菊地は上機嫌でいた。

「平松の奴も、ようこんな上玉を連れて来たもんだ。応えられねえな…」

触角をしごき、顎を撫ぜながらにやついていた。

「それにしても野口の阿呆が、わしの言うことも聞かず馬鹿な野郎だ。草臥れ底ないが。のこのこと俺様のところに来やがり、ちょっとおだてればその気になりおって、逆らうとはとんでもない奴だ」

「見せしめにと思い、ちょいと軽く制裁を加えたがだらしなく死におってからに。わしに逆らえば、如何なるかぐらい分かっていたはずだ。それを楯突きおって、自業自得というもんだ。死んだ野口なんぞの代わりなら、幾らでもおるわい」

「おお、そうよ。また平松に手配させ、俺様に忠誠を誓う雑兵を連れて来させるか。今度は一人、二人では面倒だ。一挙に十人くらい集めさせよう。直に冬も来るでな。それまでに早く組織を作らねばならんし、越冬用の食料も確保せねばならぬ。それと、仲田の野郎がおったぞ。奴にも働き蟻を略取して来いと命じてある」

幾多思いを巡らす。

「それにしても、万里子はいい女だ。抱くほどに味が出てくるわい。夜が楽しみだ。それに最近は仕込んだせいか、俺のものを急く様になってきたわい」

鼻の下を長くする。

「始めの頃は如何なるものかと思ったが、仕込み方がよいのか随分感じているようだし、わしの情欲をそそるようにもなった。これからもっと磨きをかけ躾けるとするか。

うふふ…。わしの味を忘れられなくしてやろうぞ。まあ、これも時間をかけてじっくりと好みの女に仕込んでやる。しかし、こんなことを考えていると、夜が待ち遠しいな。うむ、息子がむずむずしてきたぞ。くそっ、これじゃ夜まで待てん」

落ち着きをなくし彼女を探し、きょろきょろと辺りを見廻す。

「おおい。万里子、どこにおる。急遽レッスンだ!」

大声で怒鳴った。

だみ声が、巣穴の中で響いた。

「おおい、どこにいるんだ。聞こえたら、返事をしろ!」

「はあい!」

奥から返ってきた。

「早く来い。今から急遽授業だ!」

「ええっ、これからですか。まだ、日が落ちておりませんのに」

「ああ、いいんだ。今から特別授業だ。だから夜にならずともよい。始めるから、早く来い!」

再び怒鳴ると、急ぎ足で万里子がやって来た。近づくや有無も言わさず抱き締め、強引に唇を奪う。

「あっ、うっ、ううう…」

抵抗する間もなく、強引な力の前に一方的に受け入れる。彼女にとっては、何時ものことだ。己の意思など受け入れられず、なすがままに身を任せるしかない。だが身体は正直である。何時しかそれを求めるようになった。それも回を重ねることで抵抗感がなくなり、今では待ちどおしくなっていた。

この若い熟れかけた身体が、菊地を悦んで受け入れる。そうすることで激しく燃え、何度も昇り詰めては果てた。それ故菊地との情事が日々の生活の中で重要な位置づけとなったし、毎夜の営みが万里子の若い肉体にとって、待ち遠しいほどにもなったのである。

今日の、今もそうだ。

いきなり抱かれ、息が出来ぬほど深い口づけをされる。戸惑いつつ受け入れていくうち、気持ちが高ぶり口づけが終わる頃には情欲で満ちていた。

「あああ…」

直ぐ喘ぎに変わる。

「ああ、いいっ…」

そのうち大胆な醜態へと進む。

「万里子、如何だ。感じるか。嬉しいか?」

興奮し鼻をくんくんさせ尋ねられる。すると反応し、よがり声と共に鼻を鳴らし深淵へと堕ちて行った。全エネルギーを使い果たし精根尽きるが、余韻を惜しむようにその場を離れなかった。

