俊介は多忙を極める。獲物を捕りに出るかたわら、己の遂行してきたことに頭を悩まし、行く末について迷い始めていた。ふと気づくと、何時もの丘の大きなしいの木の下に来ていた。

如何したらいいのか。如何すれば、皆が分かってくれるだろうか。

考え出すと寝食を忘れるほど没頭し、狩をする手も鈍った。

このまま同じような状態が続くのか。果たして、こんなやり方でいいのか?いいや、近道など求めてはいけない。他に良策などない。地道に仲間を増やしていくしかないんだ。急いたところで、共感を得なければ何もならない。己の力で自らの道が開けるようになるまで導かなければならんのだ。

考えれば考えるほど、深みにはまって行くのだった。それでも、しいの木の下で熟考していると、底知れぬ勇気が湧いてきた。そして再び歩み始め、更に仲間を増やそうと懸命に働きかけていたのである。どの場合でも、そう容易く意識を変えるのは困難だった。それでも諦めずに説く日々が続く。

こんな素晴らしいことは、急いでは駄目だ。気長にじっくりと、腹に落ち己の意思で行動するようになって初めてスタートとなる。今の生き方では、誰でもそこに工夫し欲を出すという規定外のことはやらないのだ。それを粘り強く意識を変え行動に移させる…。

並大抵のことではなかった。

生まれた時からそのように行動していれば、余計なことを考える習慣はない。何十万年に渡り確立された生活習慣に変革の風穴を開け、今まで考えたこともやったこともないことを実行して貰う。それは本人自身大いに努力する必要がある。勿論、そのためにそれ以上の情熱をかけ導かなければ進めることが出来ない。

そのように、同調する仲間を増やそうと意欲的に行動していた。それでもなかなか難しいのは、やっと理解し自らの意思で行動し始めても、一日か二日経つと元に戻ってしまうことであった。

美智子や新田それに川上の時がそうだった。特に川上の場合は飲み込みも早く、潜在的に好奇心が強いのか直ぐに自身の考えを持つようになり、即行動に移した。当初は俊介も大いに期待した。

これは改革を広めるのに、心強い片腕になりそうだ…。

と思った。ところがである。三日後に会った時は、以前と変わらぬ生活習慣に戻っていた。

まあ、いろんな奴がいる。美智子は頭では理解できたが、行動に移せず悶々としていた。慎重になり過ぎるのか臆病なのか、いずれにしても弱い一面が先に立ち何時もの行動しか出来ずにいたが、それでも自分で考え行動しようとする様は、ほんの少しだが垣間見ることが出来た。そうだよ、進む速度はゆっくりだが着実に前進していたな。

的確に見極め導く。

美智子などは後退することはないと思う。いずれ近いうちに、自由に己の意思で行動する日が来るだろう。道筋だけつけてやれば、後は自分で解決しながら進んでいく。それが彼女の性格だからな。

更に思いを巡らし、少し顔を曇らせる。

そう言えば、新田とは随分話し合ったが、かたくなに考えを変えようとしなかった。それは新しい考えを受け入れないというのではない。彼のような若者は順応性があるはずだ。その意味からすれば、一番先に自由な行動をしてもおかしくない。ところが予想に反し、現状を維持していた。理解度は抜群によく、自ら考えるという動機も、一、二回の講話で理解したようだ。しかし若さに似合わず、現体制がこの巣穴にとって最もよい方法だと主張したのだ。その理由として、「親父や祖父、その前の時代からずっと同じやり方で成り立ってきた。その続きとして今がある。故に未来永劫、我らにとって一番好ましい。先祖代々営々と築いてきたものを取り崩すのは、将来にとり決して望ましいことではない」

と明確に主張したのだ。

確かにと俊介は思う。

俺だって今やっていることが、将来を保証するかと問われれば、確たるいや絶対的自信があるわけではない。そこを突かれたら確実とは言えない。間違いないことだから、導きについて来いとは言えないのだ。

それにしてもと考える。

我々の住む環境でも外敵の実態にしても、生きるすべての者が過去、現代そして未来、変わらぬということはないと思う。生活環境は刻一刻と変化し、それに逆らい昔と同じことをやっていては先細りするだけで、将来に繋げることが叶わなくなるのは明白だ。特に我らの住む環境だって、昔は何処でも巣穴を作ることが出来た。そこらじゅう苦労せず設営が可能だった。ところが、今は如何だ…。

現実の有体に及ぶ。

人間社会の進歩により大きく変わった。都会の至るところが舗装され、顔を出している地面がなくなっている。それに伴い獲物の対象も変化してきた。長老に聞いたことだが、昔は昆虫の死骸がほとんどだった。だが今では、その獲物の確保が大変だ。それに代わり、人間が捨てた菓子の残骸が多くなってきているではないか。我らのように、何でも食料になる生き物には、それでも生き抜けると思うが、受け入れられない生き物たちには死活問題となる。キリギリスやくつわ虫、鈴虫らは、俺らと居住空間を共にしていたが、最近姿をめっきり見なくなった。都会での生活環境の変化に適応出来なくなったからだ。それに我らだって、食料だけではない。巣穴の設営方法が、昔と大きく変っている。

