第1話 ようこそデスゲームへ(前)
——僕は僕が大嫌いだ。
いつだって誰かの後ろに隠れて、息を潜めて。
見えない闇に怯えて。
全てから逃げ出した無力で哀れな僕自身が、僕は殺したい程大嫌いだ。
だからだろうか。いつだって僕は、終わる事の願っている。
死ぬ事じゃない。終わるっていうのは……そう。
——僕自身が消える事。
誰の記憶にも残らず、綺麗さっぱり僕という存在事消えて無くなる事こそ、本当の終わりなんだと思うから。
なんて。一人きりだと、またいつもみたいに自己嫌悪が募るばかりだ。
……一人きり?そうだ。ここは暗くて何も見えない。
僕以外の生命が存在しないような……ああ、成程。
ここまで来れば、頭の悪い僕でも予想が着く。
——これは、夢だ。
なんだ、分かって見ればなんて言う事は無い。
つまりはこの夢から目覚めれば、また絶望が待っていると言うだけ。
汚れた現実という、人生最大の絶望が。
まあいいや。どうせ学校じゃ、僕は誰の目にも止まらない空気のような扱いだし。
それならきっと、この夢と何ら変わらないだろう。
「——おはようございます、花踏直人。」
全く、見たくもない悪夢を見てしまった。
僕はあんまりポジティブ人間じゃないからこういう夢は心に負担がかかるんだ。
.....あれ。僕、どんな夢を見ていたんだっけ?
思い出そうとする程、夢の記憶が薄れていく。
何か凄く苦しくて、痛い夢だった気がするけれどそんな感覚しか思い出せないや。
「花踏直人くん??おおーい、なーおーとーくーん!ありゃりゃ?睡眠薬の量間違えちゃったかな?もしかして、死んでるとかぁ!?」
覚えておきたい夢程忘れちゃうのはどうして何だろう。
楽しい夢も、悲しい夢も。何より続きが気になる夢は忘れてしまった時の絶望感が凄い。
あれだ。いい所で終わった漫画が、「作者の体調不良により休載します」って言われた時みたいな。
いつ再開するかも分からない悲しみは、言葉にし難いからな。
頼む……!作者と僕がが生きている間に完結させてくれと、心の底から願った時が何度あったやら……。
「起きないですねぇ、直人さん。耳元にスピーカーを置いて大音量でアラームでも流しましょうか?」
っていうかさっきから五月蝿いなぁ。
女の子の声が二つに.....渋い男の声?
女の子の方は兎も角、男の方は鼻に着く声だ。しかもイケボだし。
僕だって、声くらいはカッコよくあって欲しかったや。
ネットで過疎配信者〜とか言ってちやほやされたかったさ!
にしても、そもそもどうして僕は寝ていたんだろう。
だって.....だってそうだ。僕は学校が終わって家に帰っている途中だった筈なのに。しかも徒歩で。
それっておかしいよな.....!?
「.....ん.....っ。」
何やかんや理性を取り戻すのに時間はかかったけれど、僕は重たい瞼を擦った。
「あ。」
自分が横たわっていて、しかも冷たい地面の上で寝ていた事を知ったのは、少女の声が聞こえた時。
目を開けた僕が一番最初にその視界に入れたのは天井でも、病院のカーテンでも無く。
黒髪の美しい美少女だった。
「起きたの。花踏くん。」
さらっと一本一本が艶やかな髪を肩から垂らし、僕の顔を覗き込んでいた美少女は、ゆっくりと立ち上がる。
美少女の来ていたセーラー服は膝上の丈だったので、あわよくばスカートの中を.....!なんて思ったけれど残念な事にタイツを履いていた。
そりゃあ最近の女子生徒がパンツだけって言うのは有り得ない話ですけれども。
少しくらいは夢を見たかった。それが男子高校生としての性と言うものだろう!
例えラッキースケベが夢の中だけだったとしても、多少の期待は許して欲しいものだ。
と、そんな僕を冷たい視線で見詰める少女。
彼女の黒い髪は、神々しさを放つ。その近づき難くなるオーラに、僕は目を奪われた。
僕なんて水泳で髪も傷んでちりちりだし、色素抜けて茶色だし。
その上目の下にクマも出来ているせいで、別の意味で近寄り難いオーラ放っているし。
辛気臭いだの、ジジくさいだのなんだの、クラスの女子に言われたい放題だった。
なんて自分の外見にずんと落ち込んでいると、黒髪美少女は誰かの元に駆け寄った。
「ピエールさん。花踏くんが目を覚ましました。」
「おや、本当かい!?何、ラビリちゃん、直人くんにキスでもした?目覚めのちゅー!みたいな。」
「キスしたら目を覚ますんですか、初耳です。」
「.....いやぁ、そうじゃないんだけれどもね?こう……何だろうね、男ならそういうロマンの一つや二つ抱くものなんだよ?」
そんな二人の会話に、また別の声が聞こえてくる。
「ダメダメですよ、ピエールさん!ラビリちゃんに冗談は通じないんですからね!?組織に裏で、堅物怪物少女って言われてるの知らないんですかぁ?あと、昨今ではその発言、セクハラで訴えられますよ!」
「ミリュー、私を馬鹿にしてる?」
目の前にいる黒髪美少女から感じる、僅かな殺気に僕はあっけらかんとしていた。
なんだ、なんだ!?状況が読み取れない!