「うむ、万里子。今日の特別授業の感想は如何かな」

己の欲望を満たした上で、陰鬱に問いかけた。満足気にうつ伏せながら返す。

「そんなこと、答えられません。だって、恥ずかしいもの…」

そう言いつつ、堪能した口調になっていた。そして更に、満ち足りたのかついと漏らす。

「ご主人様のものを頂き嬉しゅうございます。もっと私を可愛がって下さい…」

はにかみ俯くと、

「おお、そうかそうか。それなればもっと大胆になってもよいぞ」

菊地が強欲の目で応えた。

「いいえ、ご主人様。それは恥ずかしゅうございます…」

照れつつ顔を赤らめた。終えたばかりの余韻が残るなか、己の喘ぎを思い浮かべてか、更に赤らめていた。そして、小声で言う。

「嬉しい…。こんなに可愛がって頂き。ご主人様、幸せです…」

「そうか、そうか」

満足気に頷くが、そう言われるとまた無性に欲しくなる。

そんな情事が繰り返されいて行くうち彼女に対する気持ちが、ついこの前までは情欲を満たす道具とさえ考えていたものが様変わりしていた。

いじらしい万里子の仕草に愛おしささえ芽生える。そんな中、ことを終えた後の一言が、妙に心をくすぐる。

「あなたを愛しているわ…」

そう言われた途端激しく欲望が湧き、やおら俯く彼女の背後から強引に抱き寄せ激しく弄る。

「おお、万里子。好きになったぞ。もう誰にも渡さん。お前は俺のものだ!」

「嬉しい…」

息つく間もなく一つになり、激しく弄り合い突き進んで果てた。

今では、後悔の念に苛まれた頃の積年が消え、菊地の腕の中で満ち足りていた。そして回を重ねる度に磨かれ、娘から女としての悦びを感じるようになった。また、菊地にしてもそうだ。情事を重ねることで愛しさが増し、豊満な肉体の虜になった。すると、更に独占欲が強くなりひと時も傍から離さなくなっていた。

菊地にとり彼女を独占することで、次なる欲望を掻き立たせるものとなる。すなわち、己の巣穴勢力の拡大欲へと繋がり、その矛先を元暮らした俊介らの巣穴に向けたことは、容易に推測出来る。まずは地域支配であり、彼らの巣穴に備蓄されている食料を略奪することであった。

この計画も、容易に成し遂げられると胆略視することで、更に巡らす。

つい手加減を忘れ、野口を殺してしまった。出足でつまずいたからには、ゆっくり落とし込むことなど、俺には向かないということだ。であるなら、一気に攻め込み一網打尽に打ち倒し、奴らの巣穴を占領する。そして越冬用の食料を我が物にする。

そんな一気呵成の謀略を描いた。

そのためには、至急仲間の拡大を図り、多勢の兵力を持たねばならない。ましてや今冬を越すには、何としても奴らを叩き潰さなければならんのだ…。

そう考え、平松を急遽呼び寄せた。来るや睨みを利かす。すると受ける平松が、自信あり気な体をなす。

「ご主人様、私めに何かご用でございますか?」

かしこまり伺うと、上機嫌で応える。

「おお、平松。ようく来た。お前が差し出した娘はなかなかよいものだ。毎晩楽しませてもらっておるぞ!」

「ははっ、それはそれは。私めにとりましても、将軍様が歓んで頂ければ有り難いことでございます。そのことのために、お呼び頂けるとは身に余る思いでございます」

頭を下げ、してやったりとほくそえんだ。

「おお、それでだ平松。先日、頼んでおいた例の件は、どれほど進んでおるか聞きたいがの?」

予期していた質問に平然と答える。

「はい、将軍様。今のところ十人ほど集めております。下知下されば何時でも出陣できる手はずになっております」

「何っ、十人とな。うむ、そうか…」

「あいや、将軍様。お待ち下さい。私と致しましては、こんな数では物足りなく思っておりまして、申し上げました数は、これだけ集めたなどと申す数ではありません。本来なれば、それ相応の体制を整えた上でご報告にお伺いするところでございました」

上目遣いで伏した。

「ほほ、そうか。それではお前の考えている兵力とは、一体いかほどを示しているのか答えてみよ」

「は、はい。それは…」

躊躇うがが少し間を置き、きっぱりと答える。

「私めが計画しております体制は、最低三十人程でございまして、着々と整えている最中であります。ただ、時間がかかっては戦機を逸することも考えられ、それ故先に申した十人は強力な即戦力要員でありまして、精鋭部隊の数を申したものであります。ですから何時でも将軍様の命令が下れば、即攻撃態勢に入ることが可能でございます」

「うむ、そうか。それでは平松、部下に伝えよ。臨戦態勢に入れと。早い時期に攻撃命令を下す予定だ。それまで待機せよ。と伝えるのだ!」

「うむ、それに体制を早急に整えよ!」

満足気に下知した。

「は、はっ。かしこまりましてございます!」

深々と頭を下げるが、。平松には分かっていた。

菊地の要求が何であれ、それが満たされた後何を要求してくるか。その答えを準備しておくことが肝要だと…。それも、有り触れたものでは逆効果になる。従って、思惑を超える回答を用意することだと。案の定、考えていた通りの展開となった。

