第5話〇踊れ謡へ

 にしきの市をぶらぶらしていたが、タマモとはぐれてしまい、しかたなくもう一度タエの売り場に戻った。

 服や布切れ、装飾品あれこれを荷物持ちがいるとばかり、どれだけ買えば気が済むのってくらい物欲の塊のおかげでくたくただ。おなかも減ったのでタエちゃんたちとお昼を食べて待ってみるつもりだ。


「うあぁタウロのおにぎりだ!タエ大好き」

「いっぱいあるから、おば、あ母さんもどうぞ」

 ちょっと学習。

「ありがとございます。ハルアキ坊ちゃん、こんなものですがどうぞ」

 干したカボチャのスライスをくれた。ポリポリ食べる野菜の甘みが凝縮されて美味しい。

「美味しいですよ。これも売ったらどうです。きっと人気になりますよ」

「あれこんなもんでもいいんです?」

 市場調査はばっちり、加工食品は割と少ない。ドライベジタブルは切干大根以外なかった。導魔坊の珍しい野菜を作っているのだからタウロのレシピをつけて、販促ポップを作って掲げれば人気が上がるかも。そうだ!導魔坊御用達農園の看板を掲げればドーマさん人気にも乗っかれる。

 清盛さんも商才があるなんてほめてくれているが、父さんは旅館は継がなくていいとか言っている。でも中学校のトライやる・ウィーク、課外活動授業で旅館の売店を手伝った時、こういったことをあれこれ考えることが楽しかったことなんか思い出した。

 ワイワイと話が進みすっかりおにぎりも食べ終わった。騒がしい音がすると向こうの小屋から人が逃げ出してくる。

「あそこは酒肆しゅしですね」

 お母さんが説明してくれた。この時代の居酒屋のようなものだった。

 酔っ払いが暴れているようだ。二人の男たちが店の外に放り出された。

「あっタマモさん!」

 あとから出てきた。こんなところで油を売っていたのか。

「やいやいこの酔っ払い!気安く触るんじゃないよ」

 腕の部分が光ったと思うと、男たちに指をさして次に近くの溜池ためいけのほうを指す、すると酔っ払いたちはそこ目掛けて飛んでいった。

「水でも飲んで酔いを醒ましな」

 啖呵たんかを切って大股でこっちにやってくる。

「まったく、人が気分よく呑んでるとこに絡んできやがって」

 不運だったな酔っ払いさん。


「ピー!!」ピコが突然鳴いた。



 虫の知らせもレベルアップして具体的なことを言ってくれるようになった。

「みんなこっちへ逃げて!」

 溜池からはい出した酔っ払いはオーガと化していた。一緒にあやかしと化したムカデや蛇を無数引き連れてきた。

加速アクセル!もう、休みなのに!」

 蜘蛛切丸で切り裂いていくが、溜池からどんどん妖が湧いてくる。タマモさんに加勢してもらおうと見るが酔いつぶれて眠ってしまっている。

「もう。。。竜巻トルナード!!」

 水球ポーアの派生呪文の竜巻を起こした。溜池の水を巻込み強烈な水流で空まで跳ね上げる。妖たちは一気にバラバラになった。巻き上げられて落ちてきた残り二体のオーガに衝撃波を浴びせてやった。二人から黒いじゅが抜け出しかき消えた。そして元の人間へと戻った。魔石を精製する前で憑依が浅かったようだ。

