第2話 ようこそ、デスゲーム(後)

「……僕がデスゲームの案内人……?じ、冗談ですよね……?」


おどおどと、目の前にいる得体の知れない連中に問いただす僕は今さっき、妙な発言を聞いたような気がする。

——僕がデスゲームの案内人に選ばれた、とかなんとか。

いやいや、まさか。だってただの男子高校生だぞ?

ついさっきまで、いつも通りに学校に行っていたはずの僕が、まさかそんな厄介事に巻き込まれる筈がないでは無いか。

「残念だけれど本当の事よ、花踏くん。」

「ええっと、君は……。」

僕の前に堂々と立ちはだかったセーラー服の少女は、その美しい漆黒の髪を靡かせ僕を見詰める。

美少女と同じ空気を吸っていると言うだけで、今にも心臓がはち切れそうだ。


「私の名前は、桜雅ラビリ。貴方と同じ高校二年生よ。」


ラビリ……?中々に珍しい名前だ。日本人では無いのだろうか。もしくはあれだ、昨今流行っているキラキラネームってやつ。

最近は「え、その漢字でそう読むの!?」と驚きを隠せないものもあるからな。

そんな事を思っていると、「れっきとした純日本人よ。」と呈されてしまった。

美少女は顔が良いだけでは無くて、心も読めるのか……!?

全身が真っ黒だからかもしれないけれど、彼女の放つオーラは刺々しく感じる。

正直、同い年と言われても彼女の方が年上のようにすら思うくらいだ。

それくらい桜雅ラビリと言う人間が大人びているからか、それとも僕が幼稚過ぎるのか……。

「あ、それで……あんまり状況が理解出来ていないんだけれど……。桜雅さん、どういう事?」

「ラビリ。」

「……え?」


「——苗字呼びは好きでは無いわ。私の事はラビリって名前で呼んで。」


ずいっと、僕の目の前まで寄って来た少女は強引にそう要求する。

「で、でも初対面の人をいきなり呼び捨てにするのは……。」

「それは貴方の理屈で、私の考えでは無いわ。」

「とは言っても、ですねその、心の準備とか……!」

「あら、花踏くんは女の子の願いを聞き入れてくれない気畜生だったのかしら。」

うぐっ、と僕は言葉を引っ込める。

ぐいぐいと僕に言い寄ってくる少女の威圧というか、気迫というか。そう言えばこうして女子と間近で話す事は初めてだった気がする。

だからだろうか。この妙な心拍数の上昇は。

これはもう、どちらが先に折れるかという勝負になってしまった。

だか、目の前にいる少女はずっと目を逸らさずに僕に迫ってくる。

その真っ黒な瞳で見つめられると、その瞳の奥に吸い込まれしまいそうだ。


「……っ!わ、分かったよ!——ら、ラビリっ!」



結局、こうなる事はその場にいる誰もが最初から分かっていたのかもしれない。

見た目から、弱々しいオーラが漂っている僕がこんな気の強そうな女性に勝てるわけ無かったのだ。

少女……改めラビリは、僕の降参宣言に納得したのか僕の前から退いた。

「なら、これからよろしくね、花踏くん。」

おいおい、僕の事は苗字呼びなのかよと、心の中で不満を漏らしたがそれを言葉にしたら、きっと彼女はまたあーだのこーだのと言い始めると悟って僕は口を噤む事にした。

何せ、僕は同じ轍は踏まない主義だから。


「さぁて! 二人の茶番劇……もとい、話し合いが終わった所で!」

「ピエールさん。隠せてませんよ、本心が。」

「おおっと、これはすまない!では改めて我々も自己紹介といこうかミリュー。今の所最も怪しいのは我々二人だからね!」

「わーい!ピエールさんと同種だと思われるのは胸糞悪いですー!」

「人畜無害そうな声で何てこと言うんだい、君は。」


あはは、とピエロの男はテレビに映っている少女と楽しそうに談笑していた。

ピエロ……。こいつがこの中で一番怪しげだ。

そのメイクで素顔もまともに見れやしないし、何よりその声だ。

嘘と虚言で人を騙す声。……それに良い感じにダンディなイケボ。

見た目的に僕よりも年上だろう。ざっと二十代後半くらいか?

