第3話〇泣いた赤鬼

 昨日と同じようにオオガミにしごかれ、夕暮れ近くとなった。屋敷の母屋が騒がしいあるじが帰ってくるのだろうか。門が開き、荷車と馬に乗った康成それともう一人馬に乗った眼光の鋭い威風堂々いふうどうどうとした後ろ髪を束ねた若い男が入ってきた。屋敷の者たちは頭を下げ迎え入れる。


 振り返るオオガミが

「よっ!おかえりキヨモリ殿!」

 平安時代、キヨモリ!まさかあの。少し緊張が走る。

「やや、その少年が例の子供か、平清盛たいらのきよもりと申すよろしくな」

 うあ、本物だ!保元の乱が1156年だっけ、若さから見るとそれから20年ほど前の1136年前後くらいの時代なのか今は、思わぬところで期末テストの勉強が役に立った。年号がわかっても何の意味もないけれど。

「ハルアキと申します。平家の大将さんですよね」

「親父が大将で俺は商人だよ。こんな気楽な生活が一番気に入っているんだ」

 馬から降りてきて色々とお話をしてくれた。宋の国にわたりシルクロードを渡って泰西の国々を旅することが夢らしい。歴史変わっちゃうじゃん。


「それはそうと康成を助けてくれたそうな。礼を言うぞ」

 康成が帰路の途中立ち寄ると、さっそく元盗賊たちは旅人相手に商売をしていたそうで、それなりに繁盛もしているとのことだった。

「あの人たち元気で頑張ってるんだ。よかった」

「ハルアキ殿は商売に明るいと見える。先見の明にたけておる。どうだ、わしの家来になって泰西に行かぬか」

「おいおい清盛殿、ハルアキには使命があるんだよ。勝手なこと言うなよ」

「ははは、わかったわかった、夕餉はそちらに行って一緒にさせてもらっていいかな」

 今日の晩御飯は賑やかになりそうだ。


 修行の汗を流しに湯殿へ行きのんびりしていると、またも侵入者、タマモだと思い追い返そうと思ったが何と清盛さんだった。

「ヒノキの香りでいい湯だな。わしも風呂が好きでここの湯をいつも借りている。福原の別邸の近くにも温泉が沸いておりそれが目当てで月の半分は大輪田泊へいっているのじゃ。しかし導魔法師様は不思議なお方だな。あのような陰陽師をわしは知らん、五年ほど前に都に突如現れ、不思議な術を使い数多の事件を解決して注目を集めたのにそれを誇ろうともせん。見かねた天子様から私のところで預かるようにとちょくを出されてのう。こうして私のとこへお住みいただいている」

 陰陽寮という公的な機関もあるが、いわばフリーランスの陰陽師だった。

「導魔法師様が従えておる青鬼の料理は絶品なものでついついこちらで夕餉もいただいておる。官僚の接待にもこちらを使わせてもらい重宝しておるのじゃ」

 タエちゃんもそうだけど、なるほど鬼は大丈夫なのか、ドーマさんも独特の容姿だし、平安の世はあやかしの類に寛容らしい。

 それにしてもこの離れ、いいお風呂もあるし料亭旅館見たいだ。導魔坊どーまぼうと勝手に名付けよう。ハルアキは妙に納得して命名してしまった。


 二人は風呂を上がると食堂へと向かった。康成と茜、葵もすでにテーブルに着き、大賑わいだ。

「いやあハルアキ殿はお強い、まさか導魔法師様のお弟子さんとはあらためて助かりましたぞ」

 ドーマさんも席についている。清盛さんが来ているからかな。さて今日のお献立はいかに。茜、葵が料理を運んできた。中華料理だ!清盛さんは宋の料理だと感心している。

 大皿に前菜の五種盛りが運ばれている。茜、葵が取り分け皆に配膳して回って、お酒の酌までしている。巫女じゃなく仲居なかい役を果たしている。ますます導魔坊おそるべしだ。

