第7話 上ではなくX
スタックにおびえながら軽自動車を動かした。外気温は氷点下10度ぐらいだろうか、おかげで雪がカチカチに氷になっており、沈まずに車は進むことができた。これがもうすこしあたたかかったら、ここで凍死していただろう。
「温泉に行くのじゃ」
と清明が言うので集落の中心にある温泉施設「you & 湯」に向かう。向かう途中、清明はビッグバンによるニュートリノの放射、重力がつないでいる世界、時間の始まりと終わりについて、いろいろ話しているがいまいちわからない。
「つまりじゃ、フラットランドという2次元世界の人間が言うんじゃ『前ではない、上なのだ!』と、これをお前に当てはめるなら『上じゃない、Xなのだ!』ということだ」
「Xとはなんだ」
「心眼を開いて感じることができる、1つ上の次元じゃ、好きに呼べ」
「それがこのレイヤーか」
「そうじゃ、もう好きに動かせるじゃろ」
霊と呼ばれるもの、化学では説明できない現象、魂、愛、縁、運、いままで、説明できなかったこれらの現象。どうして不思議に思わなかったんだろう。最初からそこにあるから疑問にすら思わなかった。
「体の中にも流れている」
「な」
レイヤーを大きくすると、体の中からピンク色の気が見えてきて、自分の体内を川のように流れている。
「体をどうやって動かしているか、けがを負ったらどうやって治しているか、なんとなくわかるじゃろ」
わかる。このピンク色の川はよく見ると小さな命の集合体だ。こいつらが俺を作っている。というか俺自身だ。じゃあ、俺という意識はなんなのだ。
「呪か」
「呪だな」
「スマホのアプリか」
「そんなものだ」
せいぜい、良いアプリでいよう。
***
温泉につかり、垢まみれの体を洗い、露天風呂で自分自身のXと会話して、新しい服をきてさっぱりして休憩所に行く。清明はビールと刺身とからあげを狭いテーブルに並べて野球中継を見ていた。どこからどうみても平安のスーパースターには見えない。
「地元のおっさんに見える」見た目は良子なのに。
「天国じゃ、今のうちに味わっとけ」
あ?
「あの郵便局員な、子供を売ったぞ」
***
読売巨人軍代91代4番の中田翔がホームランをかっ飛ばし、ユーユーの休憩所がワッとした熱気に包まれる中、俺は血が冷たくなり、俺自身のピンク色が沸騰しているのがわかる。
「娘の精神活動が停止して、ワシがでてきた原因じゃな、世間知らずな・・・」
「わかっていたのか?良子は・・・」
「当然じゃ、ワシの力をちょっと持っとるからの、あんな欲まみれの男の感情なんて知りたくなくても知ってしまうじゃろ」
「でも、役場の人間もいたじゃないか」
「グルに決まっとるじゃろ、あんな場所までやってくる役人がおるか?」
「いるかも知らん」
「アホか、世間知らずめ、役人とは自分の城に篭っておるだけのクズじゃ」
「じゃあ、これまでずっと、子供を売ってきたのか?何のために?」
俺はそう質問しながらあの郵便局員のセリフを思いだす。
『大変なんですよー、戸籍とか』
「・・・戸籍を売っていたのか」
「それだけじゃないじゃろ」
「何?」
「臓器も売っとったはずじゃ」
周囲が暗くなる。ピンク色が俺の体を離れ、村田銃の形を作る。わかってる。俺の体、俺の俺自身よ。良子のために、子供のために、やるべきことをやろう。怒りをすべて、エネルギーに変えてぶつけよう。
「清明」「わかっとる」「あいつはどこにいる」「もうすぐわかる」「どうゆうことだ」「式神を放っておる」「早くしろ」「落ち着け、いまは体を休めておけ」「無理だ」「じゃあ、覚悟しておけ」「できている」「人を殺すんじゃぞ」
その当然の事実に、すこし心が波を立てる。
「警察にもつかまるし、牢屋にも入るじゃろ」「良子は・・・知っていたのか?」「知っておった、それでもなんもできんかったのは娘の弱さじゃ」「相談してくれれば・・・」「死にたがりのお前にか?」
***
幼い時から清明の巫女として超人的な洞察力を持ち、母親に捨てられた良子。子捨て神社に捨てられて、加藤トマに育てられた良子。大学までいったのに、社会になじめなくて結局子捨て神社にもどってきた良子。そこにやってくる子供を捨てようとする母親たち。その心も、子供の叫びも、それを売る男の気持ちも、すべてわかってしまう。遺書を胸に惰性で生きていた俺に、なにを相談するっていうのだ。
「なんて頼りない男だ・・・・」
「それがわかれば第一歩よ」
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