第4話 宇宙の始まりと女の裸体


国分家に出向き、安倍晴明(国分良子)にあったことを話す。

「そう・・・」

と悲しそうな顔をする。

「だいぶ苦労されて来たんですね」とどうとでもとれる慰めの言葉をかける。

(若いあなたにはわからないでしょうけど)という表情をしてから、国分さんはゆっくりと話し出す。

「あの子は・・・ちょっと変わった子で・・・人の心を読めるというか・・こちらがなにを考えているかわかってしまっていたのね・・・どんどんこわくなっちゃって・・そう、いろんな先生や、専門家の人に見てもらったけど、誰にもわからなくて、結局あんなところに押し込めたのね」

何を考えているかわかられてしまう、それがさらに自分の娘にも、大変なことだと思いますと答えた。

「そう、その時、いろいろあって、自分の子供にも愛情をささげることができなくなって、私、私・・・」

結局メソメソと泣き始める国分さんをそのままに、国分家を後にした。


子捨て神社のユーザーで、現神主?の陰陽師安倍晴明(国分良子)の母。初対面の俺に「こんなやつ(インストラクター)みたいになるな」と説教をかませて、娘のところに送り込んだ張本人。そんなマダム国分のエキセントリックな性格に付き合うのはこれっきりにしようと心に決めた。


***


心が読めるってどんな感じなんだろう?

どうやってあの山奥で生活してるんだろう?

電気も、水道も、なにもないあそこで。


俺は気になって、仕事中に安倍晴明(国分良子)のところに向かった。課長代理には「あの家からもう一本持ってきますよ!」と言っておいた。インストラクターは別のぺんぺん草を求めて別の地域に移動していた。


営業車の底をこすりながら、荒れた林道を走る。真昼間で太陽は真上から降り注いでいる。何本かの沢を超え、泥だらけになりながら、荒れ果てた、見捨てられた、神社?に到着する。車を下りて、いきなり神社には入らずに、周囲をぐるりと回ってみた。以外にも裏側には広い空地になっていて、太陽の光もたっぷりとふりそそいでいた。「あ、保険屋さん」と声がしたので振り向いたら安倍晴明(国分良子)がいた。


「どうしていつも背後から現れるんですか?」

「あはは、私って存在感薄いんです」


今日は安倍晴明ルックではなく、農家のおばさんがよく着ているモンペとよごれたTシャツという姿だった。オレンジ色のサンバイザーをかぶっていて、なにか外で作業をしていたと思われる。彼女の横に座って、カバンからお茶とお茶菓子を出した。「一緒にどうです?」というとありがとうと言ってほうじ茶を飲む。虫の鳴き声がすごい。それに交じって近くに沢の音がする。


「近くに沢が?」

「ありますよ、便利でしょ?今日は水汲みとお風呂の日、沢を上ると温泉が湧いているんですよ」


普通に町に住んだほうが便利だと思うが、言わないことにする。


「ここでの生活は快適?」

「あはは、そんなわけないじゃないですか」

「ですよね、なんかごめんなさい」

「いいんですよ、田崎さんはこうゆう生活が好きな人ですか?」


どうだろう?生まれも育ちもこの田舎町だが、家には電気もガスも水道も通っている。アウトドアも好きでキャンプもしたことがあるが、ここでの生活とレジャーとしてのアウトドアはちょっと違う気がする。


「わからないけど、興味あるな」

彼女はフフフと笑って「好奇心が大事なんだよ、好奇心が心に光をもたらして、体に血を巡らせるの」という。「好奇心を失った人はゾンビだよ、生きているってことから逃げてるゾンビ」


ゾンビか・・・たしかにそんな存在なのかもしれない。保険の契約をもとめてさまようゾンビ。


「君はなにが好きなの?」

「私は物理かな、宇宙のことを考えるのが好き、素粒子や超弦理論、ブラックホールとか考えているだけで幸せ」

「その・・やっぱり、大学で研究したい?」


酷な質問だったかもしれない。ん・・・・と下を向き、言葉に詰まっていた。「だけど、やっぱり、人混みが苦手」


つややかにまっすぐ伸びる黒い髪と、どこか人ならざるものを思わせる白い横顔。それは白い蛇を連想させた。抱きしめたら折れてしまいそうなほど体つきは細い。そんな彼女の能力、他人の考えていることがわかってしまうというのは、どんな地獄なんだろう。


