第68話 友加里の猛攻~神田バージョン
また、あの子が弁当を持って目の前にやってきた。
「はい、今日のお弁当。」
そう言ってニッコリ笑った友加里。お弁当箱を持った指には、複数の絆創膏が貼ってある。
「指、どうした?包丁で?」
俺が聞くと、
「一つはそう。その他はやけど。」
そう言うと、友加里はてへっと笑った。
あの夜―涼介と三人でカラオケに行ったあの日以来、友加里は何かと俺につきまとっている。あの夜は、あからさまな色仕掛けをしてきたが、俺がそれに乗らなかったため、それ以後色仕掛けは一切してこない。その代わり、こうして毎週俺が大学へ行く日には、手作りの弁当を持ってくるようになった。
味はまあまあ。形などはイマイチ。手の絆創膏はしょっちゅうで、どう見ても料理は不慣れだ。自分の弁当だって作った事があったかどうか。それなのに、なぜか俺の為に作ってくるのだ。
「どう?美味しい?」
俺が食べるのを、正面からじっと見ていた友加里は、俺が何も言わないので、痺れを切らしてそう聞いてきた。
「うーん、まあまあかな。」
俺が正直に言うと、
「そっか、まあまあか。」
落ち込んだのか、何とも思っていないのか、全く分からないリアクション。この女なら、ひどーい、とか、美味しいでしょ~とか、そんな甘えたリアクションをしてきそうなものなのに、ただ、ポーカーフェイスで頬杖をついてこちらを見ている。黙っていると、けっこうな美人だ。
「ごちそうさま。」
食べ終わり、箸を箸入れに入れると、友加里は弁当箱などをさっと取って自分のバッグにしまいこんだ。本当なら、俺が持って帰って洗って返すべきだと思うのだが、一週間も預かるのもあれかな、と思ってそのまま渡してしまう。
「あのさ、なんでこんな事してくれんの?」
俺も頬杖をついて、そう聞いてみた。
「こんな事って?」
「弁当を作ってくれる事。」
「ああ。」
友加里はちょっと考えてから、
「どうしてだと思います?」
ニヤッとしながら逆に聞いてきた。ずるいな。
「俺の事が、好きだから?」
直球でそう言うと、
「正解。」
友加里はそう言って、静かに笑う。うーん、調子が狂う。最初の印象とまるで違うじゃないか。
夏休みになり、大学には行かなくなった。弁当もなし・・・かと思いきや、とんでもない女だった、あの友加里は。
就活が本格化して、午前と午後に会社を回る日が何日かあった。友加里は、その日を教えろと言う。まさかと思ったら、やっぱりその日に弁当を作り、俺の元へ届けに来たのだ。正直、初めて行く場所でどんな店があるか分からない。だが、弁当を広げられる公園などがあるかどうかも分からない。次は持って来なくていいと何度も言ったのだが、友加里は食べられる場所まで調べ尽くしてやってくる。本当に、この女の情報収集能力には驚かされる。
あまりにしつこくつきまとうのに、当たりは至ってシンプル。せっかくここまで来たのに、ただ弁当を食べさせるだけでいいのかよ、とこちらが心配になってくる。だからと言って、勝手にやっている事だから、何かお礼をするのもお門違いだし。
「一応聞くけど、どんな見返りを求めているのかな?」
ある日、弁当を食べながら聞いてみた。
「え?見返り?」
「そう。何か欲しい物があって、わざわざこうやって弁当を届けにくるんだろ?」
「お弁当、どうですか?」
「ん?ああ、だいぶマシになったな。コンビニ弁当よりは美味いよ。」
俺がそう言ったら、
「今ので見返り、もらいました。」
友加里は満面の笑みを浮かべた。おっと、うっかり見とれるところだった。危ない危ない。俺には雪哉がいるんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます