第6話 開始、数秒前

学校からの帰り道、突然拉致された僕の前に現れたのは、胡散臭いピエロと、電脳少女と、美しい漆黒の少女。

僕達はデスゲームを開催する、運営チームとして時を共に過ごしてきた。


僕はデスゲームの案内人として、必要な研修を行いながら、このデスゲームの存在理由を考えていた。

なんでこんなゲームが開催されるのか。

人が死ぬ、デッドエンドしか残されていない暗く、おぞましいゲーム。

そして、そんなゲームがいよいよ幕を開けようとしている。

結局、自分の疑問に答えは出なかったけれど時間は僕の考えとは無関係に無慈悲に進んでいく。


——今日は、デスゲーム開催当日。


朝からピエールやミリューは慌ただしく準備を進めている。

「ミリューは、このゲームの中でも最も重要な役を担っているのよ。」

「重要な役?」

「そう。ミリューはゲーム全般のシステム管理、そしてデータ管理をしているわ。映像管理もミリューの仕事だから、今はそっちの調節中でしょうね。」

ソファーに腰掛けて、ピエールとミリューがあちらこちらとバタバタしている様を眺めながら、僕とラビリはそんな会話を始める。


「.....映像って?」

「このゲームは、裏サイトで配信される事になっているの。見る事が出来るのは、裏サイトにアクセス出来て、尚且つパスワードを知る人だけ。」

「配信って.....人が死ぬ所を見たがる人がいるって事.....?」

そんなの、正気を疑う。

「ええ。そういうものが趣味の方達が、このゲームのスポンサーになっているのよ。大人って嫌よね。膨大なお金を手に入れれば、より欲は深くなる。人が死ぬ姿を娯楽として消化してしまうのだもの。」

ラビリは反吐が出るわと、真っ白な天井を仰いだ

スポンサー。このゲームが、ゲームとして執り行う事が出来るのは、そこにスポンサーがいるからである。

何事にも、お金は必要だ。

そして、人理に反し、人の正義に反するこのデスゲームを行うには、僕にはおおよそ想定も出来ないほど大きなお金が動いているのだろう。

つまり、このゲームは。このゲームの参加者達の命は。


——全て、金で解決出来るくらいにちゃちで軽いものだって事か。


ああ、確かに反吐が出る。

人の命を軽んじて、娯楽として楽しもうとしているお偉方も。

そして何より、そのステージに自らの意思で上がる事を決めた自分自身に。

きっと、僕はいずれ裁きを受けるだろう。


自分のやった事には、責任を持たなくてはいけない。

そしてそれが罪ならば、僕は甘んじて罰を受け入れよう。

僕がこれから犯すのは、そういう行為なのだから。


そんな事を考えていると、僕達の前にピエールが立っていた。

「花踏くん。」

「あ、.....そっちは終わったの?」

「あらかたね。まだ微調整は残っているけれど.....それよりも、だ。君こそそこで自堕落にしている場合では無いよ。そろそろ着替えの時間だ。」

「.....着替え?」

「案内人として、客をもてなすんだ。正装は必要だろう?」

にたり、と笑ったピエールはそう言って僕を別室に案内する。


はいこれ、と渡された服に袖を通し、鏡の前で自分の姿を確認した。

真っ黒なスーツに、真っ黒なベスト。真っ黒なネクタイ。

「.....これが、正装?」

正装と言うからには、ドレスコード的な服かと思っていたけれど僕の予想は随分と外れたものだ。

この服装。ドレスコードというよりも、喪服.....に近い気がする。

「おおー!よく似合ってるじゃないか!服に着せられている感も否めないが、まぁ、そこは良いとしよう!」

「これからはもっと上手いお世辞を見つけて来てください。」

全く、このピエロは.....と、ため息を漏らす。

はあ、と顔下に下げた瞬間、視界に飛び込んできたのはピエールが手に持っているものだった。

正確にいえば、腕に抱えていた丸い物体。

僕の頭よりも大きく、少しふさふさしている。

「あの、ピエール.....さん。」

「なんだい、花踏くん。今更さん付けなんて不要だよ。気軽にピエールと呼んでくれたまえ。」

じゃあピエール、とあっさり訂正を加え、僕はピエールの持っている物体を指さした。

「それ、何?」

「ん?ああ。これかい?これは君が案内人として表舞台に立つ為の重要なアイテムさ!そう!うさぎの被り物だよ!!」

デデーンと堂々と見せてきた。確かにそれは、うさぎの形をした被り物だった。

丁度僕の頭がすっぽりと入りそうな穴がある。

っていうかさっきなって言った?重要なアイテム?


