三
巣穴奥の保管場所へと来た。西田が二人の近づくのを窺うが、抑揚なく獲物の整理をやっていた。池田が話かけるが、それも無視する。
「おい、西田。少し話を聞いて貰いたいんだが」
すると西田は手を止め、窺がうが黙っていた。それでも構わず話し始める。
「実はな、よんどころないことで、如何しても備蓄食料を三日分だけ欲しいんだが貰えるか?」
と切り出した。すると、西田が返えす。
「如何してだ?」
「いや、理由を駄目か?」
「そりゃそうだ。今までそんなこと言われたことがない。毎日決められた量を人数分別けて各自に配る。それが役目だから、それ以外のことはやらない。だから言われても判断がつかん。だいいち、そんなこと言われたのは初めてだ」
困り果てる。
「お前も同じ役割だから分かるだろう。それを如何して三日分も欲しいと言うんだ、それも十人分もの量を…」
「そうだろうな…」
納得気味に呟くが、それでも説得する。
「西田、それなら俺が何故こんな頼みをするか、考えて貰えないか」
「俺だって、今までお前と同じく、決められた役割をやることがすべてだった。それ以外は考えなかったし、感心もなかった。でも今は違う。自らの考えで行動している。決められた役だけを、何も考えずやることが自分のためになるか。そしてそのことが、この巣穴の発展に繫がるのか。それを考え行動している。…俺は、そういう生き方を発見したんだ。こんなことは自分が目覚めれば、いとも簡単に出来ることさ。西田、お前だってそれに国広や国分だの、一緒に働いている者だってな。その証拠にこいつを見ろ、同じように考え行動しているぞ」
野口に同調を求める。
「そうだろう、野口!」
すると、野口が相槌を打つ。
「そうだ、その通りだ!西田、お前自身が携わる仕事について考えたことがあるか。如何すればもっと効率よく出来るかとか。この食料が我々の仲間の久美子や俊介さん、それに将隆たちが命賭けで捕ってきていることを。如何だ、考えたことがあるか?」
「いいや、そんなこと考えたことがない。今までそのようにやってきたから…」
戸惑い応えた。池田が更に説得する。
「そうだ。そうかもしれない。俺だって野口だって、お前と同様に教育されてきた。それなのに俺ら二人がこんな話をしていることを、西田よく考えてみろ。今、突然こんなことを問われ戸惑うかもしれないが、でも俺たちだって同じだ。決して出来ないことではない。今からでも遅くない」
きょとんとする西田に、尚も続ける。
「だから、今考えて欲しいんだ。さっきの頼みをよ」
聞き入る西田に変化が起きた。何か心に期するものを感じる。
「はあ、そうは言うけど、今までやったことがないんだぞ。だいたいが、藪から棒に大量の食料を寄こせなんて言われたって。それを考えてみろと言われても無理だよ」
「おお、西田。今、何と言った!」
「だから急に言われたって無理だと言ったんだ」
「何故、無理なんだ!」
「だから、急に言われたからだよ…」
「西田、その結論を如何やって出した。その答えは、教育された中にあるのか。如何なんだ?西田!」
「あいや、急にそんなこと言われたって…」
「だから問うている。その答えを、自身の判断で言っているんだろ。教科書にあったわけじゃないよな。すなわちそれは、自ら導き出した答えじゃないのか」
「そうは言うけれど…」
「何、立派に考えているじゃないか。それが今、俺たちに求められていることだし、我々がやらなければならないことなんだ」
「うむ…。それにしても、池田の言うことは難しいな。でも、お前の言っていることが、何だか分かるような分からぬような妙な気持ちだ」
曖昧に呟く。すると、更につけ加える。
「それじゃ俺たちが、如何して三日十人分の食料が欲しいと頼んだか、説明するんで聞いてくれ」
「ああ、分かった。それじゃ頼む。そんなんでいいんだったら、一生懸命聞きながら考えるから…」
真顔で始める。
「実はな。何故必要かというと、野口と俺が先ほど仲間の菊地に脅かされ…赫々云々」
経緯を丁重に説明した。池田自身が瀕死の状態から生き返ったこと。野口が同様に殴られ俺が殺されたと思い、命からがら菊地の軍門に下り、卑劣な要求で大量の食料を持っていく約束を強要された。明日までに持参することで逃げ帰ったこと。更に、俺を連れて戻り命を救ってくれたこと。細かく説明し終えた後、熱心に頷き聞き入る西田に問い質す。
「如何だ、分かったか?」
「う、ううん…」
頷き黙り込むが、きっぱり告げる。
