早速新居に移り、菊地は満足していた。

思う通りに膝まずかせたことに、してやったりと満面の笑みを浮かべ、その余韻に浸っていた。つい今しがた真っ青になりがたがたと震え、池田を引きずり逃げるように去って行った野口を思い起こし嘯く。

「うふふふ…。池田の奴は死んだし、野口もあれだけ痛めつけたんだ。これからは完全に俺の意の中で働くだろう。それも下僕としてな」

そう確信した。菊地は己の意に沿う仲間がとにかく欲しかった。

俺一人では、たかが知れている。何でもそうだ。獲物を取ってくるにせよ、それを保管するのも一人では限界がある。今度の場合もそうだ。俺が危険を冒し取ってきた獲物を、横取りされそうになったんだからな。何としても仲間を増やさねえと駄目だ。そのために下僕となる奴隷を作る。それも気弱そうな雑兵がいい。

更に思い描く。

池田や野口は、奇襲で戦意を削ぎ成功した。まあ、池田は手違いで死なせたが、やはり支配下に置くには、徹底的に恐怖心を植えつけることがいい。生半可な仕置きでは上手く行かん。相手を屈服させ反意を削ぎ、従順に従う奴隷に矯正するのだ。そうでなければ、絶対服従とは成り得ない。第一段は、あの間抜けな野口と言うことになる。それにしても二人を屈服させるところを、池田を殺したのはまずかったなあ。死なせたんでは身も蓋もないぞ。難しいところだが、死ぬ直前まで痛めつけ、逆らえば殺されるという恐怖感を植えることが大切だ。まあ、ここのところの手加減が難しい。何せ始めたばかりだから、そこら辺をもう少し旨く出来るよう、じっくり研究せんとならんな。

一人ほくそえんていた。

うむ、それと…。

味を占めたのか、あれこれと皮算用し出す。

とりあえず…、食料保管兼見張役は野口でいい。奴はそれのプロだからな。そうなれば、次は獲物を取る兵隊を、仲間に引っ張り込まにゃならんぞ。そうだな、誰にするか。三田みたいな役立たずでは駄目だ。あいつは働き蟻といえど、何時もおけらだ。狩がへたくそで満足に集めてきたことがない。確かに、少し脅かせば屈服するかも知れぬが、何せ攻撃力もなければ策もない。それに大人しいときたら、まともに外敵と渡り合えまい。余計な荷物になるだけだ。

自分勝手に思考を膨らます。

それじゃ誰にするか。そうだ滝口は如何か。こいつは若いし力がある。多少狡賢いが、獲物の獲得量はそこそこあるぞ。こいつを仲間に入れれば戦力になる。ただ常に目を光らせ、少しでもふざけた態度を取れば、間発を入れず叩きのめす。そして力で捻じ伏せる。

そうすれば食料の確保も、大きく手を広げることが出来る…。とにかく仲間を増やし、我が巣穴の縄張りを築き、いずれ勢力を拡大して、あの俊介らの勢力を滅ぼし、天下人となるのだ。そのためにも最初が肝心だ。始めからつまずいては、俺の野望は成就せん。その意味で、あの野口を奴隷の如く働かせねばな。これが、成功出来るかの登竜門となろう。

そして、野口に告げたことを振り返る。

明日までに持って来いと命じた獲物、何としても持って来させにゃならん。まあ、奴に与えた恐怖心からすれば、死に物狂いで集める。野口も食料保管係を続けてきたんだ。そこからくすねてくればいい。あの逃げ去った様子から覗えば間違いない。逆らえば池田のようになるという死への恐れは、とてつもない恐怖となり心に刻まれていようからな。それに大量に食料を盗めば、俺の様に不満を持っている輩が、物議を醸し出すだろう。そうなれば、そいつらを仲間に引きずり込めるかもしれん。ううん、一石二鳥というものだ。

そこで、にんまりする。

まあ、明日が楽しみだ。どんな面して来ることやら。…あの阿呆野郎がよ。おっと、そうだ。のんびりと考えている暇はないわい。滝口を探さねば。しかし、何処にいるやら皆目見当がつかんぞ。さて如何するか。こんな時、情報網さえ作ってあれば、簡単に捜すことが出来るのになあ。そうか、食料番、狩り番。それに…。

類推が止まる。

うむむ…。待てよ、下僕となる奴を探し出すいい策はないか。それも手っ取り早く複数人を引っ張り込める方法、あいや情報が欲しい。如何するか…。

益々頭の中が混乱するのだった。暫らく考えた挙句、独り言のように呟く。

「そうか飴と鞭でもって、仲間が仲間を呼び込むような体制を作ればいいんじゃねえか…。如何だろう、そうすればカリマス性がベールに包まれ、恐怖心が増幅されるではないか。そうだ仲間作りの狩人を育成すれば。うむ、冷酷な奴がいい。心を揺り動かすような、器量などこの際いらない。過度に服従する気弱な奴では、この狩人には不向きだ。極めて醒めた損得しか考えない持ち主がよい。そいつには連れてきた奴の獲物の何割かを報酬として与えればいいのだ。要は獲物の獲得率の高い働き蟻を捕らえてきて、より多く働かせれば狩人の分け前が増える仕組みにしておくことだ。ただ損得で動く奴は、それなりの管理をしなければ勝手にピンはねするに違いない。考えようによっちゃ、わしの地位を脅かす存在になりかねないぞ。そこを、如何やって防ぐかも考えねば…」

