第12話 第1ステージ phase4
田村さんと山中さん。横領と窃盗。
二人の犯罪者を暴いた所で、三人目を探すべく話し合いが始まった。
データの中で不可解な点があったかどうか。
怪しい所は虱潰しに探していった。
しかし、これと言っためぼしい情報は無く、犯罪者探しは難航していく。
タイムリミットまで丁度半分を過ぎたあたりからだろうか。
疑心暗鬼に陥った参加者達が、次々に人を疑っていく。
「お前が犯罪者だろ!」
「何言ってるの!?証拠も無いくせに!」
「そうやって言ってるのお前が怪しいじゃないか!」
「俺を疑ってるのか!?」
アリアがどれだけ鎮めようと頑張っても、一度燃えた火は中々消えない。
それまで溜まっていた鬱憤やら不安が一気に爆発してしまったのだ。アリア一人ではどうにも出来ないだろう。
それでも……。
「アリアはすごいなぁ……」
心の声がぽろりと零れる。
まだ十代。俺と同い年なのに、どんな時でも正々堂々としている。
参加者を誰一人無下にせず、皆の意見をしっかり纏めようとしている。決して臆する事無く、真っ直ぐに正義であろうというその姿勢は誰にでも出来るものでは無い。
そんな彼女の在り方に感銘を受けていると、隣からクスリと笑う声が聞こえてきた。
思わず右隣に首を向ける。
そこには、美しい女性が座っていた。
胸元の開いた、大胆なドレスに茶髪の巻き髪。
少し濃いメイク。
「あ、ごめんなさいね。貴方があまりにも可愛らしくてつい……。悪気は無かったのよ。」
「別に謝らなくてもいいですよ、木下さん。」
「あら、年上だからってそんなに畏まらなくてもいいのよ、祐介くん。私の事は希って気軽に呼んで欲しいわ。」
じゃあ希さん、と俺は呼び方を改める。
「可愛かったって何がですか?」
「あら、自覚無かったの?貴方がアリアちゃんを見つめるその視線は、子供が正義のヒーローに憧れる眼差しそのものだったわよ?そんなふうに、純粋に誰かを尊敬できるって、凄く珍しい事だわ。」
「珍しい……ですかね。アリアに憧れているっていうのは、まあ、当たっていると思いますけど。俺なら、あんな風に人を引っ張って行くことは出来ませんから。」
「そうね。あれは天性のカリスマだわ。ああやって、光の中に立つ彼女の姿はあまりにも眩しくて……私は、少しだけ目が眩みそうになる。」
そう言いながら、希さんは目を細めた。
その奥に、どんな思いを秘めているのかを、俺は知らないまま。
「アリアが纏めようとしても……これじゃあ埒が明かないですね。」
何やらアリアは多数の参加者に囲まれててんやわんや状態の様だ。
困った顔をしながら、息を荒らげた人たちを宥めるので精一杯の様子。
「なら、王子様の出番じゃない?お姫様が困ってるのなら、王子が助けるのが定番でしょ?」
こてん、と希さんは俺に向けて首を傾げる。
その王子という言葉を、俺に向けて言っているのならそれには応えられそうに無い。
助けられるなら、遠の昔に足が動いているだろう。
今のこの状況は、誰がどう動こうとも解決へは繋がらない。
だからこうして輪の中心から外れた所で、見守るしか出来ないのだ。
「それなら希さんは?何か思い当たる事とか、気付いた事とか無かったんですか?」
「うーーん。あるには…ある、けど。それを言うかは、私次第じゃない?」
にたりと希さんは俺に向かって微笑んだ。
それはつまり、
「俺の頑張り次第ってことっすか。」
そういう事だろう。
だが新谷祐介という男は、そう出来た人間じゃない。
ましてや、誰かの心を動かす事など不可能に近いだろう。
そんな俺に、この美しい女性は何を求めているのか。
一高校生である俺には、皆目見当もつかない。
「じゃあ私から質問。祐介君って、彼女とかいるの?」
「ゲホッ……何ですか、藪から棒に!?」
「なによー。答えてくれてもいいじゃない。いるの?いないの?」
ずいずいっと、心の中を土足で踏み入るように近付いてくる希さんに気圧されながら、俺は耳を赤くして答える。
「いっ……いません、いません!!これでいいでしょ!?」
「あら、いないの?ふーん。祐介君って結構イケメンだし、彼女の一人や二人居るのかと思ってたわ。」
「二人もいたら問題でしょ、普通……。そういう希さんは?」
「んー、私?私は居たわよ?数え切れないくらいにね。祐介君も知ってるでしょ、私のバイト。」
ああ、と俺はブレスレットに視線を落とす。
この人は大学生。でも夜は歌舞伎町のキャバクラで働いている。
水商売にあまり良いイメージは持っていないけれど、こんな美しい人ばかりが集まる場所なら、男としては確かに行ってみたくもなる。
「お客さんとかですか?」
「うーん、まあね。でも全員すぐに別れちゃった。まあ私としてもそこまで未練は無いし、何とも思ってないんだけどね。祐介君はやっぱりあれ?恋をしてから付き合いたいの?」
その質問の意図が、良く分からない。
誰かと付き合った経験は無いけれど、普通はそういうものじゃないのか?