身長も高いし、モデルみたいだ。

と、そんな事を考えながら疑いの目で見ていると、ピエロはニタリと不気味な笑顔を見せた。


「やあやあ、花踏くん!俺の名前はピエール。ただのどこにでも居る道化師さ!」


この男の目は気持ちが悪い。全てを見透かしているのに、全て知らないフリをする奴の目。

「ど、ども……。」

「おやおや、花踏くんはまだ俺の事が苦手なのかな?こんなに清廉潔白な顔をしているのだから、もう少し信用してくれても良いのだよ?」

この男には一度、是非とも清廉潔白という四字熟語の意味を辞書で調べて貰いたい。

確かに顔は真っ白だけれど、潔白という言葉からは明らかにかけ離れている。

「いやいやぁ……ただのピエロに信用して欲しいって言われてもですね……。」

そう言いながら、口を濁しているとピエールは表情をぴくりと変えないまま僕に告げた。


「けれどね、花踏くん。大人は皆仮面を被っているものだよ。大人とは虚言と理想で作られた仮面を被ったピエロなのさ。その点で言うならば、今の俺はどこにでも居るただの大人とも言える。」


その言葉には妙な重みと説得力があった。

成程、と僕は何処か納得する。だからと言って、このピエロを信用はしないけれど、ただの頭が可笑しい奴では無いという事は分かった。

「——それで、あの画面の中にいる女の子は一体……。」

触れるべきか迷いに迷ったけれど、僕は遂にその口を開く事にした。


真っ白な画面にずっと映る一人の少女。

肌も、髪も、その纏うドレスすら純白の少女。

さながら妖精のようだと、僕は思う。

ツインテールが象徴的なその女の子はモニターの中からずっとこちらを見つめていた。

最初は録画された映像かとも思ったが、先程からリアルタイムでラビリやピエールと会話をしている所を見るに、どうやら映像の類では無いらしい。

なら、彼女が一体何者なのかと言われれば、僕には皆目見当もつかない。

そんな少女は僕の疑いの視線に気付いたらしく、パッと明るい笑顔で笑って見せた。


「私の事ですか?初めまして、直人さん!私の名前はミリューと言います!どうぞよろしくお願いします!」

ミリュー、と言うとやっぱり日本人では無いのだろうか。

真っ白なその容姿を見ると、アルビノなのかとも思うけれど、アルビノの少女が画面の中から話すなんて聞いた事も無い。

「私の事はミリューと呼んで下さい!私は今回、皆様が行うデスゲームのシステム管理をするAIです!」

「え、……えーあい?」

と言うと何だ、この愛くるしい少女は人工知能でコンピューターと言うことか?

「はい!この飛び切りキュートな美少女は、世界最高峰のAIプログラムなのですっ!」

えっへん、と高らかに胸を張るミリューに僕は口を空けてほおけた。

黒髪の美しい少女に、気色悪いピエロ。更には謎のAI……。

何だ、ここはもしかして夢の中だろうか。

ここまでの状況を飲み込むのですら手一杯だと言うのに、この個性豊かな面々を前にしたら僕の存在は霞むだけだ。

「んで……あんた達がさっきから言ってるデスゲームって本気なんすか?漫画やアニメの世界ならいざ知らず……。」

「本気も本気、本気と書いてマジってやつさ。まあ、急にデスゲームをやるなんて言われて信じられないのも無理は無いけれどね。その辺の話をする前に、花踏くん。まずは椅子にでも座ったらどうかな?」

