第49話 番外編1

「私は行く!絶対に!絶対に行く!」

「姫様!無茶言わないでくださいよ!」

「苦しんでる民がいる!王国のために戦っている民がいるんだ!使い物にならない母上の代わりに私が行かないくて誰が行くというんだ!」

「そんな・・わざわざ姫様が戦地まで出向かなくても・・・」

「私も行くわ!傷ついている人を治すのは得意だもの!今!私が行かなくて誰が行くっていうの!」

「聖女様!無茶言わないでください!」

「私は無茶なんて言ってないわ!そもそも今までが無茶苦茶だったんじゃない!教会の威信は誰が取り戻すの?それは私!聖女たる私しか居ないじゃない!」


 神殿に監禁されていた王女と聖女が大騒ぎしているようだが、確か王女が十歳で聖女が八歳だっただろう?

「我が儘を言うにも程があるだろうに」

思わずといった感じで俺が口にすると、

「それをスヴェン皇子が言いますかね?」

と、親衛隊長のファレス・デンシックが呆れた顔で俺の方を見た。



 王都はエーデルフェルト公爵の私兵部隊と王国軍とで秩序の回復に努める事となるそうだが、国境ではアテネウム4万とのぶつかり合いが続いているため、早急に援軍を送らなければならないという逼迫した状態だ。

 王城を解放した黒龍騎兵団とカピアの一団は、すぐさま王都を発して西へ移動するとの事で、俺はヴァルカウス王家に対する釈明もそこそこに、防衛戦に参加するため、親衛隊と共に移動を開始する事になったのだった。


 ちなみに公爵と共に王城へと現れたイングリッド叔母上には頬を拳で殴りつけられた。

 俺はアリサ・ハロネンにたぶらかされていたらしいのだが、そんな事で叔母が許してくれるはずもない。俺の所為で、叔母も従妹のイスヤラも、危うく国も滅んで共に死ぬというところまでいきそうだったのだから。



「殿下・・殿下・・殿下・・殿下!」

「う・・ううん?」

「大丈夫ですか?意識はしっかりしていますか?頭の打ちどころが悪かったとか、そんな事にはなってはいませんか?」

「はっ!・・ああ・・大丈夫!気を失っていたみたいだ・・・」


 アテネウム侯国はヴァルカウス王国の西方に位置しているのだが、山脈の狭間を超えた先にあるランケルデン平原にて両軍のぶつかり合いが続いていた。

 敵軍とのぶつかり合いの中で、敵が持つ槍の銅金部分で薙ぎ払われた俺は、馬から落馬して失神していたらしい。

 敵味方入り混じる死体の中に埋もれる形となった為に、馬に踏み潰されず、敵の凶刃をその身に刺しこまれもせずに、なんとか生き残った形となる。


「今日は死の部隊が相手で良かったですよ!奴ら脳みそが腐っているから殿下が落馬しても見向きもしないで通り過ぎて行きましたからね!」

 常に俺のそば近くに付き従うファレス親衛隊隊長は、俺の手を握って引き起こすと、

「頭を怪我したんですかね、衛生班の所で処置してもらいましょう」

と言って笑みを浮かべた。


 アテネウム侯国は幸福(バクウェ)と名付けられた、特殊な高山植物を使用した麻薬を使い、いくら体を傷つけられてなりふり構わず敵を殲滅するという部隊を作り出した。

『死の部隊』と名付けられた百人で編成される部隊は3つあり、所属する兵士は腐ったような息をまき散らしながら、手足が引きちぎれようとも進軍を止める事をしない。


 遥か太古の昔にも、この麻薬を使って狂戦士を作り出し、魔の生き物の殲滅に使ったのだと創世記の原本にも記されている。この麻薬のレシピを、ヴァルカウス王国を窮地に陥れるためにアテネウムに売り渡したのは俺だ。


 5名の護衛に囲まれるようにして衛生部隊が居る後方へと移動すると、皇族として特別待遇を受けている俺を受け持ったスーリヤ姫が、

「またグスタフ騎兵団長に置いて行かれたんだな!」

と、呆れたように言いながら、天幕の中へ俺とファレスを導いた。


 ここではスーリヤ姫のお付きの次女もコマネズミのように止まる事なく働いているため、すぐに俺とファレスの前に温かいお茶と硬く焼きしめた焼き菓子が用意される。


「イザベラは重傷者をみているので、皇子の怪我は私の処置で我慢してもらうぞ」


 落馬した時に額を少し切っていたようで、傷口を手際良く消毒をしたスーリヤ姫は、手際良く包帯を巻いていく。

 アルヴァ王子の妹姫であるスーリヤは、王都が聖騎士と名乗る謀反人たちの占領を受けている間にイスヤラと共に誘拐されたという事なのだが、解放された後、休む間もなく聖女イザベラと共に戦地へと移動してきた猛者だ。