「そうだろう。そう思わないか?」

ぽつりと漏らし、心内で同調を求める。

だから我々だって安閑としていられない。人間どもが美化運動だの環境保全だとか言って、益々居住環境を整備してみろ。道端から菓子類がなくなり、そして顔を出す地面がなくなったら。そこでは我らの住む家さえ奪われるのだ。そうなったら如何する。何処に巣穴を築けばいいんだ。食料となる獲物を失い。住む場所を失えば俺らは生きていけない。それこそ絶滅しかなくなるではないか。そう、居住環境を失ったキリギリスや鈴虫たちのように、衰退していくことだって有り得る…。

結論を導く。

そうならないためには、過去や現在に安閑としていられないんだ。将来を思えば、過去の伝承にしがみついているだけでなく、常に新しい生き方を模索していかねば我らの未来はない。少なくとも皆が知恵を絞り、改革して行くことが必要だ。但し、過去のものすべてが悪いわけではない。良いものは率先して残しつつ、現況の変化に合わせた変革をして行く。これこそが必要なのだ。

俊介は改革の必要性を、胸の内で強調する。

エンマコウロギを見ろ。我らのような縦穴の巣なれど、人間が作った住居の片隅に上手く巣を作り、共存共栄しているではないか。彼らは適応しようと努力している。ゴキブリだってそうだ。人間には嫌われるが、それを跳ね除け人間生活に居座るように完全に同化しているぞ。それに引き換え、我らの社会は如何だ。まったく努力する気配すらない。そう考えれば、恐るべき事態と言っていい。このままでは間違いなく、我らの必要とする住む世界は失われてしまうだろう…。

己らの将来推測に及ぶ。

種族保存してきた本能と知恵に、更に改革心を合わせ持ち未来に向って突き進む。それが今、我らに求められている喫緊の課題ではないか。だから急ぐのだ。まずは当たり前のことだが、各自が自由に考えることだ。ただ定められたことを、何も考えず行動するのではなく、与えられた役割が如何いうものか、自らの意思で考えることが必要なんだ。

皆がそのようになれば、自然と巣穴社会についても考えるようになる。どんな小さなことでもいい。その積み重ねが大きな改革のうねりとなるから。そうすれば現状の問題点から始まり、将来の展望まで見えてくる。勿論、考え方の差異は出よう。大きく変える者、部分的にしか変えられない者。受け入れ方も夫々かもしれない。それはそれでいい。始めはそれでいいんだ。俺が言いたいのは、今まで培われてきた生活の知恵を、すべて破壊しろと言うのではない。良きものは残し、変わり行く変化に順応して行こうと言うことなんだ。

我ら一族が何百年、何千万年と代を重ね生き永らえたと言うのも、それがあればこそと考える。そうではないのか。俺は確信する。現に俺自身、紆余曲折はあったが諦めずに進めてこられた。我らの未来のためにも、皆が気づき進めなければならない。

そのように俊介は、声を大にして叫びたかった。

先人たちが築き上げたものを守ることも大切だが、社会環境の変化に応じた改革も重要だ。誰かがやるだろうと何もしなければ、知らぬ間に滅亡へと向かうだろう。それも気づかぬ間に蝕まれ、皆が気がついた時には手遅れとなる。そこからもがき焦っても遅い。そんな例は暇がないほどある。絶滅の危機に瀕しているものや、すでにこの世から消えた生き物も多い。このことを直視すれば分かるはずだ。何としても現状をよく見据え、諸変化に合わせた変革を推し進めて行くべきなのだ。

更に行く末を思いやる。

時間は止まってくれない。誰も手を差し伸べるよそ者などいない。自然界の掟は弱肉強食だ。弱いものが種族を保存し未来永劫生きて行くためには、仲間の結束が必要になる。それだけではない。それに加え生きていく知恵こそ欠くことが出来ない。そのために我らの種族は、女王蟻を頂点とした巣穴社会を形成し、何代も生き永らえてきた。それはそのように出来た自然界の環境があったからだ。だが、その環境が大きく変わろうとしている今こそ、我ら蟻族の未来のために立ち上るべきではないか。

俊介は改めて、危機的現状を見て強く確信し、更に力を込めた。

現状に満足していては手遅れとなる。まずは競争原理の導入が、その改革の原点となし前進させるのだ。一人ひとりの小さな改革がやがて大きなうねりとなり、我ら種族の大変革へと繋がって行く。そのためには、考えるということ。すなわち、自ら意思というものに目覚め、不易流行の精神こそ必要なんだ。一人だけではない。この巣穴を形成している蟻たち皆が、定められた役割を教えられた通りやるだけでなく、その枠を乗り越えて新しい生き方、すなわち己らの意思による連帯感を形成した社会の確立が求められている。我ら皆が、それに気づいてくれることが、今一番要求されていることではないのか。俺はそう思っている。エンマコオロギやゴキブリらの如く、環境の変化に適応し生きているように、皆が直ぐに気づいて欲しいんだ。

そうなることを願いつつ、決意を新たにしていた。




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