「ごめんね、俺といると苦しい?」

「え・・?そんなことないですよ」

「でも、考えてることとかわかっちゃうでしょ」

「まあ、そうですけど、田崎さんって正直ですし、全然大丈夫です」


それなら良かった。


「その、俺にもちょっとだけ宇宙の話とか聞かせて」


保険の営業で学んだテクニックだ。話し上手は聞き上手。言いたいことは質問でしろ。だけど、ここでは単純に興味があった。


ただ、単純な興味だけでは消化しきれないほど良子はしゃべった。会社に戻るべき時間が来ても「あ、でも、ちょっとまって、ここからが一番おもしろいところなんだけど・・・」とK-POPのファンがBTSについて語るようなきらめきで、楽しくてしょうがないというニコニコ笑顔のまま、俺は課長代理に「めっちゃ残業します・・」とラインを送ることになった。


帰るころには日が沈みかけており、深い森はほとんど夜となった。おかげでハイビームにしても前方が不明瞭なうねうねの林道なので、なんどか崖に落ちかけた。


***


次は休日に訪問した。魚の罠を見せてもらう代わりに、栗ようかんと玄米茶を持って行った。「こんなに美味しいもの初めてです」と笑う。


「温泉に入りたい」というと案内してくれた。山を少し登ったところにある温泉は、地元の温泉施設の源泉になっていて、意外にもきっちりした湯舟があった。

「秘湯マニアの人がちゃんと管理してくれているんですよ」へえ「リンスやシャンプーも置いてってくれてるんです」「ちょっと向こう向いててくれる?」俺は服を脱ぎ、湯舟に入る。結構熱い。だが、びりびりとした感覚も入ってしまえば快楽だ。


あ~↑という声が漏れる。秘湯マニアがやってくるのも納得だ。「いい湯だね」というと「失礼しまーす」と白い足が横からのぞいた。


ちょつつつ!!!えっつっつっつっ??ま?????ほんと!!???


「イヒヒ」といじわるそうにわらう彼女がかわいかった。裸については・・・よく覚えていない。緊張で白い肌が白飛びしてしまったんだとおもう。もったいないことをした。


そのまま夜まで温泉に入っていた。彼女は自分の話を聞いてくれるのが本当にうれしそうで、いくらでもしゃべっていた。半分も理解できなかったが、うれしそうな顔を見ているだけで幸せを感じる。のぼせそうになると湯舟から出て体を冷やす。なんとなく、直視するのはできなかった。空を見上げると星空が・・・すごい・・・


「はるか昔にビッグバンがあって、これらの星が生まれたんですけど、それだけじゃないんですよ、ビッグバンはそれよりももっと大切なものを生み出したんです」

「それはなに?」

「時間です」


時間は過去から未来に流れる。その始まりはおそらくビッグバンに違いない。ビッグバンがなければ、星は生まれず、宇宙は傍聴せず、時間は止まったままだったはずだ。それはなんとなく理解できた。


周囲は漆黒の闇だった。なので目に入ってくるのははるか遠くの星の輝きだけだ。それでも明るく感じる。遠い遠い昔の、それこそ平安時代よりもはるかに昔、ビッグバンの爆発について思いをはせた。


どこまでも深く黒い森の中に俺たちは2人だけだった。思い切って横を見る。星屑のシルエット。エロくなかった、ただひたすら美しかった。


「田崎さんは面白い人ですね」と笑う彼女のためなら。俺は鬼や悪魔にだってなれるだろう。どんな汚いことでもやれるし、命だっていくらでも削ってやる。人殺しだってできるかもしれない。


相手の望まないことをする??生命保険を売りつける??お安い御用だ、いくらでもやってやる。


「そこまでしなくていいですよ」と笑う。

こちらの考えはすべて読まれてしまう。それが心地よかった。


吸い込まれるように、俺は国分良子に近づき、キスをした。


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