Act.4 Conflict ―抗争―(3)




「ガルガ、舌噛むから口閉じて」

「は……? ――ッうぉおお!?!?」


 言い終わるよりも早く急ブレーキをかけ、幅寄せの圧からすり抜けた。慣性の法則に従って車体が大きく揺れ、ガルガは思わずマホロの細い腰へしがみつく。

 腰に回された腕の馬鹿力の方がマホロの身体にダメージを与えたが、気にしている暇はない。足元で素早くギアを操作し、燃料タンクに入れられた魔鉱石のリミッターを解除する。

 爆発的な魔力のエネルギー変換にエンジン内のピストンが激しく上下し、次の瞬間には一気に加速した!

 幅寄せで左側に空いたスペースを使い、あっという間にクニミ警備保障の車を追い抜く。

 あの大型車ではチートバイクの瞬発力には絶対に敵わない。後方へ大きく引き離した車を振り返り、ガルガは舌を出して笑って見せた。


 一方、二人の前方に構える大橋の上ではクラクションのけたましい怒号がエアリアルロードに鳴り響く。交通規制が追いつかず、渋滞を引き起こしていたのだ。

 このまま渋滞へ追い込めばタクシーを確保できる。二人がそう思った矢先、ヘルメットの中で窮屈そうにしていたガルガの耳が、後方から飛来する存在をようやく感知した。


「マホロ、上! クニミのハーピー部隊だ!」


 翼人つばさびとの異名を持つ有翼種ハーピー、その精鋭がダイバーシティの暗い空を音速で翔ける。

 さらにダメ押しと言わんばかりに背後の車から銃声が上がった。


「しつけぇな! この速度で当たるわけねぇだろ!」

「……違う」


 狙いはマホロとガルガではなく、前方の橋の入り口にそびえる大型電光掲示板。

 支柱を射抜かれ「ギィ……」と不穏な音を立てて揺れた重量物は、真下の道路を分断するように落下した。


 ブレーキをかければハーピー部隊によってタクシーが確保されてしまうが、このまま突っ込めば鉄塊の下敷きになって圧死する。

 考えるまでもなく、ガルガは目標確保よりも相棒の命の方が何より大切だった。


「マホロ、止まれ! 止まれってば!!」


 ヘルメットのシールドを上げ、マホロの耳元に向かって大声で叫ぶ。しかし、彼がブレーキレバーを握ることはなかった。


 もしマホロの心に恐怖が少しでも残っていたら、己の命大事さにブレーキをかけていただろう。それはけして恥ずべきことではない。

 だが、もう彼の中にはその欠片もないのだ。


 マホロはクラッチ操作をしながらガルガへ全体重を預けて前輪を大きくアップすると、進行方向を変える。

 バイクすれすれに掲示板が落下し、派手に大破した部品が周囲に飛び散った。

 そして左前方のなだらかなアーチ状に伸びるはりへ狙いを定めたマホロは、スロットルを全開まで回す。


 相棒が何をする気なのかわかってしまったガルガは、邪魔なヘルメットを脱いで橋の下へ投げ捨てた。


「お前の恐怖心、返品してやろうか!?」

「今はまだ必要ない」


 軽口を叩き合う二人は鉄骨で作られたはりの上を爆走し、一番高さのある部位へ到達した。


 真上には翼のはためく音、真下には渋滞に巻き込まれたタクシー。


「行け、ガルガ!」


 主人の命により、従順な獣はバイクから真っ逆さまに飛び降りた。

 それを追うように上空のハーピーたちが慌てて急降下していく。

 先にタクシーを確保したのは――……。




「民間警察のノスタルジアだ。乗客を引き渡してもらう」




 ボンネットを凹ませて着地したガルガが、フロントガラス越しに運転手へ腕章を見せた。

 先を越されたハーピーたちは悔し気にタクシーの頭上を旋回し、社に戻って行く。後方からは負け熊の遠吠えが上がった。


「わ、私は脅されただけなんだ! だから逮捕はしないでくれぇ!」

「わかってる。さっさとドアを開けろ」


 狼狽うろたえる半魚人の運転手がおどろおどろしい手つきで後席のドアを開ける。

「脅された」という証言から、ミノタウロスの男が事件の被害者とは断言できなくなった。ガルガは警戒しながらドアフレームに手をかけたが――なんと、後席はもぬけの殻だったのだ。

 座席の下やトランクルームを確認したが、その存在のひとかけらすら掴めない。


「いねぇじゃねぇか!!」

「ヒイィッ! し、知りません! 急に乗ってきたと思ったら、時速80キロ以下に落としたら頭から食い殺すと言われて……!」

「どこかで降ろしたのか!?」

「降ろしてません! 殺されると思ってずっと運転に集中してたんですから!」

「じゃあどこ行ったんだよ!」

「わかりません、わかりません~!!」


 ガルガは半泣きになった気弱な運転手からドライブレコーダーのデータを押収し、はりを走り橋の反対側へ渡ったマホロの元へ駆ける。

 苛立つ鼓動を抑えながら走った先には、小さな人だかりができていた。奥からは青いランプを明滅しながら救急車が近づく。


 横倒しになって破損したバイクに、人だかりの足元から覗く青白い指と、血溜まり。

 バランスを崩して横転したマホロが、橋が建つ硬い地盤にその身を打ち付け、倒れていた。



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