第8話 営業にできること


俺に何ができるっていうんだろう。俺の持っている知識や技術など、せいぜい他人の家に上がり込んで、保険を売るスキルぐらいだ。そのスキルすらも「やる気がない」とインストラクターに言われてしまうぐらいのしょうもないちっぽけなものだ。


だから?


だからなにもしないの?


いや、違う!おれは良子をあきらめはしないし、彼女にとって頼りになる男になりたい。自らの生命活動を止めてしまうぐらいのダメージから回復させて、捨てられてきた人生を。


10年後、「そんなこもとあったね」って笑えるぐらいにしてやりたい。だからなにかやらなければ。


で?


なにができるの?


目の前で、良子の姿をした安倍晴明が笑う。くそ、魂が見えた今、目の前の美しい女性の中に平安時代のおっさんが入っているのがわかってしまう。


「なにができるんじゃ、このとうへんぼくめ」


「俺は、営業マンだ」


「しょうもない存在じゃ」


「そうだ、しゃべることしかできない」


しゃべるんだ。一生懸命しゃべるんだ。言葉を使ってなにかを開け。いまさら、インストラクターの説教が思い浮かんだ。


『いま、目の前で自分の娘が悪い奴につかまっている、営業をしないと崖に落とすと言われる、それぐらいの覚悟で仕事しろ』

思えば、あれも真理をついた言葉だ。


覚悟だ、覚悟が必要なんだ。


***


よし、OK、覚悟完了、こんなリアルに感じられるまで覚悟できなかった自分が笑えてくるぜ。


***


誰だってそうなんだ。こんな仕事やりたくないんだ。だけど娘を殺される覚悟でやってるんだ。その覚悟さえあれば、鬼にでも悪魔にでもなれる。さあ、吐け。言葉で良子を救い出すんだ。


俺はしゃべり始める。スマホから地元の郵便局に電話して「あ、もしもし、すいませーん、わたくし田崎と申すものなんですけれども、お宅に小山さんって配達員さんいらっしゃいますよね?ええ、その人、うちに集荷に来てくれてるんですけれども、なんかちょっと様子が変だったっていうか、荷物ってちゃんと届いているのかな?ええ、それとは別に・・ちょっと個人的な用事もお願いしていて、ちょっと本人に聞きたいから・・小山さんの連絡先ってわかりますか?」電話先の女は田舎の郵便局員らしくフレンドリーに「あー、どーでしょー?ちょっとまっててくださいねー」と対応してくれるが、その感じから俺はこのスジで小山に到達できないのを悟る。「すいませーん、やっぱり個人の番号って教えることできなくて、私たちから伝達はできるんですよー、なにか小山に伝えることってありますかー?」「ああ、そうですか、じゃあこう伝えてください『お前のやっていることは全部わかっているぞ』って」「え、なんですか?」「いいですか、そのまま伝えてください、きっと警察からも連絡が来ると思いますので」混乱する女の声を無視して電話を切る。


くそ。どうすればいいんだ?


どうすればあの郵便局員にたどり着ける?


あの神社の存在を知っていて、あの男とつながりのある人物はだれだ?


除雪してくれたおじさん?


いや、普通の会話すらできなかったし連絡先を知らない。


役場の福祉課?


ひょっとしたら知っているかもしれない。電話をかけてみる。

「あのー、ちょっとお尋ねしたいことがありまして・・・ええ、なんか育てられなくなった子供を預かってくれるところがあるって聞いたものですから・・・ええ、いえ、そうゆう公的な団体とかNPOでもなく病院でもないやつで・・はい、かなり昔っからある神社のようなものらしいんですけど・・ああ、そうですか」と誰か知ってそうな人を探してくれるらしい、スマホを耳に数分まつ・・・・あ、もしもしすいませーん「どうでした?はぁ・・・やっぱりわからないと・・キロクとかにはあるけど、もう存在しないってことですかぁ・・わかりました」

やっぱりダメか。次。


国分さんの家に電話をかけてみる・・・「あ、もしもし、ええ、お久しぶりです・・まあ、ちょっといまトラブってまして、そのことについて国分さんにちょっとお伺いしたいことがあったんですよ、はい、それがですね、あの子供が捨てられたときにやってくる郵便局員ってご存じですか?はい、そうなんです、あーそうですか、まったくご存じない、ええ、はい、わかりました」


自分が子供を捨てたときのように、きっと誰かが面倒見てくれるんじゃないかしら?と国分さんは思っているらしい。まあ、見たくもないだろうな、そんな場所のことなんて。だけどなんとかたどる糸を探って見せる。


「ええ、あ、ちょっと切らないで、はい、別にあなたのことを責めているわけじゃないんですよ、でも、困ったことってその郵便局員からしかわからないことなんで、本当に、ええ、わずかなことでもいいですから、いや、そんな、泣かないで、まいったなあ・・」というところで電話の相手が変わった。


「あ、もしもーし!はい、僕いまちょっと保険のご案内でお伺いしているものなんですけど!ええと、どちら様?」


こ・・この声!

「え、もしかして、インストラクター?」

「あれ!?田崎ちゃんじゃん!どうしたの?もう会社やめたんでしょ?」

「それがいま、緊急事態で、国分さんにちょっと聞きたいことがあったんですよ」

「いまはまずいなあ、国分さん取り乱してトイレ行っちゃったよ、俺でよかったら聞くけど?」

「えと、なんていうか、取り戻したい子供?がいて、その犯人を探してるんです」

「え?まじ?そんなの警察じゃん!」


警察。あまりに当たり前すぎて気づかなかった。


「あ、そうか、警察行けばいいんだ」

「まあ、たたけばホコリがでる俺らだけどさ、そんな事になってるんなら警察行って損はないっしょ」

「詐欺や恫喝や公文書偽造やイロイロありますもんね」

「まあ、仕事だしね、契約とるためなら何でもやらなきゃ、怒られたり恨まれたり警察に捕まるのも仕事のうちだよ」

「おれには無理でした」

「まあ、そうだったね」

「でも、感謝してます」

「うん」

「じゃあ、やりたいことがありますんで」

「そんな感じだね、いい声してるよ」

思えば、大事なことをこの人から学んだのだ。少しだけスマホに頭を下げた。


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