すっと、僕に指を指したピエールの言葉てやっと、自分がずっと地べたに正座で話を聞いていたのだと気付く。

どうやらここからの話は随分と長くなりそうだし、僕は自分の隣に置いてあった二人がけのソファーに腰を下ろす。

革のザラザラとした質感が太ももから伝わって来て、落ち着かない。

机を挟んだ正面に座ったピエールは足を組んで僕の顔をじっと見つめる。

その姿勢は妙に貫禄があって、やっぱり僕よりも大人なのだと再認識させられた。

そして……。


「……あのぉ、ら、ラビリさん?」

「何かしら、花踏くん。」

「どうして僕の隣に座られていらっしゃるのかな……??」


僕の隣で背筋をピンと伸ばして座るラビリの姿に僕は動揺を隠せない。

いや、普通ここはラビリと顔馴染みっぽいピエールの隣に座るだろ?まあ、ピエールも僕も生物学上男だという事には変わりないけれど。

だからと言って、当たり前のように僕の隣を選んだのはおかしい。

ヘラりと、笑顔にすらなっていない笑顔を浮かべて僕はラビリに尋ねた。

「なら花踏くんは、私をどこに座らせるつもりだったの?」

「そりゃあ、ピエールさんの所に……。」

「考えても見なさい、花踏くん。あんな如何にも下心丸出しで笑っている男の隣に、純情可憐な乙女が座ったらどうなるかしら。」

「た、確かに……。ラビリが座った途端にその華奢な身体を舐め回しそうな視線をしているけれど……。」

「おいおーい、二人とも?冗談でも、俺だって一応は傷付くんですよー??」

はて、冗談なんていつ言っただろうか。

自分の記憶を巡っても思い出せず、記憶喪失を疑う僕にラビリはこほん、と咳を漏らす。

それまでの柔らかな空気は一瞬で凍りつき、肌がピリッとヒリついた。


「じゃあ……デスゲームについての説明を始めましょう。ピエールさん、幼稚園児でも理解出来るように言葉を尽くして説明して下さい。」

「心得たよ、ラビリ。それじゃあまずは、デスゲームの概要から。今回執り行われるデスゲームは、ある建物の中で、最後の生き残りを賭けて殺し合って貰う。俺達はそのゲームの運営を任されているんだ。」

ここからは、ピエールの言った事を僕が纏めて話そう。


そのデスゲームの運営を任された俺達にはそれぞれ役割が与えられている。

ミリューはゲームのシステム管理。ピエールは進行の指示。ラビリはゲーム案内人のサポート。


——そして、僕がその案内人。


「一つ、質問があるんですが……。」

「なんだい、花踏くん。」

おずおずと、手を上げた僕はピエールに質問をした。それは僕が案内人に選ばれた、と言われた時からずっと疑問に思っていた事だった。

それを聞いたピエールは、今まで通りの声色でさも当たり前かのように、


「特に意味は無いよ。偶然にも花踏直人という人間が選ばれただけさ!」


そう答えた。

詰まるところ僕は、わけの分からないゲームの案内人に、くじ引きで選ばれた訳だ。

その解答に、僕は納得が行った。腑に落ちたと言った方が正しいかもしれないけれど。

だってこんなん冴えない、一日本男児が物語の重要キャラになれる訳ない。

そんな漫画があったら、一ヶ月と持たず打ち切りだろう。

面白みの無い僕が、このゲームに選ばれるのにそれ以上の理由なんて必要無いのだ。

膝の上に置いた手のひらに力が入る。


理由が分かった所で、僕がここで素直に分かりましたと頷けるわけがない。

第一、デスゲームだろ?つまり、人と人がその……殺し合ったりするわけで。

そんな気色の悪いものに、自ら望んで関わりたいと思うような肝が据わった人間なんて、果たしているのだろうか。

少なからず、僕には無理だ。

そのデスゲームに強制参加させられた人達に、「じゃあ殺し合って下さい」なんて、意気揚々と言えるような度胸は無い。


「…………。」


俯いて黙る僕に、ピエールはそっと微笑んだ。

「まあ、別に今すぐに決めろと言う訳じゃない。考える時間は設けるさ。だから花踏くんは、その間にきちんと考えると良い。」

そのセリフは、別に僕を励ます為では無いと分かってる。

でも、考える時間。言い換えるなら猶予があると言って貰えただけで、切羽詰まっていた僕の心にゆとりが生まれた。

それまで自分の手に絞られていた視点は、顔を上げる事で一気に広がる。

目の前には気持ち悪いのに、何処か温かみのある笑顔を向けるピエールがいて。

僕の隣には、ただじっと僕を見つめるラビリがいて。

モニターには、ゆらゆらと妖精みたいに画面の中を泳ぐミリューがいて。


——少なからず現時点では、僕は独りじゃないみたいだ。


「ありがとうございます。……考えます、もう少し。」



こうして、僕の人生を大きく変える不思議な出会いの日はゆっくりと幕を下ろした。

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