現実には、戦闘集団としての要員は八人ほどしかいない。それを正直に言ってしまえば逆鱗をかう。意に反すれば、どのような結果をもたらすか容易に察しがつく。決して許されるものではないのだ。今まで機嫌を損ね、どれだけの仲間が虫けらのように殺されていったか。万が一、それが俺に降りかかってはたまらん。その場繋ぎであろうと、菊地の信頼を勝ち得ておけば、命だけは永らえることが出来る。これも、激情型の菊地に仕える策というものよ。

そう思い、己が言ったことに理屈が伴うよう進言していたのだ。結局、菊地の考えていた要員体制をはるかに越える答えを示したことになり、その逆鱗から逃れることが出来た。  平松は安堵する。

菊地からの女の要求と言い、兵力増強の命令と言い、今まで背くことなく実現してきた。先のことは分からんが、また何時法外な下知が下るかもしれない。

平松とて、己が菊地の要求をすべて受け入れられないことを、充分心得ていた。

まともなことは数少ない。ほとんどの要求が、その場の思いつきや実現不可能なことばかりだ。俺にとりラッキーだったのは、如何にか努力すれば応え得るものだったことだ。それが野口のように、とても不可能な要求を突きつけられ、挙句の果て馬鹿正直に出来ないと、乞い願うから逆鱗に触れ一命を落すのだ。気の毒だと思うが、もし俺に要求してきてたら、今頃この命はかなく露と消えていたかもしれない。考えれば、野口と紙一重の差で明暗が別れたと言っても過言ではない。

ただ、それだからと安心してはいられない。奴から何時なん時、法外な命令が下るかもしれないのだ。今日の件では何とか切り抜けたが、翌日直ぐに実現できぬような下知が発せられるとも限らない。

それを思うと、安堵する気分が吹き飛んだ。

結局、俺など菊地という毒蛇に睨まれた痩せ蛙でしかなんいだ…。

自ら揶揄する。ただ平松にとり、何時までも操り人形でいようとは考えていなかった。菊地に仕えることで得るであろう利益も、ちゃっかりと計算していたのである。

それなりに恩を売ることで、確かに今では軍事部門の責任者に就けた。己の部下を拡大するほど、奴からの信頼感が醸成される。菊地には逆らえぬが、拡大した部下に対しては絶対なる権力の施行が可能になる。俺の力が強大化すれば、奴の呪縛を凌ぐことが出来るかもしれない。いざとなれば、将軍すら押さえ込むことだって可能になる…。そのためには、ひたすら従順であるが如く仕えていればいい。

菊地に悟られれぬように、自身の勢力を拡大することが必要だった。それで軍事力強化という隠れ蓑を使い、着々と地盤固めを行っていたのである。

菊地にしてみれば、平松がそんな秘密裏の行動をしているとは露も知らなかった。逆に考えることすべて、己を中心に置く。行動もそうである。相手の考えなど如何でもよい。己の意に反すれば即座に排除する。所謂強権政治というものだ。事実、相手が考え物申しそれが意に反した時即座に修正を求め、逆らう者や応えられない者は即排除してきた。己に沿う者だけを周りに置き、強権政治を司りながら勢力を拡大してきたのだ。