 頭を抱えふらふらと男たちは目を覚ました。

「おじさんたち大丈夫?」

「なんでこんなとこにいるんだ?体がビリビリするはずぶ濡れだわ。おらたちはどうしただ」

 ふたりは見合って首をかしげている。

「どうしてこんなことになったか覚えている?」

「昨日の夜、仕事にあぶれてむしゃくしゃして二人で呑んで帰る途中、骸骨の化け物が現れて驚いて腰抜かしたら、黒い煙に巻かれて・・そこからはもう・・・」


 奠胡テンコに違いない。

 人たちが危険が去ったことを知り集まってきた。

「このお兄ちゃんは、導魔法師様のお弟子さんでハルアキさんというんだよ。とーても強くて鬼を退治してくれたからもうだいじょうぶだよー」

 タエちゃんが声を張り上げた。

 人たちはハルアキに手を合わせ拝んでいる。もう恥ずかしくてたまらない。

「じゃあ、皆さんさようなら」

 大きな荷物を担ぎ、その上にタマモさんを載せて逃げるように走った。


 導魔坊に逃げ帰り、さっそくドーマに錦でのことを報告した。今日はドラレコがないので、荷物とタマモさんを横に転がし、あれこれじかに説明した。

「そうか奠胡の鬼がおったか。おそらくきやつは時間稼ぎに都に騒乱のタネをまいていったのじゃろう。奴らも準備がまだ整っておらぬのようだな」

「ハルアキよ明日から都をパトロールしてまいれ!まだ鬼を放っているはずだ」

 またまた、いつもの無茶振り、休んでいる間もないよ。

 ドーマさんは、酔いつぶれたタマモを見つめ

「いつもながらトラブルメーカーじゃの」

 とつぶやいた。その時、気のせいか無表情の面が笑ったように見えた。



 次の日朝からご飯もそこそこに茜、葵と三人で都を見回ることになった。

 導魔坊の庭先で

「パトロールと言ってもどこを見て回ればいいんだろう。何か考えある?」

 二人に相談した。

「捜査の基本は足で稼ぐ、とにかくうろうろすれば、棒に当たる。いこうぜ」

 聞く相手を間違えたかな。

「ハルアキ殿もを使い占ってはいかがでしょうか」

 葵ちゃんのアイデア採用決定。

 都のマップをウィンドウで開き、卦のウィンドウも開く。各種パラメータを設定して、えーとそれからどうするんだった?肩に止まっていたピコが

「ピー」

 と飛び、マップの一条大路の堀川にかかる橋をつつきだした。


「そこになにかあるの?ピコ」

 卦を行っている三人の前に行商人が導魔坊から出てきてハルアキたちに挨拶をした。

「一条戻橋、私もご一緒しましょう」

 と声をかけてきた。

「どなたですか?」

 ハルアキが聞くと

「佐助です。この姿で都を探索しており、導魔法師様に定期連絡に参った次第です」

 背丈も声も全然違う。すごい変装だ。聞くと体中の筋肉や骨でさえ自在に操り変装ができるとのことだった。仙術せんじゅつというもの使っているそうだ。ますます謎の人だ。


 いったん導魔坊へ戻りドーマに戻橋まで行くことを伝え北西の一条大路へ向かった。

「佐助さんもあのあたりに何か心当たりがあるの」

「いえ、夜な夜な妖しげなおなごがおるとのうわさを聞きまして、法師様にもご連絡をしておりました」

「何も被害は出ていないの」

「ええ、しかしあのあたりは昔から黄泉の国への通路が開くとのうわさがありますので、念のため調べてはと」

 堀川通りを上っていくと大きな神社があった。

「大きな神社だね。向こうの端が見えないよ」

 伊勢神宮のような大きな鳥居から覗く景色もうっそうと茂る木々で本社も見えない。

晴明せいめい神社と申します。安倍晴明とおっしゃる高名な陰陽術師の屋敷跡に作られ申した」

「へーすごい屋敷だったんだね。晴明だって僕と同じ名前だよ。母さんの旧姓が阿倍野だから父さんと離婚して引き取られたら僕の神社になるね」

 離婚だなって絶対あり得ないくらいラブラブ夫婦だけど。

「お参りしていこうよ」

 なにげなく神社に踏み入った。



「佐助さん!用心して、ビンゴだよ」

 奠胡テンコやつも、こんな神域に鬼を放つなんて罰当たりなことをする。

 気配はするが姿が見えない。蜘蛛切丸を構えあたりをうかがった。うっそうと茂った木々からメジロのさえずりが聞こえる。気のせいかあたりが少し暗くなってきた。


 土中から三十体以上のゾンビの鬼?いや骨だけの刀を持ったスケルトンの鬼が現れた。鳥たちはいっせいに飛び立つ。

「奠胡もひどいことをする。死して安住の眠りにつくものをハルアキ様、成仏させてさしあげましょう」

 行商人装束を脱ぎ捨て、真っ黒な装束サラサラ髪のイケメン忍者のような姿に変身して、小太刀を構え駆けだした。加速も使っていないのに目にも止まらないスピードでスケルトンの首を落としていく。

