Act.7 Battlecry ―吶喊―(1)




「かいぎ、はじまる、あとごふん」

「マホロくんとガルガはまだ来ないの? 朝には再生ポッドから出てくるって連絡があったのに」

「チートバイクの修理が終わらねぇから電車で来るって言ってたぞ? ガルガも車かバイクの免許取ればいいのによぉ」

「免許を取ったらマホロの後ろに乗る理由がなくなるだろう」


 スネークの疑問に百点満点の返しをするスピアライト。全員「あ~、なるほど」と驚くほどすんなり納得した。いつ見てもあの二人乗りは「逆だろ」と突っ込みたくなる。


 事務所のスクリーンの前に集まったノスタルジアの面々は、残る二人の到着をそわそわと待ち侘びていた。

 あと5分で保安局と民間警察のオンラインミーティングが始まる。スクリーンには民間警察20社余りの代表者がスタンバイしていた。


 しばらくして、コンクリート団地の階段に響く声をエルフの耳が敏感に感じ取り、ミラージュは玄関扉まで二人を迎えに行く。

 そしてインターフォンのカメラでその姿を確認して、思わず身体が石化する。



「いい加減自分で歩くから降ろしてよ」

「だめだ。階段ですっころんで骨折れても助けねぇぞ」

「ほんとにぃ~?」

「……うっせぇ」



 小柄なマホロをお姫様抱っこする過保護なガルガが、うっすら頬を染めながら尻尾をブンブン振っている。

 いったい何を見せられているんだろう。心臓がかゆい。インスタントコーヒーを大さじ一杯、粉のまま飲み込みたい。

 視覚的ダメージを負ったミラージュはわなわなと身体を震わせる。


「イチャイチャしてないでさっさと入りなさいよ、この問題児コンビ!」


 あまりの糖度に我慢できなくなり、勢いよく扉を開いて叫んだ。

 二つのきょとん顔が最高に憎らしくて、尊い。


「いちゃいちゃあ?」

「ふざけんな、どこがだよ」

「全部よ! 痴話喧嘩したカップルが仲直りした次の日みたいな空気で職場に来るな!」

「ミラージュは恋愛ドラマの見過ぎだって。ねぇガルガ?」

「ああ」

「ふぐぅうううう!」


 全く意に介さずまた二人の世界が始まってしまった。

 見つめ合うな、耳を垂らすな、デレデレするな!

 血圧の上がったエルフが言いたいことは山ほどあるのだが、どれも悶える呻き声に変わり、意味のある言葉が出てこない。

 急いで駆けつけた病院で痛々しいマホロと目を真っ赤にするガルガの姿に胸を打たれて、死ぬ気で平行世界への鍵を作ったのに。心配して損したとミラージュは心の底から思った。


「ミラ、そのバカップルは放っておけ。もう始まるぞ」


 スピアライトの呆れた声に誘われてようやく全員が席に着く。なぜかマホロの席はガルガの膝の上だったが。

 スペシャリティシートに満足げに座る最年少に「気色わりぃな」と蛇の舌が嫌味を言う。すると「ガルガが甘えたになっちゃって、困ったもんだよ」「マホロが危なっかしいのが悪い」と盛大に惚気られた。甘い、つらい、しんどい。「もう構うな、被害が広がる」とスピアライトがプラチナブロンドの頭を抱えた。


 そうこうしている間に定刻になり、スタンバイ状態だった画面が切り替わる。

 照明を暗くしたスクリーンに映し出されたのは、サタン局長の白い髭。

 ただでさえ大きな体がカメラの画角に収まっていない。映像はガサガサと音を立てながら乱れ、かなり下の角度からようやく局長の顔が映った。威圧感が半端じゃない。


『……もう映ってるのか? ……ああ、そうか、うむ……』

「不慣れ感が半端ないわね。子羊みたい」

「ミラージュ、マイク、オン」

「げっ」


 マリオネットの助言にミラージュが口を噤むが、時すでに遅し。

 画面越しにサタン局長がじぃ、と睨む。ミラージュは堪らず手元の資料で顔を隠した。

 魔界ではあなたの心に直接話しかけるスタイルが主流らしいので、ヒューマンが開発した電子機器に不慣れなのかもしれない。


『……時間だ、始めよう』


 ダイバーシティを守る悪魔の荘厳な声で、誰彼たそがれ吶喊とっかん掃討作戦のミーティングが始まった。



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