Act.7 Battlecry ―吶喊―(2)
『まず事の経緯だが、捜査を進めていたノスタルジアから説明する』
サタン局長からミラージュへメイン画面が切り替わった。
カメラの前に立ったミラージュは顔を引き締め、手元の端末を操作しながら資料を表示させる。
過去に作成された
「一ヶ月前から始まっていた連続行方不明事件ですが、結論から言うと彼らは何らかの事件に巻き込まれたのではなく、自らの意思で失踪していました。
『では奴らはどこにいるんだ』
ミラージュの説明の最中に臆せず声を上げたのは、黒髪を後ろへ撫で上げ、着流しに陣羽織を羽織ったヒューマンの若い男。歳はマホロと同じくらいだろうか。
大企業バラード社の二代目社長である。先月、祖父であるカノウ会長から会社を引き継いだばかりだった。
「潜伏場所はキサラギ博士が生前に研究していた平行世界。博士は研究の中で平行世界を”テラー”と仮称していました。15年前にこの研究データを奪取した後、組織の残党がテラーの再現に成功したようです」
ミーティング画面にはタクシー内で転移魔法陣を使い姿を消したミノタウロスの動画が流された。
参加者たちのどよめきを感じ取り、サタン局長へメイン画面が切り替わる。
『これはダイバーシティだけの危機ではない。奴らが起こした火種にこの街が敗れることあらば、世界は再び戦火に呑み込まれるだろう。だが、幸いなことにテラーへの鍵は既に我らの手にある。諸君らにはこれより
つまり徴兵だ。敵はダイバーシティだけでなく世界中から構成員をテラーへ招集している。総力戦で臨まねば敗北は目に見えていた。
だが、民間警察の反応は実に消極的なものだった。
『我が社は迷子探しが主な仕事でして、戦闘経験はあまり……』
『戦闘時における死傷の保障は!? まさか免責などということはないだろうな!?』
『そもそもそんな
皆、目先の恐怖に
「……まぁ、これが現実だよなぁ」
阿鼻叫喚が渦巻くのミーティング画面を眺めながら、スネークがぼそりと零す。
口々に不満をぶつける面々の対応にサタン局長が四苦八苦していた、その時だった。
事務所の窓が大きく揺れ、地響きのような深い音が迫る。
地震かと思ったが、違った。
次の瞬間、耳を
50年使われることのなかったダイバーシティの警鐘が、けたましく鳴り響く。
そしてミーティング画面には緊急速報が強制割込みされた。
ダイバーシティの中心地にそびえ立つ情報局ビル。
それが大きな爆風の中で、跡形もなく崩壊していた。
『速報! 速報です! 情報局本社屋が前触れもなく爆発、崩壊しました! 死傷者多数! 火災も確認されています! 近隣住民は直ちに避難を――キャァアアッ!』
いつもニュースを読んでいるキマイラの女性キャスターが爆風に飛ばされ、映像は乱れた。
突然の事態に全員が言葉を失っていると、ブラックアウトした緊急速報にノイズが混ざった音声が流れる。電波ジャックだ。
『種としての本能を放棄した憐れな者たちよ』
『下劣な平和に酔い痴れた悪しき科学者から奪取した異世界で、
『これは世界が夜明けに向かうための
『目を覚ませ、デイルの子らよ』
『この紛い物の箱庭から解脱し、偽りの平和を語るダイバーシティを壊滅せよ!』
「――ふざけるな」
好き勝手なことを吹聴する犯行声明を聞いたマホロはガルガの膝から立ち上がり、ミラージュを押し退けカメラの前に立った。
窓の外で燃え上がる炎が夜明けだなんて、絶対に認めない。
「この蛮行を前に怖気づくような小心者は、さっさと荷物をまとめて避難しろ。ノスタルジアは保安局と一緒にテラーへ行く。お前らはどうなんだ」
定命であり短命。戦時下にはこの世で一番無価値とさえ言われたヒューマンの若者が巨悪と向き合い、それでも進むと言っている。
これに続かぬは、生涯の恥。
『情報局の救助活動が終わり次第、テラーへ突入する。有志はいるか?』
サタン局長の問いに、マホロはすかさず『エントリー』のコマンドを選択する。画面に青いフィルターがかかった。それにバラード社も続く。
参加者全員が並ぶ分割画面が、少しずつ色を変える。最終的にはモニター全てが青い光に包まれた。
『……感謝する』
大きな身体の小さな頭が深く下げられる。
無事方針は決まり、情報局への救援やテラー突入の準備など、それぞれの役割に向けミーティングは終了した。
暗くなった画面にノスタルジアの全員がほっと一息を吐いた時、不意にオンラインプライベートルームへの招待が送られてきた。
送り元は――サタン局長。
まさか会議冒頭の失言に雷が落ちるのかと恐怖したミラージュは、慌てて入室する。
「す、すみませんサタン局長! 最初の子羊みたいってのつい口が滑って……」
『我にも数千年前にはそのような時もあった。気にするな』
全くフォローになっていない言い訳は横に置かれた。
『そんなことよりもだ。……先の煽りは中々によかったぞ、人間。いや、今の言葉だとヒューマンか』
マホロの方へ深淵の瞳を向け、サタン局長は自慢の髭を撫でつけながら薄ら笑いを浮かべる。
「それはどうも」と軽く返したマホロを更に気に入ったらしい。メェメェと、それこそ子羊のように独特な笑い声を上げた。
『その度胸を見込んで、
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