第69話 友加里のとどめ~神田バージョン

 夏休みの弁当も、これで最後だという日。

「今まで、ありがとな。お礼に何かごちそうするよ。何がいい?」

俺は友加里に弁当箱を返しながら、そう言った。すると、友加里はパッと顔を輝かせ、

「えっと、じゃあ。あー、ううん。何でもいい。神田さんと二人で行けるなら、普通の飲み屋でも全然いいし。」

高級レストランとかを示されても、限度があるぞと言うつもりだったが、友加里からは意外な返事が返ってきた。

「そうか?じゃあ、ちょっと良い方の居酒屋で。」

俺がそう言うと、友加里はケラケラと笑った。


 意外に友加里は大人っぽい子だ。最初のイケイケなイメージは、もはや錯覚だったように思える。

「なあ、なんで最初はあんな感じだったの?」

二人で飲みながら、聞いてみた。

「あんなって?」

「カラオケ行った時さ。なんかイケイケな感じだったような。」

「ああ、あれは作戦だったからよ。」

意外な事を言う。

「作戦?なんの?」

「あなたに浮気をさせて、雪哉くんと別れさせるっていう作戦。」

友加里はそう言って、ふふふと笑った。

「え?なにそれ。」

ぶったまげた。そんな作戦があったとは。

「ああそうか。涼介が絡んでいたわけか。」

「そうよ。涼介の為に、私が一肌脱いだわけ。それで、わざとあなたのワイシャツにコーヒーぶっかけて。」

「うそだろ!あのコーヒー、わざとだったのか?」

「そうよ。」

ケロリとして言ってのける友加里。悪びれず、ふざけるような事もなく。

「でも、堕とせなかったわね。それは、雪哉くんの事が好きだからなの?それとも、初対面の女とどうこうならないという、お堅い性格なの?」

友加里が妖艶な笑みを浮かべながら問う。

「あー、そうだな。両方かな。」

ちょっと、どぎまぎしてしまう。

「ふーん。でも、雪哉くんの方は、どうかなぁ。」

「どうって?」

「涼介に夢中なんじゃ、ないのかなー。」

「・・・・・・」

思わず黙った。分かっている。ずっと前から、雪哉は涼介に夢中だ。ライブの度に思い知らされる。それでも、あの二人を出逢わせなかったから、何とかなっていただけなのだ。涼介に取られるのを、先延ばしにしていただけなのだ。

「放してあげたら?雪哉くんの事。そうしたら、私があなたの物になってあげるわよ。それとも、私なんて要らない?」

じっとこちらを見つめる友加里。うーむ、要らない・・・とはなぜか言えない俺。でも、雪哉を手放すのも惜しい。

「そういえば、君は涼介の元カノなのか?」

まだ聞いていなかった。友達だという事だが。

「そうよ。」

「別れたのに、友達なのか。」

「嫌いになった訳でもないし。涼介は友達としては良い奴なんだけど、恋人としては、ね。」

「何が問題だったんだ?」

「恋人としては、全てが問題だったわ。つき合ってもいいと言ってくれたけれど、こちらの言いなりになってくれるだけで、私の事を好きになってはくれなかったもの。」

「好きになってはくれない、か。」

「そんな涼介が、雪哉くんの事は大好きになってるでしょ。だからさ、応援したかったのよ。」

「優しいんだな。普通なら、雪哉を妬んでもおかしくないのに。」

「うーん、女の子だったらあるいは妬んでいたかもね。涼介には男の子じゃなきゃダメだったのよ、しかも、あのくらい可愛い男の子じゃないと。そう思うと、悔しくも何ともないから。」

友加里はそう言って、酒をぐっと飲んだ。ちょっと良さげな居酒屋で、俺たちは赤ワインを飲んでいる。

「このワイン、けっこうイケるわね。お肉、注文していい?」

大人っぽくて、妖艶な雰囲気なのに、サバサバしていて直球勝負。こんな女は珍しい。

「好きなだけ食え。」

今の現状にしがみつこうとしている俺。でも、もうダメかもしれない。しがみつくのを辞めて、新たな一歩を踏み出すべきなのか。

「すみませーん、ステーキくださーい。」

友加里が大きな声を出して言った。やっぱ、ダメかも。堕ちそうだ。

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