第20話 神田さんをはめる
「はあ。」
授業が始まる前、机に突っ伏して思わず溜息をつく。雪哉と仲良くなりたい。今思えば、焦りすぎた。いきなりキスまでしちゃってさ。もっと、普通に友達として仲良くなって、一緒に出かけたりして・・・。もう遅いけどな。
「どうしたん?溜息なんてついて。」
ここにも出没する篠崎。
「俺、恋愛経験がなさ過ぎて、ダメだ。どうしたらいいんだか。」
思わずそう呟くと、篠崎は珍しく何も言い返さなかった。不思議に思って顔を上げると、篠崎は固まっていた。3秒後に動き出した篠崎は、
「お前ねえ。恋愛経験がないだと?どの口が言うんだか。」
と、やはり悪態をついた。
「いや、本当にさ、ちゃんと人を好きになった事がなかったから。」
「ふうん。つまり、今は好きな人が出来たってわけだな。どうして告白しないんだ?」
篠崎は、誰なのかとは聞かずに、そう聞いた。
「したさ。」
俺はそう答える。
「で、ダメだったわけ?」
「うーん、俺の事は好きなんだと思うんだけど、既に恋人がいるからダメだって。」
「はあ、なるほどねえ。」
篠崎は感心しているのか、納得しているのか分からんが、感慨深げに言った。
「どういうことか、何となく掴めたぞ。そうか、相手は律儀な人なんだな。」
律儀か。
「そうなんだよなぁ。なんかいい方法ないかなあ。」
「あるぜ。」
篠崎が自信ありげに言うので、驚いた。
「なに?どんな方法?」
つい、前のめりになる。
「相手の彼氏に浮気をさせればいいんだよ。そうすれば、彼女は彼氏を捨て、お前の元に来られるじゃないか。罪の意識を感じずに。」
「なるほど・・・。とはいえ、どうやって浮気をさせるんだ?」
「可愛い子を差し向けるとか?」
篠崎はいい加減な事を言っておどけた。そう簡単にいくかよ。ましてや、可愛い「男の子」を差し向けなければならないとなったら、ハードル高すぎだろ。可愛い男の子なんて、雪哉以外にいないし。
だが、方向としてはなかなか良い。神田さんが浮気をしてくれたら、雪哉は俺の元に来てくれるに違いない。神田さんも、後ろめたさから俺たちを咎められないだろう。何か、神田さんに浮気をさせる手はないだろうか。
何かを調べるとなれば、ネット検索するしかない。男を堕としてくれる男の子を、見つけるのだ。
うっわ、ダメだ。いかがわしいサイトしかない。それに、「男を堕とす」というワードで、多くは「女が」という前提でヒットしてしまう。あまり意味が無い。困ったな。やっぱり無理かな。
神田さんは就職活動を始めていた。スキー部の活動にも出てこなかったし、バンドの練習も最近はなかった。だが、ようやくバンドの練習が出来る日が来て、大学内の練習室にバンド仲間が集まった。
神田さんは髪を切らずに、後ろで一つに結んでいた。
「神田さん、髪切らないんですか?」
俺が言うと、
「当たり前だろ。短髪の黒髪じゃあ、ロックに似合わねえ。」
「流石ですね。」
他のメンバーが言って笑う。バンドの練習は和やかに終わり、シオンとシュリが帰った後、神田さんが俺を止めた。
「涼介、ちょっといいか。」
「うん。」
俺たちはそのまま居酒屋へ行った。前回はほとんど一緒に飲めなかったから、飲み直しだ。
「カンパーイ!」
ジョッキを合わせてそう言うと、俺たちはビールをグビグビっと飲んだ。
「くわーっ、うめえ。」
神田さんは豪快にジョッキを空け、もう一杯頼んだ。俺のビールはまだ半分以上残っている。
「涼介、どうした。進んでないな。」
「話があるんだろ?・・・雪哉の事?」
遠慮がちに言うと、神田さんは腕組みをした。
「お前、本当に雪哉に惚れたのか?」
「悪いけど、そうなんだ。」
「そうか。ワンチャン、お前は男には興味がないんじゃないかと思ったんだけどな。」
「俺もそう思ってたよ。でも。」
「分かってるよ。雪哉は特別だよな。俺も、同じだ。」
つまり、神田さんも元々男が好きなわけではないという事か?
「雪哉がお前に気があるんじゃないかってのは、うすうす気づいてたんだ。」
「え・・・そうなの?」
「ああ。ライブの時にあいつを見ると、いつも俺の方を見ていないからな。」
「え?」
「まあ、みんな大抵ボーカルを見るもんだから、それは自然かもしれないけども、普通恋人が出ているステージだったらよ、恋人の方を見るだろ?それが、俺の事を見ていない。雪哉は他のお客と同じように、お前の事を、目をキラキラさせて見ていたからな。」
そうだったのか。いや、うちのバンドは神田さんが目立っていて、俺のファンの数人以外はけっこう俺ではなくて神田さんを見ているものだ。でも、雪哉は・・・。
「でも俺、雪哉がライブに来てたのなんて、知らなかったよ。見たことなかったと思うよ。」
「そりゃあ、お前と雪哉をわざと会わせないようにしていたからな。まさか、ライブ会場でもなく、大学内でもなく、あんなところで出逢っちまうとはなあ。因果というか、運命というか。」
そう、いつも同じ大学内にいたし、しょっちゅうライブ会場で同じ空間にいたのに、出逢ったのは東京から遠く離れた雪山だった。
「会わせないようにしてた?」
「ああ。雪哉が本気でお前に惚れちまうのを恐れたんだよ。まあ、ヤキモチだな。」
2杯目のビールをちびちび飲みつつ、神田さんはそう言った。酔っているのか、そうではないのか。
「神田さん、俺本気なんだ。雪哉が俺の事を好きなら、雪哉を俺にくれ。譲ってください!」
俺はテーブルに両手をつき、頭を下げてそう言った。しかし、
「ダメだ。絶対にやらないよ。」
神田さんはそう言った。やっぱりダメか。真正面からぶつかるという手は消えた。
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