最強の対人スキル「営業」を使って陰陽師を救えるのか?説

@hdmp

第1話 陰陽師の名刺


遺書

仕事につかれました。ほんとうに無能でごめんなさい




***

タバコの匂いが染みついた営業車でインストラクターは言う。

「いま、目の前の男が自分の娘を抱え上げている、後ろは断崖絶壁だ、そこで男が言う『保険を売ってこい、さもなければ娘をここから落とす』と、その状況をイメージして仕事しろ」

「そんな断崖絶壁には行ったことがないし、そんな場所はそもそも立ち入り禁止だし、だいたい娘もいなければ結婚もしていないし彼女もできたことがありません」

「バカ、リアルで経験がないとかそんな話じゃないんだよ、イメージなんだ、仕事をしなければいけないイメージを心に持て」「わかりました」「よし、じゃあ行くぞ」営業車から飛び出し、インストラクターと同行募集に出かける。カバンの中の資料には今日の「アテ」が入っている。アテとは「ひょっとしたら保険の需要があるかもしれない人」のことだ。そこには家族構成や貯金額や過去の保険の加入実績がある。住所も年齢も載ってる。そこに突撃するのだ。もちろん電話アポも欠かせない。電話の内容はこんな感じだ。


「あーもしもし、おせわになっております、わたくしヌルポ保険の田崎と申します、しつれいですが国分様のお宅でしょうか?ええ、はい、そうです、ご加入いただいている年金保険についてちょっとお知らせしなければいけないことがありまして・・・いえ、電話ではちょっと不都合がございまして、必ずご契約者さまと対面でお話しなければいけないとなっておりまして、はい、5分もあれば終わりますので、今日の午前と午後かどちらかご都合つきますでしょうか?」というぎりぎり詐欺ではないレベルの嘘をついてアポを取っている。それとも詐欺なのかな?まあ、どちらでもかまわない。要するに仕事なのだ。


アポは下っ端の仕事で、インストラクター様の極悪職人技の出る幕ではない。

「田崎ちゃんさあ、さっきのアポ電、よかったよ」「ありがとうございます」「その調子で、国分さん?の最初まかせるから」「はい」


営業には5つの段階がある。アポ、アプローチ、情報収集、セールス、クロージングだ。実際に物を売るのは4段階目、それまではひたすら日常会話や家族の話などをしてセールスの場を作る。ここに数日かけるのが当たり前といわれているが、インストラクターの法律スレスレアウトな話芸にかかれば、そこを飛ばして即日で契約書に判子をつかせることができるのだ!コンプライアンスなどを無視したその悪質な営業手法は「インストラクターが来たら、その地域にはぺんぺん草も生えない」と言われるほどで有名だった。もちろん、次の日には解約の電話が鳴ることも珍しくない。お客さんは「ハンコさえつけば、この人たちが帰ってくれるんだから」と、とりあえず契約して、翌日にクーリングオフの制度を有効に活用して無駄な保険契約をなかったことにする。売りつけた側としても、とても良い判断だとおもう。なぜなら、まともな訓練を受けていない、普通の主婦が、インストラクターを前にして正常な判断を持てるはずがないのだ。恐怖と混乱を植え付けられ、1秒でも早く家から追い出したい。そんなおびえた目を隣で何度も見てきた。成約した翌日に訪問すると、家族全員に出迎えられ、詐欺師のような扱いを受けたこともある。きっと今回もそんな目に合うのだろう。


国分さんの家は一般的な住宅街の中にあり、子供たちはすでに成人し、出迎えてくれた奥さんは「やっときた人生の春!」を満喫しているって感じの素敵な女性だった。家の中にはお花やステンドグラスがあり、ご主人は定年したがまだ再雇用で働いているという。テレビの上には去年生まれたばかりの孫の写真があり、その話を振るといつまでもしゃべり続けてくれた。俺の横でインストラクターの目が光ったのが分かった。「じゃあね、奥さん、もしよ・・いや、気を悪くされたらごめんなさいね・・もし、そのお孫さんになにかあったら大変だよね?」という切り口からセールスが始まる。国分さんは(何を言っているのこの人?)という戸惑いの表情になる。そしてやがて(ああ、保険を売りに来たのね)という表情になり(どうやったら帰ってくれるのかしら?)という表情になるだろう。多くの気の弱い専業主婦はだいたいそのパターンだ。本当に申し訳ない。いつも持ち歩いている遺書を意識してしまう。いつか死んで詫びますから・・・と。


だが国分さんは違った。


「ねえ、あなた、もうちょっと頭をつかったらどうかしら?」と俺に向かって話し始めたのだ。「あなた、まだ若いでしょ?もっと考えて、自分の人生を生きなきゃダメよ」

「え、どうしたんですか?」

「本気の話よ?あなたいま頭使ってないでしょ」

「使ってますよ」

「使ってる気になっているだけよ」

「ちょちょ、奥さーん」とインストラクター

「あなたちょっと黙ってて」とキッとにらむ

「そりゃないっすよ」とインストラクターがへらへらしていたら「じゃあ、500万だけ付き合うわ、はいハンコ」と実印と通帳を持ってきた。驚く。その契約を成立させるためにいろいろ書類を書く。その間も国分さんは真剣な表情で俺に話しかける。

「いい?人生は一度きりなんだから、自分で考えて、自分で選ばないといけないの」

「はい、考えてます」

「ぜんっぜん考えてない!この人みたいになりたいの?」とインストラクターをさしていう。

「え・・あ、はい」

と間の抜けた答え。こりゃ夜の酒の会でいじめられるなあ・・と思う。

「なりたくないでしょ、だから考えるの、頭を使って、心に聞いて、誰も答えを知らないの、あなたの人生なんだからね」と言って国分さんは名刺を1枚渡してきた。


  占い師

   阿部清明

         」

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