 おお!かっこいい!本当に得体のしれない人だ。最初に会った時の姿も変装で、いやこれも本当の姿じゃないかもしれないけれども。あっけにとられ出遅れたが加速アクセルで戦いに加わった。茜、葵も闘う。

 ところが倒しても倒しても、元に戻り復活してくる。佐助さんは火薬球を投げて爆破するが、欠損部分を土くれで補充して起き上がってくる。

「キリがないよ。どうすればいいの」

ハンニャに聞くと



「なにそれ?」

「ピー」

 ピコが鳴いている。

 後ろから何かがやってくる。やばいな挟み撃ちだ。


「坊ちゃまー!」

 タウロが車を轢きやってきた。援軍だ助かった。

「タウロ!ありがとう困っていたんだよ」

 タウロは金棒を振り回しスケルトンを砕きまき散らしていく。このくらい粉々にすればもう大丈夫だろう。

 安心したのもつかの間、またスケルトンは立ち上がってくる。物理攻撃では倒せないようだ。車からドーマが現れた。


「ハルアキよ!踊れ謡え!」

 えっスリラーかよ。マイケルの真似をして踊ってみる。


「しかたがない、見ておれ。タウロ、茜、葵準備だ」

 タウロは小鼓を持ち、茜、葵は笛を吹き始めた。幽玄ただよう笛の音色と澄み切った鼓の音が響き渡る。


 ドーマは手に扇を持ち、ふわっと飛び、敵の中央へと降りたった。禹歩うほで敵の中を進んだ、禹歩とは、まじないの歩みだ。能楽のシテのように優雅で雅な動きで舞っている。スケルトンは動きを止めている。いや、金縛りにあっているようだ。

