第3話 子捨て神社で救われて
「私たちは時間や場所を頭で考えて把握しています、田崎さん、ここの場所はわかりますか?」「東の果てのダボ山の山奥」「そうですね、入植当初、先人たちはここにたどり着き、この建物を建てました、最初は確かに神社でした、でも時がたち、開墾がすすむとこの山奥の社は廃棄されて、もっと集落の近くに移築されました、その時祭られていた神様もお移りになって、ここにはいま神様はいらっしゃいません」「その掛け軸は?」「これは私が適当な漢字を書いただけです、それっぽいでしょ?」「なんか罰当たりじゃない?」「罰?ここには罰を与える神様はもういませんよ、まあ、そんな場所ですから若者たちのあいびきによくつかわれていたようです」「ここでやってたってことか」「まあ、当時はラブホテルもなにもなかったでしょうからね、やがてそんなラブホテル的な使われ方もされなくなり、ここに浮浪者が住み着くようになりました」「こんなところに?」「沢があるので水と魚は取れますし、キノコや狩りの知識があれば意外と快適なんですよ」「それはもう、浮浪者というよりハンターでは?」「まあ、呼び方はそれぞれですが、とにかく社会からはじき出された男性や時には女性が住み着くようになったようです」「へえ、女性もいたんだ」「はい、記録もありました、加藤トマさん、山形出身の女性で奉公先から逃げ出してここにたどり着いたようです、彼女は父親のマタギの技術を受け継いでいたんですね、ここで鹿とか熊を罠で捕まえて、肉や皮を集落に卸していたようです」「へえ」「アイヌと勘違いされていたこともあったようです、トマさんにとってはどっちでもよかったみたいですけどね」「へえ」「まあ、とにかくここは忌まわしい場所として残りました、アイヌの女が住み着いているからそこに入ってはいけないと子供たちは脅されていたんです」「ああ、そうゆう場所ってあるよね」「そうなるとですね」「うん」「子捨てが起きたんです」
***
当時の農業の生産力では子供たちを満足に食べさせるのは難しく、それでいて子供はたくさん生まれてくるので「口減らし」が行われていた。多くは加藤トマのように大きな庄屋の家とかに奴隷労働をする「奉公」に出されていたのだが、それすらもかなわないような虚弱児、知恵遅れ、障碍児などをこの場所に捨てに来ていたらしい。加藤トマならなんとか食わしてくれるかもしれない、そんな期待を込めて。
実際、幾人かの狩猟グループまで発展した加藤トマをトップとした集団は、シカやクマの肉を卸し、銃を手に入れ、輸送路(ここに来るまでの悪路だ)を切り開いていた。冬に生き延びる技を編み出し、徒党を組んで生きていた。捨てられた子供たちを彼女らは大切に育てたと思われる。
なぜなら、子供が捨てられるようになって数年後、山より「悪ガキ」が下りてくるようになったからだ。彼らは言葉もろくに話せず、極端に乱暴で、大人たちに喧嘩を仕掛けた。集落の犯罪はすべて「悪ガキ」がやったことにされ、集落の秩序は不思議と安定した。隠れてコメを食わしてやる家もあったという。
「で、トマばあちゃんがなくなってから男の人がここを守っていたんですけど、やっぱりうまくいかなくてどっかに行っちゃうんですよね」「うまくいかないって猟とか?」「うーん、集団生活とかじゃないですかね?いっつも喧嘩ばっかしてたって聞いてます」「それで?」「やっぱりこうゆう場所も必要だってなって、私がここに送られてきたんです」
***
「私が生まれてから母はそうとう苦労していて、いろんなカルト宗教にはまってしまって、しまいには自分で立ち上げた会社まで人に譲ることになっちゃったんですよ、周囲からは狐憑きとか言われて、その原因はやっぱり私なんだってことになったんです」「なんでそんなことになったの?」「私、子供のころから洞察力がすごかったらしいんです、なんというか空気が読める?相手の感情がわかる?ってやつが備わっていて、そんなのみんな当たり前にやっているとおもったけど、どうもそうじゃないらしいんです、ほら、表情とか、しぐさとか、呼吸のリズムとか、目線とか、そんなのでなんとなく相手の考えていることってわかるじゃないですか」
