「何っ祖先を敬え、運命共同体だと。そんなことを言っておるのか。あの偽善者目が。正義面した俊介が、そんな田舎芝居染みたことを抜かしおって。チャンチャラ可笑しいわい!」

傲慢になじった。

「はい、はい、その通りだと存じます」

仲田が手揉みをし、機嫌を損ねぬよう覗う。

「それに菊地さん。俊介の奴目は夢物語のようなことをほざいて、働き蟻たちをたぶらかしては、仲間にしているという噂です。はい」

得意気な顔で進言した。すると、急に菊地の顔が奇相面に変わる。

「おい、今何と言った!」

どすの効いた声が響いた。

「えっ…!」

短く発する。

「何といったと言われましても、俊介の間抜けが…」

一瞬言葉に詰まるが、己の発したことに落ち度でもありやと反芻し、睨む菊地に慎重に言い直す。

「はい、俊介が夢物語のような話で、皆を煙に巻き洗脳しているのでは。と、申し上げたのですが…」

顔を近づけ覗った。その時だった。いきなり罵声と鉄拳が、仲田の顔面へと飛ぶ。

「ふざけるな、この馬鹿野郎。わしを舐めているのか!」

仲田の顔に「ばしっ!」と、勢いよく当たった。

その瞬間大きく歪み、何かを押し潰すような奇声が発せられる。

「ぐうえっ!うううう…」

と同時に鼻から鮮血が飛び散り、もんどり打って引っくり返った。その仲田に足蹴りが跳ぶ。二度、三度勢いよく腹部を蹴った。

「ぎ、ぎゃっ!げぼっ、うぐぐ、うぐっ、うううう…」

苦痛のあまり海老のように丸まり、腹を押さえ目を白黒させた。何がなんだか分からなかった。如何してこうなるのか理解できなかった。

「お、お許し下さい。お願いでございます…」

やっとの思いで身体を起こし、這いつくばり苦し紛れに言った。それでも怒りが収まらないのか、鋭く睨みつける。

「お前は、わしを誰だと思っている。貴様が言ったことも、禄に覚えていず。わしを舐めるような、その話し方はなんだ!」

「証拠にもなくその気になりやがって。性根が入っていない。叩き直してやる!」

更に何度も蹴られ、奇声を発し許しを乞う。

「ぎえっ!うぐぐぐ…。お、お・ゆ・る・し・を…」

意識が遠のいていた。

「これだけ叩かれても、まだ分からんのか。この馬鹿者が!」

「わしはお前の何だ。それもわきまえず、馴れ馴れしく名前を呼ぶなんぞ、十年早いわ。何が菊地さんだ。己の立場をわきまえろ。わしと話す時は敬語を使え。そして敬うことが常套だ。立場をわきまえておれば、それなりの呼び方があるだろう。分かったか仲田!」

「は、はい。承知致しました。菊地さ…。いいえ、将軍様。二度とあなた様のご気分を損ねるようなことは致しません。ですのでお許し下さい。只今頂ました愛のムチを、この身に深く刻みますので如何かお許しを」

やっとの思いで正座し、我が将軍様と痛む身体を平伏し乞うた。畏まる姿に怒らせていた肩の力を緩める。

「分かればそれでよい。二度とわしの機嫌を損ねて、逆鱗に触れぬようにしろ!」

そして、おもむろに下知する。

「仲田、これからわしに誠意を示せ。さすれば悪いようにはせん。それと忠義を示す証に、働き蟻をどんどん連れて来い。そして集めた雑兵どもを徹底的に鍛え、わしのために働かせよ。それがわしに対する報いとなるのだ。分かったか!」

「は、はいっ、将、将軍様。あなた様のためなら我が身を粉にし、雑兵を連れて参ります。勿論、有能な戦士として働くよう仕立てます。ですので、今までのご無礼をお許し下さい!」

深く平伏した。

「うむ、それでいい!」

満足気な顔になった。そして気を取り直したのか、問いかける。

「そうと決まれば、如何なんだ。俊介らの動きに、まだ伝えにゃならんことがあるのではないか?」

「ええ、あっ。はい、今のところは…、先ほどお話した以外には、ございませんです…。あっ!いやっ。失礼致しました。直ぐさま奴に関する情報を集めて参ります。ほんの少しのご猶予を頂ければ有り難いのですが…」