 あたりはモヤ、霧が立ち込めた。


 ドーマは扇を開く。


ぬばたまの

その夜の命をわずらわず

おきつ来にけりあかぬわかれ


 呪文のような歌を詠んだ。まばゆい魔法陣が広がり、地面から無数の黒い手が現れスケルトンを地中に引きずり込んだ。

「どうだハルアキ、言霊の力だ」

「すっすごいよ!!僕にもできるの?」

「歌の稽古をせねばならぬな。明日から取り組むか」

 歌を詠むなんてできるのかな。百人一首は覚えているけど大丈夫かな。鼓と笛の稽古もしないといけないのかな。あー課題が増えていくなぁ・・・・


「佐助殿、いや、ハルアキの面倒ありがとうござる。素晴らしい技をお持ちだ今度ゆっくりとタウロの飯を食べていただき、お話を伺いたい」

「いえ、勿体のうございます」

「まっそういわず、機会があればぜひ。ではこの社で夜まで待ち戻橋へ向かいましょう」

「終わったんじゃないの?」

「まだ、ここからが本番じゃ」



「放った眷属けんぞくは消されたか」

 くやしそうに奠胡テンコは杖を壁にたたきつけた。

「導魔法師とか名乗る陰陽師、なかなか侮れぬやつだ」



 間人たいざ、聖徳太子の母、穴穂部あなほべの間人皇女はしひとのひめみこゆかりの地である。サテュロスは竹野川下流日本海に面した場所へとたどり着いた。


「ふー殺されるかと思った。この岩のようだな」

 立岩たていわを登り見つけた封印の綱を引きちぎり瓶の魂を注いだ。

 暗い海から黒雲が立ち上がり雨が降り出した。稲妻が光、立岩に落ちた。

「ひぇー」

 サテュロスはかがみこみ頭を抱えている。

「おぬしか、わしを起こしたのは!」

 ちぢれた赤髪に角、十尺、三メートルはある大男が槌矛メイスを杖代わりに立ち上がった。

奠胡てんこさまの配下、サテュロスともうします。槌熊つちぐまさまよろしくねがいます」

 あまりの迫力にひざまずいている。

「うぬ、やはりこの体がしっくりくる。奠胡のやつの差し金か、わしにも届いておる、あのお方の復活の気配は」

「急ぎ私と三上ヶ嶽みうえがたけまでご一緒願いたい」

「ほう、まだあそこを根城にしているのか、わしは後で参ろう。おぬし一人で帰れ」

 一人で帰ると奠胡に何を言われるかわからない。

「お願いします、ご一緒に」

「うるさいの、ではこれを持て」

 槌矛を投げつけた。

「これをわしの代わりに連れ帰り、あとで行くと伝えろ」


 槌矛はサテュロスの力では引きずるくらいしか動かない。槌熊は立岩を飛び降り川を上流へ山の中へと去ってしまった。

「殺生な、こんな重いもの三上ヶ嶽まで何日かかることか、また叱られてしまう」

 とぼとぼと槌矛を引きずり泣いている。

 槌熊は、姿を人へ変えて歩いた。山中の集落へとたどり着いた。人の姿とは言え六尺、二メートルの大男だ。

「この村だな」

 薪を担ぎ戻る村人に長の場所を聞いた。

 長の小屋に入り、老人に声をかける。


白犬しらいぬよ、歳を取ったな」

 老人は目を見開きあわてて土下座をした。

「槌熊さま、申し訳ありませんでした。この命お捧げします」

「よい、お前の裏切りで奠胡、迦樓夜叉かるやしゃは打ち取られたが、それはよい。あやつら残忍すぎる。それよりもわが眷属を守りこの村を支えたことに礼を言うぞ」

 どっかりと白犬の前に胡坐をかき、話をつづけた。

「村人は健やかであるか」

「はい、あれから世代は変わりすっかり鬼の力も弱まりましたが、たたらの技を継ぎまして鋳物師として平和に暮らしております」

「さようか、さようか、しばらくこの村で滋養させてもらう。また戦じゃ、恩ある方の頼みで少し働かなくてはいかん。わしには戦うことしかない、よろしく願うぞ」

 ごろっと横になり眠り始めた。



 導魔法師たちは晴明神社の社務所で時を待った。

「ドーマさん何か新しいことわかったの」

「うむ、おぬしいや、神獣のおかげでの道筋が通った。迦樓夜叉カルヤシャはここにおる」

 素直にほめてほしいよ。そいつは奠胡テンコの仲間でかなり残忍で非常に強い鬼だそうだ。

「どうしてドーマさんは、奠胡や迦樓夜叉とかの情報に詳しいの?」

「あやつらとはユートガルトで戦いうち滅ぼしたのじゃが、きやつらの大将がここ平安に逃げ延び再び蘇生させたのだ。あとひとり槌熊ツチグマもおそらくは甦ったとみてよい」

「もっと悪いやつがいるの」

「うむ将門マサカドという怨霊おんりょうじゃ。この世で暴れここ晴明神社にまつられている晴明殿に倒されユートガルトに転生してきたのじゃ」


 平将門の怨霊って有名な話だ。映画や小説で見たことがある。その親玉を倒せば僕は元の世界に戻れるってこと?

「これはこれは、晴明様の生まれ変わりと呼び名も高い導魔法師様、このやしろにお出ましいただきありがたき幸せです」

 この神社の禰宜ねぎがやってきた。

宮司ぐうじは出かけておりますが、夕刻にはお戻りになられるはずです。しばらくお待ちいただきお会いしていただければと思います」


 面倒なことになったが夜まですることがないのでしかたがない。佐助さんがいない。すでに一人で橋へ向いどこかに潜んでいるのだろうか。タウロさんと茜ちゃん、葵ちゃんは車のところで待機している。ドーマさんと二人きりっだ。聞きたいことはあるが改めてしゃべることが思いつかない。父さんと二人っきりになった時も話すことが見当たらないのと同じだ。こんな時母さんがいれば何か糸口を見つけて会話が成立するのに。八つの鐘がなってしばらくたつ。お腹がすいたのでおにぎりを食べる。


