二週間近くが経った。

国分らの実践訓練は、時雄の強力な指導の下厳しさを増していた。とは言え、初めから順当に進んだわけではない。時雄は彼らを外界に慣れさせることから始めた。まずはそれにより、外界でどのように行動してよいかを学ばせた。これとて国分らには生易しいものではなかった。一番の問題は何といっても方向感覚がないことだ。更に相棒に付いて進むのは容易に理解できるが、巣穴に帰ることの難しさは会得することが中々困難だった。それとて、にわか作りの教育では追いつくものではない。

伴走蟻らには、その方法が物心ついた頃から携わっている。それが帰巣本能に磨きがかかり、何処へ行こうとその方向と位置を、体内羅針盤で正確に把握することが出来る。その行為が自由自在に出来ることで、行動範囲が非常に広がるのだ。時には一日中前へと進み、巣穴から遠く離れて獲物を確保しても、迷うことなく戻ってこれた。当然そこには危険が付き纏う。それらを掻い潜り持ち帰るのだ。この能力を国分らが会得するのは、至難の業だった。

だがしかし、この行為が巣穴から出て、いずれ野口らの弔い合戦を繰り広げるには、何としても身につけなければならぬ基本であった。巣穴の中で、ただ理論的気勢を挙げていても、成就できるものではない。そんな空想的攻略など外界では単なる絵空ごとであり、何の役にも立たないのだ。そのことが国分らには、実際仲間について歩くだけでよく分かった。

木島も国分も他の仲間も、音を上げることなく習得していった。かれこれ二週間の訓練が過ぎた頃である。国分らが何時ものように朝出掛けようとした時、何処からか時雄が近寄り木島に尋ねる。

「おい、木島。如何だ。外界での行動に自信がついたか?」

「はい、何とか分かってきました。獲物の捕り方、そして帰り来る者との触角での情報交換。まあまあですよ」

「それは大したもんだ。ものの二週間そこらで会得出来たなんて…」

「ええ、まあ苦労はしましたが、かれこれ二週間以上も外界を歩き感じたことですが、まあ俺の能力からいって、巣穴内で獲物の保管係をやるより、性に合っているような気がしますがね…」

自信有り気な面で嘯いた。頷き國分に振る。

「それで、国分は如何だ。実践訓練の方は勉強になったか。それに弔い合戦の戦略も視野に入れて行動しているのかな?」

「いや、俺なんぞまだまだですよ。時雄さんみたいな優秀な戦士の足元にも及びません。もっと知らなければならないことが山ほどありますから。とても二週間ぐらいでは時間が足りません」

「うむ、そうか。それにしても随分慎重だな。もっと大胆に考えてもいいんじゃないか。人間や昆虫たちの攻撃など、予期せぬとことから仕掛けてくる。すべての知識を習得してから行動しようなどと、杓子定規な考えでは対応が不可能だ。臨機応変という言葉があるだろう。そういうことも我らすべての動きでは、時として必要なんだ。特に外界にあってはな」

「そう思うがな。俺流には…」

時雄が諭すと、国分が返す。

「いいや、そうは行きません。菊地らとの戦いは一発勝負ですから、なまじいい加減な気持ちや、中途半端な知識による油断が命取りになると思うんです。だからそんな仮装の勇気で立ち向かえば、奴の思う壺であり奴らの術中に嵌まって、我々は一撃でやられるでしょう」

更に、考え続ける。

「それに、俺らは巣穴を一歩出たら、この外界ではまだやんちゃな幼児と同じです。いくら二週間ペアの諸君に付いて回ったところで、即戦えるわけではありません。そうじゃないですか?」

「うむ、そこまで考えているのか」

「勿論ですよ。分かっているくせに。意地が悪いんだから」

「いいや、そんな心算で尋ねたわけではない。お前らがどの程度理解しているか、知りたかっただけなんだ」

「それにしても木島は元気だな」

「ええ、元々気が強いもんで、自ら行動することには長けているんですよ。まあ、この辺が同じ保管係の仲間とはちょっいと違うかも知れませんがね」

「なるほど、自信がありそうだな、木島」

「ええ、私としてはね。ああそうだ。時雄さんには話していませんでしたが、つい先日も訓練に入る前でしたけれど、国分と巣穴から出て結構遠くまで行ったんですが、初めてにしてはいい経験になっていますから」

