
うわ、結構ブラック企業、気の毒だな。後でビールと焼きそばを差し入れしてあげよう。
ちょっと疑問がわいたので
「ドーマさん」
「んっなんだ」
「どうしてお食事をとられないのにこんなに美味しいもの追及しているの?」
どうにも不思議だお金のためだけでないようだ。
「わしとおぬしは
「うんそれが」
「じつは五感の情報は少しだが、伝わるのだ。おまえが美味しいものを食べればわしも食った気になるということだ」
僕のためだけじゃなかったのか、このグルメな毎日は
「あとはあのビールも味わいたいとこだが、この世界では元服は16歳だ。そうなったら一緒に飲むのが楽しみじゃ」
なんだよ父親が息子と一緒に呑むの楽しみしてるようじゃん、変なの。
「あーら、私も楽しみ」
乗っかるタマモさん。
「もう、勝手な妄想しないで、お酒は二十歳になってからだよ」
「かたいのね、ハルちゃん」
もうだいぶ呑んでいるようだ。
今日も楽しい夕餉に夜は更けていくのだった。
福原より戻って四日後
疲れ果てた康成が朝から八坂の神社の茶屋で
「清盛さまもひどい、ご自分は法師様のところで毎晩呑んで仕事は私一人にまかせて、やっと仕上げたのにお褒めの言葉もない」
一人くだをまいて酒を呑んでいる。
「あら、お武家さん、お酌でもしましょうか」
町娘が近寄ってきた。
「ハルアキ!打ち込みが弱い!」
上弦の月もすぎて力も満ちたオオガミの修業は激しい。
「ちょちょっと休憩」
お昼から立ち合いの稽古が休みなく続いていた。
「よし、お茶にするか」
アフタヌーンティ、甘いケーキが欲しいよ。それほど体力も奪われヘロヘロのハルアキだった。
「ぼっちゃまー」
タウロの声だ。おやつの期待。
「ぼたもちと桜餅だ」
ちょっと渋めのお茶も来た。そんな季節のお菓子で元気をつけてもらった。
「グッドタイミング!タウロさんありがとう」
「様子をうかっがっていただ。坊ちゃま強くなっただな。見違えただ」
桜の花びらが舞っている。
「まだまだだよ。オオガミさんが俺が本気になるくらいになれとか言われっぱなしだよ」
「いえいえ、有馬でお会いした時とは月とスッポン、おはぎとぼたもちだ」
おはぎとぼたもちも変わらないんだけど、タウロとのたわいのない会話を楽しんでいると
「さあ、始めるぞ」
鬼軍曹の声、よしそろそろあの力を試してみるか、驚かせてやる。
「お願いします」
一礼をした。鎌を頭上で振り回し備えるオオガミ、ハルアキはそれを中心にぐるぐると廻っている。正眼の構えの構えから
「これはタマモの技だな。おもしろい、使えるのか」
残念、一泡も吹かせることができなかった。
「俺以外なら決まっていたな。呪術ならその発動時の気配で対処できるがこの力はそれにかなわん。防御力の強い俺みたいな相手はお構いなしで攻撃してくるが、もっと殺傷力の高い武器を飛ばせばかなりの敵でも大丈夫だぞ」
おっ褒めてくれている。素直にうれしい。
「タマモさんほどの力やスピードはないけどこのくらいの物なら自由自在に動かせます」
蜘蛛切丸を飛ばしドローンのように操った。
「基本は剣技だ。小細工に頼らず励むのだ」
小細工と言われちゃったよ。
「こらオオガミ!小細工なんて私の弟子に文句を言うな」
タマモさんがいつもの散歩から帰ってきた。弟子と言われても、タマモさんの教え方と言えば、「ザっ」ととか「ググッと」とか「バーと力を入れて」とか擬音ばっかりであまりよくわからない。結局自分で工夫して練習しているだけだ。
「あっそうだ。イロハの三人、都に来て開店準備始めてるよ。明日のお昼はうな丼にしようよ」
「そうだか、喜ぃ公、清やんも連れて、わしも様子を見に行くだ」
明日は鰻か楽しみだな。
「ピー」
「ピコーニャも食べたいか」
蜘蛛切丸ドローンと一緒に飛んでいる。
「さあ、稽古を続けるぞ」
ほんと食べることに興味がないんだから、人生損してるよ。
カラスが山へ帰っていく。稽古も終わろうとした頃、康成さんがふらふらと酔っぱらて帰ってくると導魔坊へと入っていく。
手には手、封印して布を巻いた迦樓夜叉の右手を持って出てきた。
「康成さん勝手にダメだよ!」
「いや、そこのおなごしが見てみたいと言っておるので、わしの手柄を見せるのじゃ」
なんとも変なことを言っている。
「その呪符をはがして」
後ろから女の声、康成が呪符をはがした。走り込んだ女は右手を奪い取り逃げ出した。オオガミが一閃、縦に真っ二つに切り捨てた。左右に分かれる女の間から一匹のカラスが、腕を足でつかみ飛び立った。蜘蛛切丸ドローンで追うが遥か彼方北の空へと消えてしまった。
「やられたな、迦樓夜叉のやつ力が戻らぬゆえ
「わっわしはなんてことを」
落胆する康成
「まったく色ボケ親父がざまあないよ」
タマモも
「まあまあ二人とも、康成さん必ず僕が迦樓夜叉をやっつけるか安心してよ。元気を出して」
肩をたたいて慰める。
導魔坊から導魔法師も出てきた。北の空を見つめ
「待っておれ迦樓夜叉、必ず成敗してやるぞ」
僕らも北の空を見た。夕暮れは濃く紫へと北極星が輝いている。
さてさて、平安篇も役者がそろいました。奠胡、迦樓夜叉、槌熊たちとの戦いの幕開け、まだ見ぬ将門の怨霊はいかに。
ここからは異世界、ユートガルトを覗いてみますか。
時は今から二十と数年さかのぼります。いや一日後かもしれませぬ。ドーマハルト・クラディウスを追いかけてみましょう。
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