「ハルアキどうだ、この世界には慣れたか」

 ドーマさんから話し始めた。ドーマさんも同じ気持ちなのかな。いつも妙に距離を置いて接せられてる気がする。

「たのしいよ」

 何と答えるとよかったのかな気を使っちゃう。

「そうか」

 会話は途絶える。

「ドーマさんはどうなのこの世界」

 意を決し僕から話しかける。

「そうだな、人が人らしく暮らす世界も悪くない。さえなければスローライフもいいもんだ」

 話口調が変わっている。いつも無理してしゃっべているのかもと思ってしまった。

「あら!こんなところにどうしているの?」

 タマモさんが突然入ってきた。

「タマモさんこそ、どうしてここがわかったの?」

「だって、この神社に来ると『お狐様』とか言ってお酒やお供え物くれるんだもん。見るとタウちゃんの牛車があるし、驚いたわよ」

 こんなところまでチョロチョロと出歩いていたのか。キツネというよりネコに近い行動だな。なわばりをうろうろしてあちこちとおやつをもらって帰ってきては甘える。

「ハルト、いやドーマちゃんなにしてるの?」

「ハルト?」父さんと同じ名?

「ごめん、導魔法師どーまほうし様とこっちでは呼ぶように言われてたんだけど、ドーマちゃんの本当の名前はドーマハルト・クラディウスっていうの」

 そうかそれでハルトなのか。

「やれやれ、口が軽いというか軽率だないつもながら。だから向こうに置いてきたんだぞ」

 ドーマさんはお怒りだ。

「いいじゃないの、名前くらい」

 首を向こうに向けた。

「僕は気にしないよ。ドーマさんも許してあげて」

「まあ、やさしいこ」

 ほっぺにキスされていつものように胸を押し付け抱きしめられたが、いつものようにはねのける。

「ハルアキに甘すぎるぞタマモ!でも丁度よかった。迦樓夜叉がこのあたりにいるようだ」

「なに!あの女、よみがえってきたの!」

 タマモさんの様子を見ると迦樓夜叉とは因縁があるようだ。

「ああ、蘇ったばかりなのでまだ力を蓄えていないだろうが、お前がいてくれると助かる」

 けっこう口ではなんだかんだとタマモさんのこと言っているけど頼りにしてるんだ。

「ドーマさんに平安の生活をどう思っているのか聞いてたとこなんだ」

「私は楽しいわよ。ユートガルトはいつも戦乱であっちの国が攻めてきたと思ったらこっちのの国が滅ぼされてとか、人がいっぱい死んで平和とかいうものがあるのかって思ってたの」

 平安の時代もこれから戦が増えて清盛さんも大変なことになる歴史を知っている僕としては複雑な気持ちだ。

「そうだな向こうの世界は荒れていた。タマモの言うことはもっともっだが、人の世はいつも争いの中にある。やがてこの平安も人の憎しみの連鎖によって争いの輪廻りんねの輪に取り込まれるだろう」

 ドーマさんはいつになく口数が多い。

「難しくてよくわかんないけど、もっと手を取り合ってなかよく暮らしていくことが希望だけど」

「そうだなまれのぞみだ。将門は力によってすべてを支配し平和というものを目指した。ユートガルトでも人の希望を踏みにじり高みへとめざしておった。この世で成せなかった野望を果たそうとしていたが我々が阻止したんだ」

「でも逃げられちゃった。こんなかわいいハルちゃんを巻込んでどうするつもりなの」

 ドーマさんを睨んでいる。

がそう指示したのじゃ」

 法師口調に歯切れの悪い返事をする。

「はっはっはは!」

 父さんが母さんにやり込められて困ったときの情景を思い出し笑いが出た。

「お話し中のところ大変申し訳ありません。当社の宮司です。このたびはお越しいただきありがとうございます。『お狐様』」

 ドーマさんじゃないのか。タマモさんがそっくり返っている。

「どう!私のほうが偉いんだからね」

 かなわない人。

 郡司さんは去っていった。ドーマは何か頼みごとをしていたようだ。

「そろそろ一条戻橋へ向かうかハルアキ」

 元の調子に戻ったようだ。


 ドーマさんとタマモさんは牛車に乗り、僕や茜ちゃんたちは歩いて堀川通りを上がっていった。車の中から二人の言い争う声が聞こえもれている。

 新月の闇夜だが気づかれないよう松明も灯さず静かに向かう。視覚をバフで強化して前を見る。星々の明かりでも遠くを見ることができた。

 橋の手前で車を降りる。離れて橋のほうを見ると男がこちらのほうへ橋を渡り向かってくる。向こうはこちらに気が付いていないようだが康成さんだ。ドーマが作った行燈あんどんを手にしている。横には女の人、ニコニコしながら歩いている。