「ドーマさまの料理人は何でも作られるのだな。驚かされますいつもながら、ところでそのご婦人は?」

「タマモでーす。ドーマちゃんの奥さんでーす」

「おいおい娘みたいなものだろ」

 タウロに奥様と呼ばれたことがよほど気に入っている。オオガミとタマモの漫才が始まった。


 僕は前菜に夢中だ。猪の焼き豚、山鳩の棒棒鶏ばんばんじー、ザーサイにキュウリとクラゲの酢の物にピータン。家族で街に下りて食べたあの高級中華料理店の味にも勝る。

 続いて登場は北京ダックだ。これまた茜が切り分け、葵が薬味を配り食べ方を説明する。皮を取った残りのアヒルの身はまた厨房へと戻る。康成さんはまだ食べるところが残っているのにと、恨めしそうに見ているが、大丈夫だよ、また出てくるんだから。僕は茜の代わりにその皿を厨房に持って行った。


「ねえタウロ」

「どうしました坊ちゃま、お口にお会いになりませんか」

「いやとっても美味しいよ。でもどうしてこんな異世界の料理に詳しいの」

「ドーマさまに教えてもらったんですだ。直接頭に詰め込められたんですよ。お坊ちゃんが来るための準備だったそうですだ」


 ドーマさんのギフトだったのだ。僕が食い意地が張っていることを見越してタウロに料理人としての技能を叩き込んでいたのだ。話しながらタウロは料理を続ける。残った肉はナッツと根菜を合わせ甘酢あんかけが出来上がった。

「お坊ちゃんお使いして申し訳ねえだが、運んでくださるか」

「オーケイ」

 つまみ食いしながら食堂に戻った。

 お酒も入りさらににぎやかな食卓だ。

 清盛はドーマに向き合い頭を下げた。

「実は丹波たんばへ送った家来たちの消息が分からんのじゃ。大江山付近で姿を消した。調べてはくださらんか」

 導魔の指導で伏見で作った酒を運ぶ途中だったらしい。散々探索したらしいが四、五日たっても全く見つからず今に至っているそうだ。

「それは災難ですな。修行中ではあるが、実戦の修業もよかろう。ハルアキ!助けてやれ」

 また無茶振りをやれやれだ。オオガミさんが付いてきてくれれば大丈夫だろう。

「茜、葵、また子守を頼むぞ。それと厨房へいってタウロを呼んで来い」


 タウロが次の料理をもって現れた。中華おこげだ。アツアツのおこげごはんの上に餡をかけた。ジュっと音を立てて湯気と香りが立ち込める。

「タウロ、お前は大江山あたりの地理に明るい、ハルアキと茜、葵と共に捜索の旅に出てくれ」

「四人だけなのオオガミさんは」

「俺がいなくても大丈夫だよ。おまえさんなら大丈夫だ」

 とたん心細くなってきた。心なしかタウロさんの表情も暗い。

 ゴマ団子と杏仁豆腐が出てきて今日の晩御飯が終わった。


「ごちそうさま」

「ドーマさん、美味しい料理をありがとう、すっかり胃袋掴まれたよ」

 礼を言って部屋に戻った。


 朝からタウロが忙しそうにしているが、朝ごはんはいつもの白粥にお漬物だった。そうそうご馳走ばかりではない。

「いってきまーす」

 清盛さんも家来が心配で同行することになった。短甲たんこうに刀を帯びている。大江山の方角へ五人は出発した。タウロは車をかずに帯同している。荷物持ちはいつもの葵だった。

「清盛さんかっこいいですね。まさしくお武家さんって感じ」

「わしもオオガミ殿から剣術の指南を受けておるぞ。免許皆伝とまではいかぬがそこそこ使えるぞ。いわばハルアキ殿の兄弟子じゃ」

 心強いことを言ってくれる。それにしてもタウロの元気がない。どうしたんだろう。


 今の園部のあたりにたどり着いた。小高い丘、梅の木の下でお昼の休憩だ。葵はリュックからござと五段の重箱を取り出した。このリュックからは大きさ以上のものが出てくるがドーマの術がかかっているのだろう。朝忙しそうにしていたのは、お弁当を作っていたのか。やっぱりやるねタウロさん。

