第6話 スマホのアプリと陰陽師
翌日。子供を抱えた若い母親がやってくる。ひさしのしたにくるんだ子供をおいて一礼。そして逃げるように帰っていく。何も声をかけることはなく、良子は赤子を抱く。
その日の午後に郵便局員と役場の福祉課がやってくる。子供を抱えて、帰っていく。良子は魂が抜けたように座っているだけだ。「じゃ、よろしく」と俺が言うと「わかりました」と赤い車に乗って帰っていった。
***
「魂の存在って信じますか?」(信じるよ)「私はあまり信じていません」(どうして?)「目が2つある理由について話したのと同じです、体や自然はその必要があるからその形をしています、魂があるのは体を動かすソフトが必要だったからだとおもうんです」(魂がないと体は動かない)「分子の運動を、私たちの皮膚は『熱い』と感じるようになってます、それは幻のようなもの、ものが上から下に落ちるように見えるのも、時間が過去から未来に進んでいるように感じるのも・・・」「もう寝よう」といっても、泣く赤子が眠らせてくれそうにない。泣けよ、泣くのも無理はない。お前は今日、母親から捨てられたのだ。
良子は感覚をシャットアウトしているように見えた。宙を見上げて何かを考えているのはいつもと同じなのだが、特徴的な目の光がない。機械的に子供の面倒を見ようとするが、あぶなっかしいので止めさせた。よくいままで一人でやってこれたものだと思う。超人的な洞察力は完全に閉じられ、耳の遠い老人のように人の話を聞かなくなる。
子供が捨てられて数日。俺と良子で(99.9:0.01)なんとか小さい命をつなぐ。母親が持ってきた最後のミルクが尽きるころに、その赤い車はやってくる。「うわー、なんとまあ、かわいらしい・・・玉のようだねえ・・・」といって赤子を受け取り、車に戻っていく。まるで、代引きの荷物を預かるような軽さだった。1つの書類も書かずに、その小さな命は我々の前から消えた。良子は機能停止している。うなだれて座ったままだ。まるで自らの子供を失ったかのように見えた。
その夜やってきたのだ。安倍晴明が。
***
「おい」と声を掛けられ見上げると良子で「一応挨拶しておくか、安倍晴明だ」と良子が言う。「ああ」というと「なんとも薄らぼけた、生気のない男だな、まあ、こんなところに来るぐらいだからそんなものか、はは、式神よりも使いやすいかもな・・・田崎というか、歳はいくつじゃ」
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・・
・・・
「おまえも狂うとるのか、この現世よ、娘に惚れたか、この狂女に、はは、そんな顔をしてるの、そこの村田銃を大事に抱きしめて侍気取りか、命以外はなにももっとらんな、それにしても寒い、腹もへった、早く支度をしてくれ、この娘にはもっともっと栄養が必要じゃ」
(良子?)
「良子ではない、安倍晴明と名乗ったろうが、まさか知らんわけではあるまいな、レッツゴー陰陽師じゃ、いや、これも知らんか、はは、流行り廃りが早すぎてついていけんじゃわかるじゃろ、稀代の陰陽師にて占星術師、すべての式神の主、呪と御法のプロフェッショナルにして、いまだ日ノ本のスーパースターでありつづけるのはワシぐらいじゃろ」
「安倍晴明・・・」
「そうじゃ!最初っから名乗っとるじゃろ」
「あれは占い師になるときのキャラづけじゃあ・・・」
「バカ!宇宙の理に魅入られた呪血の巫女になにができる!子捨ての咎を身代わりに受け続けた呪いの子に命と運命を与えたのはワシじゃ!山賊女を媒介に生きる力と読心の術を与え、せっかくの人生をもたらしてやったのに、結局この神社に戻ってきたバカ娘に、ワシがどれだけ苦労したと思っとる!」
「良子は今どこに?」
「おう、いま深淵の底の岩の片隅で泣いておるわ、このままじゃ心の臓すら止めかねん弱りっぷりで、しかたなくワシがでてきてやった、深体温も、脈も、血圧も、SPO2も限界じゃった、だから早く!!メシ!!!!!」