平身低頭し、上目使いで伺いを立てる。すると、

「何だ。それっぽっちの情報では、まだ修行が足りんぞ。寝食を忘れるくらい働き、満足するネタを持って来い。仲田、それが忠誠心の証になるのだ。多ければ多いほど、それに中身の濃いものほど価値がある。くだらん情報など持って来るな。そこをわきまえ、励め!」

「はい、分かりました。あっ、いいえ。賜りましてございます。身に余るご恩情を頂き、また将軍様の愛の鞭を頂戴しまして、心から開眼したような心持ちでございます。このご恩、一生の宝物とし将軍様の下僕として、生涯尽くす所存にございます…」

「うむ、そうだな。その心意気が大切なのだ。わしのために忠義を尽くせよ」

「ははっ、…」

深々と頭を下げた。

「分かったら、何時までもここに居ることはない。早速下僕となる兵隊を連れて来い。そして忘れるな。うぬが少しでも不届きな考えでも起こしてみろ、即座に命亡きものにして、見せしめに巣穴の入口に飾ってやるからな。邪まな考えなど持つでないぞ」

「滅、滅相もございません。将軍様あっての私めです。決して邪心など爪の垢ほど持ちません!」

覗うように邪心なきを示した。

「それでは早速、雑兵どもを集めると同時に、有力情報の収集に努めさせて頂きます故、失礼致します」

腰をかがめ頭を下げ、そして後退りしながらその場を逃げるように去った。菊地は薄笑いを浮かべ、顎に手をやり嘘ぶく。

「あの馬鹿が。調子に乗りおって、ちょっと可愛がるとその気になり馴れなれしく俺様をさん呼ばわりするなんぞ、とんでもない野郎だ。正義の鉄拳をくれたことで目が覚めたであろう。うふふふふ…」

傲慢な顔つきで一人呟く。

「これで奴には、この俺様が絶対君主となろう。それも力で押さえ込めば恐怖心が湧き、絶対者と崇めたてるに違いない。あの虫けらなどわしの力で屈服させる。奴がもっと多くの働き蟻を捕えてきて、君主としての存在感を植え付けさせるのだ。そのための役割を背負わせてやる。まあ、こすっからい仲田には、ちょうどいい役割だ。精々働いて貰うか。それでたまには褒めて、女でもあてがえば益々忠誠心が湧くだろうよ。ただ成果が果々しくなければ、ごみ屑のように捨ててやる。代わりはいくらでもおる。無能な奴や不要になった者は、この鉄拳で整理してやる。それがわしのやり方だからな」

