第7話 ゲーム、スタート
思えば、これまでの中でどうしてその疑問が脳裏を過ぎらなかったのか。
普通に考えて、ゲームがどんな内容なのかと同じくらいに、序盤に聞くべき事があったというのに。
何故それを失念していたのか、僕は今になってそれを後悔する。
「始めましょう——最高のデスゲームを。」
僕は歩き出す。
その一歩が、血と泥でぐちゃぐちゃに汚れたものとも知らずに。
地下五階。
集められたのは、二十人の参加者達。
コンクリートの壁で四方を固められた部屋には、
大きなスクリーンと、その下にステージが設置されていた。
僕は、ゆっくりとそのステージに立つ。
ここから先は、花踏直人である事を捨てろ。
僕は今から——このデスゲームの案内人なんだから。
『やあやあ、やっとお目覚めですか皆さん!』
うさぎの被り物を通して喋ると、変声機のせいで声は歪に歪む。
僕がステージ上から見下ろすのは、二十人の参加者達。
男女、年齢問わず集められた参加者達は皆腕に黒いブレスレットをはめている。
制服姿の学生や、私服の若い男女、スーツ姿のサラリーマン。多種多様な人間が集まっていた。
案内人の声に、参加者は皆一同に視線を一点に集中させる。
「誰、あの人.....」
「なんで私こんな所に.....?」
「あれ、俺いつの間に.....」
案内人の声に目を覚ました参加者達は、把握出来ない状況に混乱しているようだ。
ここまでは台本通り。よし、なら次は.....。
『静粛に!!初めまして皆さん、私はこのゲームの案内人です。これから始まるゲームについて、これから御説明させて頂きます』
声はできるだけ弾ませる。
ピエールみたいに、底知れぬ異質なオーラを放つように。
「おい!ここは何処だよ!?なんの冗談か知らねぇが、さっさと俺を家に帰らせろ!」
ガタイのいい、角刈りの男がそう声を荒らげる。
学ランを着ているし、見たところ高校生だろう。
『ええ、勿論お返ししますよ?——ゲームにクリアすれば、ですが。』
含みを持たせた言い回し。
案内人の言葉に、一人の女の子が同じ言葉を復唱する。
「ゲーム.....?」
『ええ。貴方型がこれから行うのは、命を懸けたゲーム。つまり——デスゲームです。』
その言葉に、参加者は一同にざわめく。
そりゃあ、説明も無いままに、これからデスゲームをするよなんて言われたら頭の中がぐちゃぐちゃになるのは当たり前だ。
『貴方型には、これからゲームを行って頂きます。ゲームは全部で五つ。一つ事にクリア出来る人数は限られていますので、ご注意下さい。なお、クリア出来なかった場合は——即座に殺します。』
そう言うと、先程威勢よく吠えていた角刈りの男が、ズカズカと集団の輪の中から飛び出してきた。
「てめえ、さっきから聞いてりゃ、何様のつもりだ!ゲームだかなんだか知らねぇが、ぶっ飛ばされたくなけりゃあ、大人しく.....」
その瞬間、耳に装着していたインカムからラビリの声がした。
「花踏くん。スーツの裏ポケットに銃が用意されているわ。それを出して、彼を黙らせて頂戴。」
階段を降りていた時からずっと胸にあった違和感の正体は、どうやら銃だったようだ。
さっきまでの僕なら、銃刀法違反がどうのこうのとほざいていた所だろう。
だが今はラビリの声に従うしかない。
裏ポケットから、それを取り出すと、男のそれまでの威勢は何処かへと消え去った。
「それはただのモデルガンよ。脅しとして使うにはうってつけだわ。収集がつかないようなら、それを天井に向けて一発、打つといいわよ。」
ラビリのその助言に、僕は従う。
『すみませんが、あまり私を刺激しないで下さいよぉ。ほら、誰だって、痛い思いをして死にたくはないでしょう?』
たどたどしくならないように。
一つの言葉事に、脅しの意味を持たせて。
案内人の声に、その場にいた誰もが口を積むんだ。
当たり前だ。素人には、この銃が本物かどうかなんて区別出来るわけない。
インカムから、次の指示が出る。
案内人として、僕はそのセリフを口にした。
『それでは早速第一ステージを始めましょう!最初のお題は.....スクリーンにご注目!』
案内人は手を頭上に掲げる。
さて。
ここでこの物語の真実を話そうと思う。いや、事はそう重大な話では無いんだけれど。
実は案内人である花踏直人は、その場に集められた参加者達の名前を一切知らない。
——参加者リストを、見たことが無い。
だから参加者の名前も年齢も、経歴も、全部知らないのだ。
何故今になって、そんな話をしたかといえば、この時の僕はそれがとてつもなく重大な欠陥だったと気付いていなかったからだ。
頭上のスクリーンがぱっと、切り替わる。
そこに書かていたのは、文字だった。
参加者達はそのスクリーンを見て、唖然と口を開ける。
『第一ステージは——人探しです!』
ラビリの声を合図として、僕は次なる台本を読む。
この二週間、みっちり鍛えられたせいで台本は頭の中に保管されている。
『実は!なんと!!この二十人の中には、犯罪者が四人も紛れ込んでいます!しかもその犯罪は未だに裁かれていません!世に蔓延る悪を野放しにしていていいのでしょうか!?』
ここは情に訴えるように。
犯罪者が自分達の中に紛れているだなんて、きっと想像もしていなかっただろう。
その言葉を聞いた参加者達は一層顔色を悪くする。
「犯罪者だって!?」
「なんでそんなやつ.....」
「私達の中にいるって事.....!?」
動揺している。でも、まだ理性を保ったままだ。話を続けられそうだな。