急いで薪をくべ、鍋の準備に取り掛かった、凍っているシカ肉とキャベツとみそをそのまま入れ煮込む「魚もじゃ!」というのでとっておきのマスを入れる、半分凍っていても清明は「うーん!たまらん!」と椀によそいかっ込み始めた。その姿は俺の知っている良子ではなく、完全な別人だった。
「本当に別人だ」「だから言っておるじゃろ、清明じゃ」「なんでここに?」「さっきも言ったじゃろ、体を動かすのに必要じゃから魂がある」「良子は死にかけている?」「そうじゃ、このままじゃ体温を維持する栄養をとれんかった」「でも、なぜあなたなんですか?」「ここの式神はもともとワシの魂を分けて造っておった、平安の時より民に守られ、祭られ、そして守っとった、100年前ぐらいになるんじゃろ、ここにその民が移住し、そして忘れ去ったんじゃ」「ずっと生きているってことですか?」「いや、生きているのとは違うな、ワシは呪じゃ、ワシが生きておったときに生まれた呪、つまりプログラミングされたソフトに過ぎん」「それがいま良子の中に?」「この娘は特別じゃ、自我が極端に小さく、頭の中は宇宙の始まりや、極小の世界しかない、ワシが入り込める隙間があったんじゃ、もともと巫女とはそうゆう存在で、この娘の家系の呪じゃ」「呪」「呪はどこにでも存在できる、スマホのアプリにも書き込める、人の意識に作用できればメディアは問わん」「では、やっぱりあんたは死んでいて、良子に取り付いた霊ってことじゃないですか!」「ばかもん!!!!!!」
良子の顔をした清明の顔がキツネの顔になり巨大化して俺にかみついた。壁に押し込まれ、犬歯がぎゅむりと腹に刺さってくる、その気になれば簡単に食い殺されそうな圧力を感じる、巨大な黄金の瞳が目の前にある、獣の吐息が臭く、口回りの白い毛がしなやかで太い、幻とは思えなかった。
「生きるとはなんじゃ!死ぬとはなんじゃ!定義せい!!」
立ち上がった清明が紫の気をまといこちらをにらんでいる。その顔は良子でも清明でもキツネでもない、人でもなく獣に近い。
「村田銃の男よ、貴様に見えている世界など9つの世界のうちの3つほどに過ぎん、軽々しく『霊』などと口にせん事じゃ」シッ!と清明が息を吐くとキツネは消えた。「おまえは娘が立ち上がるまでワシの世話をしていればよい」
ああああん?
腹が立った。
なんだと、このクソ清明?
なんのつもりだ、このスマホアプリめ、殺すぞ?
勝手に最愛の人を奪って何様だ?
「殺すか?かか、返り撃ちじゃ、ワシの狐にもらすほどびびっておったくせに、ほれ、やってみい、村田銃で殴るか?撃つか?その前に心の臓を抜き取って式神どもの供物にしてやるわ」
「うるせえよ、人外、お前の腐った魂をつぶしてやろうって言ってんだよ、わざわざ1000年とか生きているやつなんて『霊』以外の何物でもねえだろ、とっとと死ね、何も知らない民衆をだましてこんなところまできて何もしてねえじゃねえか、この子捨て神社がさびれたのもお前のせいだろ、良子がこんなんなったのもお前の力が足りないからじゃねえか、死ね、罪悪感で自殺しろ」
床からぬめりとどろどろの巨人がでてきて俺の首を絞める「まだしゃべるか?」もちろんしゃべる、だが息ができないから心でしゃべる、良子の洞察力がこいつのものなら、きっと伝わるはずだ。
(自分じゃなんにもできないくせに、陰陽師なんて偉そうにしやがって、ただの天気予報士だろ、畑つくったことあるのか?家を建てたことは?できるわけねえよな?料理すらできなかったものな?お前は世間知らずの赤子だ、ここに捨てられた赤子、今の社会はお前を必要としてないし、本当の意味で忘れ去ってるよ、せいぜいエンタメのネタにされるぐらいだ、清明?陰陽師?お笑いだ、こんなところに捨てられちゃったな?自分の世界に引きこもってないで、すこしは社会に出て来いよ、人の役に少しでも立ってみろ、よくわからないトリックと恐怖心を植え付けるおっさんめ、人間にカオスをもたらしてるのはお前だよ、清明、お前がいるからみんなが迷惑だ、お前がいるからこんな神社が生まれて、子捨てにくる女がいる、お前さえいなければ子供は社会で大事に育てられていたんだ、捨て子の原因はお前だよ)
「まだか、なかなかしぶとい」
(おちつけ、こんな巨人なんていない)
「いや、いる」
(いない!)