「そうか、木島は自信満々だな」

「ええ、俺的には他の仲間より、結構知識会得の方も早いと自負していますよ」

「それじゃ、木島。その知識を基に、今度は一人で獲物を捕りに出掛けてみてくれ」

「えっ!何ですって。一人で獲物捕りに…」

「そうだ、一人で俺らと同じように獲物を探しに行くんだ。木島だったら出来るだろう。今、わけない様なことを言っているしよ」

「いや、その、あの…、一人でなんて…」

「如何した。今までの元気は」

「はあ、確かにそうは言いましたけれど、私一人では…。考えていませんでしたし、それに誰かと一緒なら。たとえば裕太とか、二人で行動すれば獲物を容易く探せるのではないかと。それに、二人の方が外敵の見張りも兼ねることが出来るし…」

「木島、俺ら働き蟻は決して二人で行動することはない。触角で情報交換という連携プレーはあるが、単独行動がすべてだ。誰かを頼り行動することはないんだ」

「でも、時雄さん。それはあなたの考えであり、俺は今まで得た経験から、より効率よく獲得するにはペアで行動する方がいいと思っているんですがね…。それの方が、俺にはいいに決まっている」

「けれどな、木島よ。よく考えてみろ。我ら働き蟻は、今まで何万年もの間そのように行動してきた。おそらく将来も変わらないだろう。そしてだ、これから始めようとする菊地軍との戦いだって、連係プレーが必要になるかもしれんが、基本は個人だ。各人が外界での行動要領を習得していることが前提だ。それがなくて連携した行動など出来るわけがない」

「いいか、木島。他人を頼ることと、連係行動は違う。この辺を取り違えるな。頼ろうとする気持ちがあると、己を弱くする。弱い面を敵に見せれば、必ずそこを突いてくる。これでは絶対に勝てない。分かるか、木島」

熱っぽく諭した。その横で聞き入る国分が同調する。

「時雄さん、その通りだと思います。たかが二週間の訓練では勉強不足です。まだ、学ばなければならないことが沢山あると思います」

返し、木島に忠告する。

「やっと外界に慣れた程度で、すべて知ったと思うのは早計ではないか。木島、そうは思わねえか!」

時雄に向かい告げる。

「俺は時雄さんの指示に従う。今日から一人で探しに行ってみようと思う。是非、やらせて下さい。今まで身に付けてたものを試してみたいのです。危険は覚悟の上で、更に一歩先へ進みたいのです」

「分かった。国分、今日から第二ステップだ。やってみなさい。但し過信は禁物だ。自分の考えもあろうが、充分注意を払いやることだ。もし、迷ったら直ぐに引き返えせ。自分のつけた匂いと景観を頼りにな」

「これが大切だ、忘れるな。いいか、分かったな。国分!」

「はい、ご指導有り難うございます。それでは早速、行ってきます」

国分は一人で巣穴を出て行った。残る木島と西田、それに国広らが唖然として見送る。

その様子に時雄が尋ねる。

「それじゃ、皆は如何する?」

「国分に次ぐ者はいるのか?」

「は、はい。私もチャレンジしてみます」

西田が言うと、それに続き国広もおずおずと手を挙げた。

「そうか、それじゃ気をつけて行ってこい。ただ言っておくが、最初から遠くへは行くな。再度言うが、すれ違った時触角での情報は充分聞け、迷った時はその先へ行かずその場から引き返せ。そして落ち着き、必ず来た仲間から帰り道を聞け、その通り戻って来い。前に来た道でないと思っても、言われた通りにしろ。それに、そいつの匂いと景観だ」