 一段の目の重は色とりどりのおかず、卵焼き、筑前煮は牛蒡と蒟蒻、鴨の肉、豆の煮もの、二の重は、揚げ物天国、鶏に肉団子にタラの芽などの山菜の天ぷら、三の重はびっしりと稲荷ずし、四の重は色彩豊かな太巻きずしがびっしりと、最後の重はいつものおにぎりと海苔をまいたおにぎりの二色だ。梅の花の木の下でさしずめお花見だ。清盛さんは酒を欲しそうにしている。


 茜が「このあたりだったな、タウロと出会ったのは」タウロは無言だ。自分で作ったお重には一口も手をつけず、沈んでいる。

「さっきこのあたりの農民に聞いたことだが、これから先の瑠璃るり村と連絡がとれていないそうだ。立ち寄って情報を仕入れるか」

 清盛さんは竹筒の水を飲み干し歩みを進めた。どんどんタウロの元気がなくなる。そして集落が見えてきたとたん

「わしはここで待っているので先に行ってください」

「どうしたんだよタウロ、理由を話してよ」

 それでもかたくなに口を閉ざしている。こちらの道の先の川沿いに小屋があるのでそこにいると、どんどん歩いて行ってしまった。

「まあ良いではないか何か深いわけがあるのだろう。それより村人に話を聞こう」

 村に入ると誰一人も人がいない。家の戸を叩いても誰も出てこない。大声で呼びかけても梨のつぶてだ。


シュウッ!!


 突如竹やりが飛んできた。蜘蛛切丸でぎ払た。

「誰だ出てこい」

 くわや竹やりを構えた人達が建物かげから現れた。

「おっお前ら山賊に渡すものはもうねえ!とっととでていけ」

 息巻いた。

 清盛は

「この姿が山賊に見えるのか!無礼なことを言うな」

 村人も改めて一行を見て、あわてて土下座をしている。

「お武家様申し訳ありません」

 村長と思しき人物が近寄ってきた。

「うむわけを聞こう」

 この瑠璃村の北の山に山賊が砦を築いて、道行く旅人を襲いこの村の食べ物を強奪しにくるそうだ。盗賊の人数は10数名らしいが鬼のような形相をしていたとのことだ。この村にはミーノという赤鬼がいて村人にかわり山賊を討伐に山に向かったが昨夜から帰ってこない。

「もしや我が家来を襲ったのもやつらか。赤鬼も山賊の一味ではないのか」

「いえいえミーノさんは三年前にも村で暴れた青鬼を追い払ってくれた村の恩人です」

 話が読めてきた。

「その青鬼は牛見たいな顏だったんじゃない」

「そうですだ、ミーノさんも牛のようなお顔で一見怖そうですが気のいいお優しいお人です。村に住んでいただきいろいろとお手伝いをしてくれておるのです」


 浜田廣介はまだこうすけのあの童話の話じゃないか、タウロはわざと嫌われ役を買って出てミーノさんを助けたんだ。それでこの村にこれなかったんだ。馬鹿だな正直に言ってくれれば相談に乗れたのに、葵に耳打ちして