「いくぞ!ハルアキ」

 ドーマが飛んだ!僕は加速で二人の目の前に移動した。

「康成!こちらに逃げるのじゃ」

 康成さんが驚いてこっちに来ようとするが、襟首をつかまれた。かたわらから黒い影が飛び込み女の腕を切り落した。佐助さんだ。康成さんの手を引きこちらに連れ帰った。

「うう!口惜しや!貴様ら何者じゃ」

 女は切り落とされた腕を抑え叫んだ。

「迦樓夜叉!正体をあらわしな」

 タマモさんが答える。

「うっうぬは、キツネ娘!こちらに来ておったか」

 まさしく鬼の形相でタマモさんをにらんでいる。

「ピコ、車のところで隠れていて」

 ピコを非難させ、相手を観察するがステータスはブロックされ、迦樓夜叉・サキュバスとしかわからない。うかつに飛び込むなと感が知らせる。

 迦樓夜叉は切り取られた右腕を振り回し血液をまき散らす。そこからけもの、野犬を大きくした黒いヘルハウンドを生み出した。牙をむき次々と現れ襲い掛かってくる。

 左右から二匹タマモさんに襲い掛かる。白く両手が光ったかと思うと振り下ろしひねっている。ヘルハウンドは同時にねじりちぎれる。ヘルハウンドは警戒して唸り声をあげてタマモを取り囲むように数匹が構える。

 タマモさんは心配いらないようなので佐助さんを補佐する。佐助は適格に敵の喉笛に刃を当て絶命させていく、こちらも助けが必要なさそうだ。

 迦樓夜叉の近くを守るヘルハウンドを加速で五匹ばかり倒した。佐助さんのようにはいかないがなかなかの業だと思う。迦樓夜叉に隙ができた。横振りに蜘蛛切丸で薙ぎ払うように飛び込む。

「ピー!!!」

 ピコの鳴き声、足を止め飛び退くか否やの瞬間鼻先を鋭いカマが通り過ぎた。

 あぶなかった。ドキドキしている。ピコありがとう。

「くそっ!右手さえあれば首をっ切ってくれたものを、その小僧から血祭りにあげてやる」

 迦樓夜叉の姿は黒いタイツに長いしっぽ、蝙蝠こうもりのような翼をはやし細長い角が生えている。またも血を振りまきヘルハウンドを生み出し僕を取り囲む。

「迦樓夜叉!貧血で倒れちゃうぞ。ハルちゃん遠慮なくやっつけちゃいな」

 タマモさんは手を振り回し囲んでいたヘルハウンドをずたずたにして迦樓夜叉に投げつけた。

 加速アクセルを繰り返し残像で分身を作りヘルハウンドを翻弄し「標的ターゲット」ヘルハウンドたちの額に魔法陣が浮かぶ。「水球弾ポーアバレット」小さな水滴を高速でヘルハウンドの眉間を連続で貫く、そして陣を抜け出し迦樓夜叉の前へ土壁パレーテ!視界を奪い後ろに回り込んだ。いける!電撃プラスマ斬撃ざんげきを打ち込む。

 迦樓夜叉は空へ逃げ空振りに終わった。

忌々いまいましい!これでもおくらい」

 左手の爪が槍になり降り注ぐ。ハルアキを貫いたかに見えたが残像であった。迦樓夜叉の後ろにすでに飛んでいた。渾身の一撃!がカマで防がれた。しかし地面に撃ち落とした。

 電撃剣プラズマブレードで切れないなんてなんて固いカマだ。チャンスだと思った瞬間、迦樓夜叉の放った爪がヘルハウンドより大きな五体の首が三つあるケルベロスへと変化した。