「いいか、くれぐれも忘れるな。各自、肝に命じておけ!」

「お前らは、まだ己の記憶など当てにならぬことを頭に叩き込め。体内にある羅針盤とて、巣穴内では機能しても外界では充分活用できる状況になっていない。分かったな」

「はい、それでは行ってきます」

二人は緊張顔でゆっくりと別々の道を歩き出していた。残った木島に時雄が尋ねる。

「さあ、木島。如何だ、俺と一緒に獲物を探しに出掛けるか。それとも一人で行くか。どっちにする?」

木島は返事が出来なかった。わなわなと震えていた。

「ええ…」

生返事をする。

「俺、怖いんです。とても怖くて一人でなんか、恐ろしくて…」

言葉が詰まる。如何弁解していいのか分からなかった。

「たった一人で行動するなんて、俺には出来ない。とても一人でなんて…」

小便を洩らしそうになった。

「時雄さん。お、俺…、さっき、あんなこと言ったけれど、本当は怖くて一人では出て行く勇気がないんです。外界に身を置いてみて始めて分かりました。でも、何とかしたいことは事実です。国分らみたいに勇気があれば、一人で行きたい…」

虚勢を張っていた木島だったが、本音を見透かされ、ただ萎縮するばかりだった。

時雄が宥める。

「木島、誰だって最初から出来る奴はいない。国分や西田、それに国広だって自信があって出たわけではあるまい。お前と同じように、恐ろしさや不安を抱えて行ったんだ。ほんの少しの勇気を持ってな」

「もう一度考えてみろ。何のために、こんなことをやっているのかを。忘れたわけではあるまい。彼らはそのことのために習得しようと必死なんだ。その気持ちが彼らを動かしている」

じっと俯く木島に、更に諭す。

「経験を積まなければ勇気には繋がらず、自信にはなり得ないのだ。如何だ、木島。奴らの気持ちが分かるか。お前だって同じ思いで、この訓練に臨んだのではないのか。はっきりした目的を持っているだろう」

「…」

返事が出来なかった。陽炎の如く虚勢を張っていたことが恥ずかしかった。木島は、ついと忘れていたことを思い出す。

「そうだ、何のための辛い訓練なのか」を。

「時雄さん、申し訳ございません。つい調子に乗って原点を見失うところでした。もう一度やり直します。いや、俺を見捨てないで下さい。心を入れ替え取り組みますから。お願いします」

涙が出そうになった。恥ずかしかった。でも真剣だった。真顔で訴えた。

「木島、分かってくれればいい。お前だって考えてみろ、巣穴の中では縦横無尽に行動しているではないか。もし俺に、同様に巣穴内で行動しろと言われても出来ないぞ。外界のことで偉そうに言っているが、それと同じだ。何でも努力しなければ成し得ない。でも木島。お前の言ったことで、一つだけいいこと聞いた。時には既成概念に捉われず、思い切った発想も必要だということをな。教えて貰ったよ」

「ええ、何ですか。いや、時雄さんの言う通りです。俺、何を言ったのか思い出せないや。自分ながら面目ない」

照れ笑いをした。

「それじゃ決まった。木島、今日は俺と一緒に出掛けよう。よく頭の中に叩き込め、今までやってきたことを思い出しながらな。一人で行動する心算でよ。さあ、出発だ」

「はい、お供させて頂きます。あいや、俺一人で出掛ける心算で行きます!」

二人は勢いよく飛び出して行った。これを機会に各人が単独行動に入った。国分や西田らは、この二週間の外界訓練によりすこぶる慣れていた。

それから数ヶ月が経つ。

その間、国分にしても木島らにしても、毎日獲物を捕りに出掛けては帰り来て、毎晩反省会を行なっていた。この反省会も、彼らによる自主的なものだ。早く将隆や時雄たちに追いつきたいという思いから、自然に集まり熱を帯びた議論が続く。ただ決まったことをするのではなく、意識の目覚めた同士がやることは進歩が格段に早く、この数ヶ月で飛躍的に能力が向上していた。

あの自信のなかった木島でさえ、何時もの陽気さというか楽天的発言が戻っていた。相変わらずそそっかしさはあるものの、どこか裏づけのある自信を覗かせるまでになった。むしろ仲間同士の暗黙の中で、競争心が土台となっていることがよかったと思われる。

その頃になると彼らを中心にして、賛同する仲間が集まり出していた。勿論そこには、影で俊介が力になっていたこともあったし、将隆それに指導役の時雄の存在も大きく影響していたのである。

その結果、巣穴の中で二十人程度の精鋭集団となっていた。その原点にある目指すものは、野口らの弔い合戦と言うよりもむしろ菊地らの攻撃に備えた、この巣穴を守ることに意識が収斂していた。