「これは特別製でね。中に搭載されているマイクは、変声機が付いているんだ。だからこのうさぎを被れば、顔も声も隠す事が出来る。」


つまり、僕という案内人が花踏直人である事を隠すための重要なアイテム、という訳だ。

とはいえ.....。

「それ、絶対に被らなくちゃ駄目なの.....?」

「まあ、花踏くんが自ら正体を晒したいと言うならば止めはしないけれど.....。あんまりおすすめはしないよ?」

「そりゃあ、僕だって素性は隠したいけど.....。」

「何が問題なんだね?言ってみなさい、この頼れるお兄さんに!」

何処が頼れるお兄さんだ。何処からどう見てもただの不審者だろ。

どん、と胸を叩いて見せたピエールに若干引きつつ、思った事を素直に口にした。

「いや、だってうさぎって!!こんなにきっちりしたスーツには合わないでしょ!?違和感ありまくりでしょ!」

「ああ、そんな事かぁ。」

なんで今ちょっと残念がったんだよ。こっちにとっては結構重要な問題なんですけど!

だって考えても見て欲しい。

黒いスーツに、ピンクのうさぎの被り物って!

ミスマッチすぎるだろ、普通!センス疑うレベルだよ!

「いいかい、花踏くん。案内人にはユーモアも必要なんだ。真面目なだけの人間よりも、少し面白みが.....いや、少しスパイスが効いている方が、魅力的だろう?」

今確実に面白みって言ったよな、このピエロ。


その被り物の性能自体は、とても有難いものだ。

確かにそれを被れば、ゲームの参加者に僕の正体が割れる事は無い。

でも.....でも、うさぎだよ!?高校生がうさぎを被って、黒いスーツで参加者を出迎える姿を想像してみてよ!

僕が頭イカれてる奴だって思われるじゃんか!

「ええ〜そんなに嫌かい?可愛いと思うけどねぇ、う、さ、ぎ♡ ほら、うさぎって寂しいと死んじゃうし、花踏くんにピッタリじゃないか!」

「僕の何処をどう見たら、うさぎがピッタリだって結論に至るのか、是非とも教えて貰いたい所だね.....。」

被るか。あのファンシーなうさぎを。

被れば僕の身の安全は保証される。けれどその代わり、僕の大切な何かを失う気がする。

被るか.....被るのか花踏直人.....!