『なので皆さんにはこれからその犯罪者を探して、当ててもらいますぅ!皆さんの腕に装着されている機械の中には参加者全員の名前、生年月日、住所、学歴が分かるようになっているので、ぜひ是非活用して下さいねぇ〜?』
参加者が付けているブレスレット型の機械。
あれもスポンサーの会社が作り上げた最新鋭技術だ。
ボタンを押すと機械が起動し、電子で出来たタッチパネルが浮かび上がる。
この機械のお陰で、参加者達はわざわざ自己紹介をしなくてもいい、という訳だ。
年齢や、名前の詐称も出来ないだろう。
『制限時間は一時間!それまでに犯罪者を探し出して下さい!もしも間違えた場合は.....ペナルティがあるので気をつけて下さいねぇ!』
何故、僕は参加者リストを見つけなかったのか。
どうしてそんな事を疑問に思わなかったのか。
どうしてミリューやラビリがそれを言わなかったのか。
——分かっている。それは全てピエールが、そう仕向けたんだ。
僕がリストを見たいと言い出さないように。
僕が参加者の顔を知りたいと、言わないように。
——全ては、この時の為に。
「ちょっと待ってくれ。」
スタートの合図を切り出そうとした刹那、参加者の集いの中から、真っ直ぐ一つの手が伸びる。
それは、聞いた事のある声だった。
ずっと隣で聞いてきた声。ずっと……もっと詳しく言うなら、小学生の頃から聞いてきた声。
顔が良くて、頭が良くて、運動神経が抜群で、誰にでも分け隔てなく優しい。完璧人間のくせに、目も当てられないくらいの方向音痴。
——新谷祐介。
僕の……花踏直人のただ一人の友にして唯一無二の親友。
「そもそも、何のためにこんな事をするんだ?君の目的は?人を争わせて何になる?」
真っ直ぐな眼で、案内人を見つめる。
ドクンと心臓が跳ね上がる。
何で……なんで、お前がそこにいる……!?
どうして祐介がこのゲームに参加者しているんだ!?
『…………』
彼の質問に、僕はどう答えればいい?
祐介が……お前が此処にいるなんて、僕は知らなかった……。
どうすれば、どうすれば……どうすれば……!!
「花踏くん。今の貴方は、このゲームの案内人よ。動揺しては駄目。」
息遣いが荒くなっているのは動揺しているから?
それとも、この被り物のせいで酸素が薄くなってるから……?
ラビリの声が、頭の中に響く。
そうだ。忘れてはならない。今の僕は花踏直人である事を捨てた。
このデスゲームの案内人として、正しい道は……。
『意味?……意味なんてものは無いよぉ?もしも意味を見出すとするならそうだなぁ……。——それが、楽しいから!』
このデスゲームの案内人を行う時、一番に邪魔になるもの……それは良心だ。
清く、美しく、正しい心なんて、今の僕には……案内人には必要が無い。
ならいっそ、壊れればいい。壊れた真似をして、目の前にいる自分の親友すら欺けばいい。
『人が死ぬ姿を見るのは楽しいだろう?赤い血は、美しいだろう!?人は皆、汚く穢れている。そんな醜い人間共が自分の命大事さに容易く他人の命を奪う!その有様は滑稽だ!』
そんな事、思ってもない。考えた事も無い。
でも、こうする事でしかこのゲームを始められない。
なら……。
『そうは思わないかい?——新谷祐介くん?』
「お前は……お前は、人が死ぬ姿に心が痛まないのか!?」
『痛む?あはは!むしろその逆ですよ!楽しくて、愉快で仕方がない!!』
「く……狂ってる……っ!!」
そうだ。もっと、もっと狂え。狂人の如く心を押し潰せ。
笑え。笑え。笑え。笑え。笑え。笑え!!!
その度に、祐介の顔が歪んでいくのはわかっていた。
僕の親友は、こんな悪を決して許しはしない。
絶対に、僕を許しはしない。
それでも……僕の選択肢はこれしか無かった。
祐介はそんな壊れた案内人を前に、正義の心を向ける。
「お前は狂ってる!そんな事が本当に正しい事だと思っているのか!?」
『正しい?正しい事に何の意味があるのです?人間は正しさなんて簡単に捨てる!この場にいる貴方型の中に犯罪者が混ざっているのが何よりの証拠ではないですか!?』
「それは……っ」
その瞬間だった。
祐介が僕の狂気にたじろいだその瞬間、彼の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「——そこまでだ、新谷。」
こつり、こつり。
足音を立てて、僕と祐介の前に現れたのは、これまた見知った顔だった。
「何を言っても無駄だよ、新谷。この案内人は狂っている。言葉なんて、届かない。」
『…………!?』
「あな、たは……」
祐介も、思わず目を見開く。
当たり前だ。だって僕も、祐介も、二人とも彼を知っているから。
「——西宮、先生……!?」
西宮幸太郎。
僕と祐介の通う高校の、教師だ。
「よっ、新谷。まさかこんな所で会うなんて偶然だな。」
「西宮先生がどうして……!?」
「新谷と同じだよ。気が付いたら此処にいて、この狂ったゲームに巻き込まれた。でも、言われっぱなしは気に食わないね。」
「どうやって……?」
「そうだなぁ……とりあえず——」
親友と、恩師。
二人が僕の目の前に立っている。
これが運命のイタズラなのか、それとも道化師の悪ふざけなのか。
今の僕には、分からない。
ただ、このゲームが何者かによって仕組まれたものなら、そいつはきっと、僕に罰を与えたいのだろう。
何も出来ず、何もせず、自己嫌悪に浸ってばかりの愚かな僕を。
にたりと、西宮先生は目を細め笑った。
「——その正体を暴く所から、始めようか。」
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