時雄にとってこの流れを作ることが、俊介から指示されていたことであり、国分らに手を貸す要因でもあった。そして国分らが、何時ものように激論を交わしている時である。この時期になって、この頃になると時々アドバイスしかしない時雄が、すくっと立ち提案する。

「そろそろ次の段階へと駒を進めてみないか?」

すると皆が一斉に覗い、次の言葉を待ち推測する。

「いよいよか、いよいよ攻撃のための訓練か…」

「やっとここまで来たんだ。今度はもっと大きなこと、大事なことを教えて貰える」

國分はそう直感し、時雄の顔をまじまじと見た。すると時雄が急に顔を崩す。

「あのな、そんな厳しい顔をして。俺に噛み付く気かよ」

その言葉にふいを突かれたのか、一瞬視線が止まり、次の瞬間笑い声が起きた。そこで時雄が告げる。

「よく聞いてくれ。これから、皆が期待する人を紹介する」

振り向きざま迎える。

「俊介さんだ。これから我らの大将、俊介さんが全面的に指導して下さる!」

一瞬、静寂になる。と次に、大きな歓喜が響き渡った。

「えっ、俊介さんが指導してくれる。そんな有難いことはない。これで何百人の味方を得たようなもんだ!」

皆が目を輝かせ叫んだ。

気持ちは同じだった。感嘆の中で迎え入れる。

「おお、俊介さんが来てくれた!」

車座になっているところに、俊介が入ってきた。

「皆、やってるな。如何だ訓練の成果は。聞くところによると随分上達したらしいな。いよいよこれから実戦形式の訓練を始めるが、皆心積もりはいいか!」

「はい、我々は俊介さんを待っていたのです。これから指導して下さる訓練を習得すれば、今度はいよいよ弔い合戦へと進めます。我らにとって念願の敵討ちが出来るのです。そのために今まで頑張ってきました。如何か勝てる秘策を伝授して下さい!」

国分は思いを込めて訴えた。

「まあ、そんなに焦るな。必要なことは、高度の戦闘能力を得ることではない。各個人が基本行動を会得し、その上に皆の力を一つにする連携が必要なのだ。各人がばらばらに行動しても戦力は知れている。その輪を集結することで、何倍もの力を発揮出来るようになることが重要なんだ。そのことを皆には分かって貰いたいのだ」

「そのために、これからは皆が習得した知識と行動力を、一つの大きな輪にする連携訓練を行う。そこでは各自が互いの行動を意識しろ。その中で己の行動力を最大限発揮する。そうすることで集結された戦力は、数倍の力になってくる。精鋭化された個人の戦力が、集結し大きな戦力として攻撃面、あるいは防御面に押し出して行く。それが最強の軍団へと変貌させるんだ」

「更に厳しく辛い訓練が待っているが、頑張って貰いたい。俺はそこまで君らを導く」

「木島、俺の言うことが分かるか。人一倍、元気がいいと聞いているが?」

「はい、俊介さん。俺の一番欠点なところです。今まで時雄さんには、えらい苦労を掛けさせていたんです。私としてもこの点は十分反省しております」

「そうか、随分成長したようだな。それでいいんだ。但し、あまり意識し過ぎるな。そこがお前の長所だからな」

木島の返事を聞き、頷きながら国分や西田、国広らを持ち上げた。

「次に、君らに伝えたいことは情報と言うことだ。自分らの力を過信することを戒めなければならないが、何といっても相手の情報を集めることが大切だ。相手の戦力を知らずして戦うことは愚の骨頂だと考える…」

「それで国分は、菊地らの何をどれだけ知っているかを聞かせてくれないか?」

「は、はい。私は自分のことで精一杯でしたので、他のことを調べている余裕が有りませんでした。すみません…」

「それじゃ西田は如何だ。君の持っている情報を話してくれないか?」

「えっ、私もそれどころではなく、国分と同じであります!」

「なるほど。では、戦闘意欲の高い木島は如何だ。何を知っている」

「私ですか?私は以前、野口から聞いたことぐらいしか知りません。確か菊地に獲物を貢ぎ、更に法外な要求をされていた。と言うくらいですかね。それで野口はその要求を断り殺されたんだ。くそっ、思い出すと悔しいですよ。早く奴をやっつけなければ気がすまない。そのために訓練してきたんだ。だから俊介さん、早く菊地を叩きのめす方法を教えてくれませんか」