嘯いているところに、平松が入れ替わりやってきた。

「ご主人様、ご機嫌うるわしく恭悦至極にございます」

「おお、平松か。何用じゃ」

「はっ、本日参りましたのは、かねてよりお話し頂いておりました件にて、参上した次第でございます」

「何と、兼ねてよりの件とな。おおそうか、そうか」

待ちわびていたのか目を細めた。そこで、すかさず申し出る。

「ご主人様、先日来ご要望の件、いい玉が入りましたのでお届けに上がりました」

一人の女を従え、腰を折り手揉みをしながらかしずくように菊地の前に歩み出た。

「これ、万里子。突っ立っていず、早くここへ来てご主人様に挨拶せんか!」

従える小娘に強い調子で促す。すると、震えながら平松の横に並び深々と頭を下げた。

「将軍様、如何でしょうか?」

「お気に召して頂けますでしょうか。将軍様がお気に召すれば、私めの最大の歓びでございます」

上目使いに覗った。言われる前から菊地は生娘をじっと覗っていた。食い入るような鋭い視線を投げ、まるで全身を舐めるように見ていたが急に頬が緩む。

「うむ、平松。ところで、この女の名は何と申す」

すると、待ってましたとばかりに告げる。

「はい、こ奴は万里子と申します」

「ほう、万里子とな。いい名じゃ」

「それで歳は幾つじゃ?」

「はい、十七歳になったばかりの生娘でございまして、将軍様に女にして頂ければ、こやつも本望かと存じます」

平松が口を挿むと、菊地が制した。

「余計なことを言わんでよい。ほれ見い。万里子が震えているではないか」

「は、はっ…」

「うむ、うむ…」

目を細め触覚を摩り、顔が緩んでいた。万里子を見とれるばかりで、告げた歳のことなど耳に入らない。その様を見て取った平松は、ここぞとばかりに肘で小突く。

「こら、万里子。何をぼさっとしている。将軍様に早く挨拶せんか!」

するとぴくんとし、か弱く返事をする。

「は、はい。万里子と申します。如何ぞ宜しくお願い致します…」

手をつき、己の運命の先行きに不安を抱きつつ、慄くように頭を下げた。

「将軍様。この不束娘を宜しくご指導下さりますよう、重ねてお願い申し上げます」

恭しく述べた。

「うむ、分かった。平松、ご苦労であったな。これだけの玉を連れてきたんだ。感謝するぞ。お前の処遇についても、少し考えるとするか。なあ万里子、お前の勤め次第ではこの平松の昇進に大いに係わるでな…」

含みを持たせ、彼女の下から上へと視線を這わせていると、平松が告げる。

「はっ、有り難うございます。今日からこ奴目は将軍様のしとね役でございます。懸命に使えさせます故、ご存分にお楽しみ下されば。うへへへへ…、はい」

平松が助平顔で応えた。そして、せっつく。

「これ、万里子。可愛がって貰えるように頼まんかい!」

「宜、宜しくお願い致します…」

蚊の鳴く声で、震えながら告げた。

まだ未熟な十七歳の娘にとって、途方もない試練が待っていようとは思いもよらぬことだった。それでも必死に耐え小さくなっていた。

「おお、心得ているようだ。それはよい女だ。精々わしに尽くすのだぞ」

平松の存在など消し飛び、かしずく万里子の豊満な裸体を想像していたのだ。

「あの…、恐縮でございますが。将軍様。今日こそ私めにご褒美など頂けませんでしょうか?」

平松がおずおずと切り出した。すると、夢から醒めたように我に返る。

「おお、平松。まだおったのか」

「へえっ、かしこまっております」

「うむ、そうだな。こんないい玉を連れてきたんだ。褒美でもやるか。なあ、平松」

「はっ、有り難うございます」

「そうだな…。お前には部下をつけてやろう。如何だ?」

「はい、有り難うございます。身に余る光栄でございます」

「そうか。それなら今日から平松、お前は分隊長だ。それに仲田をくれてやる。奴には働き蟻を連れてくるよう命じてある。それも出来るだけ多くとな。それらも含めて部下とする。精々鍛えろ」

生娘を眺めながら、上の空のように告げた。

「ははっ。私、平松が仲田を含め徹底的に鍛え、最強の分隊を作ってご覧にいれます。ご期待下さいませ!」

「おお、そうか。頼んだぞ、平松…。それと、わしに忠義を尽くせ。分かったな」

「はい、死に物狂いでお仕え申します」

敬礼しつつ、涙を流し始める。

「何だ、平松。泣いておるのか、女々しいぞ!」

「何をおっしゃいますか、将軍様。この涙は嬉し涙でございます。私のような下僕に、これだけのご褒美を下さるなど、何と光栄なことでありましょうや。感激のあまり胸打ち震えておるのでございます」

片手で目頭の涙を拭きながら、礼を言った。

「うむ、そうかそうか」

満足気に応える。そして、

「ところで平松。昇進祝いに一つ情報をやろう。例の俊介のことだが、奴の動きが気になる。如何も祖先を敬い、共存共栄の平等社会を作るのだ等とまやかしを言い、仲間を集めておるというのだ。平松、聞いたことがあるか?」

「いいえ、存じませんが」

「うむ、そうだろう。こんな情報は、そう容易く手に入らぬからな。お前にやる取って置きの話だ。よく聞いておけ!」

「はっ、かしこまってございます」

得意気に鼻を膨らませ、小声で内緒話のように喋る。

「それでな、奴は最近急速に勢力を伸ばしている。まあ、わしに言わせれば正義面して働き蟻らを洗脳しているに過ぎんのだが。この世の中、弱肉強食の世界だ。弱い者は強い者に駆逐される。それが自然界であり、本来の姿と言うものだ。俊介はその掟を壊そうとしている。と言うより嘘っぱちの戯けごとを放言し、働き蟻らを唆しているのだ。共存共栄などと欺き獲物を集めさせ、いずれは己のものにしようと企んでいるに違いない。そのうち化けの皮が剥がれるだろうて。奴らの中で必ず反乱が起きるぞ。その時に、平松。お前の分隊が攻め落とせば、そっくりお前のものになるということだ。如何だ、耳寄りな情報だろう」

