第50話番外編2
馬から叩き落とされた俺は、雲ひとつない青空を見上げていた。
敵を散々倒したし、剣を持つ手は血脂で滑りやすくなっている。
体の下には敵の死体が転がっているので、体の節々は痛いが、骨が折れたようには思えなかった。
起き上がると、黒龍騎兵団とテンペリアウキオの騎馬部隊が、隊列を組んで疾走していく姿が見えた。先頭を走る黒馬に跨っているのは黒と白の革鎧を着た二人で、左右をグスタフ・アンドレセンとアメフトジャンで挟むようにして進んでいる。
「あれってまさか・・・アルヴァ王子とイスヤラか?」
黄金の鎧姿の俺が驚きの声をあげると、
「殿下、立派な囮役、お疲れ様でした!」
と、俺の手を握って引き起こしながら、親衛隊長であるファレスが笑みを浮かべる。
「アテネウムの侯都でクーデターが起こったそうで、主権は他の継承者へと委譲されました。死の部隊も殲滅させましたし、アテネウム侯国側も停戦協定に合意するとの事で、一足早くアルヴァ王子がジナイダ殿と共に交渉の場へと向かいました」
「あのさ、今、アルヴァ王子の後に跨がっていた女の子って、イスヤラだよね?」
「ええ、そのように見えました」
「戦場にわざわざ連れてきたの?」
「そのようですね」
ファレスは遠い目をしながら、走り去る騎兵団の旗を見送っている。
ヴァルカウス王国のアルヴァ皇子から天才軍師と呼ばれるジナイダ・アブドゥマルクはこう言った。
「そうですか、帝国の皇子を身分など気にせずに有効活用して欲しいと、私の作戦に協力したいと、そう仰ってくださるのですね」
背中まで伸びる漆黒の髪を後ろ一つに縛っていたジナイダはテンペリアウキオで最大の勢力を持つ首長の息子で、俺と後ろに控えるファレスをまじまじと見つめると、
「では、あなた方帝国軍が使う馬は、全て変える事といたしましょう」
と言って微笑を浮かべる。
「我が方の混成軍よりも二倍の兵力を持つアテネウムは、自国で使える兵の全てをこちらへ集結させました、もはや背水の陣とでも言えるような形で戦に望んでいるような状況です。勝利以外の報告をもたらす事など許されず、死しても勝てと言って送り出された部隊の士気はまだ高い状態です。歩兵が主力となるアテネウムに対抗する私たちの武器は速さ、帝国の馬は持久力に長けているところが優れてはいますが、その足はあまりにも遅すぎる」
ジナイダは鎧箱に入れられていた黄金の鎧を俺の前に差し出すと、
「アルヴァ王子と背格好がほぼ同じというのは素晴らしいですね、是非ともこの黄金の鎧を着て囮役となっていただきましょう」
と言って満面の笑みを浮かべる。
「アルヴァ王子が我々をコテンパンにやっつけたのは彼が十二歳の時の事でしたが、私たちはこの黄金の鎧を着る王子を倒そうと夢中になり、自ら敗北へと突き進んでしまったのです。ええ、そうです、この鎧は当時の物ではなく、今現在、アルヴァ王子が使っている物であり、グスタフ団長が持ってきたものなのですよ」
アルヴァ王子がどのように自分を囮にするのか等という事は、ヴァルカウス王国の王都へと向かっている間に散々見せられていた。
「スヴェン皇子、騎馬民族の乗る馬ってめちゃくちゃ早いですね〜」
「この馬、購入する事が出来ないでしょうか?」
「帝国の馬全てを騎馬民族の馬に変えてもいいかもしれないですよ」
「任務に成功したら!馬買って帰ろう!」
俺は黄金の鎧を見に纏い、馬を走らせながら大声を上げた。
我が国の馬はとはまるで別の生き物ではないのかと思うほど足が早く、敵が近づいても怯えることがなく、意のままに駆け抜ける。
帝国軍百騎は今まで、ただただ、黒龍騎兵団の殿にくっついて走っていたが、ここで独立して、百騎での単独行動に出る事になった。走るルートは決められている、敵はどれだけ駆逐しても構わない。
