第2話 アプローチto安倍晴明
陰陽師の名刺を渡される。そんな新鮮な経験に打ちひしがれていると、国分さんは笑いながら言った。
「もし迷ってるなら、私の娘が占い師をやっているから行くといいわ」
あ、なるほど。この占い師の営業なのかと納得した。500万の契約の対価としては安いものだ。それにしても阿部清明って・・
「へぇ、阿部清明なんっすね。じゃあ、ちょっと占ってもらいます・・・高いんすかねえ?」
「私からの紹介ならお金取らないから大丈夫」
・・・いやな予感がした。カルトな宗教のお誘いだろうか?先輩営業マンの中にはカルトな宗教団体が発行している新聞を何部か購読している人がいる。もし、カルトだったら全力で逃げよう。そう心に決めて国分家を後にした。
会社に帰り実績報告すると課長代理から褒められ、その夜の宴会が告げられたので店を予約。1件目のチェーン居酒屋で串盛りを囲みながら「まあ、あれよ、田崎ちゃんはやる気がないからなー」みたいないじりを受けつつ「なくないっすよ、ありますよ」とニヤニヤするしかない地獄のような時間が流れる。死ね。みんな罪悪感で苦しみ自殺しろ。
「まだあの家からは引っ張れる、アフターフォローのためにも行ってこい」と言われ、休日に国分さんからもらった占い師のところに向かった。電話で予約すると「いつでもどうぞ」とのことだったので午前中に向かうことにする。あまり売れない占い師なのかもしれない。名刺の住所をグーグルで検索するとえげつのない山の中だった。そこは人を寄せ付けない起伏にとんだ山と山の合間の沢筋に沿って走る山道の終点にあった。軽自動車の腹をこすりながら、昼だというのに真っ暗な森をゆっくりと走った。帰りのガソリンが心配になったころ、神社の鳥居が出てきたころにホッと胸をなでおろしつつ「神社?」と別な不安がでてきたのだ。占い師ってなんか雑居ビルの狭い部屋に押し込まれるようにいるんじゃないのか?それとも酒飲み相手にした深夜の路上とか。ぎゃーぎゃーとカラスが鳴くその場所はまぎれもなく霊的存在感に満ち溢れていて、おそらくはここらへんでもっとも古くからある人口の建造物だった。おそらく明治とかそのあたり、飢えと寒さから集団で動物のように身を守りながら生きてきた時代に、地元から持ってきた神様をここに祭ったんだろう。
国分さんのような割と裕福な奥様の娘が、なぜ、こんなところで占い師をしているのだろうか?全く想像ができないが、とにかく進むしかない。神社の鳥居をくぐると駐車できるスペースがわずかにあって、そこに車を止めた。ほかに車はなかった。どうやってここで生活しているのか不思議だった。社は雪から守るために、あちこちがトタンでできているが、おそらくは修復されているのだろう。最後の修復は昭和か、トタンにはさびが浮いていて、その姿はまるで鎧をまとった老戦士のようだ。
正面からガラス戸になっている。そこをノックしてから横にスライドさせると開く。「すいませーん」と小声で言うと、自分の声が周囲に反響する。明かりはなく、夏だというのに寒い。生き物がいるとは考えにくい寒さだ。それに社はそんなに大きくなく、せいぜい8畳ほどしかない。中央の祭壇?には「御身来災雷光神」という掛け軸があり、お米と神酒がある。ぎりぎり見えるのがそれぐらいで、それ以外は暗くてよくわからない。森の木々に光がさえぎられていて、ガラス戸から入ってくる光ではすべてがぼんやりとしたシルエットだ。だから入るにも入れず、もっかい電話しようかうーんとなやんでいたら
「どうぞ」
と背中から声が聞こえて「うわっ!」と飛び上がってしまったのはしかないといえるんじゃないか?
音もなく、気配もなく、呼吸すらも感じなかった。だが安倍晴明はそこにいた。ぱっと見、安倍晴明のコスプレをしている女にしか見えない。その肌は恐ろしく生気がなく白く、目には光がなく、口や鼻は整った形をしており、髪はこんな環境でどうして維持できているのか不思議なほど長くつややかで美しかった。
小さな口から「すいません、朝の禊をしていました」と声がでてくる。
「あ、そうなんですか」
「まあ、こんなところですが、中にどうぞ」
脇を通って中に入る清明、それに続いた。暗闇の中から座布団を取り出し畳に置く。そこに座ると、清明は最初からそこにあったらしい座布団に座る。それがすべてだった。うすぐらやみのなかで、おそろしく肌の白い女がこちらを見ている。なにも話さない。お茶も出なければ、「で、どうしました?」とか「なにかお悩みでも?」とかもなく、ただこちらを見ているだけなのだ。
俺は知っている。国分さんの個人データ「アテ」から彼女の名前が安倍晴明などではなく、国分良子(25)ということを。結婚歴も子供もいないこと、兄弟は兄が1人。兄は東京でサラリーマンをしていて結婚して子供が1人、その子供に先日保険を入れた。そのことを彼女に話すべきだろうか?
「なにも言わなくていいです」とこちらを見透かして安倍晴明(国分良子)は言う。「それとも、何か質問が?」というので
「なんでこんな神社に?」というと、彼女はすこし驚いた表情をしながら「そうですか、神社に見えますか」という。
それから、占い師であり陰陽師である安倍晴明こと国分良子は語りだした。それは俺の胸ポケットにいつもある遺書の存在を忘れ去れるものだった。
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