Act.8 Daybreak ―夜明け―
岩をも溶かす業火が、夜明けを忘れた街を焼き尽くす。
破壊された高層ビルの下からはまばらな人々が逃げ出している。全員武装しているが、この脅威を前に両手を上げて
火を吹く赤い巨体を安全圏に建つビルの屋上で眺めていたマリオネットは「よしよし」と独り言を零す。
『マリオネット、ここはもういいわ。次はサウザンドストリート方面に移動して』
「りょうかい」
無線から飛んでくるミラージュの指示に従って、マリオネットは手を動かした。
十本の指から放たれる見えない糸はドラゴン化した
なるべく派手に、そして容赦なく。ミラージュの意向に沿って、マリオネットはドラゴンと踊った。
ダイバーシティと写し鏡の世界、テラー。
平和に牙を剝くテロ組織の根城となった平行世界での戦闘は、一方的な様相を見せていた。
当初の予想を大幅に
テラーとダイバーシティをリンクさせ、平行世界から情報局ビルを破壊したと推察したミラージュは、敵の中枢へ突入してまずそのリンクを切断した。
外に
リンクが切れさえすれば、あとは構うことはない。捕縛した敵の竜人族を利用してマリオネットが派手に踊り、降伏を促すだけ。
あれほどおしゃべりな演説をしていた
「クソッ! なんで応援が来ねぇんだ! 話が違うじゃねぇか、あのジジイ!」
「貴様らが当てにしていた援軍は来ないぞ。今ごろ嘘の集合場所で地団太を踏んでいるだろう」
「オラッ、さっさと降伏宣言を流して部下を投降させろ!」
スピアライトとスネークに詰められ、首領はとうとう無線のオープン回線で敗北を口にした。
掃討作戦がこれほどまでにスムーズに進んだのは、事前に援軍の支援を絶った功績が大きい。
(こっちはやれることはやったわ。あとは頼んだわよ、二人とも――!)
* * * * *
「
陣羽織を羽織った若い背中が、暗いビルの一室で小さな影に詰め寄る。
ずいぶんと憔悴しきっているようだ。
「騒ぐなみっともない。お前も早く雲隠れの準備をしろ」
「え……」
「間もなく保安局が本社を取り囲む。この腐った街に、もはやワタシらの居場所はない」
一等地に掲げた看板の照明は消えている。明かりの消えたバラード社の本社ビルで、カノウ会長と若社長は夜逃げの準備をしていた。
あの悪魔がいつから勘付いていたのかカノウ会長にはわからなかったが、テラーへの入室コードが書き換えられダイバーシティに残されたバラード社には、もう成す術がない。ニュースではテロ鎮圧の報道が始まっている。
「邪魔なクニミを捜査から上手く
そこで、言葉が詰まる。
天井まで届く大きな窓からネオンライトと商業ビルの光が差し込む社長室で、カノウ会長は大きな鳥の影を見た。――ハーピーだ。
杖に内蔵した一発限りの隠し銃を構えるが、もう遅い。
降り注ぐ破片に怯えた若社長は祖父を残し一目散に出口へ向かったが、ぴたりとその足を止める。
扉の奥で、マホロがリボルバーを構えていた。
「腐ってるのは街じゃない、お前らだ」
そう言って銃口を若社長の
マホロとガルガに挟まれた二人は、額にじとりと汗をかいた。
「なぜクニミのハーピー部隊が貴様らなんぞに加担する!?」
「誠心誠意頭を下げて来たから協力させてやったんだ。外の警備もクニミの連中が抑えてる。もう諦めな、
ガルガが月の色をした冷たい瞳で老人を見下ろす。
だが諦めの悪い首謀者たちは隠し部屋に控えさせていた守衛を呼び寄せ、抵抗する姿勢を見せた。
今度はガルガとマホロが銃口に囲まれる番だ。
「侮ったな小僧共。蜂の巣にして――」
「ガルディアガロン」
カノウ会長の虚勢を嚙み砕くように、マホロがその名を呼ぶ。
途端に重みを増す空気、咆哮、威圧――ダイバーシティに再び遠吠えが鳴り響く。
夜の体毛と太陽の瞳を持つ獣に、群れの長が命じた。
「ガルディアガロン、僕の大切なガルガ。ねぇ、僕に本当の夜明けを見せて」
主人の命令は、絶対だ。
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