第44話 身辺整理
早瀬に連絡をすると、あるカフェで待ち合わせをする事になった。雪哉もついてくると言うので、二人で行く事にした。雪哉はバイトがあるので、その時間まで居るという事で。
また、早瀬と川上が一緒に来た。雪哉を見ておや、という顔をした二人だが、雪哉が、
「僕は、バンドメンバーではありません。彼と親しいので、ちょっと付き添いです。」
と言うと、
「ああ、そう。」
早瀬がそう言って、川上と目を見交わし、とりあえず俺たちの前に座った。
「まずは、今日来てくれてありがとう。これから、デビューまでの道のりについて話すね。」
早瀬がそう切り出す。すっかりデビューする前提で話が進んでいる。
「最初に、事務所に所属する為の手続きがあります。書類に名前などを書いてもらったりね。それから、しばらくの間は、レッスンを受けてもらいます。歌のレッスンです。今既に歌えていると思うけど、歌手になって長時間コンサートをすると、正しい発声法でないと喉を壊してしまう事もあるから、ちゃんと先生に付いてレッスンをしてもらうよ。」
早瀬が説明をしながら、目の前に書類を並べる。
「あの、いつ頃デビュー出来そうですか?」
俺は聞いた。就活を平行してするのかどうなのか、それが問題だ。本格的に就活する前にデビュー出来るなら、就活について考えなくていいのだから。
「そうだね、遅くとも1年後にはデビュー出来ると思うけど、もっと早いかもしれない。レッスンの経過次第では、3ヶ月後くらいに出来るかも。」
川上が言った。3ヶ月だったら、大学4年にしてデビューという事になる。それはありがたい。親にも就活についてあれこれ言われずに済む。
「いいじゃん、涼介。就活しないで済むね。」
雪哉もそう言った。まるで自分事のように嬉しそうに。
「ああそれと、君がデビューすれば人気者になるのは間違いない。そうすると、雑誌記者などにつけ回される事になる。だから、今のうちから身辺整理をしておいてもらわないとね。」
川上が言った。
「身辺整理、ですか?」
何の事か分からず、聞き返した。身の回りの整理整頓?家の片付け?
「恋人の事だよ。恋人がいるなら別れて、もし遊んでいるような相手がいるならきっぱりと手を切る。手切れ金が必要なら言ってくれれば何とかするから。」
川上が言った。急に、大人の仲間入りをしたような気がした。確かに俺は既に二十歳を超え、酒も飲んでいるけれど、そういう事じゃなくて、何だか大人の汚い世界というか、損得勘定とか、ドロドロした物を感じた。
「恋人も、ですか?」
と聞いたのは雪哉だった。
「そう。彼にはきっと大勢のファンが出来る。マジ恋するファンもたくさんね。その時に、恋人がいるとなったら大変な事になるんだよ。今のうちに別れておいた方がいい。」
何勝手な事を言ってるんだか、このおっさんは。俺は別にファンが欲しいわけでも、マジ恋してもらいたい訳でもない。
「あ、僕そろそろ時間だから。涼介、ちゃんと手続きするんだよ!それじゃあ、失礼します。」
雪哉はそう言って、そそくさと立ち上がり、出て行った。
「彼もずいぶんイケメンだねえ。彼は歌の方はどうなの?君と二人組でデビューってのもありじゃないか?」
「本当ですよねえ、僕もそう思います。」
川上と早瀬がそう言って笑った。雪哉は音楽が苦手だそうだから、多分そういう話にはならないと思うが。
彼は恋人です、と喉元まで出かかったが、辞めた。今し方、恋人とは別れろと言われたばかりだから。女じゃなければ構わないんじゃないだろうか。黙ってつき合っていれば、親友だと偽っていつも一緒にいてもバレないではないか。
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