(でも、どうせわかってくれないんだろうな)という表情を良子はした。
だから(わかるよ)という表情で答えた。その時、すこしだけ彼女の目が明るくなった。
「子育てって大変なんですね、眠れなくなった母が私の首に手をかけてたところに父が帰宅してなかったら、わたし、死んでたらしいです」(生きててよかった)「精神科の先生を回って、育児ノイローゼの診断を何枚ももらって、最後にめぐりあえたのが加藤トマばあちゃんだったんです」(え、トマ生きてた)「ばあちゃんは何も言わず私を引き取ってくれて、私はばあちゃんの最後の弟子になれました、身の回りを世話しながらいろんなことを教えてくれました」(いろんなこと?)「言葉で会話する大切さ、獣とも向き合い方、子捨てをしにくる女性たち、冬の超し方、結局5年ぐらいしてばあちゃんはなくなってしまって、そのあとは親戚の家とか、施設で暮らしました、私大学まで行ったんですよ、6歳までまったくしゃべらなかったのに」(へえ、どんな大学?)「理系で物理学とか学んでました、そこで思考実験っていうんですけど、実験機材とかなんもつかなわないで、頭の中だけで実験したりする教授について学んでました」(そんなの、ただの妄想じゃないの?)「妄想じゃないですよ!実際にブラックホールを思考実験で予言した後に、実際にブラックホールが発見されたりしてるんですから!」(そうなんだ)「そんなわけで、大学を卒業しても頭の中でミクロな世界の実験をしていたら母が心配したんですね『そんなことならどこでもできるでしょ』って子捨て神社を復活させたんです、私、トマばあちゃんの最後の弟子ですしね」
超人的な洞察力を持つ国分良子は人と向かい合うだけで相手が何を考えているのか理解できた。それは彼女にとって悪いことばかりをもたらした。そりゃそうだ。相手の心がわかってしまって、正気でいられるはずがない。聞きたくもない音楽が常に流れている社会。繁華街にいる路上弾き語り。そのなかにたまにいる絶望的にセンスのない自己満足野郎が10メートルごとに並んでいる感じだろうか。そう聞いてみる。「面白いたとえですね、そんな感じかもです」と初めて笑う。その笑顔が俺の心臓をとらえる。
血が一瞬止まり、そして動き出す。
いつもの仕事がフラッシュバックする。
(早く帰ってくれないかしら)
(結局保険の営業なのね)
(こうゆう人たちってホントいや!)
そんな表情をする顧客たち。できる営業マンはその表情に気づかない。あるいは気づいていて無視しているのか、それとも単純にゲームを楽しんでいるのか。
「いやね、奥さん、このお金ってのはご主人の思いって入っていますかね?お孫さんへの思い、その思いをカタチにしないとお金ってただ便利に使っちゃう道具ですから生きてこないんですよね、ええ、私この仕事してたくさんそんなかわいそうな家族みてきました、保険契約ならね、その思いをカタチにすることができるんです」
反吐が出る。いつしか俺は遺書を書いて、それを持っていないと仕事ができなくなった。
インストラクターは気づいている。目の前の顧客の(早く帰れ)に。それでいて突き進む。自分の思うように相手を変える。それは強さだ。彼らには「強いものが、なぜ弱いもののいうことを聞かなければならないのだ!」という一貫した哲学がある。
「仕事だから」
「家族のためだから」
「お客さんとの出会いがあるから」
と、自分の犯罪行為をきれいな言葉で装飾しながら俺たちは働く。
何のために働くのだろう。
金
生活
それがそんなに大切なのか・・・
その日はブラックホールの話を安倍晴明から聞くだけで終わった。営業の第一段階としては悪くない。安倍晴明(国分良子)は俺の思考停止にもちろん気づいていたのだろう。そして、気を使ってくれたのだ。俺の心の中を、その洞察力で見透かして。
そのことに帰りの車の中で気づいた。「ありがとう・・」とつぶやいた。
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