「——いつまで雑談に興じているつもりかしら、花踏くん。こちらは遠の昔に準備が整っているというのに。」


己の中の己、理性と対峙していた真っ只中だった。

ノックもせず、更衣室に入ってきたのは黒いセーラー服を着た美しい少女だった。

「ら、ラビリ.....!」

「早くその被り物を取りなさい、花踏くん。もうすぐでゲームが始まるのよ。貴方も急いで会場に向かわないと。」

いつも通りの口調。眉ひとつ動かない鉄壁の顔つき。

ただ、先程までと違う部分もあった。

一つは、恐らく僕も付けるであろうインカムを既に装着していた事。

一つは、真っ黒な皮の手袋が彼女の柔肌を隠していた事。

もう一つは、彼女の美しい黒髪に、真っ赤な花が咲いた事。

「ラビリ、その髪.....」

赤いリボンが、髪と共に編み込まれている。

今まで全身を黒で染め上げたような彼女の容姿に、赤い色が加わるだけで今まで以上に美しく感じた。

「私も準備をしたという訳よ。折角の本番、女の子なら髪くらい綺麗にヘアアレンジしたくなるものでしょう?」

そういうものなのか、と女心の分からない僕はあっさり受け入れた。

「それよりも、本当に時間が無いわ。今すぐに会場に向かいましょう、花踏くん。」

「いや、でもこのうさぎが.....」

「——一刻も、早く。行きましょう。」

ラビリから感じる威圧感。僕にそれを拒絶する勇気など無く、色々と諦める事にした。

僕の細く弱い心がポキッと折れた音がした。

「分かったよ、ラビリ.....。」

にっこにこの満面の笑みでうさぎの被り物を僕に差し出すピエール。

苛立ちを覚えるどころか、絶対に次にあったら殴るぞという、決意まで固めた。実際に殴る事が出来るのかという疑問は置いておいてね。

「それじゃあ、行きましょう花踏くん。ここから先は私が貴方を会場まで案内するわ」

「あ、うん、よろしく.....。」

「それじゃあ俺とはここまでかな。頑張ってね二人とも。楽しい思い出になる事を願っているよ」

ヒラヒラと、僕とラビリに手を振る。

ピエールの言う『楽しい思い出』なんて言うものはきっと、この先には微塵も残されてはいないのだろう。

それを知った上で、皮肉めいたことを言うのがこのピエールという男だ。

次に会う時にはきっと、「どうだい?楽しかったかい?」なんて人の神経を逆撫でするように笑ってみせるんだろう。

ここ数日間共に居て、だからこそ思う。


——僕はきっと、このピエロを好きにはなれない。


直感的にそう思ったし、共に生活をしてそう思った。

だからきっと。このゲームが終わるその時まで僕は、彼を好きにはならないのだろう。


そんなピエールと別れ、僕とラビリはエレベーターに乗った。

ここから地下一階まではエレベーター。その先、地下五階までは階段を降りていく。

ちーん。と地下一階と表示されたエレベーターの扉が開く。

蛍光灯の明かりが、やけに眩しく感じる。コンクリートでできた壁をなぞりながら、僕達は階段を降りる。

二つの硬い足音がコツリコツリと響いた。

蛍光灯がなければ、暗闇に呑み込まれそうな程辺りは薄暗い。

各階に降りる事に、階段の先には扉が設置されていた。どうやら中の様子は見れないらしい。


「花踏くん。」

「何、ラビリ。」

「.....怖い?」


こわい、とたった三文字で僕の心を言い当てた。

そりゃあ、当たり前に怖い。

だけどラビリのその問いかけに、僕は頷く事はしなかった。

「怖くないって言ったら嘘になるよ。今でも手の震えが止まらない。」

うさぎの被り物を持つ手が、未だに小刻みに震えている。

階段を降りる度、心臓は跳ね上がる。脈打つ度、息が浅くなっていく。

ラビリは、そんな僕を横目でチラリと見る。

「でも、貴方は階段を降りるのね?それはどうして?」

「簡単だよ。これは僕が自分自身で選んだ道なんだ。だから、怖いからって逃げ出してあの日、決断した自分を間違いだったんだって、そう思いたくない。怖くても、恐ろしくても、僕はもう立ち止まれない。」

時間は過去には過ぎ去らない。だからあの日。あの屋上でラビリに宣言した言葉に嘘偽りは無かったのだと自分で証明したいんだ。

.....なんて、カッコつけてみたけれど、話はもっと単純で。


——もう、引き下がる道は無くなっている。


引き返せないなら、進むしかないじゃないか。

どれだけ怖くても、どれだけ足が竦んでも、そうするしか無いんだ。

コツ。コツ。

ラビリは僕の歩幅に合わせて階段を降りる。

二つの背中が蛍光灯の光に照らされて青白く光りを帯びる。

気付けば、この階段を下った先が地下五階。

いよいよ、満を持してゲームが始まる。


「だからさ、ラビリ。僕がもし、どうしようも無いくらい怖気付いたらさ。その時はいつもみたいに僕を叱ってよ。」

「それが私の仕事.....というのは、少し癪ね。私は花踏くんの母親では無いのだから、それくらい自分でどうにかしなさい。」

相変わらず、つれない態度だ。

でも不思議とそれが嫌では無い。彼女の気高い美しさ、いつも僕を真っ直ぐ見てくれる瞳。

ラビリが何を考えているのかは分からないけれど、こうして大切な時いつもそばに居てくれる。

それが、僕にとってどれくらい嬉しい事か。


意を決して僕は、うさぎの被り物を被る。

思いの外視界は良好。しかも酸素もしっかり入ってくる。

この被り物が可愛らしいファンシーなうさぎじゃなかったら、どれだけ良かった事か。

なんて心の中でボヤきながら、目の前に聳え立つ扉に目を向ける。

鉄で出来た、重たそうな扉。

この先に、ゲームの参加者達が集まっている。


「——花踏くん。」


僕の名前を呼ぶ声に、自然と身体が動いた。

振り返った先にいた、黒い少女はゆっくりと僕に近付いてくる。

その細い腕を真っ直ぐ伸ばし、うさぎの頬に触れた。


「貴方がどうしても辛い時、私は貴方を叱る事は出来ないけれど.....。それでも、貴方のそばに居ることは出来るわ。忘れないで、花踏くん。貴方は一人じゃない。私は.....貴方のパートナーなんだから。」


ラビリの言の葉は、まるで魔法みたいだ。

今まであった沢山の葛藤。恐怖、不安。そんなものが全部、彼女の言葉という風と共に飛んでいってしまった。

ラビリのきらりと輝く宝石のような瞳。

ああ。そうだ、僕はひとりじゃない。


ステージの裏で、ラビリが見守ってくれる。

支えてくれる。

なら、僕が一人で抱え込む事は無い。

ラビリが言った通り、僕達は【パートナー】なんだから。

「ありがとう、ラビリ。おかげで勇気が出たよ。」

「そう。なら良かったわ。.....そろそろ時間みたいね。」

「——うん。」

僕は再び、扉と顔を合わせる。

準備はいい?、というラビリの合図に僕はゆっくり頷いた。

重たい扉がぎぃっと軋んでゆっくりと、光が注ぐ。


「それじゃあ——始めましょう。」


この先に何があるのか。僕を待つものを、僕は知らない。

それでも案内役を引き受けた時、僕に出来ることならなんだってやりたいと思った。

柄にもなく、そんなヒーローみたいな事を思った。

でも、僕が今から成すことはヒーローとは程遠い。きっと悪役の、序盤のボス程度がお似合いだろう。

それでも、やってやる。やってみせる。

光が僕の顔を静かに照らす。

準備は出来た。覚悟も決めた。さあ、始めよう。


「——最高の、デスゲームを。」

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