「はい。私めにそんな貴重な情報を頂けるなど、もったいないことでございます。されどお教え頂いたからには、何としてもそのまやかし集団を倒してご覧に入れます。将軍様。是非、私めに下知を下さい。ご命令あれば命に代えてでも、大法螺を吹く俊介らを血祭りに挙げて参ります!」

眉を上げ、厳しい口調で言った。

菊地は頷き、満足気に悠然と褒める。

「平松。よう言った。その心意気だ!」

激を飛ばし、触角をしごいていた。そして胸の内で呟く。

そうだな、平松のような気の利く奴があと二、三人欲しいところだ。組織を作るには、俺一人では限界がある。また平松一人でも、手広く拡大は出来ん…。

そう思い、直ぐに尋ねる。

「平松、気の許せる仲間はおらんのか?」

「はっ、はい。三、四人は心当たりがございますが。これらの者は、私の意のままに動く者らでございます」

「うむ、そうかそれはでかした」

「あの、それが…、何か意味でもおありなのでしょうか。将軍様?」

慎重に問い返した。

「おお、わしを支える幹部候補だよ。お前のような優秀な者を、早急に集めたい。それで問うだが、いるなら連れて来い目利きをしてやる。何時頃連れてこられるか?」

「は、はい、直ぐにでもお連れ申します」

「それで何人だ?」

「はい。えーと、二人ぐらいは…」

控え目に答えた。すると用心するように尋ねる。

「うむ、そうか。二人か…。ところで、そ奴らは、わしを裏切ったりはせんだろうな」

「勿、勿論でございます。将軍様を裏切るなど滅相もない。そんなことは、絶対ございません」

そこで忠誠を示す。

「連れてくるからには、将軍様にお役に立つ者でなければなりません。厳選に選び抜く所存にございます。その者らは、必ずやお役に立つものと確信します。勿論、そうでなければ連れて来は致しません。現に今日連れて来た娘を品定めして頂ければ、お分かり頂けると存じますが…」

平松は万里子と菊地を見比べ胸を張った。そして、彼女に諭す。

「分かっているな、将軍様に粗相のないようお仕えするのだぞ」

「はい、懸命にお仕え致します」

両手をつき深々と頭を下げた。

彼女に対する諭しなど、上の空で聞いていた。それよりもさっきから気になり。万里子の挨拶に、身を乗り出し好色の目をぎらつかせる。

「うむ、万里子とやら。わしのために懸命に尽くすのだぞ。そうすれば悪いようにはせん。それよりも、うんと楽しませてやろうぞ」

ねちっこく投げる。

「うむ、なかなかいい女だ。胸のふくらみ、くびれた腹、それにむっちりとした尻。どれを取っても非の打ちどころがない。何と初々しい娘だ…」

舌なめずりし、目じりを下げた。

「平松もなかなかよい女を連れてきたものだ。早速、今晩頂くか。うむ、うむ…」

組織作りのことなどついと忘れ、情欲が頭をもたげていた。それも平松がいることさえ忘れ、万里子に見入っていた。その様を伺う平松が胸中で嘯く。

これは思いがけない点数稼ぎになったわい。一目でこんなに気に入られるとはな。これで俺の立場も磐石だ。精々彼女には頑張って貰らわねばなるまいて。この助平爺が入れ込むほど俺には有利に働く。それにこの女の尻が怪しく動けば、菊地ものぼせ上がるに違いない…」

頃合いを見て平松が申す。

「それでは将軍様。ご命令を頂きました件、しかと受け賜りましてございます。早速、集めに行かせて頂きます」

頭を下げ、直ると万里子に命令口調で告げる。

「万里子、分かったな。命をかけて将軍様に仕えるのだぞ。それも身も心も捧げてな。くれぐれも粗相のないようにな!」

言い終わり、菊地に再び深々と頭を下げる。

「それでは失礼致します!」

平松は後退りしながらその場を離れて行った。残った菊地は、平松のことなど直ぐに頭から消えた。じっと俯く彼女を物欲しそうに覗う。強い視線を感じて萎縮しかしこまる。舐め回すように窺がう菊地が、喉をごくりと鳴らしやおら言う。

