第70話 番外編~雪哉が牧谷に本を返す

 雪哉はこの日、三限に牧谷と同じ講義が入っていた。借りていた法律の本は、この講義の時に返すつもりだった。一限が終わった雪哉は、二限がないので食堂にでも行こうかと思って歩いていた。その時、ふと借りた本を机の上に出しっぱなしにした事を思い出した。

「あ、そうだよ。昨日は涼介が泊まったから、本をしまわずにそのままにしちゃって・・・。」

どうせ三限までには時間がある。定期があるから電車賃はかからない。それなら取りに帰ろうと思った。

「まだ涼介がいるかな。いたら、一緒に大学に行って、一緒にご飯でも食べようかな。」

そんな事を呟いて、思わず顔がにやける雪哉であった。

 しかし、部屋に戻って玄関の扉を開けると、そこには妹の美雪に壁ドンする涼介の姿が・・・。雪哉は訳も分からず、心に冷たい物が落ちてきて、咄嗟に走って逃げ出した。闇雲に走り回って、ある程度落ち着いてから、また大学へ向かった。


 電車の窓から外を眺めては、涙が出てくる。雪哉は今、何も考えられなかった。ただただ、足の向くままに進んでいるに過ぎなかった。そして、大学に到着し、牧谷に電話をかけた。

「マッキー?あのさ、本を返したいと思ったんだけど。」

そこまで言って、鼻をすすった。だが、雪哉はそこで我に返った。そうだ、本を忘れて取りに帰ったのに、本を持って来ないで・・・それなのに返すという電話をかけているのだ。

「ユッキー、今からそっち行くから。今どこ?」

牧谷に言われて、今居る場所を言った。まだ、門を入ったばかりの、中庭にいたのだった。


 牧谷が中庭に現れた。

「ユッキー!大丈夫?どうしたの?」

ハアハア言いながら、牧谷がそう言った。

「え?どうしたのって?」

雪哉はもう泣いてはいなかった。

「あれ?泣いてなかった?」

「泣いてないよ。」

嘘だけれど、雪哉はそう言って、無理に笑った。そして、これから同じ講義を受けるのだから、その教室に行った方がいいと気づいた二人は、一緒に教室へ移動した。

「実はさ・・・本を返そうと思ったのに、その本を忘れちゃって。あははは、ごめんね。」

雪哉はそう言って、また無理に笑った。そして、鞄の中から教科書などを出す雪哉。すると、

「あ!」

と雪哉が声を発した。

「どうしたの?」

牧谷が聞くと、雪哉は呆然とした顔で牧谷の方を振り返った。そして、鞄の中から借りていた法律の本を取り出した。

「これ。」

雪哉がそう言う。何だか、その様子がおかしくて、牧谷は笑い出した。

「あははは、何だよ、ユッキー、持ってるじゃん。忘れてないじゃん。あははは。」

すると、雪哉も笑い出した。

「あはははは、本当だよ。僕何やってるんだろう。わざわざこれを取りに戻ったのに、それで、嫌な物見ちゃって・・・。」

「え!?何?嫌な物って、まさか・・・お化けとか?」

牧谷が過剰反応する。それを見た雪哉は、更に笑い出した。

「あははは、そうじゃないけど、いや、そうだよな。お化けみたいなもんだよ。」

雪哉は気づいた。自分の見たものは、真実ではないかもしれない。疑心暗鬼になっているだけかもしれない。トラウマに捕らわれて、ありもしない物を見たのかもしれない。

 ちゃんと聞こう。ちゃんと話そう。美雪と、そして涼介と。そう思えたのだった。

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