第64話 番外編~お母さん

 雪哉の母、奈美子は、息子からのメッセージを見て声を上げた。

「紹介したい人ですってー!?」

「どうしたの?お母さん。」

美雪が言った。美雪は今、実家に帰省している最中である。

「お兄ちゃんが、明日帰ってくるって。紹介したい人がいるから、連れて来るって・・・。ねえ、それってつまり、あれよね。恋人って事よね?しかも、結婚とか、考えてる人って事よね?」

奈美子はスマホを持ったまま、部屋の中を行ったり来たりし始めた。

「私、知ってるよ。すっごいイケメンだよ。お母さんもきっと気に入るよ。」

美雪はソファーに座って足の爪を切りながら、答えた。

「え?そう、なの?」

「うん。」

「明日・・・明日よね。ああ、どうしよう。何をすればいいのかしら。そうだ、ごちそうを作らなくちゃね。何がいいのかしら。えーと、えーと。」

「お母さん、落ち着いて。」

「そうね、そうよね。落ち着かないとね。ちょっと小学校まで走ってくるわ。」

奈美子はそう言うと、スマホをチャック付きのポケットにしまい込み、玄関へ飛び出していった。奈美子はいつでも、ランニングが出来る服装をしているのだった。

「お母さんってば。うふふ。そっかあ、お兄ちゃんもとうとう結婚かぁ。あれ?結婚出来るの?あの二人。」


 「ただいまー。」

「早っ!どうしたの?小学校まで行くの、辞めたの?」

「行ってきたわよ。」

「うっそ、速すぎでしょ。」

「お陰でスッキリしたわ。うん、そうよね。雪哉の恋人はいつだって男の子だったんだし、女の子と結婚するわけないものね。イケメンを連れてきたら、目一杯祝福しなきゃね。」

奈美子は、先ほどまでの切羽詰まった顔ではなく、笑顔を取り戻していた。

「え、そこ?」

美雪は、とっくに雪哉がゲイだと知っている母が、今その事に、つまり会わせたい人が男性だという事に動揺しているとは、思っていなかったのだ。

「お母さん、お兄ちゃんの事は、ずっと前から分かっていたでしょ?」

美雪は、ソファーに座った奈美子の肩に手を置いた。まだ爪を切っている最中だった美雪である。

「分かっていたけど、ひょっとしたら・・・って。でもいいの。大丈夫。明日、楽しみね。そうだ、雪哉の好きな海老フライを揚げよう。お寿司も取っちゃおう!」

「イエーイ!」

美雪が賛同する。

「じゃ、買い物行って来まーす。」

奈美子は財布の入ったバッグをひっつかむと、そのまま玄関へスタスタと歩いて行った。

「相変わらず、フットワーク軽いなー。」

美雪が呟いた。母は汗一つかいていなかったのである。いつでもカモシカのように軽やかに走る奈美子であった。

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