Act.8 Daybreak ―夜明け―




 岩をも溶かす業火が、夜明けを忘れた街を焼き尽くす。

 破壊された高層ビルの下からはまばらな人々が逃げ出している。全員武装しているが、この脅威を前に両手を上げて出口ゲートへ向かっているようだ。

 火を吹く赤い巨体を安全圏に建つビルの屋上で眺めていたマリオネットは「よしよし」と独り言を零す。


『マリオネット、ここはもういいわ。次はサウザンドストリート方面に移動して』

「りょうかい」


 無線から飛んでくるミラージュの指示に従って、マリオネットは手を動かした。

 十本の指から放たれる見えない糸はドラゴン化した誰彼たそがれ吶喊とっかんの構成員を操って、平行世界を破壊していく。

 なるべく派手に、そして容赦なく。ミラージュの意向に沿って、マリオネットはドラゴンと踊った。



 ダイバーシティと写し鏡の世界、テラー。

 平和に牙を剝くテロ組織の根城となった平行世界での戦闘は、一方的な様相を見せていた。

 当初の予想を大幅にくつがえし、保安局と民間警察の圧勝である。


 テラーとダイバーシティをリンクさせ、平行世界から情報局ビルを破壊したと推察したミラージュは、敵の中枢へ突入してまずそのリンクを切断した。

 外にたむろす有象無象の敵は保安局と他社に任せ、ノスタルジアの少数だけで本拠地の200階建て高層ビルへ突入。まさに針の穴を通すような電撃作戦だった。スピアライトとスネークが多少無茶をしてくれた。


 リンクが切れさえすれば、あとは構うことはない。捕縛した敵の竜人族を利用してマリオネットが派手に踊り、降伏を促すだけ。

 あれほどおしゃべりな演説をしていた誰彼たそがれ吶喊とっかんの首領は、羽交い絞めにするスピアライトの腕の中で憎々し気に叫んだ。


「クソッ! なんで応援が来ねぇんだ! 話が違うじゃねぇか、!」

「貴様らが当てにしていた援軍は来ないぞ。今ごろ嘘の集合場所で地団太を踏んでいるだろう」

「オラッ、さっさと降伏宣言を流して部下を投降させろ!」


 スピアライトとスネークに詰められ、首領はとうとう無線のオープン回線で敗北を口にした。


 掃討作戦がこれほどまでにスムーズに進んだのは、事前に援軍の支援を絶った功績が大きい。

 項垂うなだれる敵の背中を見て、やはりサタン局長は敵に回したくないなとミラージュは改めて思った。


(こっちはやれることはやったわ。あとは頼んだわよ、二人とも――!)




* * * * *




御爺おじい様、話が違うじゃありませんか! ボクをダイバーシティの新たな王にしてくれるのではなかったのですか!? サタンに出し抜かれたのです! テラーに我々が入らずして、誰彼たそがれ吶喊とっかんの勝利はあり得ない!」


 陣羽織を羽織った若い背中が、暗いビルの一室で小さな影に詰め寄る。

 ずいぶんと憔悴しきっているようだ。


「騒ぐなみっともない。お前も早く雲隠れの準備をしろ」

「え……」

「間もなく保安局が本社を取り囲む。この腐った街に、もはやワタシらの居場所はない」


 一等地に掲げた看板の照明は消えている。明かりの消えたバラード社の本社ビルで、カノウ会長と若社長は夜逃げの準備をしていた。

 誰彼たそがれ吶喊とっかんがキサラギ博士の研究を解読しテラーの実現に至ったのは、バラード社の協力があってこそ。博士の研究にはなかったリンクを開発したのも、このテロを企てたのも、全てはカノウ会長の謀略だ。


 あの悪魔がいつから勘付いていたのかカノウ会長にはわからなかったが、テラーへの入室コードが書き換えられダイバーシティに残されたバラード社には、もう成す術がない。ニュースではテロ鎮圧の報道が始まっている。


「邪魔なクニミを捜査から上手く退しりぞかせたのは万々歳と思っておったが……子犬の牙と侮ったわ。あれは狩りをする獣じゃ、忌々しい」


 そこで、言葉が詰まる。

 天井まで届く大きな窓からネオンライトと商業ビルの光が差し込む社長室で、カノウ会長は大きな鳥の影を見た。――ハーピーだ。


 杖に内蔵した一発限りの隠し銃を構えるが、もう遅い。

 翼人つばさびと鉤爪かぎづめで運んできた人影が、超人的な脚力で窓ガラスを蹴り破った。


 降り注ぐ破片に怯えた若社長は祖父を残し一目散に出口へ向かったが、ぴたりとその足を止める。

 扉の奥で、マホロがリボルバーを構えていた。


「腐ってるのは街じゃない、お前らだ」


 そう言って銃口を若社長の眉間みけんに向けると、彼は腰を抜かしながら祖父の元へと床を這う。

 マホロとガルガに挟まれた二人は、額にじとりと汗をかいた。


「なぜクニミのハーピー部隊が貴様らなんぞに加担する!?」

「誠心誠意頭を下げて来たから協力させてやったんだ。外の警備もクニミの連中が抑えてる。もう諦めな、古狸ふるだぬき


 ガルガが月の色をした冷たい瞳で老人を見下ろす。

 だが諦めの悪い首謀者たちは隠し部屋に控えさせていた守衛を呼び寄せ、抵抗する姿勢を見せた。

 今度はガルガとマホロが銃口に囲まれる番だ。


「侮ったな小僧共。蜂の巣にして――」

「ガルディアガロン」


 カノウ会長の虚勢を嚙み砕くように、マホロがその名を呼ぶ。

 途端に重みを増す空気、咆哮、威圧――ダイバーシティに再び遠吠えが鳴り響く。


 夜の体毛と太陽の瞳を持つ獣に、群れの長が命じた。



「ガルディアガロン、僕の大切なガルガ。ねぇ、僕に本当の夜明けを見せて」



 明けない夜に支配された街で、誰もが忘れかけた夜明け希望を見たい。


 主人の命令は、絶対だ。



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