第4話 入部します

 休憩と昼飯を兼ねて、リフト乗り場近くのラウンジに入った。今は小中学校が休みではないので、親子連れはほとんどいない。小さい子供を連れた家族が一組いるくらい。後はだいたい大学生と思われるグループばかりだった。

 スキーと言ったらカレーかラーメンだろう。で、今日は晴れていて暑いくらいなので、ラーメンではなくカレーライスにした。カレーライスをトレイに乗せ、スプーンや水を取ろうと振り返ったところで、危うく人とぶつかりそうになった。

「おっと。」

「うわ、ごめんなさい!」

謝ってきたのは若い男だった。俺と背丈が同じくらいで、すごく近くで目が合った。

 うっわ、イケメンだなあ。いや、可愛い?ぱっちりしていて印象的な目をしている。それに、日焼けして、つまりは雪焼けで鼻や頬がほんのり赤い。赤紫色でふっくらした唇で、そしてなんとおでこにゴーグルの跡。前髪もぺっちゃんこで、半分上向いちゃってるし。でも、可愛い。

 あっ!このウエアーは!顔なんぞを見ている場合ではなかった。このウエアーは、さっきの超絶スキーの上手いやつでは?牛みたいに白地に黒ぶちの模様だ。

「あの、大丈夫ですか?」

そいつが言った。

「あ?ああ、大丈夫、です。」

「よかった。あ、水ですよね。あとスプーンもか。」

なんと、そいつは俺のために冷水機からコップに水を入れ、スプーンまで取って、トレイに乗せてくれた。

「あ、どうも。」

そこへ、

「雪哉、何やってるんだ?おい、俺の連れに何手ぇ出してんだてめえ。」

と、背後から声がする。しかも、その声の主は俺の肩をがしっと掴み、俺を振り返らせた。

「あ!」

「あ?お前、涼介じゃねえか。なんでこんな所にいるんだ?」

「神田さんこそ!なんでいるんですか?」

びっくりした。

「俺はよ、スキー部だから。」

「え?神田さん、スキー部だったの?」

「そうだよ。俺は長野出身だからな。スキーは上手いんだぜ。」

「へえ、知らなかった。」

「お前はなんでいんの?旅行か?」

「ああ、俺はサークルで。」

俺と神田さんが話していると、

「ねえ、神田さん、僕の事も紹介してよ。」

さっきの可愛い、超絶スキーの上手い牛柄ウエアー君が言葉を発した。彼は雪哉という名前らしい。

「ああ、うちのバンドのメンバーの、三木涼介。それでこっちが・・・。」

「神田さん!この人は、もしかしてうちの大学の?」

神田さんの紹介を遮って、俺が食らいつくように聞くと、ちょっとびっくりした様子で、

「あ?そうだよ。うちのスキー部の・・・。」

と言いかけた。だが、最後まで聞かずに、俺は言った。

「俺、スキー部に入部する!今すぐに。いいっすよね?」

自分でも驚きだが、目の前の二人はもっと驚いているだろう。目をまん丸くして、俺を見ていた。


 どうして俺は、スキー部に入りたいと思ったのだろう。実は、自分でもよく分からない。スキーが上手くなりたいかと聞かれたら、実際ノーだ。一つのスポーツをそれほど深くやろうとも思わない。ましてや冬に1~2回しか出来ないスキーが上手くなったところで、たいして自慢も出来ないではないか。

 だが、あいつ・・・雪哉が滑っているのを見た時は、確かに格好いいと思った。正直憧れた。それでも、それがプロのスキーヤーだったり、オリンピック選手だったり、強豪校のスキー部の選手だったりしたら、素通りしただろう。だけど、雪哉は俺と同じS大の学生だった。東京の大学に通う学生だったのだ。俺もあんな風になれるかもしれない?出来れば、あんな風になりたい。

 いや、本当にそうなのか?雪哉の顔を見るまでは、そんな事考えもしなかったのではないか。俺は、もしかすると、雪哉に近づきたかっただけではないか。仲良くなりたいだけなのでは。

 え?なんで?

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