Act.2 Beast ―獣―(1)




『ダイバーシティ情報局です。本日のニュースをまとめてお届けします』

『昨夜、イブニングスクエアで酒に酔った竜人族の男がドラゴン化する騒ぎがありました』

『幸いにも怪我人はおらず、男は「成人して初めて酒を飲んだ。あそこまで身体に合わないものだとは知らなかった」と、全面的に容疑を認めています』

『保安局によりますと、騒動は民間警察会社ノスタルジアの社員、ガルガ氏の活躍により鎮圧されたとのことです』

『迅速に事態を収束させたノスタルジアに功労賞を授与することを、サタン局長が先ほど正式に発表しました』


 ダイバーシティでは一般的な大型団地の一室に、ミラージュの自宅兼ノスタルジアの事務所がある。

 白地の壁付け大型テレビに流れる夕方のニュースを、来客用のソファに座った五人の社員と社長のミラージュが誇らしげに眺めていた。


「俺らもついにメディアデビューかぁ……!」


 少し短くなった尻尾の先に包帯を巻いたスネークが感慨深げにつぶやく。

 どうせまた生えてくるのに大袈裟おおげさな、と本人以外の全員が思ったことは公然の秘密だ。


「それでは! 創立3年、ノスタルジア初の功労賞とドラゴンバスター・ガルガに乾杯!」

「その呼び名こっぱずかしいからやめろって」


 そんな本人の主張は無視され、ミラージュの挨拶を皮切りに小さな祝賀会が始まった。

 テーブルを囲むお誕生日席には功労者のガルガ、そこから時計回りに二人席にマホロとミラージュ、反対側の三人席にスピアライトとスネーク、マリオネットが座っている。

 ローテーブルには宅配ピザやローストビーフが並ぶ。ガルガの前には生クリームたっぷりの大きなホールケーキが陣取っていた。


「ミラージュ、今回の褒賞金はみんなで山分けだよな!? なぁ!?」

「スネちゃまは尻尾食べられて泣きべそかいてただけでしょ~」

「なにぃ!? つーかスネちゃまはやめろ! 俺様は誇り高き竜の血脈、リザードマンの戦士だっ!」


 表皮を深緑のウロコで包んだスネークは、とぼけるミラージュに向かって恐れ知らずに炎を吹いて見せた。だが、茶髪が混じるブロンドが特徴的な彼女の端正な顔の前で、それは跡形もなく霧散してしまう。

 ぎくりと隣を見れば、歴戦のエルフが絶対零度の美しい微笑ほほえみを浮かべて防壁魔法を展開していた。

 プラチナの長髪を動きやすいように編み込んでまとめた小顔の麗しいことと言ったらない。


「私の大切なミラに何をしてくれるんだ、スネーク?」

「スピアお姉様……♡」


 実はこの二人、従妹同士なのである。

 スピアライトに掴まれたスネークの肩はその常人離れした握力で脱臼し、涙目になりながらソファからずり落ちた。

 隣でオレンジジュースを飲んでいた小柄なマリオネットは、巻き込まれないようにそっと席を立ってミラージュの傍に寄る。その相貌は大きな巻き角が生えた獣の頭蓋骨で隠されていた。


「すねーく、いのちしらず、あほ」

「うんうん。アホ~」


 誰も素顔を見たことがないマリオネットを膝に乗せたミラージュが同調するように頷く。

 幼児のような姿をしているが、この子もノスタルジアの大切な従業員である。


 ガルガはいつも通り騒がしいメンバーをやれやれと呆れ半分で眺めながら、超絶甘党なエースのためだけに用意されたホールケーキにフォークを入れた。年間目標利益を一晩で達成してくれた功労者へのささやかな礼だ。


「それにしても、ガルガがビースト状態で現れた時はさすがに肝が冷えたぞ」


 生意気なスネークに締め技をかけるエルフが不敵に笑う。鋼鉄のウロコがきしむ「ミシミシ、パキッ」という嫌な音と憐れなスネークの絶叫、そしてテレビ番組のコメンテーターによる解説のアンサンブルが響く。


『ガルガ氏は獣人族という種族で、一般的にはヒューマンに尻尾と耳が映えたような姿で知られていますよね。ケモナーと呼ばれる一部の層からは絶大な人気を誇っているらしいですよ』

『このドラゴンと対峙している時の映像を見るに、彼はビースト状態にありますね』


 ニュース映像では、酔っ払いドラゴンの顔面に強烈な右ストレートをめり込ませる二足歩行オオカミの姿が流れた。

 艶のある黒い体毛に包まれた屈強な肉体。顎から下の白い毛が特徴的なツートーンカラー。背丈は成人男性を遥かに超える。

 毛の長い尻尾、大きな立ち耳、鋭い牙……これがビースト状態のガルガだった。



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