平松の軍事面での回答は、大いに満足だった。思わぬ数の攻撃集団作りが進んでいることを聞き、更に気に入る女も貢がせた。

菊地は平松という男を最も忠実な部下と位置づけ、信頼できる片腕と思い込んでいたのである。思っても見ない朗報を受け、にんまりと頷く。

「よし、これまで兵力が整えば、直にでも俊介らに宣戦布告し叩き潰せるぞ!」

腹に力を込め、胸を張った。そして更に続ける。

「あんな俊介ごときは、一撃でひねり潰してやるわ!」

鼻息荒く息巻いた。そして憶測し俯くが、直ぐに顔を上げ大声で怒鳴った。

「誰か、仲田を呼べ。即刻来るよう伝えろ!」

すると、間もなく姿を見せる。

「将軍様、私めに何か御用でもございますですか?」

平伏し伺い尋ねた。

「おお、仲田か。来たか。お前は相変わらず早いのう。感心するぞ」

「はっ、有り難うございます。将軍様のためなら千里も一っ飛びで馳せ参じます」

「そうか、それは感心だ。俺様に対して更に励めよ。それに今日から、お前を平松の部隊に編入する。指揮官の命に従って行動せよ。分かったな」

「は、はっ。かしこまりました!」

「ううん、それでよい」

「そうだ、仲田。そんなことは二の次だ。先日、下知しておいた件は如何なっているのか!」

細める目をかっと開き、真顔で問うた。

「はっ、ご報告させて頂きます。先般ご下知下された俊介の行動と巣穴の状況でありますが、放った間者に探らせましたところ、意外なことが浮かび上がって来ております」

前置きして、調べた内容を報告した。それによると、すでに我らに対する攻撃を前提に準備に入ったこと。特に巣穴の仲間が一団となってきたこと。更に、一部で戦闘の実践訓練を始めたことなど詳しく説明した。相槌を打ち聞き入るが、次第に目が釣り上り鬼のような形相となっていた。

「何だと!奴らはそんなことまで仕出しているのか。とんでもない奴らだ!わしの恐ろしさを知らず、子供騙しのようなままごとをしおって。こうなったら目にもの見せてくれるわ。俊介、待っていろ。お前らなど踏み潰し、皆殺しにしてやるわい!」

いきり立ち、赤顔で叫んだ。そこで仲田は、火に油を注ぐように付け加える。

「それに将軍様。奴らめはとんでもないことを、旗印に掲げております」

「何と、この前殺された野口や池田の弔い合戦だとか、生意気なことを叫んでおりましたでございます…」

「な、なんだと。何が弔い合戦だ。あんな腑抜けどもがわしに楯突くだと、承知千万だ。来て見やがれ。弔い合戦などと息巻いてみろ、このわしが返り討ちに遭わせ、皆地獄へ叩き込んでやる!」

さらに、目を吊り上げ絶叫する。

「この際、そんなくだらん企てなれば選択の余地はない。き奴らがわしの怒りに慄き、仮にこれから頭を下げ侘びを入れたところで容赦しない。サイコロはすでに投げられたんだ。絶対に許さんぞ。俊介もろとも叩きのめしてやる。そしてあの巣穴のすべてを、この俺様の支配下に収め、男はすべて皆殺しにし、そして女、子供は奴隷として強制労働に処してやる!」

如何にも止めらないほど、いきり立っていた。

思いがけない報告に、説明している仲田でさえ恐れるほど興奮する。

仲田はぞっとした。一体、俺の立場は如何なるのか。菊地の鬼形相に圧倒され、途中から何も言えなくなった。自分の報告したことで、これほど激高するとは思っていなかった。多少顔色が変わると踏んだが、これほどまで豹変するとは。

次なる報告が、仲田の口から出ることはなかった。いな、とても続けられなかったのだ。このまま報告していれば、自身まで怒りを買うような恐怖すら感じ、菊地の発散する妖気が不安を駆り立てた。

身体をちじめ、ただ黙って小さくなる。そして、おずおずしつつ仲田が、見上げるように窺がった。その時、菊地の眼と合った。直ぐに視線を逸らすが間に合わなかった。

「何だ、仲田。まだおったのか。何をこんなところでぐずぐすしておる。その後奴らがどうなったか、直ぐに調べて来い!」

雷のような下知が瞬時に落ちた。

「はっ、申し訳ございません。直ちに偵察して参ります!」

言うやいなや踵を返し、すっ飛んで菊地の視線から消えた。

残った菊地が息巻く。

「くそっ、あの忌々しい俊介め。わしに対抗するだと。何が弔い合戦だ。それに仲田の野郎も、だからどうだと言うんだ。ただどうなっている、こうなっているなどと、そんな情報しか探れんのか。あの阿呆野郎が。『ですから、このような弱点になっており、ここを攻めれば間違いなく奴らを叩くことが出来ますとか、俊介めを倒すべく準備し待機しております』と、何故進言できんのか。どいつもこいつも役立たずの馬鹿どもめが!」

憤懣やるかたなく、その怒りが治まらない。

「どいつもこいつも…」

怒りを溜めたまま、貧乏ゆすりが激しくなっていた。

目の及ばぬところまで逃げ帰った仲田は、息を弾ませひとまず安堵する。

「いやあ、参ったな。危なく巻き添えを食うところだった。やばかった。せっかく、いい情報を提供したのに、褒美どころじゃなかった。もう少しでとばっちりを食い、痛めつけられるところだったぞ。