「タウロを呼んでくるから、待ってて」

 タウロの言っていた小屋に走った。タウロがうなだれて小屋の隅に座っていた。

「事情は分かったよタウロ、でも大変なんだよ。ミーノさんが山賊を倒しに行ったまま帰ってこないんだよ」

「おぼちゃま本当だすか!!」

 タウロが立ち上がった。

「村に戻るよ」

 またもじもじしている。

「わかったよ」

 を検索して人化の秘術を見つけ、一枚の呪符を書いてタウロの胸に張り付けた。タウロは人の姿へと変化した。

「ぷっ」

 思わず吹き出してしまった。角刈りにマッチョな大男、板場のゲンさんそっくりだ。僕のイメージなのか本質的にそんな姿になったのか成功だが変な気分だ。

「これでいいだろ、行くよ」

 緊迫した状況だがにやけてしまう。タウロは顔を触ったり手足を見つめている。


 村に戻って詳しい話を聞いていた清盛さんと山賊の砦に向かった。

 小一時間で山のふもとの砦の前に着いた。

「探ってくるよ」

 茜が素早く砦の中に侵入しすぐに戻ってきた。賊は12人、酒を飲んで酔っ払って寝ている。清盛さんの家来の四人とミーノが縛られ一室の閉じ込められていると調べ上げてきた。

「ミーノは生きているんですね」

 タウロが涙ぐんだ。

「おそらく人質として生かされているのだろう」

 清盛さんも家臣の無事を確認できてほっとしているようだ。

「よし、作戦はこうだ。正面突破して茜殿とタウロ殿は人質を確保する。残り三人で賊に当たる。酔っぱらっているということなら三対一も造作ないだろう。ハルアキ殿のよいか」

「わかりました」

 清盛さんに手のひらをかざし強化バフをかける。

「何やら力がみなぎる、かたじけないでござるハルアキ殿」


 茜はあらかじめ門のかんぬきは外して戻ったようだ。

 清盛さんが先陣を切って中に入り、賊の眠る部屋の戸を静かに開ける。明らかに人間ではないオーガのようだ。敵のステータスを確認する。オーガ憑依体?ハンニャが答える。


「除霊とかできないの?」



 心が痛むが村のため清盛さんのためにもやるしかない。

 敵の親玉が目を覚ます。ひときわ大きなオーガだ。

「てってめえら何者だ!おい野郎ども起きやがれ!」

「平家の武人、清盛だ!成敗する」

 刀を抜き立ち上がる賊たちを切り払う。葵は氷槍で敵の目を射抜いて、そこを清盛が切り捨てる。見事な連係プレイだ。僕は加速アクセルで蜘蛛切丸を一閃貫く、二体同時に倒した。

酒呑しゅてんの親方たっ助けてくだせい」

 一体の突きが甘かったようでシュテンと呼ばれた親分にしがみつくが、酒呑に切り払われてしまう。


「やい、てめえら覚悟しやがれ」

 山賊刀をこちらに向ける。

 加速アクセル!胸板目掛け蜘蛛切丸を突き刺すが、硬くてはじかれる。刀が床に突き刺さる。

 すぐさまウィンドウを開き、酒呑に掴みかかり

電撃フリーネ!」

 ありったけの衝撃波を叩き込んだ。酒呑は焦げた匂いと煙を出して、そのままあおむけに倒れた。やった、振り返ると清盛さんと葵ちゃんも残りの山賊たちを倒していた。人化したままのタウロが傷だらけのミーノさんに肩を貸し、茜と人質を連れ戻ってきた。

