第9話 名探偵と探偵と刑事
警察に電話する。
でも、名前も住所も知らない、たった1日だけ預かった子供がさらわれたと説明して、警察は動いてくれるんだろうか?無理に決まってる。無理をなんとかこじ開けて進むしかない。
「はい、警察です」
「あの、子供の誘拐というか人身売買についてお伺いしたいんですけど」
「・・・え、ああ、はい、じゃあちょっと担当の部署に代わりますね」
とゅるーとゅるー
しばらく待たされる、スマホの充電が20%を切ったあたりで相手が出た。
「はい、おまたせしました、まずあなたのお名前と住所いいですか?」
俺は名前と住所を答える。
「で、子供さんが誘拐されたの?迷子じゃなくて?あと人身売買ってどうゆうこと?」
俺はめんどくさい気持ちを抑えながら最初から話をする。
「うーん、それでなんで人身売買ってなるの?なんでそう思ったのかな?親の名前や住所はわからないんだよね?」
人をナメている言葉使いにイライラしてくるが、我慢だ。清明や良子の洞察力を説明せずに、子供が犯罪に巻き込まれていることを相手にわからせるのはどうすればいいんだ?
「まずさ、オタクのやっていることが子供の誘拐にあたるかもしれないんだよね?そこらへんちょっと説明しに来てくれるかな?」
というあたりでバッテリーがゼロになった。立ち尽くす俺に清明は言う。
「今の男、なんか知っとるぞ」
***
くすんだベージュの建物が見える。この田舎の警察署は、どこの警察署でもそうなっているように、実に不景気で、辛気臭く、悪臭を放っていた。まるで末期がん患者のサナトリウムのように、そこには笑顔も希望もなく、ただ機能だけする機械のような雰囲気だった。
村田銃を乗せている軽自動車を来客スペースにとめて「さて・・」という。ここに、さっき電話した相手がいるはずだ。
「本当に、さっきの男が何か知っているのか?」
「そうじゃといっておる」
「本当に本当か?」
「本当に本当じゃ、いいからさっさと行け、郵便局員の居場所を聞けば、ワシが読んでやる、ほかにあてもないんじゃろ?」
清明は先ほど購入したネクタイをいじりながら笑う。
「それにしてもこのスーツというのは良い」とご機嫌だった。それには同感だった。山での暮らしには全く必要なかったが、こうして人里にて人探しをするにあたり、薄汚れた作業着では相手からの信用がまったく得られない。そこで「スーツを買うぞ」と大量激安紳士服売り場まで車を飛ばし、吊るしのスーツを1着購入したのだった。「わしにもくれ」と清明がねだったのは意外だった。体は良子なので「女性用のでいいか?」というと「いやじゃ、わしもそうゆうのがいい」と男性用のスーツを所望するのだった。
凛とした顔立ちにスレンダーな良子の体は男性用スーツとよく似合っていた。中身が古の陰陽師じゃなければどんなにうれしかったことか。まあ、致し方ない。
それから劇速!インスタント名刺!という印刷所に行き、名刺を作った。人を探すのであれば、ここはやはり探偵の名刺がいいだろう。「わしも!」というので「名探偵 安倍晴明」の名刺も作ってやった。
そんな準備を終えて、この警察署にやってきたのだった。多少の時間と金を浪費した。だが、相手の心を開くのに、必要な投資だったと思おう。守衛の横を通り過ぎ、いざ入ってみる。
警察署とはどこよりも辛気臭い場所である。だが、そんな場所にも意外なことに受付があった。さらに意外なことに愛想のよい婦警さんが対応してくれる。
「えーと、先ほど電話したものなんですが、先方の刑事さんから説明しに来いって・・・」と名刺を渡す。「はあ…探偵」といまいちな反応。俺の探偵名刺はいろんな部署や人を経由しているらしく「ちょっとそこでお待ちください」と指示された長椅子で待たされること15分「やっぱりワシの名刺のほうが効力があったのではないか?」という清明の話を無視し続けているとやっと「どうぞ」と案内された。普通、こうゆうときは『おまたせしました』が接頭語でついてくるのが日本の常識なのだがと思う。
くたびれたキャビネットと、もう引退させてくれという事務机と、壊れたオウムのような椅子、干上がった土地のような床、イライラが霧散した空気、透明感のない窓、黄ばんだすべて、それらを見回しながら歩くとこちらも見つめられる、猜疑心の瞳、(どんな犯罪者なんだ?)という表情、人を見下し続けることで刻まれるしわ、センスの悪い腕時計、恫喝が得意そうな口、そのど真ん中を風を切って歩く。ここに、きっとヒントがあるんだ。「あいつじゃ」と清明が口を開く。その先に、その男はいた。
固太りした不潔な中年。何日も風呂に入っていないぺったりとした髪。酒が原因の浅黒い肌。太い眉と鋭い眼光。くたくたのネクタイ。近づくと酒臭い息を吐く。
「くさいの・・こいつ・・何日も風呂に入ってないんじゃ・・・?」
という清明をギロリ、にらんでから「じゃ、こちらへ」と目の前の応接セットではなく、一度廊下に出て小さな小部屋に通された。「あ、あんたは後で」と清明を長椅子に座らせ、俺だけを部屋にいれる。(何かあれば呼べ)と清明が表情で言う。
