Act.4 Conflict ―抗争―(2)




 スネークとスピアライトがダイバーシティの『見える』部分を捜査している間、マリオネットは監視カメラでは『見えない』部分を調べていた。


 事情を知らない人には、ただ座ってぼーっとしているだけの子どもにしか見えないだろう。

 事務所のソファに座るマリオネットの意識は、見えない糸で繋がったネズミとリンクしている。

 排気口や屋根裏を移動しながら、最先端技術でも拾えない内緒話や世間話などを集めているのだ。


「マリオネット、何か目新しい情報はあった?」


 温かいココアを用意したミラージュがマリオネットの隣に座って問いかける。


「たそがれ、いる。でも、いない」

「いるのにいない……? ずいぶんとかくれんぼが上手なのね」

「う~……!……あれ? まほろ、がるが?」


 街の排水路から顔を覗かせていたネズミの視界に、一瞬だけ二人の姿が映った。

 耐久度の高い希少鉱石由来の部品を組み込んだオーダーメイドエンジン、そして動力となる魔鉱石は二人のエルフが三日三晩魔力を注いだ特注品だ。

 整備工に言わせるところのチートバイクにまたがった二人が、目にも留まらぬ速さで駆け抜けたところだった。

 そしてそのすぐ後ろを追うのは、重厚な排気音をとどろかす大型車。車体にはCMや街頭広告でよく見かけるロゴステッカーが貼り出されていた。


「くにみ、ふたり、おってる! げきおこ!」

「クニミ警備保障!? 何で!?」


 ミラージュはこれから降りかかるであろう事後処理を思い浮かべ、頭を抱える。

 大企業相手に戦える財力や後ろ盾はない。彼女は咄嗟とっさに無線を繋ぎ、マホロへ連絡を取った。


「マホロくん、応答しなさい!」

『――……ああ、ミラージュか。今ちょっと忙しいんだけど』

「クニミに追っかけられてるんでしょ!? マリオネットが見てたわよ! 粗相があったのならすぐ相手側に謝りなさい!」

『それはどうでもいい』

「どうでも!?」


 エアリアルロードを走行しているのか、通信は所々ノイズが入る。それに物騒な銃声も。


 ――完全に怒らせてしまっているじゃないか!


 ミラージュは頭を掻きむしり、会社存続の危機へチートバイクで一直線に突っ込んでいくような物言いをする最年少に憤慨した。


『小妖精を見つけた帰りに、例の行方不明者リストに載ってた男を見かけたんだ。いま追跡中』

「えっ、ほんとに!?」

『で、クニミ警備保障とバッティングした』

「……さすがにクニミ相手に正面から喧嘩を売るわけにはいかないわ。商売ができなくなっちゃう」

『あっそう。こんなこと言ってるけど、いいんだ?』


 マホロが通信をスピーカーモードに変える。

 エルフの耳は風切り音やエンジン音の隙間をすり抜け、その怒声に辿たどり着いた。



 弱小企業が、一丁前に盾突いてんじゃねぇぞ!


 女エルフのでけぇケツに敷かれた雑魚共が!


 会社ごとぶっ潰してやる!



「…………」

『どうする?』

「……そいつらに先を越されたら減給よ」

『ふふっ、りょーかい!』


 案の定ブチ切れた経営者に小さく笑ったマホロが通信を切った。

 ミラージュは理性を焼くような怒りで逆に頭が冴え渡っている。

 何が弱小企業だ、誰がケツのデカい女だ。

 地殻変動でも起こしそうなほど怒りで魔力を高めながら別の場所に連絡を取る。

 その様子を見守っていたマリオネットが「みらーじゅ、こわ……」とつぶやいた。




* * *




 マホロは通信を切ると、アクセルを回しさらに加速した。

 ダイバーシティの上空をぐるっと巡るように作られたエアリアルロードは、街中の交通渋滞解消のために作られた高規格幹線道路である。

 いつもは多くの車が走る街の主要道路は、クニミ警備保障が保安局へ要請した交通規制によって物々しい雰囲気へと変貌していた。

 電光掲示板の案内に従って路肩に停車する一般車両を尻目に、目標が乗ったタクシーはむちを打たれた駿馬しゅんばのごとく駆け抜けていく。


 そして片側二車線の道路に、排気量の暴力のようなクニミ警備保障の大型社用車とチートバイクが並んだ。


「おい! さっきの発砲、タクシーじゃなくて俺たちを狙ってただろ!」

「射線上にいられちゃ邪魔なんだよ! さっさと退きやがれ犬っころ! それに貧弱ヒューマン!」

「あ゛ぁ!?」


 後席のガルガと車の運転手であるクマの口論は速度の上昇と共に激しさを増した。

 何度も食ってかかるオオカミの牙に、クマは苛立ちを募らせる。生意気な弱小企業を強制退場させようと、車の巨体を生かして幅寄せをはじめた。

 中央分離帯のブロックへじわじわと追いつめられ、ガルガは鋭く運転席を睨みつける。

 魔鉱石がバイクの左右に展開させたシールドが擦れて火花が散った。

 いくらシールドがあると言っても、こちらは生身だ。この速度でバランスを崩したら怪我では済まない。マホロに至っては死に直結する。

 

 どう対処しようかガルガが思案しているところに、マホロが口を開いた。



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