「やっぱりそうか。お前らが如何してそんなことを言い出したのか。これではっきりした。そうか、俊介さんの説いていたことが。これだったんだ。やっと分かった…」
難解なパズルが解けた顔になっていた。そして乞う。
「如何だ、俺も仲間に入れてくれんか?」
西田の予想外の返事に、鳩が豆鉄砲でも食らったようにきょとんとした。横にいる野口も口を開けていた。
「池田、野口、俺らを仲間に入れてくれるのか!」
せっついた。はっと我に返り、互いに顔を見合わせやおら口を尖らせる。
「おい、西田。如何いうことだ。あれだけ懇切丁寧に説明したのも、まさかお前が俊介さんから改革の話を聞いているとは知らなかったからだ。それならそうと、先に言ってくれればいいのによ。そうすれば早く話がすむものを。…まあ、いいか。とにかく、明日までに奴に届け、野口が攻撃されることを阻止せねばならない。西田、頼むぞ!」
「おおっ、分かった。至急、明日の朝までに揃える。任せておけ。あっ、それに先ほどの話だが、国広と国分も仲間入り出来るんだな?」
「勿論、断る理由などない。大歓迎だ。仲間は一人でも多い方がいい。なあ、野口。これでひと安心だ」
「ああ…」
感慨深かった。安堵の念が広がると同時に、仲間の心意気に改めて感謝する。
頭を下げる野口の肩を叩き、池田が元気づける。
「よし、そうと決まればこれで済んだわけじゃないぞ。これからが、やっと本当の意味での戦なんだ。このまま奴の言いなりになるわけにはいかないし、あんな性根の曲がった奴は、叩き直さなければならんからよ」
「そうだろう、野口。そうしなきゃ枕を高くして寝られしな」
「ああ、そうだな。有り難う。何と礼を言っていいやら。感謝するよ…」
極まるのか、目頭に涙を溜め鼻をぐずらせた。それを見て西田が言う。
「今日から、いや、今からお前らと同士だ。仲間が困っているのを黙って見ていられない。何としても、お前を救うために一致団結して戦うぞ」
告げた言葉に、自ら納得するように頷く。
「そうだな、これでいいんだ。このように自分で考え自らの判断で結論を出し、更に行動に移す。そうだよな、池田。これでいいんだろ?」
「ああ西田、それでいいんだ。これが、我らが目指す行動原理だ。今までのような巣穴社会にない行動規範となる。新しい社会作りの第一歩だ。それは、今やろうとしていることを自由に考え行動すること。但し、すべて巣穴社会のためになることが、大前提になることだ。それを阻止し、自分勝手に行動することは許されぬ行為となる。これが俊介さんの説く、改革の本意だ。これを乱す者は是正せねばならぬ。その対象が菊地ということになろう。このまま野放しすることは、決していいことではない。我らと同じように、奴に多くの仲間が出来、細胞分裂の如く広がっては手遅れになるからな。小さな芽のうちに摘み取っておかないと」
池田が理路整然と説いた。そして、間を置き同調を求める。
「そういうことだな、野口。これが奴を矯正させる大義名分となる。そのために明日の朝までに三日分の獲物を用意して貰い借りるのだ。無論、後で返す。そのために、まだまだ我々には未知数なるものへの挑戦が待っているぞ」
目を一転に据え、力瘤を作り続ける。
「そして、ことが済み次第仲間の働き蟻と同様に獲物を探しに行く。恐ろしい外敵が待ち構えているかもしれない。それを防衛する知恵も会得しなければ。そうだ、もし外敵に襲われた時は仲間同士が一致団結して、その敵を追い払わねば。そうするように仲間も増やさないとな」
西田が応じる。
「ああそうだ。強い味方がいるじゃないか。俊介さんだよ。元々俊介さんからこの輪が広がったんだ!」
更に野口が同調する。
「そうだ、俺だって随分世話になった。口では言い表せぬほど迷惑をかけた。だって俺、鈍いから理解するまでどれだけ苦労させたか。それを俊介さんは、惜しみなく力を注いでくれた」
すると西田が頷き同調する。
「ああ、今も誰かに説いているだろう。俺と同様に苦労をさせている奴がいるんじゃないか。如何しているかな、たまには会いたいよ」
敬い切望した。それは、池田も野口も同感だった。
導いて貰うだけではない。今は互いに意思の疎通を図り、多くの仲間を作りたい。そしてとにかく、難題を早く仲間との連係で乗り切りたいと願う。そうすることが、苦労をかけ目覚めさせてくれた彼に対する恩返しになると確信した。
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