「おたく、探偵?はは・・」と初対面の刑事は言う。「あえて怒らせようってやり方?」と聞いたら「いや、失礼、クセでね」といいわけでもなく、失礼そうでもない刑事は笑う。「で、子供だっけ?なんで?オタクの子供?どうして盗まれたってわかったの?」「では、初めから話してもいいですか?」「まあ、簡潔にね」「相方も一緒ではだめですか?」「こうゆうのは1人ずつね、いや、疑ってるわけじゃないんだけど」「お互いの話のズレを確かめるってことですか?」「まあ慣例でね、話せないってんなら別にいいけど」
刑事はそれができないと知っている。俺たちがここに相談しに来たということ。その弱みを握っていると信じて、常にイニシアチブを取っている。「いえ、相談しに来たのはこちらですから」と言わざるを得ない。「じゃあ、どうぞ、外にいるのは奥さんかな?」いえ、名探偵安倍晴明ですとは言えずに「いえ、子捨て神社の巫女です」と言った。
刑事の手がにょっきりと伸びてきて、俺の髪をつかみ机に押し付けた。突然の暴力に体が反応しない。アルミと他人のつばの臭い。「あまりさあ、ふざけたこと言わないでくれる?こっちも忙しいんだよね」首の力だけではどうしようもできない力だった。「お前たちのことは知ってるよ、あの山の神社に住み着いている変態だろ?いつでも逮捕できたけど、あえてしないであげたんだよね、そこらへんを頭に入れてしゃべってくれるかな?」刑事の太い指を頭に感じる。これは柔道か逮捕術か、なにかをやっていたんだろう。人を不当に押さえつけることに慣れた手。相手を屈服させる技術を練り上げた人間の手だった。そんな人間にも俺はしゃべることしかできない。スゥーっと息を吸って、言葉を吐いた。
「こんな状況でしゃべれるわけないじゃないですか、頭おかしいんですか?おかしいんですよね、だってこんな田舎の刑事がまともな仕事をしているわけないし、僕たちをこの部屋に連れてきたのも同僚に仕事を見られないようにするためでしょ?普通の話し合いとかやったことないからこうやって吐かせるしかできないんですよね、仕方ないですよね、頭悪いんだし、頭悪いから酒を浴びるほど飲むんだし、仕事はおいしいところから外されるし、それがストレスになってまた酒を飲むんだしね、家族は?いないか、いても離婚してるよね、」
家族の話になると相手が興奮しているのがわかる。「で・・・・」と言いかけたところを叩き潰す。「一匹狼を気取っているのかもしれないけど、みんなアンタの口と体臭が臭いから離れているだけだからね、こんな狭い部屋に閉じ込めて取り調べするのも、あんたの臭いがキツくてしゃべっちゃうのがうまくいっているだけだからね、どうしたらそんな臭いがでてくるのかなあ?人間じゃないよ、アンタは、獣だよ、だから娘からも嫌われちゃうんだよ」
あてずっぽうで娘を出したら指が震えだした。殴られる!という予感が光となって俺を襲う。数舜の後に横っ面を殴られるイメージが見える!ここだ!と俺の体は勝手に動き出し、頭の上で震えている小指をとった。そのまま体ごとドラゴンスクリュー。刑事の指はぶっとくて握りやすく、そして折りやすかった。関節が小高い音をたてて外れるのがわかる。回転したままの勢いで刑事は机に頭からぶつかり、体勢は逆になった。だが、体格差は覆せないし、格闘経験も段違いだ。この状態は数秒後にまたひっくり返されるだろう。だから叫んだ。
「清明!!今だ!!!こい!!!!!」
ドアが開いて清明が飛び込んでくる。目は完全に陰陽師のそれで、別の次元を見つめているのがわかる。「梵・・・篁・・・・礼・・・・」となにか唱えている。「早くしてくれ・・・!」今にも折れた指を犠牲にして刑事が暴れだしそうなのだ。「・・・・・よし」と清明は刑事の頭に手を置き、そしてそこからなにかを抜き取った。「・・逃げるぞ」
***
気絶している刑事を乗り越えて廊下にでる。いつ、後ろからタックルされるかドキドキしながら歩いた。物音を聞いてやってきた婦警が「ちょっと・・」とこちらを遮ろうとするが、何も言わない。脇をすり抜け先に進む。「お待ちください」と後ろから呼び止められる。
「なにかあったらここまで連絡するのじゃ」
と清明が名刺を渡した。
「・・・・名探偵???」
と初めて見る名刺に婦警の思考がフリーズ。その隙に玄関まで歩く。田舎の小さな署で良かった。これが大きな署の3階の奥とかだったら、逃げることは難しかったはずだ。婦警が刑事が倒れている部屋まで到達するのが空気の流れでわかる。俺と清明は小走りになって、軽自動車までたどり着いた。キーを入れ、回す。ぶおおおおん!とどこかマフラーに穴が開いている音がして車が起きる。婦警が玄関までやってきた。が、こちらはすでに動き出している。信号があればつかまったかもしれない。つくづく、田舎でよかった。
***
「さて」と清明は左手のピンク色の塊をダッシュボードに乗せた。それはすぐに人の形を作り、10㎝程の人形となった。
「式か?」
「うむ、生きておるがの」
「刑事のものか?」
「見ればわかるじゃろ」
そのピンク色の式神は先ほどの刑事そっくりの形になった。10㎝ほどの人形はふにふにとダッシュボードの上で動き出す。かわいい。
ぶつぶつと清明が呪を唱える。
「では、案内せい」
というと、刑事人形は前に向かって走る、が、位置はそのままだ。指を前方に向けている。
「これに従えばいいのか?」
「うむ」
これは便利なGPSだ。小さな刑事は、どうやら遠く離れた港をさしているらしい。
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