「万里子と言ったな」

「は、はい。万里子と申します…」

「おお、そうか。いい名前だ。平松から聞いておろうが。今日からわしのしとね役として仕えて貰う」

「はい、将軍様。何なりとお申し付け下さいませ…」

震える声で言葉を詰まらせた。

「うむ、承知しておるか。それは賢い。これから身の回りのことを頼んだぞ」

「はい…」

「万里子、何時までもそのように俯いていては、どんなものか分からん。顔を上げてみい!」

「はい、でも…。顔を見せるなど失礼なことでございます」

「何を言うか。これから生活を共にするのだ。じっくり見せて貰わねば、遠慮するな。それに万里子、わしに応える時は将軍様はよせ。ご主人様でよい。どれ、顔を見せてみよ」

「は、はい…」

おずおずと顔を上げた。

「おおっ、そなたは…。美しい…」

思わず生唾を飲んだ。

「うむ、わしの好みだ。それにしても可愛いい」

「いいえ、将軍様。もったいないお言葉でございます」

恥じらい俯いた。すると何を思ったか誘う。

「少し外に出てみようか。お前も始めてゆえ疲れたであろう。外の空気でも吸って気を休めては如何だ」

「は、はい…」

よかったと思った。このままじっとしていることが辛かった。

「それでは行くぞ」

菊地はすたすたと巣穴の外へ出て行った。万里子も遅れまいと、嫁しづくように後に従う。暫らく歩いた。菊地が足を止め、振り向きざま問う。

「如何だ穴ぐらの中と違って、外は気持ちいいだろう」

言いつつ、その場に座り込む。

「は、はい。気持ち良いでございます。将軍様…」

「万里子、さっき言ったばかりだぞ。将軍様ではない。ご主人様だ。分かったか!」

告げる言葉はきついが、柔和な顔になっていた。

「は、はい。ご主人様」

「何時まで立っておる。ここに来て座らんか」

「はい…」

近くに座り俯いていた。菊地が舐めまわすように窺い、やおら目を細める。

「ところでだ。お前の姿をくまなく見たい。今一度、その場に立ってみよ」

「はあ?いいえ、立てとおっしゃるのでございますか?」

「そうだ」

「分かりました」

応え、すくっと立つ。

「うむ…。なかなか良いものだ。その場でひと回りしてみよ」

「はい」と言い、くるりと一回転した。

「うむ、いい身体しておる。これはもうけもんだ。いい女を差し出してくれた。平松もなかなかやるわい…。それにしても、これは夜まで待てんぞ」

気持ちが高ぶっていた。

恥らう彼女へと近づき、両肩に手をやり引き寄せようとした。すると驚きぴくんと弾け、近づく顔を両手で避ける。

「いけません。そればかりはお許しを!」

必死に抵抗するが、引き寄せる力に勝てず胸の中へと閉じ込められていた。なおも抗う。

「お許し下さい、ご主人様!」

だが血走りる目は聞き入れず、そのまま抱きかかえ草むらに押し倒した。とにかく、己の女にしたい欲望しか頭になかった。

「ひいっ、ああ、痛い。お許しを、ご主人様!」

顔を歪め必死に抗う。

菊地はもはや自制心を失い、己の強欲を満たそうと責めた。万里子は痛さだけを全身に受け、その激痛が顔に滲み両手で踏ん張りながら必死に耐えていた。

「ご主人様、お許しを。お願いです、おやめ下さい…」

涙を流しながら訴えた。菊地は夢中だった。万里子の願いなど聞く耳を持たず、情欲だけが脳裏を占めて貫いた。

伏せる万里子に諭す。

「おお、初めてだったのか。そうかそれはよかった。わしが女にしてやった。悦べ」

身をちじめ、涙を流し嗚咽する。

「お許しを、ご主人様…」

万里子は観念した。菊地に仕える以上、逆らうことは出来ないのだと。達成感に酔う菊地が仁王立ちになり、震える彼女を征服者の如く伺い、満足気に触覚を撫ぜおもむろに告げる。

