第43話 デビューのチャンス?

 11月上旬、学祭がやってきた。俺たちのバンド「スライムキッズ」もステージを持たせてもらった。土曜と日曜、それぞれに3曲ほど野外ステージで演奏をする。室内でも、演奏をする。なかなかの忙しさ。お祭り騒ぎである。

 スキー部でもアイスクリームの天ぷらを作って売るそうだ。何となく、雪っぽいからとか何とかで、毎年恒例だそうだ。雪哉は部長なので、そちらの準備で忙しそうだ。

「ステージは絶対に観に行くからね。」

雪哉がそう言ってくれた。

 当日、美雪ちゃんも友達を連れて大学を訪れ、アイスクリームの天ぷらを食べに来た。案の定、鷲尾や牧谷にちやほやされていた。ちやほやされて満足なのか、俺の方にはさほど興味を示さなくなった美雪ちゃん。まあ、雪哉と俺が上手く行っている事は分かっているのだろう。だが、お友達の方は・・・。

「ねえねえ、あの人だれ?めっちゃカッコイイ!」

と、俺の方を見て美雪ちゃんの袖を引っ張りながら言っていた。


 「スライムキッズです、よろしく!」

俺たちの野外ステージが始まった。今のセリフは俺ではなく、神田さん。そして、歌を披露した。

 ステージを終えて舞台を降りると、雪哉が俺を迎えに来た。俺が雪哉の元へ行こうとしたところへ、ダーッと女子達が押し寄せて、俺と雪哉の間を遮った。

「カッコ良かったです!」

「きゃー!」

「握手してください!」

よく分からんが、いっぺんに色々言われた。差し出された手をとりあえず握って、握って、更に握って、俺は進んだ。早く雪哉の所へ行きたいのだ。そして、やっと雪哉の目の前に着いたと思ったら、今度はおっさんが二人、俺たちの間を遮った。

「すみません、私たちこういう者なのですが。」

名刺を渡された。芸能プロダクションと書いてある。

「は?」

「君、芸能界でデビューしてみる気はないかい?」

おっさん達は言った。


 早瀬と名乗る30代くらいのおっさんと、川上と名乗る50代くらいのおっさんだった。名刺を渡され、マジマジと見たが、知っているような知らないような名前のプロダクション名で、胡散臭い。

「君は歌も上手いし、ルックスもいい。歌手として十分通用すると思うんだよね。」

早瀬は言った。

「既に女の子達から人気者だしね、絶対成功するよ。私たちに任せてみないか?」

川上は言った。

「はあ。」

いきなりそんな事を言われても困る。

「でも・・・あまり人前に出るの、得意じゃないんで。」

俺が言うと、

「いやあ、十分だよ。あまりしゃべらないのも、ミステリアスでいいと思うよ。」

「君のようなルックスしてたら、普通の人でいるのは勿体ないだろう。スターにならなきゃ、スターに。」

口々に言われる。

「どうした?涼介」

そこへ、神田さんが現れた。何かもめ事かと思って駆けつけてくれたのだろう。

「じゃあ、ちょっと考えてみてくれよ。ここに連絡してくれ。良い返事を待っているよ。」

神田さんが来ると、おっさん達は早々に立ち去ってしまった。

「ん?トラブルか?」

神田さんが言う。

「いや、そういうわけじゃないけど。なんか、プロダクションの人だって。」

「ほお。」

神田さんは、俺が持っている名刺を見てそう言った。

「涼介!すごいじゃん、スカウトされたんだね?」

すぐ目の前にいた雪哉が、やっと邪魔なおっさん達がいなくなったので、こちらへ来た。

「スカウトねえ。まあ、遅いくらいだがな。」

神田さんがにやりと笑った。神田さんはもう就職先が決まっているので、一緒にデビューしようとは思わないようだ。


 俺と雪哉は二人で歩いた。飯時だったので、その辺でホットドッグと焼きそばを買ってきて、食べた。俺はずっと気がかりだった。

「なあ、あのおっさん達、どうして神田さんが来たら逃げるように行っちゃったんだろう。」

すると雪哉は気軽に笑って言った。

「神田さんの前でスカウトの話をするとさ、バンドに対するスカウトだと思われちゃうでしょ?でも、あの人達は涼介だけをスカウトしたかったから、それで逃げたんじゃない?」

「ああ・・・。」

なるほど。確かにその線はあり得る。

「どうするの?」

雪哉が俺の顔を覗き込んだ。

「どうするって?」

「スカウト、受けるの?」

「いや、まさか。俺の柄じゃないって。」

「そうかなあ。僕は、向いていると思うけどな。」

雪哉が意外な事を言う。

「どこが?」

「とにかく、華やかなルックスだし。それに、涼介は歌がいいんだよねー。普段もかっこいいけど、歌う時はまた別格なんだよー。オーラ出ちゃうんだよねえ。」

俺がすぐ目の前にいるのに、遠くを見るような目をして、雪哉は俺の事を褒めた。別格ってなんだ?オーラってどんなもの?

「そうかねえ。」

「そうだよ!これはチャンスだよ、涼介。やってみなよ。」

雪哉がこんなに背中を押してくれるとは思わなかった。俺だけだったらきっと名刺もさっさと捨ててしまうところだったと思うが、何となく、一度連絡してみようかという気になった。

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