唇を噛みしめ訴えた。

「いや、待て。そんなに焦るな。それじゃ一つ質問する。誰でもいいから答えてくれないか。もし菊地に仲間がいたとする。多分いるだろう」

そこに木島が口を挟む。

「それは間違いなくいますよ。そんなの分かっています。もろとも叩き潰してやる。そのために訓練してきたんですから」

「おお、そうか。頼もしいな。では、その仲間が百人いたら如何戦う。それも君らより数段戦闘能力が高い奴らだったら、如何攻め行く」

「えっ、…」

皆、絶句した。自分らが考えていない数だった。返事が出来ない。相手を菊地と見定めているだけで、戦闘能力の高い仲間がそんなにいるなど想定していないのだ。

「木島、如何戦う!」

「は、はい。ええと…」

それまでだった。すると、俊介は次々と矛先を変える。

「西田は如何だ。如何戦う」

「私、は、…、とても勝てない」

「国分なら、如何対処する」

「ええ、俺だって、そんな多勢のところに挑むなんて、それに、そんな奴らが攻めてきたら如何にもならないです…」

「…」

皆、押し黙った。

「そうだろう。一つの仮説、それも思い込みだけで、いざ自分らの想定外の設定となると対処出来ず迷っている。単に訓練したからと自惚れと気概だけで臨もうとしている。想定が崩れると無能になる。お前らの現状はそんなものだ。それこそ、何一つ情報を取らずに戦うなど論外だ。奴らはすでに諜報活動をしている。我々の動きを察知して軍勢を整え、我らが来るのを待ち構えているかもしれない。そんなところにのこのこと仕掛けてみろ、奴らの思う壺となり反撃に遭うことは間違いない。我らの戦力以上の力を持って攻撃してくる」

「皆、分かるか!」

「…」

「我々は戦う相手のことを、あまりにも知らな過ぎる。これでは最初から負けているといっても過言でない。そうだ、負けることは惨めなものだぞ。我らの巣穴が占領されることだ。勿論、大勢の仲間が殺される。そんなことになったら如何する」

「いや、とんでもないです。そんなことになったら…」

木島は戸惑うが、間合いを取り更に続ける。

「我らだけならまだしも、多くの仲間が殺されたり菊地らの奴隷になったりするなんて、この巣穴の崩壊です。何としてもそれだけは防がなければならないです。野口らの弔い合戦どころではなく、我が巣穴存亡の危機となります」

「そういうことだ、木島。そんなことを受け入れるわけには行かんだろ。皆、そう思わんか!」

「はい、同感です!」

国分らは口を揃えた。

「それではそうならないよう、直ぐにやらねばならぬことは何だ!」

「それは菊地らの情報を収集することです」

木島が即答した。

「そうだ、その通りだ。戦う前に敵のあらゆる情報を探り、そこから如何戦うかを導き出す。攻撃はそれからだ」

俊介が諭すと、続いて時雄が叫ぶ。

「皆、分かったか。俊介さんの言われていることが!」

「はい、分かりました!」

一斉に返した。

「そこでだ、この話はこれくらいにして、明日からどのように収集していくか話し合おうではないか。それにもう一つ大切なことだが、収集活動での行動は相手に分からぬようにやらなねば意味がない。先ほども話したが、奴らはすでに諜報活動を行っている。従って、我らの収集行動が菊地らに漏れては駄目だ。しかし、あまり警戒しすぎて気づかれることもある。普段通りの仕草がいい。その中で如何に情報を収集するかだ」

時雄が諭した。

俊介が口添えする。

「その辺も充分打ち合わせることだ」

その適切な指導に、皆納得していた。

「やっぱり俊介さんはすごい。俺らなんか、俊介さんと比べると如何もいかんな。如何しても一方しか見ずに行動してしまう。もっと広角的にあらゆることを想定していかないと駄目だ」

「皆、勉強してきたではないか。この外界で行動することで自分本位になっては駄目だということを。己の意思に係わらず我らを狙う外敵がいるし、もっと恐ろしいのは我々の存在を無視する人間どもがいることだ。その中で獲物を探し食料として集め、巣穴に持ち帰っているわけだからな」