「万里子。如何だ、男の味は。さぞやよかったであろう。お前を女にしてやったんだ、嬉しいだろう。これから、もっと可愛がってやるから有り難く思うんだ」

「…」

「うむ、何故黙っておる。返事をせんか」

「は、はい。有り難うございます…」

そう応えたが、あまりの衝撃に菊地の思惑など耳に入らなかった。今まで経験したことのない男との契り、心の準備のないまま一方的に交わった。

何とも辛いものとなった。いずれこうなると覚悟していたが、あまりにも突然だった。菊地の強引さに、抵抗できぬことを知る。そして、置かれる立場が己の意思では、如何にもならないことを悟った。

俯く万里子に告げる。

「お前も、今からわしの女だ。痛さばかり残っただろうが、そのうちたんと仕込んでやる。わしに弄ばれることがどれだけ気持ちのいいものか、いずれ分かる時が来る。そうなれば今日の涙も悦びの涙となろうし、いずれお前から求めるようになる。女としての悦びを自ずと欲しくなってくる。女の身体とはそういうものだ」

「…」

万里子は俯き聞いていた。

「早くお前の身体に、その悦びが得られるよう毎日訓練してやろうぞ」

「…」

万里子は黙っていた。辛かった。菊地から逃げられないばかりか、性の奴隷となり仕えねばならぬことに絶望感すら漂う。が、

「おい、万里子。何故黙っている。ご主人様が可愛がってやるといっておるのだ。礼を言わんか!」

突如怒鳴られ、慌て応える。

「は、はい。ご主人様…」

「何だ。それだけか!」

「先ほどお前は、何と申した。もう一度言ってみろ!」

声を荒げた。

「お、お許し下さいませ…」

震えつつ、涙しながら許しを乞うた。

「万里子、お前に与えられた使命は、わしの言うことを忠実に守ることだ。先ほど申しことを、今一度答えてみや」

「は、はい。ご主人様のためならば身も心も捧げますと、申し上げさせて頂きました」

「そうだろう。そのように申したはずだ。従ってわしは、お前のすべてが知りたくて抱いたのだ。分かったな。本来ならば、お前自身悦んで迎えにゃならんところ、未経験であったとは知らなんだ。それ故、女になるための激痛は、如何しても通らねばならぬ関門なのだ。それをよう我慢した。褒めてやる。だから悲しむことはない。経験を積めば女としての本能が芽生え、気持ちのいいものになろう。そうなるためにも、お前が積極的に迎え入れねば、その快楽は得られまい。それ故、これから有り難く受けるのだぞ」

「は、はい。ご主人様…」

また涙を浮かべた。その様を見て尋ねる。

「ところで万里子は、幾つになったのだ?」

「はい、十七歳でございます」

「何っ、何と。十七…とな」

「はい」

「そうか、そんなに若かったのか。とうに二十歳は超えていると思ったが、お前を抱いた感触では十七歳には見えんぞ。その豊満な乳房と言い、如何見ても二十歳の身体をしておる」

「いいえ、ご主人様。あの…、そうじろじろ見られては、恥ずかしゅうございます。如何か洋服を着させて下さいませ」

前を両手で隠し恥らった。すると菊地が頷く。

「まあ、いいだろう。これから言うことを聞くのだぞ。わしがお前を抱きたくなった時は素直に従え」

「はい、ご主人様…」

また恥ずかしげに俯く。その仕草を見ると、下半身が疼いてきた。

「うむ。余り無理をさせてもいかんな。急くと命を落としかねない。こんな上玉を逃しては勿体ない。まだ十七歳の小娘だ。これから磨き甲斐もあろうぞ…」

ぐっと堪えて嘘ぶく。

ここのところは我慢するか…。思い直し、やおら告げる。

「早く服を着ろ」

「はい」

頭を下げ、おずおずと服を着ていた。

「万里子、わしについて来い。これから暮らす寝ぐらに戻るから」

そう言うと、直ぐに帰り支度を始めた。すでに菊地は新しい巣穴を構えていた。先ほどの巣穴だ。万里子と暮らすことにした。その巣穴は俊介らと共にしていた巣穴とは、別のところに設けていた。




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