Act.3 Sentiment ―感傷―
翌日からノスタルジアによる連続行方不明事件の捜査が始まった。
関係者への聞き込みはクニミ警備保障が既に終えていたため、捜査は
「でもよぉ、
「噂ではそうだったな。あれ以来目立った事件も起きず対策本部も解体され、人々の記憶の隅に消えた。だが水面下で虎視眈々と復活を画策していたのなら、軽視はできない」
スネークとスピアライトの姿は、情報局の資料庫にあった。
スネークが保安局の現役時代につるんでいた悪友たちの
ダイバーシティは戦後に魔法と科学の融合により発展した都市で、どちらの技術も世界最高峰を誇る。街中には至る所に監視カメラが設置されていて、そのデータは情報局に集約されていた。
スネークが監視カメラの映像を確認している間にスピアライトは保安局のデータベースにアクセスし、15年前の事件を改めて精査した。
「……この誘拐された父子というのが、キサラギ博士とマホロだな」
「通報者の獣人族はガルガだろ。あいつがチビの頃、ヘタやって群れに置いてかれたのをマホロの父ちゃんが拾ってくれたって前に言ってたぜ」
「なるほど。二人にとっては因縁のある相手と言うわけか」
因縁なんて生温い言葉では表せないほど、マホロの目には
私怨は判断を鈍らせる。今回の捜査から二人を外したミラージュの判断を、スピアライトは全面的に支持したい。
だが逮捕された組織の首領は、ようやく奪取したデータは何重にも暗号化されていて、保安局の突入までについぞ解析ができなかったと語っている。
彼は命を賭して、己の研究を守り抜いたのだ。
保安局による捜査資料には、監禁先で二人が発見された際の凄惨な状況が画像付きで残されていた。
戦時中に使われた様々な拷問器具の行使、禁止薬物による精神の破壊、そして実の息子を人質にした非人道的な恫喝。
暴力で壊れゆく父親を、幼いマホロはその目に映し続けなければならなかった。
そして発見時に死後三日が経過していたキサラギ博士の腕の中には、衰弱死寸前の息子が
血痕や薬品、吐瀉物にまみれたおぞましい現場の画像をスクロールしながら、スピアライトは眉をひそめる。
「……よく今日まで気が触れずに生きてきたものだ」
不老不死のエルフにとって、理性を失うことは死と同義である。
死よりも耐え難い苦痛をヒューマンの脆弱な身体に負いながら、それを周囲に感じさない日々を過ごしてきたマホロに、彼女は改めて敬意を覚えた。
「実際しばらくは廃人みたいになってたらしいけどな」
「だが彼はその闇から立ち上がった。ヒューマンは存在そのものはちっぽけだが、いつも私たちの想像を優に超える尊い種族だ」
「まぁ、うん……」
やけに歯切れの悪いスネークを
無言の「言え」という圧はみしみしと音を立ててスネークの肩関節を苦しめた。
ここまで手癖の悪いエルフも珍しい。
「わかった、わかったから! 俺の肩はクランチチョコじゃねぇんだぞ!?」
「無知な私を訳知り顔で軽んじるからだ」
「素直に教えてくださいって言えよ!」
事実、スピアライトはノスタルジアの中で一番の新参者だ。
愛する妹分からの熱烈なオファーがなければ、彼女は今も世界中を旅して回っていたことだろう。
上司と反りが合わず保安局を退役したスネークが新設民間警察会社の求人を見つけたのは、その出来事よりもずっと前のことだった。
彼がスピアライトよりも仲間内の事情に多少詳しいのは当然なのだが、長齢のエルフほどダイバーシティが誇る200階建て高層ビルのようにプライドが高い。
『めんどくせぇ』と思いながらも、スネークは強く美しいエルフに頭が上がらないのだった。
「獣人族とビースト契約をするために、契約者は『
「身体の一部や魂が宿るくらい思い入れのある品物のことだろう? それを分け与えることによって群れの長として認められ、真名を名付ける権利が与えられる」
「ガルガはそれを利用して、
「心を……?」
救出されたマホロは手厚い治療で一命を取り留めたが、壊れた心までは癒せなかった。
父親が殺される悪夢に毎日襲われ病室で暴れるマホロにガルガは必死に寄り添ったが、彼は泣き腫らした目で「おとうさん」「いたい」「ころして」と
だからガルガは決意した。
マホロを苦しめるものを、食ってしまおうと――。
ダイバーシティは眠らない。日照時間は24時間の内たったの3時間。夜が長い分、住民たちには昼夜という概念があまりないのだ。
光属性魔法に色素を付けた魔鉱石を利用したネオン看板は、この街の重要な観光資源でもある。魔鉱石とは魔力が宿った石――いわゆるエネルギー源だ。
暗闇の中でも輝きを失わない賑やかな街を、マホロとガルガは並んで歩く。
例の案件から二人を外すために体よく与えられた任務の最中だった。迷子の小妖精探しである。
「どうやら
「闇市が絡んでるなら厄介だぞ。話が通じない薬中アウトロー集団で有名だ」
「通じないなら、する必要もないでしょ」
そう言うとマホロは道端のネオン看板を背にし、何食わぬ顔で会社から支給されているリボルバーへ弾薬を装填した。
「……恐怖心とか悲しい気持ちとか、そういう感傷は全部ガルガが食べちゃったと思ってたけど、僕にもまだこんな感情が残ってたんだね」
その名を聞くだけで、父親の死に際が鮮明に思い出せる。
苦しくはない、悲しくもない。「こわい」と泣くことだってもうない。
全部、ガルガが食べてくれたから。
常に凪いだ海のように静かだったマホロの胸の内を焼くのは、怒りだ。
復讐の炎に駆られる主人の心の揺れを、ガルガは静かに見守っていた。
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