Act.4 Conflict ―抗争―(1)




 光るリスの姿をした小妖精を闇市場で保護して、マホロとガルガはダイバーシティで最も暗い路地を出た。

 ネオンの光が届かぬ路地には、二人に伸された無法者たちが気絶している。


 華やかなダイバーシティの裏の顔、通称裏街うらまち――。


 種族の垣根を超えて共に手を取り、多様性を認め合う。そんな新しい都市のロールモデルとして、百年戦争の終戦宣言がなされた地にダイバーシティは築かれた。

 だがこの広い街をくまなく照らすには、ネオンライトでは少々光量不足だ。

 ようやく訪れた平和を有難ありがたく享受する者がいる一方で、未だに戦争の尾を引きずる者もいる。

 保守的な行政に不満を抱え、野心に呑まれた攻撃的な条例違反を繰り返す。そんなアウトローなやからの溜まり場が、裏街うらまち誰彼たそがれ吶喊とっかんもここの派生だろう。


「あとはこの子を保安局に保護してもらえば依頼達成だね」


 マホロは小妖精をシャツの胸ポケットにそっとしまい、返り血を浴びた頬をインナーの白パーカーの袖で躊躇ちゅうちょなく拭う。

「仕事柄どうせ汚れるんだから、白はやめとけ」と以前ガルガが進言したところ「目立つ方がわかりやすくていいんだ」と、独特な答えが返ってきた。

 恐怖や悲しみといった感傷的な感情をぽっかりと失ったマホロにとって、汚れたパーカーがその代わりとなる。

 自分を取り巻くものを見失わないようにあえて真っ白な服を選び、どれだけ洗っても汚れが残るパーカーに袖を通す。そうすることで心身のバランスを保っていた。

 と言っても、実際に洗濯を任されるガルガは堪ったものではないのだけれど。


 二人が裏街うらまちの小道から大通りへ出た際、建物の死角から一人の男が飛び出してきた。

 深くかぶったフードの隙間からひょっこりと顔を出す牛の鼻。ミノタウロスだろうか。

 ガルガの肩にぶつかった男は舌打ちをして、難癖をつけようと若い獣人族を見上げる。

 しかし民間警察の腕章を見てすぐ、焦ったように裏街うらまちの奥に消えた。


「ガルガ、今の……」

「ああ、間違いない。行方不明者リストにいた奴だ……!」


 顔を見合わせた二人は裏街うらまちの暗闇を振り返り、急ぎ男を追う。


 今回の連続行方不明事件だが、「何かしらの事件に巻き込まれ拉致されている」というのが当初の見立てだ。

 だがあのミノタウロスは、二人が民間警察だと気づいた途端に逃げ出したのだ。テロリスト集団によって不法に拉致されているのであれば、助けを求めるのが普通だろうに。


 無造作に置かれたごみを蹴散らしながら、二人は狭い路地を駆けた。

 逃げる男の後ろ姿を捕捉し、マホロが指示を出す。


「ガルガはこのままあいつを追って」

「お前は?」

「回り込む」

「わかった」


 阿吽の呼吸で二手に別れ、ガルガは長い足をフルに動かして男を追う。

 大小様々な建物が作り出す暗い裏道は入り組んでいて、さながら迷路のようだ。

 ガルガはその大きな耳でマホロの足音が向かう方向を捕捉しながら、頭の中で裏街うらまちの地図を描く。

 こちらを振り返りながら逃げる男との距離を自在に詰めて、大通りへ繋がる出口に誘導する。

 何個目かの角を曲がって、ようやくネオンの明かりが見えた。


 目標地点へ上手く誘い込めたことに安堵した次の瞬間――ガルガと男を引き離すように、裏街うらまちの小道から黒塗りの大型車が勢いよく突っ込んだ。

 あわやかれそうになったガルガは車のドアを蹴って、後方へ飛び退く。

 そしてリヤクォーターパネルに貼られたロゴステッカーを見て、大きく舌打ちした。


「クニミ警備保障か……」

「おやぁ? 子犬でも跳ねてしまったかと思いきや、ドラゴンバスター・ガルガじゃないか」


 厭味いやみったらしい声で運転席のドアガラスから顔を出したのは、かっちりとした黒いスーツに身を包んだベアー系獣人族の男だった。大きな傷跡が残る強面に丸く小さな耳が生えている。

 これを好機とばかりに、ミノタウロスは大通りの喧騒へその姿を消した。


「チッ……! 邪魔だ、どけ!」

「あれは俺たちが泳がせていたエサだ。まぐれで捜査に参加してる弱小企業は引っ込んでろ」


 クマは咥えていた葉巻を口から離し、若い同族へほうっと煙を吹きかけた。敏感な鼻を突くタールの臭いに、ガルガは堪らず咳き込む。

 どうやらドラゴン退治の手柄を横取りされた件とターゲットがかち合ってしまったことで、大企業の機嫌を損ねてしまったらしい。こんな所で小競り合いをしている間にも、あの男が遠ざかっていくと言うのに。


 すると、奥の大通りから聞き慣れたクラクションが響く。まるで福音だ。

 ガルガは迷いなく壁を蹴って車を飛び越えると、建物の屋根伝いに主人の元へ一目散に駆ける。その先ではバイクに跨ったマホロが待っていた。

 屋根から直接後席に飛び乗るのと同時にエンジン音を噴かせて、バイクは急発進する。


「悪い、邪魔が入った」

「いいよ。クニミ警備保障も器が知れてるってもんだ」

「ああ。……いたぞ、奴だ!」


 ヘルメットのシールドを降ろしながら、ガルガが叫ぶ。

 二人の視線の数十メートル先には、今まさにタクシーに乗り込んだばかりのミノタウロスの姿が。

 エアリアルロード方面へ発進したタクシーを見失わないように、マホロが行き交う車の間をすり抜けながら後を追う。


 しかし二人の後ろには、耳障りなエンジン音が迫っていた。



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