第6話 対面で滑る
サークルの合宿と違って、こっちは酒も飲まずに早寝して、朝早くから揃って朝食。そして準備体操までして、スキーグッズを取りに行き、スキー場へ向かう。まだリフトも動いていないだろうに。
「よう、涼介。酒飲まずに眠れたか?」
神田さんに会うと、からかわれた。
「そっちこそ、こんな健全な事をしているとは思いませんでしたよ。」
神田さんは肩まである髪にパーマをかけた、どこからどう見てもバンドマン。それこそ毎晩酒は欠かせないと言った雰囲気なのに、この有様だ。
「あはははは。」
神田さんはただ笑った。
「おお、雪哉。よく眠れたか?」
雪哉が現れると、神田さんは雪哉の頭をポンポンとやって、そんな事を言った。ずいぶんと親しげ、というか、可愛がっている様子。
「うん。」
だが、雪哉は意外にそっけない。
「ゆき・・・ユッキー?は、その・・・。」
俺がもごもご言っていると、雪哉は吹き出した。
「雪哉でいいよ。」
そして、まぶしい笑顔でそう言った。
「あ、うん。雪哉は神田さんと親しいの?」
俺が聞くと、神田さんが雪哉を見た。
「えっと、まあ。」
雪哉がそう答えると、
「俺が、雪哉をスキー部に誘ったんだぜ。」
神田さんが言った。
「そうなの?なんで?」
「ナンパしたのさ。」
「ああ。」
一度は納得した俺。だが、どこでだ?どうして雪哉がスキーが上手いと分かったんだ?と疑問が目白押し。けれども、スキー場に到着してしまった俺たちは、部長のかけ声に従って、滑る準備にとりかかる事になった。まあ、そのうち聞けばいいか。
「じゃあ、二人一組になって。」
部長がそう言ったので、俺たち5人の2年生は顔を見合わせた。みんな、雪哉と組みたいのがありありと分かる。じりじりと雪哉の方へ近寄ろうとしているのだ。
「なるべく身長が近い人同士がいいよ。」
また部長が言った。やったぜ。俺と雪哉は同じくらいの身長なのだ。他のやつらは明らかにがっかり。適当に組んで、余った一人は1年生と組んだ。
部長は更にこう言った。
「交互に後ろ向きに滑ろう。スイッチとかフェイキーって言うんだけどね。」
えー!後ろ向きに滑る?やった事ないぞ。
「ごめん、俺出来ない。」
素直にそう言うと、雪哉はニコッと笑って、
「大丈夫。まず僕から後ろ向きになるね。」
俺たちは、向かい合わせになり、ボーゲンでゆっくり滑り始めた。いや、雪哉はボーゲンとは逆に、前を開いて後ろを閉じている。はあ、そうやるのか。他の組はギャーギャー言いながら滑っている。どう考えてもかっこいいもんじゃなさそうな、逆ボーゲンなのに、雪哉が滑るとなんかカッコイイ。シュッシュッとリズムよく進んでいる。
そして、次に俺が後ろ向きに滑る番。後ろ向きになって、後ろを閉じて・・・
「うわっ!」
いきなり前に倒れて手をついた。
「あれ?」
無理。
「ボーゲンを思い出して。後ろに重心をかけたら尻餅つくでしょ。」
つまり、後ろ向きの今は、後ろに重心をかけるって事か?
「でも、後ろに重心をかけるのは怖いよ。」
俺が訴えると、
「エッジを使えば大丈夫。僕を見て。何の為に対面で滑ってると思う?前向きの人を見て、真似する為だよ。」
雪哉が優しくそう言った。俺たちはゆっくり、実にゆっくりと進む。雪哉の板を見ながら、エッジを使ってブレーキを掛けつつ進む。
「そうそう、上手いじゃん。涼介才能あるよ。」
こいつ、スキーが上手いだけじゃなく、教えるのも上手いのか。かなり嫉妬しちゃうな、これは。
「あ、止まって!」
雪哉が突然そう言った。が、急には止まれない。すると、雪哉が俺の腕をぐっと引いた。
ゴーグル同士がぶつかる、ゴツッという鈍い音が聞こえて、それから唇に柔らかい物が触れた。そして、俺は雪哉の胸に思いっきり乗っかってしまった。
キャッキャッと子供の声が聞こえて、それが遠ざかっていった。小さい子供がいたから、雪哉は俺に止まれと言ったのだろう。そうか、対面で滑る理由は、前を向いているやつが、進行方向の安全を確認するためでもあるんだな・・・とか、のんきに考えている場合ではない。
今、柔らかいものが、俺の唇に触ったではないか!それは何だ?ゴーグルがぶつかった後なのだから、他に柔らかい物があるとすれば、それは唇同士がぶつかったという事ではないのか?
雪哉の胸が上下している。だから生きている。が、動こうとしない。どうしよう。俺が止まれなかったせいで、突然知り合ったばかりの“男”とキスしてしまうなんて、あまりに最悪じゃないか、雪哉にとって。
「あ、あの・・・ごめん。」
俺はおずおずと言いつつ、腕をついて起き上がった。
「大丈夫か?」
俺が心配になって声を掛けると、
「うん・・・大丈夫、だよ。」
やっぱり、歯切れが悪い。どうしよう。謝った方がいいよな。いや、今謝ったけど、足りないよな。土下座か?慰謝料でも払うか?
「大丈夫か、雪哉?」
そこへ、神田さんがやってきて、シュッと止まった。
「怪我でもしたか?」
「ううん、僕は大丈夫。」
雪哉はそう言うと、差し出された神田さんの手を掴んで、シュタっと立ち上がり、シュルシュルっと進んで投げ出されたストックを拾った。立ち方もカッコイイ。神田さんが俺にも手を差し出してくれた。俺は手を掴ませてもらったものの、すぐには立ち上がれず、結局神田さんの手を離して雪面に手をつき、まだ手にぶら下がっていたストックを使って、頑張って立ち上がった。
「涼介、怪我してない?」
雪哉が近くまで来て言った。おいおい、今下りてったのに、もうここまで上がってきたのかよ。自由自在だな。
「ああ、大丈夫だよ。」
俺はそう言いながら、雪哉の顔を見た。ゴーグルを透かして目を見ようとする。だが、光が反射してよく見えない。
「あの、ごめん・・・。」
もう一度謝ってみたが、
「涼介は悪くないよ。」
今度は明らかに、笑顔でそう言ってくれた雪哉。本心だと思いたい。
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