「なんだよ次から次から、『標的ターゲット』『水球弾ボーアバレット』」

 弾かれてしまった。さっきのヘルハウンドどころではない強敵だ。一匹でも手を焼きそうなのに五匹同時なんて。ケルベロスの腹の下に滑り込み切りつけるが致命傷には至らない。

「浅いか」


 邦楽の音色が鳴り出した。やった必殺技だ。タウロ、茜、葵の演奏が始まった。少し後ろに下がりドーマさんの動きを観察する。


あまびこの

おとをまゐらすわりなしの

さがなしものにさながらうす


 ケルベロスたちに輝く魔法陣が広がる。突如黒い雲が広がったかと思うと無数の雷が襲った。ケルベロスを消し去った。

 迦樓夜叉のカマにも雷は襲ったがあまり効いてないのか僕にそのままカマを振り回し襲い掛かる。重い斬撃だ。力負けしてどんどん後退をする。

「ハルちゃん、加勢するわよ」

 手のひらを迦樓夜叉にかざし地面をたたいた。

 とたん迦樓夜叉に重力がかかったように動きを鈍らせた。


「よし!ハルアキよ。さっきの歌は覚えたか!二人で舞うぞ」

 えっまた無茶振りをとも言ってられない。ドーマさんの少し後ろに移動する。蜘蛛切丸を扇代わりに禹歩うほをまねる。なるほど北斗七星をたどっているのか。二人の動きがシンクロする。体に力がみなぎってくるのがわかる。トランス状態になり声を発す。


あまびこの

おとをまゐらすわりなしの

さがなしものにさながらうす


 さっきより大きくさらに輝く魔法陣が迦樓夜叉を包んだ。無数を雷が迦樓夜叉を貫いた。敵は動きを止め、天を仰ぎうつろな表情だ。とどめの電離剣プラズマブレードを打ち込もうと近づきかける。


「もどれ!ハルアキ」ドーマさんが叫ぶ。バク転でドーマさんの陰に隠れる。迦樓夜叉は天に向かい左手のひらを上げている。そこには大きなエネルギーのボールがあった。


しきたへの

ころもまといし

土壁パレーテ


 大金剛輪印だいこんごういんを結びドーマが唱えると僕らをすっぽりと覆う結界が現れた。轟音とともに衝撃が僕らを襲ったがドーマの結界のおかげで誰にも被害は出ていないが、周りの土はえぐれその威力を物語っていた。


 迦樓夜叉の姿はそこにはなかった。逃げたようである。

「残念じゃ、仕留めそこなったか。あれであいつは半分の力も取り戻していない。この好機を逃がしてしまったか」

 ドーマは悔しそうにしている。

「ところで康成殿、あやつの行方に心当たりはあるか」

 きょとんとしてドーマの方へふりむく康成!

「あっ!康成さん後ろ」

 何と迦樓夜叉の右手が襟首をつかんだままだ。康成は手を回し何事だろうと右手をつかむ。

「ひぇぇ」

 つかんだ手を地面に投げ落とす。導魔が拾い布を巻き付け封印の呪符を張って無造作に車に投げ込んだ。

「これを取り戻しにまた現れるであろう。まあよいか」

「しかし、あんたの女好きにもあきれるね。あんな陰獣女にまでのこのこついていくなんて」

 またもタマモの軽蔑の目にさらされた。

「いえ、まあ、あのその、明るい行燈をお持ちのようで愛宕山あたごやまの山荘まで送ってたもれと、お願いされたものでつい」

 汗をかきあたふたとしている。

「でかしたぞ!愛宕山とな、重要な手がかりだ」

 ドーマさんに褒められ少しは面目を躍如やくじょしたかのように落ち着きを取り戻した。

「もちろん!作戦でございます。タマモさま」

 小さな声で言った。

「さあさあ、みなさん導魔坊まで帰りましょうだ。お腹がすいているだろうで美味しいもの食べて力を蓄えるだ」

 タウロが促した。

「やったーお腹ペコペコだよ。早く帰ろう。康成さんも車に乗って今日は定員OKだよ。タウロのご飯食べっていってよ」


 北のうす霞んだ夜空には北斗七星が輝き、地形も変わるほどの戦場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る