 まだ十歳だというのに治療班を指揮しており、軽症だというのに聖女に治療をしてもらおうと文句を言い出すヴァルカウス貴族を叩き出していった為に、周囲からの信望は厚い。


「な・・な・・なんだ?なんだ?なんだ?私の消毒がそれほどまでに痛かったか?それほど乱暴にした覚えはないのだがな?」


 王族なのにさっぱりとした話し方をするスーリヤ姫は、慌てた様子で俺の顔を覗き込む。

 俺が自分の不甲斐なさを悔いて泣いていたから。

 十歳のスーリヤ姫ほどに活躍も出来ない己の無力さを悔いて泣いていたから。


 すぐさま天幕からひと払いをしたスーリヤ姫は、俺の向かい側に置いた椅子に座って、足をぶらぶらさせながら、侍女が用意したお茶をフーフー言いながら飲んでいた。

 そうして俺が、どれほど自分の不甲斐ない有様に嘆いているのかという事を聞きながら、

「はっ」

と、鼻で笑い、馬鹿馬鹿しいとばかりに視線を天上へ向ける。

「自分が不甲斐ない?そんなことは、ここでは誰しも皇子同様に、同じように思っていると思うのだけどな」

 まだ十歳のスーリヤは、呆れ返った様子で小さな肩をすくめてみせた。


「兄様のように戦を指揮出来ない?ジナイダ様の戦略に意見を言う事も出来ずに、ただ話を聞いているだけの自分に嫌気がさす?同じように民を導く王子と皇子なのに、何一つとってもアルヴァお兄様に勝てそうにない?はっ!」

 スーリヤは紺碧の瞳をギラリと見開くと、

「そんなくだらない事を考えられるって事は!まだまだ暇だし!十分周りに甘えまくっているっていう証拠だな!」

呆れ返った様子で俺を見る。


「王都が占領された時に、私が何をしたと思うんだ?ハサミでシーツを切っていただけだよ!ハサミでチョキチョキ、民を導くはずの王族の私がハサミでチョキチョキだ!王妃たる母様は兄様が殺されたという話を鵜呑みにして寝込んで全く使い物にならないし!王家で母の次の位に就くのは兄様の婚約者ではない!私のはずだ!だというのに、私に出来る事はハサミでチョキチョキ!」


 スーリヤ姫は怒りの眼差しで俺を見つめた。


「私に出来るのは確かにハサミでシーツを切るだけの事だったのかもしれないが、実際にそれは後から必要な事だと理解した。敵に攻撃を受けて負傷した兵士たちを治療するには、シーツの当て布はいくらあったって足りないぐらい。そのうちに私自身が怪我の処置をしないと間に合わないくらいになったので、慌てて怪我の治療法を学んだよ」


 スーリヤは自分の手のひらを見つめながら苦笑を浮かべる。


「そのうちに、城壁から落とす石が足りないとか言い出して、私自ら石やら岩やらを運んでやった。実際問題、母様と同じように布団に潜って隠れていても、誰も文句なんか言わなかったんだろうが、布団に潜っている間に国が滅びるのなら、手の皮がめくれて血が滲んでいったとしても、私は岩を運ぶ事を選ぶだろう」


 この小さな王女が岩を抱えて城壁の階段を登る様を想像して、激しく胸が痛んだ。


「イスヤラ姉様は絶対に兄様は死んでいないと断言された、すぐに黒龍騎兵団と共に戻ってくるとおっしゃった。ならばそれまでの間、出来る限りの事はやる。面白い事に、私自身が動くと周りもこまねずみのように動き出す。衛生部隊に怠け者はいらない、くるくる働く者のみが重宝されるのだからな、だから私自身もくるくる働いているというわけだ」


 埃に塗れた木綿のワンピーススカートを払いながらスーリヤはそう言うと、真っ直ぐな瞳で俺を見た。

「私はな、どうやったって、イスヤラ姉様にはなれん。姉様は私よりも四歳も年上だが、年齢では測れない力があの方にはある。だけどな、この私、ステラン3世が娘スーリヤが、イスヤラ様と同じである必要があるか?いや、ないだろう?」


 俺はこの幼い少女の紺碧の瞳に飲み込まれそうになった。


「私は私の利点を生かして国に貢献し続ける事を選ぶ。私は母様とは違う、このような国の危急に自室に閉じこもるような愚か者ではないと周りに示したい。だからこそ、私はここまで来た。そんなわけでここで働いているのだが、スヴェン皇子、あなたは、あなた自身の力で、一体何をしたい?自分の何を示したい?」


 わずか十歳の姫君は俺に向かって、

「作戦本部に行ってみたらどうだ?アブドゥマルクが息子ジナイダと腹を割って話てきたらどうだ?あいつ、結構良い奴だから私と同じように、この戦場で皇子を有効利用してくれると思うぞ?」

と言って、ニカリと明るい笑顔を浮かべたのだった。

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