恋をして、思いが通じあって、そして付き合う。
それが『当たり前』で、『普通』じゃないのか?
「希さんは違うんですか?」
思わず、そう聞いてしまった。それを尋ねて良かったのかは分からないけれど、口からポロッと零れてしまった。
すると希さんは遠い目をしながら答える。
「そうねぇ。私もそう思ってた時期はあったわ。でもね、祐介君。——大人になるのって、夢を捨てる事なのよ。」
——夢を、捨てる。
何故だかその言葉が酷く心の中に響いた。
もしも俺が大切なものを捨てたら。大事なものを失ったら。
その時俺は、大人になるのだろうか。
そしてこの人は、一体どんなものを無くして来たのだろうか。
疑問は尽きない。けれど、俺はその時ふと思った。
「なら、希さんはまだ子供ですね。だってまだ夢を……諦めて無いんでしょ?」
俺の確信めいた言葉に、希さんは目を丸くさせる。
「だからこんな馬鹿げたゲームでも生き残りたいって思ってる。俺は希さんの事、あんまり良く分からないけど……でも、まだ諦めたくないって、希さんの目が、そう言ってるから。」
それは俺も同じだ。
夢を捨てられない。諦められない。
それが子供だと言うなら、俺はまだ——子供のままでいい。
希さんはそんな俺の言葉を聞いて、クスリと小さく笑った。
俺の言葉の何かが、希さんの心を動かしたのだろうか。
希さんは静かに天井を仰いで、ゆっくりと俺に話す。
「祐介君はほんと、変わってるよね。私、そんな事言われたの始めてだよ。ずっと周りからは『早く大人になりなさい』とか『さっさと自立しろ』とかそんなんばっかりでさ。知ってる?私の両親どっちも死んだの。」
それは、データに載っていた。備考の欄に。
希さんが高校生の頃、事故で両親を失っている。
以来、弟と二人で暮らしていると、データには書いてあった。
まだ未成年だった希さんが、どれだけの苦労を強いられてきたのか、俺には理解出来ない。
きっと、想像を絶する苦難の中で生きていたのだろう。
「私はさ、大学行けなかったから。弟にはどうしても大学に行って欲しくてね、その為にはお金が必要だったの。だから、何だってやった。自分を売ってでも、弟には幸せになって欲しかった。」
そう。
希さんの学歴は高校中退。
そこから彼女はずっと働くだけの人生だったのだ。
思わず、辛くなかったんですか、何て無神経な言葉を口走る。
希さんはそんな俺の質問を怒る事無く、むしろ笑って答えてくれた。
「んー?全然。だって家に帰れば弟がいたからさ。働く事は苦じゃなかった。でも……。」
希さんの顔色が曇り始める。
そして希さんは、息が詰まりそうなくらい苦しい話を、俺にした。
「——弟がさ、虐められてたんだって。私、そんなの知らなかった。お金を稼ぐのに必死で、弟の変化にも気付いてあげられなかった。私は最低な家族で、最低な姉だよね。ほんと……出来ることなら、死んじゃいたいくらい。」
自分自身を苦しめる、その声に俺の心臓はぎゅっと苦しめられた。
彼女の話を聞いて、何て自分は幸福なのだろうと改めて実感する。
だって俺には家族がいて、友達がいて、親友がいる。
俺何かとは比べ物にならないくらい、険しい人生を歩んできた希さんは、やせ細って、ボロボロに壊れていた。
ふと、疑問が浮かぶ。
それを口にして良いのかと躊躇った挙句、今ここで聞いておかないと後悔しそうで、尋ねてみることにした。
「どうしてそんな話を俺なんかに?」
「どうして、かな。きっと弟に似てたからかも。私の弟も祐介君と同い年なんだ。性格は全然違うけどね。だからきっとこの時間に意味を見出すなら……そう、遺言、かな。」
——遺言?
その言葉が頭の中に浮かんだ刹那、希さんはゆっくりと立ち上がる。
「話聞いてくれてありがとね。祐介君はもっと良い生き方しなよ。」
そして、一歩を踏み出した。アリアの方向に向けて。
その瞬間、俺は全てを察する。
その切ない後ろ姿に。ボロボロに傷付いた小さな背中に。
——この人は、自分から死を選ぼうとしている。
「ねぇ、ちょっといい?——私、話があるんだけど。」
すっと手を挙げて、希さんはアリアに話しかける。
彼女が今からしようとしている事は、自殺も同然。
だって希さんはこれから——自分の罪を告白しようとしているのだから。
「——駄目だ、希さん!!!」
そんな俺の声は、この哀れな女性の心には響かない。
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