「清盛さま、助けに来ていただけたのですね。ありがとうございます」

 家来たちは疲労はしているようだが清盛さんに頭を垂れている。

「あなた様たちがおらを助けてくれたんだな。ありがとうござえます」

 ミーノはタウロや清盛たちを見まわす。と突然


「あぶねぇ!」

 残り少ない力で、起き上がった酒呑に突っ込んだ。酒呑はミーノを戸板が破れるほどの勢いで突き飛ばした。

「ああ!いい電気あんまマッサージで酔いも醒めたぜ。皆殺しにしてやる」

 よだれをたらし怒りでさらに大きくなっているようだ。


「ミーノ!」

 タウロが人化の呪符をはがし元の牛男へと変化する。

「きさま!!ミーノをよくも!!」

 すごい勢いで突進し角を腹目掛け突き立てた。

「ぐっふっ」

 腹が裂け上体のみが後ろに倒れていく。驚愕の一撃だった。タウロは肩で息をしながらミーノのほうへ駆け寄った。

「おっおめえはタウロ」

 ミーノの目に涙が湧きおこる。タウロも同じく泣いて抱き合っている。

「本当にタウロだな」

 懐から手紙を取り出しタウロに押し当てた。

「こんなもん残して姿を消すなんて水臭いじゃないか」

 手紙を投げ捨てた。

 清盛が拾い上げ読み始めた。


「ミーノへ、おらがいたら芝居だとばれてしまうだ。仲良くしたかった村の人たちと幸せに暮らせよ。おらは旅に出る。二度と会うことはないだろう。元気でな」


「タウロ殿よ。友を思う気持ちに誤まりはないが、友の気持ちも考えてやるんだぞ。そしてミーノ殿、少しの勇気でこんなことにならなかったのではないか」

 タウロたちは、おいおいと泣き続けているばかりである。

 山賊たちの遺体を集めジンちゃんが焼き払った。魔石とレアアイテムの大きな指輪が二つ落ちていた。僕は指輪を鑑定して、タウロさんとミーノさんに渡した。

「二人の友情のあかしにこれを受け取って」

 タウロとミーノは受け取り指にはめた。大きさはこしらえたようにぴったりだ。二人はこぶしを合わせ指輪を合わせた。


カーン!いい音が響く。


「あっそれとその指輪にぐっと念をかけてみて」

 二人の手に金棒が現れた。

「マジックアイテムみたいなんだ。二人なら存分に力を発揮できる金棒になるよ」

「おぼっちゃま!ありがとうごせえます。これを見ればミーノのことも思い出せますだ」

「さあ無事を知らせに村に帰ろう」


 タウロは酒の残った酒だるや盗まれ食料と足腰もろくにおぼつかぬ家来たちを荷車で引き、村に着いた。

 村人はミーノさんの無事を喜んだ。

 タウロはまた人化の呪符を張っている。

 ミーノはその呪符を突然引きはがした。青いその元の姿を見た村人がおびえへたり込む。

「村のみんな、今まで黙っていたが、こいつは俺の親友でタウロと言うだ。おらがみんなと仲良くなりたいという願いのため、タウロが一芝居打ってみんなをだましただ」

「すまねぇ、俺はここにはもういれないだ。騙していてごめんよ」

 頭を下げ立ち去ろうとした。

「まちなされ」

 村長が呼び止める。

「そんなことで村のみんながミーノさんを嫌ったり疑ったりはしねえだ。この三年間のあんたのおかげでどれだけこの村が助かったか。このたびも真っ先に山賊退治をしようとしれくれたあんたを見捨てるわけはないだ」

「タウロさんと申したか、あんたも気にする必要はないだで、気軽にこの村に遊びに来てミーノと会っておくれ」

 去ろうとしていたミーノは膝から崩れ落ち泣き始めた。タウロもそれを抱きすくめるように泣いた。

「村の皆さんミーノによくしてくれてありがとだ。これからもよろしくおねげえしますだ」

 そして二人は指輪を打ち鳴らした。

カーン!

 いつまでも響き、二人の友情をたたえた。


 清盛は「すまぬが村長よ。今日は都に帰るにはちと遅くなった。こ奴らも少し休まねば到底歩くこともできぬ。ここで宿を取らせてもらえぬか」

「喜んで、村の恩人さんをむげに返すわけにもいかん。しかし歓迎するにも食の支度もおぼつかない状況ですだ」

「大丈夫だよ村長さん、四、五日は探索にかかると思って食料はたくさんあるはずです。ねぇ葵ちゃん」

 リュクからどんどんと食材を取り出す。特別大きい鍋!なんでこんな鍋までとはいやはや準備にもほどがある。どんな事態を想定して荷物を詰めているのだか、あきれて声も出ない。

「よーしおらが旨いものを振る舞ってやるから、ミーノも楽しみにしておくれ」

 タウロががぜん元気を出してはりきり始めた。


 と、ご飯の心配はなくなったけれども、お風呂だ。清盛さんの家臣さんたちにも元気を出してもらうためにもひっと風呂が必要だ。人数が多いので露天風呂作ろう!