「いるぞ、ほれ、さわってみい」
(いない!ぜったいにいない!)
意識が途切れそうになったときに思い浮かんだのは良子のセリフだった。
***
「なんで人間の目は2つなんでしょうか?」
***
答えはものを立体的に見るため。見る。今目の前にいるぬめぬめの巨人を。清明の式神は確かに存在してここにいる。2つの目に映っている。これは幻なんかじゃない。どうしてこんなことができるんだ?苦しい。目をつぶる。するとそこに意外なものを見る。
めをつぶる。光の残像が巨人を映している。その残像は消えない。目をつぶっているのに?巨人は見えている。
「温度や上下ってのは人間が感じている幻なんです、温度は分子の運動だし、上下は地球の中心に向かう重力に過ぎません、だけどそう感じることで都合よく世界を認識できるホログラフィーと言えます」
ホログラフィー、まさにこの巨人がそれだ。だけどそれは存在している。火を触れば熱いと感じるように、この巨人に首を絞められて苦しい。これはどうしようもない。くそ・・・呪ってやる・・・
最後の力で目を開ける、清明がニヤリと笑う。俺の首を自分の(良子の)片手で絞めている。なんだよ、巨人じゃないじゃないか・・とおもって目を閉じると巨人が現れる。これは目を開いたほうがいいな、良子の力じゃ気道は絞められない、頸動脈も止められない、だが目を閉じれば巨人の力だ、脳がそう認識してしまう、火を触れば熱いと感じるように・・・てほんとに熱くない?
俺の左足が囲炉裏の炭に触っていた。清明は馬乗りになっているので気づいていない。俺は(熱い寒いは幻だ!!)と念じて左足で囲炉裏をキック、鍋がいい感じにひっくり返って清明の背中にかかる。
「あっつー!!!!!!!」
と飛び上がった。もちろん俺も「あちちちちち!!!」と飛び跳ねる。お互いの服に炭火が飛び跳ね引火してしまう。あっという間に社は火に包まれて、俺は急いで村田銃と弾丸をもって外に出る。雪が気持ちいい。清明も雪山に体をこすりつけている。
俺は村田銃に弾丸を込め、清明の額に狙いをつけた。距離は12m、必中の間合いだ。だが、清明は良子なのだ。撃てるはずがない。
「殺さんのか?」
と雪山で胡坐をかき、こちらを見る清明が言う。
「殺せるわけねえだろ」
「そうか、じゃあ忘れろ、痛み分けじゃ」
えらそうにそうゆう清明に再び殺意が沸き上がったが、社がバチバチと炎に包まれているからそれどころじゃない。弾丸を外し、軽自動車に向かった。清明も後をついてきて助手席に座った。
「それにしても、さっきはお前の本性を見たぞ、娘も驚いている」
「あの技はなんなんだ、いるはずのないホログラフィーが実際にいる」
「最初の呪じゃ、わかりやすくいえば、お前に3つ目の瞳を与えて、高い次元の世界を見せている」
「3つ目の瞳?心の眼ってやつか」
「そうじゃ、人間は都合よくこの世界を解釈するように目を2つ持っている、だが本当はもっともっと世界は複雑で深い、心眼はその最初の深みを知る目じゃ、なれれば瞼のように開いたり閉じたりできるようになる、これが見えるか?」
ダッシュボードの上に小人が現れ、獣が現れ、楽しそうに踊っている。
「見える」
「心の眼を閉じてみろ、フォトショのレイヤーの濃淡をスライドさせる感覚じゃ」
「お前のその現代っぽいワードセンスはなんなんだ」
「いいからやってみろ、これは娘の持つ言語野の影響じゃ、気にするな」
ふうん、と思う。
「目を閉じてみろ」
目を閉じる。するとそれは右下のあたりにあった。
「なんかあるじゃろ、それをいじってみい」
それは透明な立方体のように見えた。こころの手を伸ばして触ってみる。触れる。
「それを小さくしてみい」
親指と人差し指でつまみ、小さくする。
「目を開けてみい」
目を開ける。
「見えるか?」
見えない、さっきまでいた小人や獣が見えない。「これはなんなんだ?」と聞く。「深く広い世界の扉じゃ」「呪か?」「呪ではない、これは宇宙の始まりからあった、ビッグバンをしっているか?」「知っている」「じゃあ、話は長くなるとわかるか?」「なんとなくわかる」「じゃあ、車を出せ、寒くて仕方ない」
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