第5話 何事も研修から!

「ちっがーう!!もっと人を見下す感じで!!もっと蔑む感じでー!!」


屋上での一件の後、僕はピエールとミリューに自分の意思を伝えた。

そして、僕の決断を快く承諾してくれた訳なんだけど……。


ここは昨日、僕が拉致られた部屋。どうやらこの部屋は、僕達運営側のメインルームらしい。

まだ準備中らしく、殺風景な部屋だけれど間も無く様々な家具や機械が搬入されるとの事。

そんなメインルームで何をしているのかと聞かれれば……研修である。


「だからですね!? 花踏さんにはオーラが足りないんですっ!!もっと犯罪臭を漂わせないと!!」


全身から滝の様な汗を流し、膝を折る僕の前には大きなモニター。

そこから今にも飛び出しそうな勢いで、暑く憤慨しているのは白いツインテールの少女だった。

「ぜぇ……ぜぇ……待っ、て、……ミリュー……す、少し、休憩……。」

「ダメです〜!!花踏さんが私達の中で一番新人なんですから!本番までにしーっかり基礎を叩き込まないと!!」

なんと言うスパルタ。可愛らしい見た目にそぐわない熱血さ。

これあれだ。漫画やアニメでよく居る『白い悪魔』だ……。


僕が担う、案内役は着ぐるみの頭部を被って登場するらしい。

着ぐるみの中は通常の生活より酸素が回らないらしく、酸素不足を防ぐ為にはまず基礎体力をつけること!

というわけで、こうしてジョギングマシーンを使ってトレーニングをしている訳だ。

僕は十分と持たずへばったけれど、その隣ではラビリが涼しい顔をしてマシーンを起動させている。

……女の子に負ける男子高校生。

何かに敗北した気分だ。


そして、トレーニングと並行してミリューから教えて貰っていたのは『案内役としての立ち回り方』。

特に口調はとても重要らしく、酸欠になりながら走っている僕にミリューは、レクチャーしてくれていた。

そして、ミリュー曰く僕には『悪役面』が足りていないらしい。


「もーう!そんなんじゃ本番に間に合いませんよー!!」

「ご、ごめん……。」

ぶーぶーと口を尖らせるミリューに、肩を小さくする事しか出来ない。

画面の中にいる電脳少女に頭が上がらない男子高校生って……いや、考えるのはやめよう。これ以上は僕の心にクリティカルヒットだ。


「それにしても、花踏さんに足りない悪役面……。どうしたら克服できますかねー?」

「うーん……アニメとかで参考資料を探す、とか?」

僕とミリューが二人揃って頭を抱えていると、ランニングを終えたラビリが近づいてくる。

ふわふわのタオルで汗を拭いながら、「それなら」と口を開けた。

「あそこに、ピッタリの男がいるじゃない。」

ラビリが指を指した方向には、ソファーでくつろぎながらノートパソコンを弄る白塗りの男がいた。

「「あー。」」

と、思わずミリューと頷いてしまう。


「確かにピエールさんは、胡散臭いですし、いっつも人を見下すような、蔑むような目をしてますし。何より気持ち悪いですもんね!」

「おーい、ミリュー?しっかりと聞こえているよー?悪口はもっと声を小さくして言ってくれたまえ?」

「何を言っているのです、ピエールさん!これは私の中で一番の褒め言葉ですよ!」

「わぁ……悪意が無いからもっと心に来るなぁ……。」


肩を落とすピエールに苦笑しながら、僕はミリューの名前を呼んだ。

「そういえばこのゲームって、どうやって進行していくの?」

このゲームに関わるという決心は着いた。

けれど、その肝心のゲームの内容については全く説明を受けていない。

概要を知らないのに、案内役が務まるわけが無いのだ。

と、そう言う意味も込めて、ミリューに尋ねると「そういえば教えるの忘れてた」みたいに目を丸くさせる。

「ああー!えっと、まだお伝えしてなかったですもんね!ええ、分かってます分かっていますとも!今からそれをミリューが懇切丁寧に説明しようと思っていた所なんですからぁ。何で先に聞いちゃうかなぁ、花踏さんはぁ〜。」