「さてと、探査サーチ

 地面に手のひらをつける。村の奥外れに水脈を発見する。次に紙を取り出して同じ呪符を十枚ほど作る。投げ放つと印を結ぶ。十体のモグラを作り出した。

「さあモグちゃん、ここを掘るんだよ」

 地面を掘り進むモグラたち、そして水脈を掘り起こした。さあ井戸も掘り当てたし、

「今度は岩を集めて浴槽を作るんだよ。モグちゃん」

 瞬く間に岩風呂が出来上がる。これを沸かしてと、手を突っ込むと「火球ボイデ!」露天の岩風呂を作り上げた。


「清盛さーん、こっちへ来て」

 清盛は湯気の上がる露天風呂に驚いている。

「いやはやハルアキ殿のお風呂好きにもあきれるでござる。家臣も呼び湯治させていただくか」

 六人はハルアキの作った露天風呂に浸かった。なぜかモグちゃんたちも横にいる。ハルアキが湯の様子が気になり鑑定を使った。


「これは温泉だよ。冷泉だけどラドン温泉だ」

「ラドン?よくわからんが確かに体の疲れが癒されていく気がするぞ」

 家臣の人たちの顔も和らぎ生気がみなぎってくるようだ。

 よーしこれも

「ちょっとびっくりするかもしれないけど、ちょっと我慢してね」

 弱い電撃フリーネを湯に放った。

「うあっ!びりびりするでござる!しかし心地よいの」

 アブルも併せて発動してある。

「電気風呂と言って疲れに効くんだよ」

 悔しいけど酒呑にマッサージだなんて言われたのがヒントだが、導魔坊のヒノキ風呂でもやってみよう。修行の疲れをいやすのに便利そうだ。

「導魔法師様のお弟子さんでしたか、ハルアキ殿、何から何までありがとうございます。ところで清盛さま、山賊に捕まっておりました時、もう一人、声しか聞こえませんでしたがやつらめの本当のあるじがいたようです」

「本当かそれは、まだこの事件は終わってはおらぬということか。戻ったら法師様にご相談せねばならぬな」


 お風呂を上がるとタウロさんがうたげの準備を整えていた。

「さあ、皆さん思う存分食べてくだされ、足りなければどんどん作りますから、おなか一杯になってくだされ」

 大きな鍋には獅子汁が出来上がっていた。僕たちの分までか村の人たちにも振る舞っていた。

 タウロは粉を練って何か作っている。丸く平らにすると放り投げてくるくる回して伸ばしていく。あれはもしかしてピッツア!

 横を見ると石窯が作られていた。僕が露天風呂を作っている間に茜ちゃんと葵ちゃんがタウロの希望で作ったらしい。さすがにトマトはこの時代にはなかったのか、チーズとベーコンを載せ窯へと数枚入れた。手際よくシャベルのような木べらで窯の中で入れ替える。取り出すと切り分けてみんなに配る。

