第21話 女でも?

 神田さんから雪哉を譲ってもらう事はできなかったが、一つ大事な事を知り得た。神田さんはゲイではないらしい。つまり、可愛い女の子が現れて、神田さんに迫っていったら、もしかしたら浮気が成立するかもしれないのだ。よーし、その線で行こう。とは言っても、誰かこの作戦に乗ってくれる女子なんているのだろうか。最近、女子を敵に回してばかりいる俺。希望の光が見えたとは言え、その線も難航しそうだ。


 俺の元カノに、同学年の清水友加里という女がいる。法学部だ。元カノとは大抵疎遠になっているが、友加里だけは今でも友達だった。そういう、サバサバしたやつなのだ。

 たまたま学食で俺を見かけた友加里が、俺に声をかけてきた。

「涼介、ずいぶん噂になっているわね。今度は涼介の方が誰かに惚れたんだって?お相手が羨ましいわ。」

「ああ、でも・・・。いろいろあって上手く行ってないんだ。」

「わぉ、珍しい。涼介が恋愛でしくじるなんて!」

ふと、思った。魔が差した。友加里に神田さんを誘惑してもらったら、どうなるか・・・。もしかしたら、神田さんでもフラフラっと浮気しちゃうのでは。いや、そんな事はないか。あの雪哉を恋人に持っているんだもんな。そんな簡単にフラフラっとだなんて。

「何ぶつぶつ言ってんのよ。何か力になってあげるわよ。私暇だから。」

友加里が事も無げに言う。

「お前、今彼氏いないの?」

「うん。涼介と別れてから、誰もいない。」

「なんで?」

「さあね。これと言って、つき合いたい男がいないのよ。」

「それなら・・・。」

俺は、雪哉の事はあまり語らず、つまり男だとは言わず、大体の今の状態を友加里に話した。すると、

「つまり、私がその相手の彼氏を色仕掛けで堕とせばいいのね?」

と、けっこう乗り気な様子。

「いいのか?」

けっこう、罪悪感。友加里にもそうだし、神田さんにも。作戦を思いついた時点では感じなかったのに、何だか実際にやるかと思うと気が重い。

「無理しなくてもいいぞ。」

かなり尻込みしている俺に、

「大丈夫。無理はしないわよ。とりあえず、私が堕とす相手を教えてよ。」

友加里はさっさと立ち上がる。今すぐにでも行動に移そうとしている友加里。色々と心配なんだが。


 神田さんは金曜日に大学に来る。その日に授業を取っているからだ。なので、バンドの練習を金曜日に入れた。友加里には、金曜日に神田さんが来る事を伝えた。

 金曜日の3限の時間。昼休みが終わり、授業が始まる時間になると食堂はだいぶ空いてくる。食堂はまだ稼働しているので、遅めに昼飯を食べている学生もいる。神田さんは4限に授業があるので、昼休みの終わり頃に大学に来て、食堂で昼飯を食べ、授業が始まるまでここで時間をつぶす。いつもそんな感じなのだ。

 今日も神田さんがやってきた。就職活動をしてきたようで、スーツ姿だった。上着を腕に掛け、歩いてくる。俺と友加里は食堂の端っこに座っていた。

「ほら来た。あの人だよ。」

予め写真は見せていたが、一応友加里にそう教えた。すると、友加里は自分の飲んでいた紙コップのコーヒーを持って、立ち上がった。そしてつかつかと歩いて行く。

「え?ちょっと、友加里?」

小声で俺が呼ぶが、友加里は止まらない。神田さんめがけて歩いて行ったかと思うと、なんとコーヒーを神田さんの胸にぶっかけた。

「きゃっ!ごめんなさい。どうしよう。シミが。」

友加里は両手で口を覆う。

「あ・・・。いいよ、今日はもう就活もないし。」

髪を後ろに束ねた神田さんが、一瞬困ったように自分の胸を見たが、友加里の方を見て、笑って言った。

「ダメですよぉ。そうだ、これすぐ脱いでください。私、洗って来ます!」

友加里が言う。あまりにすごい剣幕なので、神田さんは気圧され、結局ワイシャツを脱いでいた。友加里はそのワイシャツを持って走って行った。

 その様子を立ち上がって見ていた俺を、神田さんが見つけ、こちらへやってきた。

「なんか、変な事になっちゃったよ。」

神田さんが笑って言う。なんだか嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか。

「あの、さっきの子、俺の友達なんすよ。なんか、すみません。」

「そうなのか?そっか。なら安心だな。」

本当は安心していてはダメなのだが、神田さんはそう言った。そして、俺の前の席に荷物を置き、食べ物を買いに出かけた。

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