「敵の騎兵部隊二百を発見!」
「火薬用意!敵軍を突破せよ!」
帝国流の戦い方だとかそんな事はどうでもいい。
カピア族が使う火薬だろうが、なんだろうが、使えるものは何でも使う。
速さが武器、何者にも怯えず突破する力だけに集中する。
剣を振るい、敵を斬り捨てながら騎馬民族自慢の馬を疾駆させて翻弄させるだけ翻弄させる。
そうして戦い続けているうちに、俺が原因で出来上がった死の部隊との激闘に勝利を収め、もう一度、死体の山の中から起き上がってみれば、戦は終わったとばかりに、アルヴァ王子はアテネウム侯国軍の本部に向かって走って行ってしまった。
ちょっと前だったら、美味しいところばっかり持って行きやがって!と、文句の一つや二つは出ていたかもしれないけど、そもそも俺の所為でこんな風になっちゃっているんだし、何かを言う資格なんて俺にはない。
「我が軍を勝利に導いた貴方たちの武功に感謝いたします!」
あちこちで馬を拾って帰ってきたから随分と遅くなってしまったものの、後方支援部隊へと戻って行けば、すでにお祭り騒ぎとなっていた。
「スヴェン皇子!怪我はないか?随分血まみれ状態だぞ!」
相変わらず姫とも思えない話し方だが、スーリヤ姫が俺の事を案じていた気持ちだけは良くわかった。
「返り血だから問題ない」
「早く着替えてこいよ!ご馳走を用意したんだ!」
「ああ・・それよりも・・・」
馬を降りた俺は、小さなスーリヤ姫の体を抱きしめた。
小さな姫にハッパをかけられてからの戦いは、俺を一まわりも二まわりも成長させる事になった。何度も、ここで死んでしまうのかと思ったものだが、なんとかまた、姫の元まで帰ってくることができた。
「泣くなよ」
俺は決して泣いてない。
「これで戦争は終わったんだから、いつまでもクヨクヨするな、皇子はきちんと己の役目を果たしたんだから胸を張ればいいんだ」
小さな姫はぎゅっと俺を抱きしめると、背中を優しく何度も撫でた。
「スーリヤ、俺と結婚しよう」
「はあ?」
「俺は、やっぱりお前がいい」
背中を撫でていた手をスーリヤは止めると、呆れた様子で俺の顔を見上げて、
「イスヤラ姉様の次は私か?ヴァルカウス人の女が皇子は好みなんだなぁ」
姫はアハハハハッと笑うと、
「いいぞ、十歳の私なんぞよりもよっぽど魅力的な貴族令嬢がいるから紹介してあげるよ。大体年齢は一緒ぐらいがいいんだよな?侯爵家の令嬢なんかどうだろう?」
と、紺碧の瞳をキラキラ輝かせながら言い出した。
違う、そうじゃない、俺は、王国の危急に全く対応しなかった自分の母を嫌悪し、母の代わりに自ら国民の為にと頑張るお前のその心意気に惚れたわけで、
「早く着替えたらいい!ご飯は取っておいてあげるからな!」
笑顔で天幕の方へと戻っていくスーリヤ姫の小さな背中を見送っていると、
「どんまい!姫がそう簡単に恋愛に目覚めるわけがないんだから!長期戦!長期戦で行こう!」
小さな手のひらが俺の背中をバシンと叩いた。
聖女イザベラがキラキラとした瞳で俺を見上げて、
「帝国のお菓子を我が家に送ってくれるのなら!いくらでも協力しますからね!」
と言ってサムズアップしている。
「そのうち帝国の神殿にも行こうと思っているんで!その時は殿下のコネとツテを使わせてもらうからよろしくね!」
「聖女殿、本当に協力してくれるのか?」
「もちろんバッチリ協力します!」
八歳の聖女にお願いする十五歳のスヴェン皇子とのやり取りを見守っていた親衛隊長のファレスは、
「帝国でスーリヤ姫の輿入れがまずは認められるかどうかが問題なのでは?」
と、大人の事情がまず一番に頭に思い浮かぶのだった。
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