 かじりつくと

「まじでピッツア!どれだけレパートリー豊富なのタウロさん」

 ピッツアソースは味噌だ。

 頭をポリポリかきながら

「皆さんが見ているようで派手な作り方の食べ物がよいかと」

 村の人たちも珍しいのか感心して手をたたいたりして喜んでいる。

 ミーノは

「タウロ、こんなくいもん初めてくっただ。うめえな」

「おめえにもわしの作ったものを食べてもらいたくて、夢がかなっただ」

 満面の笑顔だ。

 清盛さんは酒を呑んでいる。

「皆も呑めよ。どうせなくなった酒だ」

 大盤振る舞いだ。

 タウロは今度はうどんを打って、獅子汁の残りにほおり込んでいく。石窯で野菜を焼いて味噌で作ったソースを添えて酒の肴を作った。

「どんどん食べて飲んでくれだ」

 大はしゃぎのタウロさん胸のつかえがとれ上機嫌でどんどん料理を作っていく。


 やがて宴も終わり村の人たちも家路へ帰り、清盛さんや家臣たちはあてがわれた家に戻っていく。後片付けも終わりも僕も寝床に向かった。


 タウロさんとミーノさんは僕の作った露天風呂で思い出話に花を咲かせいつまで語り合った。茜ちゃんと葵ちゃんも湯につかり二人の話に聞きいっている。


 翌朝、空になった荷車を轢き都の導魔坊へと引き返した。

 錬金部屋にドーマさんはいた。すごい部屋だった。いろいろな見たこともない器具と書物や薬品の中に囲まれて、例によって茜、葵の人型から報告を受け取り考え込んでいる。清盛さんからの黒幕の存在を聞きさらに考え込んだ。


 机の上に八卦見はっけみの道具を並べ占術をはじめた。空間に様々なウィンドウが浮かび情報が飛び交う。それを手で動かし答えを導きだそうとしている。


「やはり、禍の厄災の使徒が一人復活したようだ。奠胡テンコがどこかに潜んで居る」

「奴は狡猾こうかつで簡単にはこちらに姿を見せてこぬだろう。これから起こる事件に目を凝らし解決していけばやがて足跡を突き止められるだろう。清盛殿警戒を頼む」

「わかりました。検非違使にも伝え網をお張りいたしましょう」

「ハルアキ、タウロの件、うまく解決できたようだな。よくやった」

「いえ、清盛さんがミーノさんに勇気を諭してくれたおかげだよ」

 謙遜ではなく僕にはあんなにいいアドバイスは贈れない。もしかしてこれもドーマさんの手の中の策なのか。

「タウロさんがあんなに悩んでいたなんて、僕もうれしいよ」

 きっと料理の腕もさえるに違いないとも思っている。僕にも朗報だ。

「ねえドーマさん、相談というかお願いがあるんだけど。トマトってどうにかならないの」

「うーん、南米原産のものじゃからこの時代は正倉院にもないだろうが、タマモがユートガルトから持ってきているやもしれん。無駄とは思うが聞いてみるとよい」

「タマモさんはどこ」

「都見物にうろついておる。夕暮れには戻るだろう。それよりオオガミと修行じゃ」

「はーい」

 瑠璃村から帰ったばかりでもう休みを頂戴よ。元気のいい返事とは裏腹に愚痴の一つも言いたい気分だ。


 その日の基礎トレはあまり疲れない。実戦を経るとレベルが大きく上がるようだ。そしていつもの手合わせの時間となった。今日は試してみたいことがある。

「お願いします」

「おう!かかってこい」

 よーし驚かせてやるぞ。

 木刀を打ち込む、電撃フリーネをかけながら

「えい!」

「おっ!おつなことを覚えたな、しかし木刀では威力を発揮できんぞ。蜘蛛切丸に持ち替えろ」

「えっ真剣で大丈夫なの」

「馬鹿なことを言うな俺はこの木刀で十分だ。蜘蛛切丸は法術を蓄えることができるんだぞ。その戦法にうってつけだぞ」」

 蜘蛛切丸に持ち替えオオガミに挑む。しかし木刀でいなされ打ち込めない。

「おいおい、当てなきゃ意味ないぞ」

 悔しいが正攻法では一大刀もあびせることはできないようだ。土壁パレーテを使ってオオガミの目線を遮る。右側におとりの水球ポーアを打ち込み、左に回り込み大上段にオオガミに打ち込む。やった!頭ぎりぎりで止めるつもりだったが、オオガミが右手で剣を遮る。