「そうでしたね。如何も視野が狭いと、気持ちだけで先走ってしまう。これじゃいかんな」

国分が反省の弁を洩らした。そして、俊介の戒めに基づき早速翌日から、菊地らの情報を集め出した。勿論、獲物を捕りながら細心の注意を払ってである。国分らの動きとは別に、俊介は時雄や将隆らと独自に情報収集を行なっていた。

それにしてもと、俊介は考える。

菊地らの動きが、急に忙しくなっている。それ故、なお更我ら巣穴を守らなければならないと、痛切に感じる。

それは菊地の動きが、如何もこの巣穴に向けられていることを察知したからである。それも、近い将来に起き得るのではと思えた。菊地らが軍備を整える前に、時雄を中心とした実戦部隊の強化を急がなければならないと痛感する。

今菊地らに攻められたら、相当苦労するだろう。菊地そのものの動きが、決してまともではないと聞いており、暴君化していることから何をしでかすか、予測外の行動に出られたら現状の戦力では太刀打ち出来ないだろ。何としても攻撃される前に、奴らの動きを止めなければならない。では如何すれば奴らの暴徒を阻止出来るか?

そのために、知り得た情報に基づき国分らの戦力をいかに高めて行くか。それも、限られた時間の中で…。

妙案を探そうと必死に考えていた。

そのためにも国分らの情報収集に期待を寄せた。それから数日が過ぎた。国分らからは、いろいろな情報が寄せられてくる。その情報は主に平松の動きだった。平松といえば、菊地軍の分隊長を勤める精鋭な兵士である。彼も菊地の指揮下、軍力強化に動いている。

この男の行動如何で、雌雄が決まるような気がする。

そのように思えた。部下の仲田を使い、軍事力の増強に力を入れていると聞く。その規模はすでに十人以上に膨れ上がっており、更に拡大しているとのことだった。

そうか。我らの戦力と拮抗しているな、あなどれんぞ。

だが、一つだけ不可解な情報を見つけた。それは平松自身のことだ。「如何も菊地に対して表面上では忠誠心を示しているが、内心は不信感を抱いているようだ」との情報だ。その動きに見られるのは、菊地には内緒で部隊を己のために強化しているというのである。

この動きこそ、これからの戦の勝敗に大きく影響するように、俊介は感じていた。菊地らの軍隊が大きく膨れ上がったとしても、小さな針の穴ほどの綻びが常にそこにあれば、外形上で鉄壁の如く見えても必ずしも磐石とはいえない。そこに、菊地の最大の弱点があるように見た。菊地が自己中心になるほど、そして権力にしがみつき傲慢になるほど、その小さな風穴は大きなものと変わってゆく。俊介は、そのことに気づく。

奴の弱点は、まさしくそれだ。平松の心の動きと奴の率いる軍力の整備状況だ。それに究極は、菊地自身の自己過信と強権政治の傲慢さにある。

俊介は菊地軍に小さな綻びが生じているのを、国分らと時雄らの情報収集活動から感じ取っていたのである。

そんなこととも知らず菊地は益々傲慢になり、すべての者が己の下に膝まずき、自分こそ絶対的な存在で逆らう者などいないと思い込んでいた。今まで強権政治によって恐怖心を植え付け、従わせてきた自惚れる行為は周りを見えなくさせていたのだ。

すべての者が絶対服従していると信じ込んでいるところに、針穴ほどの小さな脆い部分が破れかけ、そのことにまったく気づいていなかった。ましてや、平松の動きによる離反行動など、予見さえ出来ずにいた。

ことあるごとに平松を呼びつけては、矢のように催促した。

「何時、俊介の首を持ってくるのか。そして貴奴らのすべての食料を奪い取ってくるのだ。制圧したら生娘を連れてこい!」

その都度、罵声を浴びせていたのである。その菊地の行為は都度繰り返され、激しさを増していた。それにより、平松の心が遠のいていることに、まったく気づいていなかった。

蟻族にとって活動の季節は、一年を通して春から秋までである。その間に、冬場に必要な備蓄食料を確保しなければならない。急ごしらえの菊地の巣穴では、冬を乗り越えるだけの絶対量が不足していた。このまま越冬することは出来ない。菊地は焦っていた。その反動がより暴君化してゆく原因でもあった。



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