起き上がった僕の先には、さっきの少女と、顔面を白く塗りたくり、濃いアイシャドウと赤い鼻をつけたピエロみたいな男がいた。
あともう一人聞こえてくる声は、壁に張り付いている液晶画面から聞こえてくる。
「.....ど、どういう事.....?」
目をぱちくりとさせる僕を前に、皆がくるりと振り返る。
僕と目があった黒髪美少女は、ずんずんと再び僕に近付いてくる。
「おはよう、花踏直人。」
「おっ、おはようございます.....っていうか君は誰?ここは何処?」
キョロキョロと辺りを見渡して見たけれど、この部屋は随分とシンプルな構造だった。
真っ白な部屋の中に、二人用の黒いソファー。その先に長方形のテーブル。さらにその先の壁には大きな液晶画面。これは多分テレビか何かだろう。
あとは観葉植物が置いてあるくらいだ。
換気の為の窓もなければ、出入口は黒髪美少女達の先にある黒い扉のみ。
「そのセリフを言うならば、「僕は誰?ここは何処?」って言って欲しかったね。記憶喪失の主人公みたいにさ!物語の序章としてはテンプレートだけれど、それがまた読者の意欲を掻き立てるんだよねぇ。」
そう言いながら僕に近付いてくるのはピエロの男。
顔の特殊メイクは自分で作っているのかと、内心疑問に思う。
「いや、残念ながら僕記憶喪失じゃないですし。ほら、自分の名前言えますよ。はな——」
「花踏!花踏直人くんだろう?」
僕の名前を同等と口にしたピエロは、ニタリと笑った。
その特殊メイクも相まって、相当不気味だ。
「どうして僕の名前.....。」
そうだ。目の前にいる黒髪美少女も僕の名前を知っていた。
僕は黒髪美少女も胡散臭いピエロの知り合いも居ない筈なのに。
唖然としていると、セーラー服の少女は僕に手を差し出した。
ぱっちりとした二重に、顔の半分は占めるのでは無いかと思うほど大きな瞳。
きめ細かい肌は近くで見るとマシュマロみたいだ。
そんな黒髪美少女は、無表情のまま僕に告げる。
「ようこそ花踏直人。ここはデスゲームの運営管理室。貴方はこれから私達と一緒に、デスゲームの運営をしてもらいます。」
少し前の話に戻るけれど。僕は割と漫画が好きだ。
非現実に行けるし、嫌な事はすんなり忘れて物語の世界に入る事が出来るから。
だから好きな作品がいい所で終わると残念だし、休載すると軽く絶望する。
だからまあそれなりに、フィクションには慣れていたりするけれど、でも言わせて欲しい。
——これは流石に予想外だ。
デスゲーム.....?漫画では王道の.....?
「なに、言って.....。ドッキリか何かですか.....?」
「いやいや直人くん。疑いたくなる気持ちも分かるけれどね。これは正真正銘のデスゲームだよ。来る二週間後。我々はデスゲームを開催するんだ。」
開けた口を閉められないでいる僕に、ピエロの男はにやりと笑う。
いや、本当に笑っているのかピエロのメイクがそう見えるようにしているのかは分からないけれど。
「は、はぁ.....?」
「まあ、信じられないのは無理ありません!でもでも、これは本当なんです!そして貴方、花踏直人さんは、そのデスゲームの重要役職!「案内人」に選ばれたんです!」
まただ。またあの液晶画面から声が聞こえてくる。
無邪気な女の子の声が。
「おめでとう。貴方はデスゲームの案内人に選ばれたのよ花踏くん。さあ.....。」
これが現実?夢じゃない?どうなっているんだ。
だってついさっきまで僕は学校に行って、友介と話をして。それでただ、学校から帰ろうとしていただけなのに。
だと言うのに、どうして僕は今ここに居るんだろう。
どうして訳の分からない黒髪美少女とピエロと、液晶画面から声が聞こえてくる女の子と共に居るのだろう。
頭の中がぐるぐると回る。
心臓がさっきからバクバク鳴っていて、やけに五月蝿い。
でも僕はこの時から既に察していたのかもしれない。
こんな意味の分からない状況だったけれど。
夢だって、否定したくなるような光景だけれど。
でも——僕は逃げられないって。
「——さあ、楽しいデスゲームを作りましょう。」
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