この電脳少女め。顔が良いからって何でも誤魔化せると思ったら大間違いだぞ。

ミリューは、スクリーンを切り替える。


そこに映し出されていたのは、今僕達が滞在していると思われるビルの3D画像だった。

こほん、と軽く咳払いをしたミリューは、映っているビルを指さしながら、僕に教えてくれた。

「デスゲームの参加者は、皆一同にこのビルの地下五階に収容されます。今私がいるのは、地上三階です。この階は、私達スタッフルームだと思ってください!」

ミリューは、地下五階と書かれた文字を触る。

タップすると地下五階の図面が現れた。見るからに、特に何も無い空間だと分かる。

「デスゲームは五ラウンド行われます。それぞれ規定の人数に達したら、次のラウンド.....ステージに進む事が出来ます!」

「つまり、一ステージ辺りに排除、脱落する人数は、予め決められているわ。」

漆黒の髪をなびかせて、ラビリはスクリーンの隣に立つ。

「そして、各ステージの勝者達は一階ずつ階段を登って頂きます!」

最初のステージを勝ち残れば、地下四階に。

更に次のステージを勝ち残れば地下三階に。

「そうして、最後の一人.....つまり、このデスゲームの勝者のみが、元の生活へと帰還する事が出来るのです!」

成程、随分わかり易いゲームの内容だ。

ただし、今ミリューとラビリが話したのはこのゲームの大まかな概要であって、肝心の中身では無い。

五つもあるステージは、どれも特殊な仕掛けが施されているのだろう。

つまり、僕が.....案内役が今からやるべき事は。


「——僕は今からその全ステージの内容を覚えるって事で合ってる?」


確認するように、確かめるようにそう尋ねるとミリューは大きく口を開けてグッドのハンドサインを作った。

「ピンポン、ピンポン、大正解ー!あ、ちなみに一日に行うステージ数は一つだけです!」

「つまり最短でも、五日はかかるわけか.....。」

五日。五日間、僕はデスゲームの案内人として生きなくてはいけない。

きっとそれは、僕が考えるよりも壮大で、壮絶な地獄になるのだろう。

だってこれはデスゲームだ。


——どうしたって、参加者はほぼ全員死ぬ。


そして、僕はそれをほのめかす。

最悪で最低な、人間の領域を超えた悪魔にならなくちゃいけない。

分かっていても。理解していても。僕の手は未だに震えが収まらない。

「怖いかい、花踏くん。」

「ピエール.....。」

怖い。怖いに決まっている。だって僕が、僕達が今から成そうとしている事は誰からも許されない行為だ。

僕は自ら望んで、そのステージに立つ事を決めた。

もう、戻れない。その事実がどれ程恐ろしい事か。

言葉を発さない僕を見て、ピエールはふっと笑う。

元々そう言う顔をしていただけかもしれないけれど。

怖気付く僕を見て、恐怖する僕を見て、ピエールは言った。

「怖がる事は決して悪い事じゃないさ。それはまだ、君が人間である証拠だからね。」

恐怖。怖がるのは、理性があり、感性があるからだ。

それを失った時。その時がきっと.....。なら、と僕は顔を上げてじっとピエールを見つめる。

真っ直ぐ、彼の眼を一点に見つめて、僕は問いかけた。


「なら、.....なら、ピエールは人間じゃないの?」


彼はきっと、目の前で人が死のうともいつものように笑ってみせるだろう。

仕方なかったね、運が悪かったね、なんてそんな言葉を残して、当たり前のように現実を受け入れる。

僕の問い掛けに、ピエールは数秒沈黙した後こう答えた。

「どうだろうね。俺はあくまでも道化師だから、誰かが望む、誰かが作るピエロを演じているに過ぎないよ。」

彼の心は、一体何処にあるのだろう。

彼の魂は一体、どんな形をしているのだろう。

それを知るには、まだ今の僕達の関係は歪すぎる。


——この男を信じてはいけない。


ピエールを初めて見た時、直感的にそう感じた。

この男が紡ぐ言葉は全てまやかしで、全て偶像だ。

だから信じてはいけない。その笑顔に絆されてはいけない。絆なんてものを信じてはいけない。

そう分かっている。痛いくらいに、理解している。

それでも何故だか僕は、それでもそんなピエールに心が残っているのだとそう思った。

きっと彼にはまだ、心と呼べるものがあるのだと。何故だかそう確信していた。

これといった、根拠は無いのだけれど。


「花踏さーん!休憩はおしまいです!またビシバシ行きますよ〜!」


ミリューは、スクリーンの中からピーッと警笛を鳴らす。

「待ってくれミリュー。まだ僕全然休めていな.....」

「話は聞きません!さっ、体力作りに勤しみつつ、案内人としてもっと更に磨きをかけなくては!!」

「話を聞いてくれない!?」

「.....ご愁傷さま、花踏くん。」


ラビリの突き放す声と共に、また僕の地獄のトレーニングは再開する。

あれやこれやとミリューの指示に、ヘトヘトになりながら僕は懸命に着いていこうと悪あがきをする。

そんな僕の様子を見て、ピエールが何を考えていたのかは、知らない。


「さあて。それじゃあ俺はティータイムと決め込もうかな。」


そうして騒がしく、慌ただしく時は流れていく。

そしていよいよ、デスゲーム当日の朝を迎えるのだった。

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