第45話 さようなら

 事務所に所属するための書類にサインはしたものの、正式な契約をするには、登録料とレッスン料が必要だと言われて戸惑った。これはやっぱり詐欺なのかな、と身構えた。

「こちらもほとんど先行投資する訳だけど、うちのような小さい事務所だと、歌の先生を雇うにもお金が必要でね。それほど高額ではないから。デビューすればすぐに取り返せるよ。」

早瀬に言われた。確かにうん十万もするなら断るが、登録料は2万円で、レッスン料は1ヶ月1万円と言われた。3ヶ月でデビュー出来るなら、5万だ。それくらいなら、バイト代で何とかなる。

 と言うわけで、数日後、5万円を手渡して、手続きは済んだ。

「レッスンは来週からね。土曜日の夜だけど、いいかな?」

「はい。」

そう言われて、別れた。レッスンの場所は後ほど連絡をくれるという話だった。

 雪哉と会える日、一緒にラブホに行ったものの、どうも雪哉に元気がなかった。そして、最後にとうとう涙を流した。

「どうしたんだよ、何があった?」

両肩に手を置いて問い詰める俺。すると、雪哉は涙を手でぬぐって、言った。

「これで、お別れしよう。僕が一緒にいたら、涼介の迷惑になるから。」

「何言ってるんだよ。別れるなんて嫌だよ。」

「でも、デビューするには恋人の存在は邪魔になるでしょ。」

目に涙を一杯に溜めて、雪哉が訴える。

「そんなの、バレないだろ?俺たちがいつも一緒にいたって、友達だと思われるだけだよ。」

「いや、違うよ。こうやって、この場所に出入りするのを見られたら、どれだけ悪い噂になるか。」

「・・・・・・」

うっかり黙ってしまった。確かに、ラブホに出入りする所を見られたり、写真を撮られてバラまかれたりすると、ちょっとまずいだろう。

「ま、確かにラブホはまずいけど。そうしたら、場所を変えようよ。そうだ、一緒に住めばいいじゃん。俺が稼ぐようになったら、部屋を借りてもやっていけるよ。」

「すぐに稼げるようになんて、ならないよ。それに、一緒に住んだら怪しいじゃん。」

ポロポロッと雪哉の目から涙がこぼれた。うーん、そんなに難しい問題じゃない気がするのに、どうも具体的に策が思い浮かばない。

「とにかく、涼介が無事にデビューして、僕がちゃんと就職して独り暮らしするようになるまで、つき合うのは辞めよう。・・・すごく嫌だけど。」

雪哉はそう言って、俺の胴体にしがみついて泣いた。俺は雪哉の頭を撫でながら、結局何も言えなかった。

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