まあ、確かに奴の喜ぶ情報じゃないからな。おそらく不機嫌になるとは思ったが、あんなに荒れるとは予想外だった。それにしても、激怒した時の対処を考えておき正解だった。単なる報告だけなら、とんだ目に遭うところだったぜ。くわばらくわばら。

おっと、こんなところでのんびりしていられん。奴の悦びそうな情報を掻き集めないと、それこそ俺の命が危ない。嗚呼、大変だ。急がなくっちゃ!」

再び駆け足で、飛ぶように彼方へと去って行った。

平松にとり、部下として譲り受けた仲田という菊地にも劣らぬ猜疑心の強い男を信用していなかった。何故ならば、彼が外敵の諜報活動をする傍ら、我らに対しても密かに探る動きをしていたからだ。

仲田が何故そのようなことをしているのか、考えたが結論は簡単に見つかった。要は自己保身のために己に役立つ情報、すなわち他人の落ち度を素早く集め、これを誇張し菊地へ情報として献上するためだ。結局、敵視する俊介らの活動情報もそのために収集したに過ぎない。平松のことにしても、少なからず真実でないことが捏造され伝わっていることも予測された。

それゆえ平松は、許せる存在でなかったし、何時しか決別することも考えていた。それが思わぬところで部下となり、益々猜疑心が強まる。

そうか、それにしても今のうちに、仲間となる兵隊を多く集めておかなければな。何せ敵は俊介だけではない。周りにいっぱいいるからよ。おちおち夜もゆっくり寝てられないぞ。それこそ女と夢中になっている時に、あのずるい仲田野郎に襲われるとも限らねえからな…。

おっとそうだ。いいことを思いついたぞ。俺の持つ軍隊の中で諜報活動隊員を作ればいいんだ。それも外敵ではなく、菊地や仲田の行動を密かに探らせるためにな。外敵ばかりに目を向けていては飛んだ目に合うこともあろう。ゆえに内部情報を集めることも重要なんだ。

猜疑心の深まりから、とうとうとそこまで考えていた。これも平松自身、仕方のないことだと思う。暴君に仕えるために細心の注意を払い、常に万全の体制を敷く必要がある。少しでもミスを犯せば、それがどこで生じても、いずれ仲田のような輩に誇張され、将軍に伝わることは目に見えている。

それゆえ仲田の動きは気になるし、万が一そのような行動をみせれば、菊地に伝わる前に阻止せねばならない。平松自身思い余って、仲田そのものの抹消すら考えるようになっていた。勿論、今直ぐに消すことなど出来ないと心得ている。何故なら、菊地から我が軍に受け入れるよう命ぜられたばかりだからだ。

それと菊地を納得させるだけの、仲田抹消理由が整っていないこともある。

さあ、こうなったら俺自身のためにも、さっき将軍の前で示した軍力拡大を、早急に強化しないとな。何せ菊地の前だったので、たとえ嘘でも誇張しなければ機嫌を損ねるからよ。とりあえず三十人といったが、実のところまだ七人そこそこしか集まっていない。

とにかく俺自身を守るためにも三十人くらいは最低必要になる。まあ、将来のことを考えれば五十人くらいの規模にはしたいところだ。勿論、将軍への報告は三十人に留めておく。後は誰にも覚られぬよう専用のシークレット部隊とする。当然、これは俺の護身のためだ。

ところで、こんな動きを仲田になど察知されては一大事だ。それこそ菊地に対する反逆の汚名を着せられる。早いところ仲田の動きを収集する部隊を作ろう。何にもまして必要なことだ。奴から目を離しては、何をされるか分からん。案ずるより有無が易しだ。

閃きが頭の中で湧き、その手配をしようと指触を動かし始める。

待てよ…。そうか、奴を好き勝手に動かしていることが問題なんだ。それこそ逆らう行動を取るようなら、動きを止めるしかないか。まずは奴の行動を把握し、どのような野望を抱いているか調べてみよう。そこで俺の夢を阻害するものが一つでもあれば、仲田そのものの始末を視野に入れることだ。直接手を下さずも、始末したことが菊地にばれたらとんでもないことになる。その辺は抜かりなくやるしかないがな…。

まあ、いざとなったら奴を始末する仕掛けを準備しておき、おとしめることが必要だ。ともあれ、今のところはこの俺に従順に就いているゆえ、注意を怠りなくしておればそれですむ。こすっからい仲田のことだ、いずれ尻尾を出すに相違ない。その時は容赦しない。まあ、それまでは充分働いてもらおうか。

平松は仲田に対する根強い不信感から、着々と防衛秘策を胸の内で企んでいた。




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