「あっ!」

 オオガミの右手がぽとりと地面に落ちたが、左手の木刀で頭をぽかりと打たれた。

「工夫をしたな。右手を使ったので俺の負けだ。よくやった」

 何を言っているの右手を切り落とされてるよ。

「どーしよう、大丈夫ですか!ドーマさんを呼んで直してもらわなきゃ」

 あたふたと慌てるハルアキを横目に右手を拾い起し元の場所につなぎ合わせた。

「俺は不死身でな。満月なら首を切り落とされても大丈夫だから気にするな」

 右手をにぎにぎと笑っている。

「もう、びっくりしちゃったよ。言っといてよ」

 安堵のため息をつき剣を収めた。


「こらっ!オオガミ!後ろに飛び退けばよけれただろ。ハルちゃんに心配をかけるな」

 タマモがオオガミを蹴り上げ怒鳴っている。

「ただいま、ハルちゃん!お出かけして帰らなかったからさみしかったんだよ。お風呂入ろうか」

 抱きしめられ頭を撫でられた。都をうろうろしてお買い物をしてきたようだ。風呂敷が大きく膨らんでいる。

 突き放して

「いやだよ!ひとりで入るから、入ってこないでよ」

「あーら冷たいのね」

「あっそうだ、タマモさん、トマトのタネを持ってない」

「トマトのタネェ、ないわよそんなもの。干しトマトならおやつに持っているけど」

「それだよ!タネがとれる」

「じゃあ、お風呂で体洗わしてね。それと交換」

 タマモさんにはかなわない。


 お風呂で頭を洗われながら改めて思うとタマモさんとお風呂に入っても少しもエッチな気分にはならない。むしろ気持ちが安らいで心地いい、不思議だな。

「なんでハルちゃんはそんなにトマトが欲しいの」

「トマトからケチャップが作れてそれで、大好きなオムライスができるんだ」

 母さんの作るオムライスは最高だった。タウロさんも楽勝で作ってくれるはずだ。

「ふーん、それは楽しみだね!ハルちゃん」

 お湯をざばっとかけられた。


 今日の座学は呪文についてだ。錬金部屋での授業だ。法術は木・火・土・金・水の五行によって成り立っているそうだ。それを組み合わせることによって新しい術を作りなしていく。


「例えばハルアキ、タマモからタネをもらったそうだな。ここへ一つ置いてみろ」

いわれるがままトマトのタネを皿の上に置いてみた。

「五芒のパレットを開いて土、水の要素に木の術を合わせてみろ」

 パレットをタブレットのように指で操作する。恵みの術が出来上がった。タネに掛けてみると、タネは膨らみ若葉を芽だした。

「うわ、すごいね。これで早くトマトができるね」

「タエの親御おやごに渡して畑にまいてもらうがよい」

 明日の朝お願いしてみよう。

「オオガミに一大刀浴びせたそうだが、慢心するでないぞ。あやつは闘うことには鬼神の如き力を持つ恐ろしい男なぞじゃぞ」

 それは肌身で感じ取っているよ。剣を合わせただけで総毛立つほど恐怖を抑えるだけでも精いっぱい。

「よしそこに座禅して呪文の構築をしてみるのじゃ」

 目をつぶり瞑想する。五つのエレメントが線でつながり幾何学模様のごとく数々の呪文を作り出していくどんどん呪文が増えていく、百を超えたあたりから似たようなものばかりできるようになった。


「よしそのくらいでよかろう。食事にしなさい」

「ありがとうございました」

 体を動かすより疲れたかもしれない。おなかがペコペコだ。


 厨房を覗きタウロの料理をするところを見ることにした。

「坊ちゃん、もうすぐできるからまってください。若狭の国からいいサバが入ってきておりますので、味噌煮込みでも作りますだ」

 包丁を華麗にさばき、まな板を叩いている。

 出来上がっているお惣菜をちょっとつまみ食いした。

「それは琵琶湖のホンモロコの南蛮漬けだす」

 とこれは

「海老芋の炊いたんだ。あんまりつまみ食いすると晩御飯が食べられなくなるだす」

 怒られた。

「ねぇタエちゃんとは仲良しだよね。どうしてそんなに仲良くなったの」

 タウロさんの見た目に怖がらず親しくしている様子が不思議だった。

「そうだすな、あれは去年の春先でしたか」

 タウロが思い出話を始めた。

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