Act.2 Beast ―獣―(2)




『先生、ビースト状態とは具体的にどのようなことを言うのでしょうか』

『獣は一般的に群れを成す生き物です。そしてより統制が取れてる群れの方が狩りの成功率が高く、優秀な群れと言えるでしょう』

『なるほど』

『つまりビースト状態とは群れを率いる頂点、まぁ主人や王と呼ぶべきでしょうか。とにかく、従属する契約をしたあるじから獣人族へ付与されるバフのようなものです。自分の内に眠りし獣本来の姿を呼び起こし、その圧倒的な力を行使します』

『だからこの映像のガルガ氏はオオカミの姿をしているのですね』

『ただ、このビースト状態は諸刃もろはつるぎでもあるのです』

『と、いいますと?』

『通常は呼び起こされた獣の本能に理性を食い尽くされて正気を失い、暴走することがほとんどです』

『ですが彼はドラゴンを倒してから人の姿に戻っていますよ?』

『恐らく契約主が相当な実力者なのでしょう。何にせよ、ビースト状態を自在に制御するガルガ氏がいれば、ダイバーシティはこれからも安泰あんたいですね』


 スーツを着たキマイラの女性ニュースキャスターとグリフォンの男性コメンテーターがそんな会話を繰り広げているのを、全員がまじまじと眺めていた。


「自在に操れるってよ」

「まぁ、成功率は8割ってところだな」

「盛るな、7割だろう。この前の暴走時に私が止めに入ったのを忘れたのか?」


 スネークとスピアライトにじとりと見つめられて、居心地が悪そうにするガルガ。

 そんな彼に助け舟を出したのは、相棒であり契約主でもあるマホロだ。


「まぁ上手くいったんだからいいじゃん。それより昨日はご褒美にシャンプーとブラッシングをしてあげたんだ。見てよ、このツヤ!」


 そう言ってガルガが座るシングルソファの後ろに立つと、自慢のペットを見せびらかすように頭を撫でる。

 確かに、貴重なうるしのような黒髪は毛先まで潤い枝毛の一本も見当たらないのだけれど。

 ガルガもガルガでまんざらでもない顔をするな、耳と尻尾が出てるぞ。ご馳走ちそうとは別の何かで満腹になってしまった面々は、心の中でそんな悪態を吐いた。


「……えっと、そうだ! ここでみんなに超重大発表があります!」


 この妙な空気を入れ替えるべく、経営者であるミラージュが立ち上がった。


「なんだよミラージュ、まさか昨日の褒賞金が経費の支払いに消えるとか言わないよな……?」

「そんな自転車操業してないわよー! 税金対策でギリギリ赤字出してるくらい!」


 スネークの小言にスパッと答え、てきぱきとプロジェクターを操作する。マリオネットが気を利かせて照明を暗くしてくれた。

 そして天井から降ろされた白幕に投影されたのは、一通のメール画面。


「なんと! 昨日の功績を過大に評価してくれたサタン局長から、直々に捜査協力依頼がありました!」

「マジかよ! あの民間警察嫌いで有名なひねくれサタン局長が!?」


 自分の古巣である保安局の長からの依頼に、スネークは声を上ずらせる。

 そしてメールの中身を興味深げに眺めていたスピアライトが口を開いた。


「連続行方不明事件……?」

「一ヶ月くらい前から30人以上が行方不明になってるんだって。家族や知人から相談があった件数だけだから、実際はもっと多いのかもしれないけど」

「人探しは情報局と繋がってる保安局の十八番おはこじゃん。彼らに探せないものが僕らに見つけられるかなぁ?」

「だからこそ形振なりふり構っていられないってわけだろ」


 いぶかしがるマホロにガルガが答えた。

「なるほどね」と納得した様子で、褒めるように後頭部を撫で回す。


「私たちの他にも優秀な民間警察に声かけしてるみたい。解決報酬は先着1組織の成功払い、金額は言い値だって」

「言い値!? ってことは、1,000万ルピどころか、5,000万でも何億でもいいってことか!?」

「そういうこと! もちろんやるでしょ!?」

「ったりめーだろ! 排水溝だろうが空中ごみ処理場だろうが、どこまでも探してやるぜ!」


 完全に目がルピ模様になっているミラージュとスネークに、一同がクスリと笑みを零す。

 どうやら方針は決まったらしい。


 すると、絵画のような美しい微笑みを見せていたスピアライトがその表情をスッと引き締めた。


「だが、ただの人探しにしてはやけに羽振はぶりが良すぎないか?」

「さすがスピアお姉様! 私もそこが気になってたの。だから先に捜査してたクニミ警備保障の人にこっそり聞いてみたんだけど……」

「この前の合コンでイイ感じになったって事務員か?」

「は? 合コン?」


 蛇の余計な一言で従姉いとこのモンペが鬼神に変わる。

 だがマリオネットが「みらーじゅ、おとこ、ふった」と結末を先に教えてやると、スピアライトは本来の聡明さを取り戻した。


「そうだな、私の可愛いミラに見合うような男がこの世に存在するわけがない」


 全然取り戻していなかった。

 本題が逸れたが、ミラージュが同業者で、しかもノスタルジアが足元にも及ばない業界最大手、クニミ警備保障から仕入れた話には、思いもよらぬ名称が出てきたのだ。

 彼女はマホロを気づかわしげに見やると、ゆっくりと重い口を開く。


「この連続行方不明事件には、『誰彼たそがれ吶喊とっかん』が絡んでる」


 その名を聞いた瞬間、マホロのまとう空気が張り詰めたものに変わった。

 いつも飄々ひょうひょうとしていて掴めぬそよ風のような彼の琴線を激しく揺らす「誰彼たそがれ吶喊とっかん」とは、15年前にとある凶悪事件を首謀した武装テロリスト集団である。


 拉致、監禁、恫喝、傷害、そして殺人――ダイバーシティを恐怖に陥れたその事件で、マホロの父親は殺された。



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