真剣な眼差しでいたが、凧の糸が切れたように、ふっと息を吐く。

まあ、今日のところはここまでにしておくか。ここら辺が、この覇権の構想では重要なポイントになるから、じっくり練るとするか。あまり焦っても、にわか作りの構想ではろくなものにならん。

菊地は改めて考えていた。

ところで野口との明日の約束ごとだが、きっちりと約束を守らせることが肝要だ。まずは様子見としよう。奴にもこれからきっちりと働いて貰わにゃならん。勿論、やらせる仕事も手を広げていけば、一人では立ち行かなくなる。そのためには自身で仲間を作くらせるよう仕向けることだ。奴にはそのうち、その旨命ずることにしよう。

考えを止め溜息をつくが、直ぐに類推しだす。。

うむ…。それにしても次から次へと出てくるな。とても一人でやっていたんじゃらちがあかねえ。そうだ、意のままに動く腹心を作ろうぞ。それも一人でなく、牽制できるよう二人か三人は欲しいな。そいつらに力づくで構想を理解させ、命令通りに動いて貰えばいい。

一人でやっていたんじゃ、思うように進まん。三人に夫々の役割を与え、達成度合いによって優劣をつける。競争心を煽り競わせるのだ。さすれば描いた構想実現も、スピードアップするというものよ。一年も二年もかけるわけにはいかない。そんな悠長なことをしていたら日が暮れてしまうわ。構想が出来たんだ。骨組みさえ纏まれば、後は進めながら補正すればいい。不都合が生じたら、強制的に考えを通せばそれですむ。俺が独裁者として君臨する。逆らう奴は、なるようにしかならねえ。その場で命を落とすことになるだろう。絶対君主としの地位を築く。命ずることを忠実に守らせ、余計なことを考えさせない。そこには、各自が話し合って物事を決める助け合いだのと、互助の精神は不要だ。

邪推しだす。

うふふ、そうだな…。与えられたノルマを達成出来ない者や反発する奴は許さない。それらの者は強制収容所送りとし、矯正を施す。精神的な強制教育により洗脳し、また元の職場に戻す。勿論、監視役の目が光ることは当たり前だ。だが、すべての労働者に監視役はつけられん。従って密告制を引くのだ。密告してきた者にはそれなりの恩賞を与える。

怪しく目が輝く。

さすれば抜け駆け防止になる。それを破る者は、大衆の面前でなぶり殺す。最大限の苦しみを与え壮絶な死に追い込むのだ。俺に逆らえば、こうなるという見せしめにな。揺るぎない体制を築くには、狩人によって拉致した働き蟻に精神的教育を施し、雑兵とし最も効率よく働かせることで、短期間のうちに大帝国を築き上げる。そのためには、ある程度の規模になることが必須条件となろう。そこまで作りさえすれば、この巣穴は統制できる。この大所帯で唯一の絶対君主。それが俺と言うことになる。

菊地の独りよがりの思案が終わらない。

俺の活動は、まだ初についたばかりだ。邪魔をする奴は今のところいない。ただ、気になる輩がいる。俊介だ。あいつの動きが如何も不気味でならぬ。早急に手を打ち、芽を潰しておかねばなるまい。

いかにも己がすべての中心でいるような心持ちになっていた。

触角をしごき、しきりに頷く。

まあ、俺に睨まれたら如何にもならんだろうがな。この恐ろしさを知らないうちは、勝手に動いているがいい。見せしめに、とりあえず野口を血祭りに上げる。これでいい。俊介の奴も少しはおとなしくなるだろう。壮大な野望のために俺は立ち上がる。のんびりしている暇はない。とにかく急がねば…。そうすれば、思うがままに世の中を動かすことが可能になる。この地で力を貯え一大勢力を築けば、俊介らの虫けら集団などひと捻りで蹴散らしてくれるわ。

妄想と現実が入り混じり膨らんで行く。

さあ、やってやるぞ。俺様の思うがままに、壮大な城を築いてやる。歯向かう奴は、この偉大な俺様に平伏して来い。さすれば寛大に処遇してやる。ただし、それでも抵抗する者は黙らせ、見せしめに曝し首にでもしてやるわい…。

菊地は自信に満ち立ち上がり、胸を張って前方を見据える。その目は異様な輝きを放ち怪しく蠢いていた。



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